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さて僕、山田公平が着色料たっぷりのジュースの味の虜になりつつあった時、駄菓子屋から二人は出て来た。
ホルスト君とマリーベルさんは駄菓子屋の前でなぜか対峙する。
ホルスト君は軽く指でマリーベルにかかってこいとジェスチャーした。
「さぁ、何でもいいから攻撃して来い」
「? ……どういう意味?」
「お前の力を見てやると言っている。遠慮などする必要はないぞ? そんな事をすれば侮りとみなして、逆に貴様を消滅させてくれる」
ザワリと騒いだのは駄菓子屋の前で、ビニールを加えた男子全員だった。
ふにゃふにゃしたビニールに一気に息が吹き込まれ、ビンと膨らむそれは混乱の表れだった。
そしてにわかに騒がしくなってくると店長である校長も店から出てきた。
「なんだなんだ? 何が始まるんだね?」
「校長……なんか、今ここでバトル的なことをするんだそうです」
「ほほう! それはけっこう! 向上心が高いことはいいことだ! で? それはなぜ駄菓子屋の前で?」
「……えーっと、それは……僕の方でも出来る限り守って見ようかと思います……」
「それは頼もしいな! できれば! よそでやってほしいが!」
外野の声をホルスト君はあえて完全に無視するつもりの様で、顔色一つ変えていなかった。
しかしマリーベルさんは気になったようで、駄菓子屋を戸惑ったように見てから、ホルスト君に言った。
「でも、私は……この力を制御できない」
「そんな事はわかっている。だからただ全力でやれ。簡単だろう?」
「……」
全力でという言葉は、動揺を強く与えた。
でもそれはマリーベルさんではなく、店の前の男子勢である。
「ぜ、全力って。植物を操る能力ってわかってて言ってるのかな? このあたりのアスファルト全損間違いなしじゃない?」
「……駄菓子屋はお前等でも守れるとして、絶対他を直すのオレだよな? あいつ絶対まるなげする気満々だろう? 暴れ出す前に全員で総攻撃しないか? 学園の平和のためなら必要な犠牲だと思うんだが?」
「そ、それはさすがに。何か考えが……あるはず」
この辺りの文句は相当に声が大きかったが、やはりホルスト君はまるで反応しないようである。
マリーベルさんも物騒な割りに、どこか余裕のある雰囲気を目の当たりにして、要領がわかってきたようだった。
「……わかった」
「よし、さっさと来るがいい。長々と説明するのは好きじゃないんだ」
やる気を出し表情を引き締めるマリーベルさんを前に、ホルスト君は腕を組む。
やはり始まるのかと身構えている僕は地面をじっと見つめていると、やはりアスファルトを砕き、植物の蔦が無数に飛び出た。
「下らんな」
そしてこれもまた予想通り、ホルスト君の炎は飛び出た瞬間から植物を跡形もなく燃やし尽くした。
灰も残らず崩れ去る攻撃を目の当たりにして、マリーベルさんは絶句した。
「うそ……」
「今のは攻撃か? アスファルトを砕けといった覚えはないが?」
「っく!」
マリーベルさんは両手を天にかざした。
次は大量の蔦が空中で絡み合い、巨大な拳を作り出してホルストの頭上に振り上げられる。
もちろんさらにアスファルトは粉々になり、舗装された地面はむき出しである。
今まさに植物で出来た拳が振り下ろされそうなタイミングで、ホルスト君は拳とマリーベルさんを鼻で笑い飛ばした。
「それとも、使う事さえできないのか? 能力の無駄だな。大和の奴をぶっ飛ばした時はなかなか見込みがあると思ったが、とんだ勘違いだ!」
大和の名前を出した瞬間、マリーベルさんの顔色が変わったのがわかった。
うつむくマリーベルさんに僕は嫌な予感がした。
「……」
「なんだ! 聞こえんぞ! 何か言ってみろ!」
カッと頬に朱が差し、目は見開かれ。
煽りに煽るホルスト君にマリーベルさんは涙を浮かべて叫び声を上げた。
「こんな力……欲しかったわけじゃない!」
「だからなんだ! 今はそんな答えは必要ない! 気にいらないのなら、きっちり力で見せてみるがいい!」
「……!」
確実に感情を高ぶらせているマリーベルさんを、なぜここまで執拗に煽り続けるのか?
僕はハラハラしながら、二本目のジュースを飲む。
ホルスト君の意図はともかく、現状問題はすぐに表れた。
ただでさえ巨大だった植物の拳が、さらにでかくなったのだ。
「あれ……やばくね?」
時坂君がものすごい勢いで大きさを増してゆく拳を指さす。
そしてべぇだ君は更なる変化に気が付いていた。
「……なんか、周りの地面もおかしんだけど? あの娘の能力って植物操るだけじゃないの?」
べぇだ君の視線の先では、砕けたアスファルトと、地面が植物の拳を覆うようにまとわりつき始めていたのだ。
寄り合わさった蔦が筋肉としたら、外側を覆う土は、皮膚と言ったところだろう。
ほんの数秒で出来上がった不可思議な腕は大地から伸び、ホルスト君に狙いをつけている。
ちなみにもちろん駄菓子屋も射程圏内である。
顔を真っ赤にしたマリーベルさんは見るからにもう爆発寸前で、僕はこの後の展開を予想して思わず顔をしかめた。
「あなたに……そんなこと言われたくない!」
そして感情の爆発は拳を凶悪な速度ではじき出す。
このままでは駄菓子屋がつぶれてしまう、主に物理的に。
僕はこうなれば本当に山田公平拳をさく裂させるかと腰を浮かせるが、そんな心配は杞憂だった。
「ふむ……まだ話にならんが。こんなものか」
ぼそりとホルスト君が呟いたのが聞こえたと同時に、突如現れた巨大な火の玉に拳は直撃し、砕け散るのが見えた。
時坂君は能力で熱を防ぎ、僕とべぇだ君はとんできたいくつかの破片を処理するが、おおよそは、ホルスト君の生み出した小型太陽とも言うべきエネルギーの塊に絡め取られて消えてゆく。
実に派手な爆発だった。
マリーベルさんもあまりに派手な音と熱で、怒りは一時的に霧散しているようだった。
しりもちをつくマリーベルさんにホルスト君はおもむろに歩み寄り。
先ほどとは一転して、紳士的に手を伸す。
大いに混乱したマリーベルさんは最初その手を取ることも出来なかったが、そんな彼女にホルスト君は構わず言った。
「何も考えずに力を出せたか? 今のように怒りなら怒りを込めて力を使え。お前の能力は、完全に感情に忠実なものだ。変にこじらせると際限なく暴走しかねん。漠然とした不安なんかは特にたちが悪い」
「……」
「さてもういいだろう。さっきの菓子ではこの程度だ」
アドバイスが終わる。
マリーベルさんは差し出された手をじっと見るばかりだった。
ホルスト君は結局助け起こすのはあきらめて、こちらに戻って来ようとする。
するとマリーベルさんはようやくハッとして、ホルスト君を呼び止めた。
「待って! 私は……どうしたら!」
しかし明確に言葉にならないその問いを、ホルスト君は肩をすくめて、軽く返した。
「どうしたら? あえて言葉にするなら『自分を偽るな』そんなところだろう。能力云々はそれからだ」




