第十三話
雨は少しの間勢いよく降っていたが、停留所で志乃と別れてバスに乗り込む頃には雨足が弱まり。バスが自宅のマンション近くのバスターミナルに着くころには夕方の日差しが濡れたアスファルトに反射し辺りを照らしていた。
芯太はバスを降りると、バスターミナルに併設されているショッピングセンターに入り、本屋に寄って少しの間、漫画雑誌を立ち読みする。習慣というわけでは無いのだが、一人で下校する時は本屋で立ち読みする事が多かった。芯太はスマートフォン等で情報を仕入れたり、コミュニケーションを取ったりするのがそんない好きではなかった。
本音丸出しで校正されていない感情、真実と虚偽の入り混じった情報、己の正義が世界の正義と信じるような悪意のある善意、そういったものに触れる事に対して少しだけ嫌悪していた。
「スクリーン越しじゃなくて、実際に自分の目で見えるもの、自分の耳で聞こえるもの、自分の手触りで感じるものが真実よ」
中学生の頃、当時の自分にとって特別な人から教わった大切な言葉。その特別な人が誰なのかは、どういうわけか覚えていない。かかす微かにシルエットらしきものが脳裏に浮かぶ程度。だけど、今でもその言葉を自身の信条として生きている。
かといって現代を生きる若者として情報端末を使用しないわけにはいかない。クラスの連絡網に使われるし、友人同士のメッセージのやりとりにも必要だ。
そんな理由もあり、芯太はスマートフォンこそ持っているものの、使い道は目覚ましのアラーム、電話、ごく少数だけ登録された『おともだち』とのメッセージのやり取り程度だった。その他はせいぜい天気を調べるぐらいだ。
漫画雑誌の立ち読みを終え、床に置いた鞄を持ち上げショッピングセンターを後にする。敷地から歩道に出て、ふと前に目をやると見慣れた背中が見えた。
「おーい、美紗姫」
四メートル程前を歩いていた美紗姫に声を掛けた。その声を聞いた美紗姫はビクッと立ち止まって、慌てて芯太の方に振り返った。学校の鞄を大事そうに胸の前に抱えている。
「何やってんだお前?」
芯太は訝しげな表情で美紗姫の方を見た。
「あはは、帰り道でさっきの通り雨にやられちゃって」
美紗姫は照れ笑いをしながら芯太に答えた。制服のブラウスが肌に張り付いてうっすらと透けていた。胸に鞄を抱えていたのは、どうやら透けた下着を人に見られない為のようだ。
話を聞いてみると放課後、一人で買い物する為に寄り道した帰り道で通り雨に降られ、制服が濡れて下着が透ているのでバスに乗ることができず、そこから歩いて帰って来たとの事だった。
「ホントに、芯太の補習のせいで散々だったわ」
「だから、何でオレのせいなんだよ」
芯太のツッコミに美紗姫はちらりと小さな舌を出した。
「とりあえず、帰ったらすぐ風呂入れよ。風邪ひくぞ」
「そうね。早く帰って温まりたいわ」
そう言って歩き出す美紗姫の後ろを少しだけ離れて後ろを付いて行く。
「一緒に入るか?」
「おバカ」
芯太の言葉に軽く返す。こういったやりとりはいつもの事なので彼女も特に気にしない。
「で、一人でどこ行ってたんだ?」
「新林の商店街」
そこは二人の家の最寄りの停留所であるバスターミナルの二駅前の停留所にある商店街だ。以前は賑わっていたスポットだったが、現在はニュータウン自体の少子高齢化の影響で、ほぼシャッター街と化していた。
「あそこ何かあったっけ?」
「可愛い洋服屋が最近できた」
芯太は「ふーん」とそれほど興味無さそうに頷く。
「じゃあ、そこで服買って着替えて帰れば良かったんじゃね?」
「今月ピンチだから」
「まだ月も明けてないぞ」
「昨日継美ちゃんのお洋服買ったから」
そんな他愛もない会話をしながら帰りの道を歩く。
芯太は焦点の合わない目で美紗姫の背中をぼーっと見ながら付いて歩いた。
その芯太の視線に気付いたのか、片手で背中を隠して芯太の方に振り返った。
「もしかして、ブラの紐透けてた?」
「あー、大丈夫。ただの布だから」
「最低! このドスケベ変態!」
芯太に蹴りを加えようと前に出した美紗姫の足をひょいと避けながら、にへらと笑う。
本当は、背中を他人から見えないよう壁になるため美紗姫の後ろを歩いていたのだが、芯太自身が見たのは確かなので、特に言い訳はしない。
「そんな事ばかりしてると、志乃ちゃんに言っちゃうぞ」
「ちょっと待て、何で吉行の名前が出てくる」
芯太は少し狼狽しながら言う。美紗姫は悪戯っぽい目をしながら反撃した。
「あれれ? 何か動揺した?」
「いや、してねーし」
「ふふふ……おねーさんは何で知ってるんだからね」
「だから何の話だよ? つーか誰がおねーさんだ!」
美紗姫は動揺しまくっている芯太の態度に満足し、上機嫌で歩き出した。今度は芯太もその横に並び歩き出す。日が暮れ、辺りは薄暗くなり始めていた。




