第十六話
「……」
「……」
志乃の言葉の意図が解らず皆黙り込む。
「よく解らないんだけどどういう事か説明してもらっていい?」
暫くの沈黙の後、口を開いた要佑に皆の視線が集まる。
「実は何となく――本当に何となくだけどそんな気がしてたんだ」
そう続けた要佑に「どういう事?」と美紗姫が尋ねる。
「思い当たることがいくつかあって」
要祐は話を続ける。
「まず、初めて四人でお昼を食べた時の事覚えてる?」
「あー、弁当の箸忘れて吉行に借りた日?」
「そう。あのお箸って、吉行さんが使っている物じゃなくて、こいつ用に用意した物だろ?」
芯太の方を親指で差しながら言う要祐に、志乃はこくりと無言で頷く。
「本来の吉行さんのお弁当用のお箸は、カトラリーケースに一緒に入ったピンク色のプラスチック製の物だよね。でもさすがにそれだったら芯太が恥ずかしがって使わないと思って、別途用意したんだと思うけど違うかな?」
「……」
志乃は、先程と同じように黙ったまま頷いた。
「次にその翌日の購買のパンの件。吉行さん、やきそばパン売ってないって言ってたよね。確かに無かったんだけど、念のため購買の人に聞いたら、五分ほど前に売り切れたって言ってた。元から入荷してなかったんじゃなくて」
「あと……」要佑は指を折りながら話を続ける。
「抜き打ちテストの件だけど、目的は理解度や学力の向上具合を測るために行うものなんで、いくら転校生といえど行う日時は教えても、テストの範囲まで教える事はありえないと思う」
「お前すげーな……頭脳は大人な子供の探偵みたいだ」
「なんだよそりゃ……」
「つーか、何で箸の色や材質まで分かるんだよ?」
「いやそれは、継美が使ってるやつと同じ物だから」
目を丸くする芯太に苦笑いしながら応える。
「ごめん吉行さん。話の腰を折ったね。続けてもらっていいかい?」
「わかった」
そう言って一呼吸置いた後志乃は話し始めた。
「この先起こる事が分かるって言ったけど、先が見えるわけじゃなくて、これから起こる事を夜中に夢で見る事があるって言った方が正しいかな」
「予知夢……みたいなもの?」
「んー……」
小首を傾げながら少し考えてから答える。
「感覚的には、そうなるって分かってる事を俯瞰で見ているような感覚っていうか……」
「再現フィルムを見ているような感じかな?」
要佑の表現に「うん。そんな感じ」と言って頷く。
「それって、昔からずっと見てたの?」
「うぅん」
首を大きく横に振って否定する。
志乃の話によると、一番初めにそんな夢を見たのは今年のゴールデンウィークが始まる前日の四月二十八日。内容は、祖母が体調を崩し近々入院する事になったので、誰か医療介護の為に付かなきゃ行けないけど現在住んでいる場所を離れられる親類が居らず悩んでいるという会話を両親との食事中に聞いた事だった。
そして次に見たのは、それから約二週間後の五月十八日。内容は沓掛高校の現在のクラスの教室で一人、編入試験を受けている夢。夢の中の日付は六月十日の日曜日。黒板に『令和五年度 私立沓掛高等学校特別編転入試験』の文字と共にチョークで書かれていたのを覚えていた。
三度目の夢は、前の夢から1か月程過ぎた六月十五日。その夜の夢は引っ越しの準備の為に実家の自室で荷造りをしている夢。この時初めてたまに見る変な夢は未来の自分の出来事なんだと認識するようになった。翌日、授業の空き時間を利用し、夢で見た『沓掛高等学校』という校名をスマホで検索する。祖父の住んでいる市も知っているので、併せて入力してみる。やはり同じ地域に同名の高校は存在した。
学校案内のウェブサイトでは、転入についての案内が何も無かった為、学校の帰り道、ウェブサイトに記載されていた問い合わせ先に電話を掛け、そちらの高校に転入したいのだが可能かどうかを問い合わせた。学校によっては転編入制度自体無い事もある。
電話で話を聞くと沓掛高校は、幸いにして編転入は受け付けていた。詳しい事を聞きたい旨を伝えると、自宅に入学願書とパンフレット、そして編転入試験の過去問題集を郵送してくれるとの事だったので喜んで、是非とお願いをした。
五月三十日。初めの夢に出た光景が実際の出来事になった。夕食中、悩んで話し合ってる両親に、私が介護に行きたいと申し出た。
両親は最初、本気にしなかったが、熱心に説く志乃に少し心が揺れ傾く。しかしどうしても解決しなければいけない心配事がある。
「学校はどうするんだ? 休学して向こうに行くのか?」
「編入しようと思ってる」
志乃は、予めダイイングチェアの足に立て掛けておいたA4サイズの白い封筒から冊子を取り出して両親に見せる。
表紙には『私立沓掛高等学校転入学のご案内』と書かれてたパンフレットだった。両親はそれを受け取り、パラパラとめくる。
中は学校の理念や信念、方針等が書かれ、それに続いてに続いて授業風景、施設の紹介等の写真が続く。
「実は、中学の時にとっても仲の良かった友達がその学校に進学して、すごくいい所だから、こっちに来て一緒に学ばないかって誘ってくれてて」
時折嘘を織り交ぜながら話す。
無言で話を聞いていた父親は「母さんと少し考えてみる」とだけ答え、この話は一時中断された。あまり変に食い下がらず、今は両親の判断を待つのが得策だと思い、志乃は食事を再開した。
翌日夕食の後、両親にリビングに留まるよう言われ、ソファに腰掛ける。恐らく昨日の話の続きだろう。
「昨日の件だけどな」
出し抜けに父親が話し出す。
「母さんと話し合ったんだけど、お義母さんの面倒を見る人はやはり必要だし、志乃が学校の勉強と両立して介護もできるのなら、認めようかと思う」
見た夢で結果は分かっていたが、やはりその言葉に安堵し、自然と笑顔になる。
「ただ、二つだけ条件がある」
「何? おとうさん」
「一つは、試験に不合格だったら、そこで諦める事、二度目は無い」
志乃はその言葉に無言で頷く。
「二つ目は編入学は許さないので転学にする事。そして、その手続きは自分自身で行う事。それができないようであれば、父さんたちも自立して独り暮らしができるとは認められない」
編入学は今通っている学校を一度退学し、改めて別の学校に途中入学する事。転入学決定後、退学する日によって新しい学校に通い始めるまでの期間に余裕ができる。一方転学の場合は今いる学校に在籍している者がそのまま別の学校に移籍する事で、基本的に日を空けずに異動しなければならない。一日でも間が空く場合は編入学という扱いになってしまう。また、編入学の場合はお互いの学校同士での転籍手続きとなるが、転学の場合は当事者が個人で手続きを全て行わなければならなかった。
これに関しても、特に問題は無かった。少しだけ引っ越しが慌ただしくなるだけの事。書類についても、ある程度はすでに準備を進めている。
志乃は神妙な表情で大きく頷いた。
「だったらもう、おとうさん達から言う事は何も無い。お義母さんの事頼んだぞ」
「まだ試験も受けてないのに気が早いよ」
ソファから立ち上がろうとする父親はそう言った志乃に、笑顔を向けて答えた。
「志乃なら、きっと大丈夫だよ」




