第十五話
「大丈夫? お家の人に連絡して迎えに来てもらう?」
養護教諭はベッドに座っている美紗姫を心配そうに見ながら話しかけている。
「大丈夫です。薬も効いてるんで普段通り帰れます」
「そう?」
美紗姫はベッドから立ち上がり、両手でブラウスのシワを伸ばす。養護教諭はワークチェアに腰掛ける。
「くれぐれも無理しないようにね」と言って、デスクの方に向き直した。
「ありがとうございます。失礼します」
出口の前でデスクの方に頭を下げた後、保健室から出る。丁度廊下でこちらに向かってくる芯太達三人の姿が見えた。
「美紗姫ちゃん! 大丈夫?」
美紗姫の姿に気が付いた志乃が足早に歩み寄った。美紗姫は「うん」と答えた後、皆の方を向いてすまなそうに続ける。
「ごめんねー お騒がせして」
「もう熱は大丈夫なのか?」
「うん。薬が効いてるみたいだから、今は大丈夫」
そう言って芯太の問いかけに美紗姫は笑ってみせた。
「それより…………お腹空いた」
そう言って少し照れくさそうに頭を掻く。今朝は時間通り起きられなかった為、朝食を摂らずに登校し、その上昼休みも眠ってしまっていた為、昼食を摂り損ねており、昨晩から何も食べていない状態だった。
「食欲あるなら、学食で何か食べてくか?」
「うん」と頷いた後、思い出したように言葉を続ける。
「あ、でも今日はバイトがあるから、あんまり長い時間は無理かも」
美紗姫は、月金日の週三日間、ファーストフード店でアルバイトをしていた。
「お前バイト行く気だったのか? 熱あるんだし今日は休めよ」
「えーでもお店に迷惑かけるよ」
「つーか、バイト先で倒れられる方が店に迷惑だっつーの」
美紗姫は少し考えた後、鞄からスマートフォンを取り出して言った。
「じゃあ、お店に病欠の連絡入れておくんで、ちょっとだけ待ってて」
そう言いながらスマートフォンを耳に当てる。少しして電話が繋ったのか美紗姫は壁の方を向いてボソボソと話し始めた。壁に向かって二度三度頭を下げている。
そして「はい……」「はい」と二回頷いた後、スマートフォンを耳から外して終話ボタンをタップした。
「とりあえず休める事になった」
「うん」
芯太は頷く。
「じゃあ学食の方に行く? 阿形、歩けそうか?」
要祐の問いに「大丈夫」と答える。
「でも、その前に教室へ鞄取りに行かないと」
「あ、美紗姫ちゃんの鞄持ってきたから」
志乃は、自分の鞄と重ねて持ってる美紗姫の鞄を胸の前に出して見せた。
「ありがとう」
美紗姫は手を伸ばして鞄を受け取りながら微笑んだ。
「大丈夫? 持てる?」
「これぐらい平気」
美紗姫は鞄を肩に掛けて歩き出した。
沓掛高校の学食は、芯太達の教室のある本校舎から少し離れた第二校舎にある。第二校舎の場所は本校舎の南西の高台に建てられている。2つの校舎は渡り廊下で繋がってはいるが、通路は一階のみの為、本校舎と同等の高さの階段を登る必要があった。
「阿方、やっぱり荷物持とうか?」
心配そうに手を差し出す要佑に「大丈夫だって」と苦笑いしながら答える。
「あ、でも……」美紗姫は思い立ったように続けた。
「さっき飲んだ薬のせいで、ちょっとだけフラつくんで、支えていくれると助かる」
そう言って要佑の手を取る。美紗姫の要佑に対する気持ちを知っている芯太と志乃は、気が付かない素振りで階段を上がる足を少しだけ早めた。
放課後直後という事もあり、食堂の中はあまり混んでいなかった。
要佑は美紗姫から食券を受け取ると、カウンター台へと向かう。美紗姫なるべく目立たない一番奥の角の席に向かい座った。
「あ、オレ何か頼むから無理しなくていいよ。別に腹減ってないだろ?」
美紗姫一人で食べさせるのは可哀そうだと思い、一緒に何か食べようと発券機の前で悩んでいた志乃に芯太は声を掛ける。
「ありがとう、じゃあ」
そう言ってドリンクのボタンを押す。発行された食券を手に取ると、一歩下がって芯太を待つ。芯太はズボンのポケットに入った定期入れから折り畳んだ千円札を取り出すと、盛りそばのボタンを押した。そして食券とお釣りを手に取る。
「要佑も何か食う?」
カウンター台で、かけうどんを受け取っている要佑の方を向いて尋ねる。
「僕はコーヒーだけでいい」
芯太が言った言葉の副助詞が『も』だった事で、すでに芯太が何か食べ物を注文した事を把握した要佑は、彼の方に振り返りそう答えた?
「アイス?」
「熱い方」
声が通り易いように「ホット」という言葉を避けて伝える。
「了解」
手に持った先程のお釣りを発券機に入れて、ドリンクの項目を押す。
「お待たせ」
後ろ手で食券を弄りながら、後ろで待っていた志乃に声を掛けた。
「話っていい話? 悪い話?」
「え?」
不意の芯太の問いかけに咄嗟に聞き返す。
「保健室の帰りに話があるって言ったただろ」
「ああ……」
志乃はカウンターでドリンクの食券を渡し、透明のプラスチックのタンブラーを受け取る。
そしてドリンクサーバのアイスミルクティのボタンを押し、ドリンクを注ぎながら言った。
「それも併せて、みんなの意見が聞きたい」
「なんだよそれ?」
出来上がった盛りそばとコーヒーカップを受け取りながら芯太が聞き返す。
「あ、前原君の分一緒に入れるね」
芯太のトレーに乗った空のコーヒーカップを持ち上げ、ドリンクサーバにセットする。
「変な事言う子だなって思うかもしれないけど、信じてくれると嬉しい」
志乃はホットコーヒーもボタンを押すながら、呟くように言った。
「?」
「とにかく、皆がいる場所で話す」
首を傾げている芯太に、しのはそれだけ言って、先に席の方へと向かった。
「何だよ、先に食ってりゃいいのに」
席に着くと、前にかけうどんの丼を置いた美紗姫がお預けを食らったように待っていた。
「あはは、何か一人で食べるのも恥ずかしくて」
「オレが先に食い終わったら、もっと注目浴びるぞ」
照れ笑いを浮かべながら後頭部を掻いている美紗姫に。芯太は笑いながら言った。美紗姫は「げっ」といって笑顔を引きつらせる。心なしか先程より顔色が良くなっているように見えた。
「ミルクと砂糖足りた?」
そう言いながら志乃はトレイに乗せて持ってきたコーヒーと、砂糖のスティックとクリームを一つずつ要佑の前に置いた。
「ありがとう。大丈夫だよ。そう言いながらポケットから小銭入れを取り出す」
志乃は「あ、お金出したの湯築君だから」と、両手を前に出して言った。
「そう。だったら奢りでいいよな」
芯太は笑いながら小銭入れをしまう要佑に「あのなぁ」とだけ答える。まあ、元から奢るつもりだったので、それ以上のやり取りはしない。手に持っていた割り箸を割ると、ワサビをつゆに溶かしてそばをすすり始めた。
それを見て美紗姫もうどんに箸を付けてゆっくりと食べ始めた。
「で、さっきの話の続きだけど……」
芯太はそばをつゆに浸しながら志乃の方に視線を向ける。
「うん……」
と頷いた後、少しの間黙り込む。美紗姫は小首を傾げながら、うどんを一本ずつ口に運んでいる。
「まずは最初に謝っておくね。美紗姫ちゃんが熱を出したのは多分私のせい……」
絞り出すような声で志乃が言う。
「なんかさっきもそんな事言ってたね。昨日の雨、志乃ちゃんが雨乞いでもしたの?」
美紗姫はそう冗談ぽく言って笑った。その言葉に志乃は俯き加減で小さく横に首を振る。
「私ね……この先に起きることが、ちょっとだけだけど分るの」
皆の反応を確かめながら、志乃はぎこちなくそう言った。




