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<マイルドリンゴ>での聞き込みの翌日、東後円香は一人で四十万胡桃の通っていた大学に向かっていた。京都駅で近鉄に乗り換え、数十分揺られた後、目的の駅に到着した。
駅から大学まで一キロほどあり、在校生の大半はバスで向かうようだが、円香は最初から歩くことに決めていた。まだ八月とはいえ、暑さのピークは過ぎていたというのと、夏休みゆえにそもそもバスの本数が少ないこと、更にできるだけ節約しようと考えていたためである。
探偵事務所を立ち上げて既に半月近く経過していたが、収入は一円たりともなかった。捜査に使うお金を極力削減するという方針は、万が一のことを考えてのことだ。
長期休暇中ということもあり、学内に人はほとんど見当たらなかった。文科系のサークルに所属する子がまばらにいるといった程度。女子大なので、すれ違う学生は全員、女性である。もっとも円香が一人で行くことになったのもそのためだ。
大学には教授をはじめ、他大学から講義のためにやってくる講師等、男性がまったくいないわけではない。それなのに二人は頑なに拒否した。虎次郎は、モニターとのにらめっこ、寿至は図書館にでも出向いて探偵事務所の経営方法の勉強でもしているのだろう。桃太郎の冒頭のようなことを思いながら彼女は目的の場所を目指す。
四十万胡桃が所属していた、華道系のサークルの集まりが今日だということを虎次郎から知らされたのだ。その情報の中にはしっかりと活動場所も記されていた。彼の探偵活動は謎に包まれている。以前から地頭の良さは分かっていたが、直接発揮されるような場面に彼と共に出くわしたことがなかったので、それを感じることはなかった。今回のような何から手をつけたらよいか見当もつかないような事件。虎次郎から提示される捜査方法は、確実に解決に近づいていくのだろうという予感がしていた。真剣スイッチがオンすれば、周りを見ずに突っ走る、それは二十年前と何一つ変わっていない。
学生たちには虎次郎から連絡が入っているとのことだった。探偵と名乗ってもサークルの代表者は笑いを蓄えながら二つ返事してくれたという。それだけだが円香は好印象を持った。一人で行くことを決心した理由の一つでもある。
構内を迷うがてら散策しようかと思っていたのだが、目的地である食堂についてしまった。さすがにずっと歩いてきただけあって汗が流れていた。
十時三十分。集合時間まで三十分ある。
一人で本格的な捜査に乗り出すというのはこれが初めてであるから、勝手があまりわからない。プライベートな感覚で振る舞っていいのだろうか。
そう考えている内に、駅からずっと歩き続けてきて火照っていた身体が水分を求めてきた。
食堂が空くのは十一時からという張り紙を見て軽く舌打ちをした。同時に十一時集合の意味が理解できた気がした。
食堂の入り口の左手に自動販売機があったので、そこでジュースを購入する。
学食ともなれば、食堂内で買った方が安いはずだったが、三十分我慢する自信はなかった。一口で半分ほど飲み、大きく息を吐いた。
円香はこの後の予定を頭の中で巡らせた。
華道系のサークルという情報だけなので、実際に内部で何が行われているか分からないから十分注意するように、と寿至が忠告めいたことをしてきたが、なんとなくごく普通のおしとやかな女性が花を生けるようなものだろうと予想していた。
電話口の対応とは異なる可能性もあるので、その時はその時だと諦めて対応しようと考えている。予想通りのサークルであれば、五つの質問をする。
その中で最も重要なのが、ストーカーについてだ。
虎次郎は事件を解決したい、と言っているが今のところ被害者のつながりが見えはじめたところであり、誰一人容疑者として挙がっていない。まずはその候補を探し出さなければならない。
自殺ではないという確信がある以上、リストアップはスタートラインに立つ下準備となる。
脳内シミュレーションをするうちに刻々と集合時間が近づいていた。
さすがに自動販売機の前にいるのは憚られたので、食堂のテラスになっているところに移動する。メッシュの切られた二人掛けのテーブルに呑みかけのペットボトルを置き腰を下ろした。そろそろ一人くらい来てもよい時間だ。ただその集合時間にしたのは全員が同じバスに乗るためという理由があれば話は別になってくるけれど。
そんな懸念を振り払うかのように残っていたジュースを一気に飲み干した。
もう一度質問の内容を繰り返そうかと思った時、女子特有ともとれる大きな笑い声が聞こえてきた。声の方向に首をひねると、三人の女子大生と思われる子たちが食堂に向かってきていた。
円香は立ち上がり、彼女たちの方へ歩き出す。
三人が全員、炊飯器くらいの植木鉢を持っていた。距離があるので定かではないが、何かの茎のようなものが植えてある。
「こんにちは」自ら元気よく声をかける。
「こ、こんにちは~」
彼女たちはお互いを見合いながら、誰か知り合い? といった怪訝さを顔に浮かべていた。
「えっと、今日探偵が来るって話、聞いてない?」
「あー! マキが言ってたやつじゃない?」
「え、えー! でもアレ、男の人やったで」
「すみません。その電話した者はちょっと別件があるので、代わりに今日は私が担当させていただきます」
「なんやー、イケメンの髭生やしたダンディーおじさま期待してたのになあ」
「またヒナちゃんは……。そんなんやから彼氏できひんのちゃう?」
虎次郎はイケメンでもなければ髭を生やした姿など見たこともなく、ダンディーというよりかは割とスマートな方であり、仮に彼が来ていたとしても期待外れだったよ、と言いかけてやめた。
虎次郎から伝えきいている印象と、笑いあい、叩き合いながらじゃれあっている三人が見事に重なる。自分の力でとことん話を引き出そうと、円香は心に決めた。
「えっと、今日は何人ぐらい集まる予定なんですか?」
「私たち入れて五人です。まあ言っても全員で八人の小ぢんまりしたサークルですからね」
マキが間髪入れず答える。後ろで二人は口を押さえて笑いをこらえていた。
「ちょ……マキやん敬語使えるんや! やばいやばい!」
「はーい、かすみさんはカスミソウのように静かにしておくように」
三人は顔を見合わせて笑った。持っている植木鉢が落ちないか心配になる。と不意にそこに植えられた植物に目を奪われた。
「ちなみにこの……ワインのコルクあけるやつみたいな茎……幹? はなんですか?」
「ミリオンバンブーってご存知ないですか?」
やはりここもマキが答える。東京にいた時に耳にした気がしたが、植物関連ではなかったので円香は首を横に振った。バンブーは竹という意味だったということだけ思い出した。しかし螺旋状をした先端を見た限り、竹の気配すらつかむことはできなかった。
「花言葉は、幸福とか長寿、あと開運なんてのもあります」
かすみが一息で割って入った。
「それ最後に言うべきやつやから」マキが指摘する。かすみは舌をペロッと出す。
「今日はまずこのミリオンバンブーの植え替えをしようと思ってるんです。この植物はこう植木鉢にいっぱいになると、根から抜いてやって植え替えて増やしていくんですね。小学生の時にへちま植えたりしたじゃないですか、あれと同じです」
円香は顎を引きながら相槌を打っていたが、へちまを触っている自分を思い出すことはできなかった。いつだったか球根を育てた記憶はあったのだが。
「こんな奇抜な見た目なのに簡単に育てられるんですか?」
円香はミリオンバンブーを指さしながら素朴な疑問を口にした。
「かなり簡単ですよ。特に今の時期なんかは注意するべきことが分かりきってますし。日向は場合によって枯れることあるんで、日陰に置いとく必要があるんですけど、それぐらいで。あとは水のやりすぎと、寒さですね、冬の育て方にさえ注意すればめっちゃ簡単に誰でも育てられるんですよ」
「水につけといたら何とかなるみたいなとこもあるしね」
ヒナは腕の筋肉が疲れたのか植木鉢を下に置いた。
「名前の通り、竹みたいに伸びるのが早いから長生きとか成長って意味で捉えられることが多くって、風水でもめっちゃ人気があるんですよ。とにかく縁起良いからプレゼントとかにしても喜ばれること受け合いです」
「さすがかすみさん。マニアやな」
「褒められてもなんも出えへんで」
「いや口出ししてるやん」
また三人は顔を見合わせて笑った。何がツボに入ったのか、ヒナは手を叩きながら地面を蹴りつけている。そこで三人共がスニーカーを履いていることに気付いた。
「マニアになっても竹みたいに身長は伸びひんかったんやなー」
「え、どこが竹ですか?」円香が割って入る。
「ああ、近くで見たらわかりますよ」
そういってマキは植木鉢を持ち上げて円香の顔の前で停止した。
「おお、なるほど」
思わず声が漏れていた。
幹というか、茎の部分が竹そっくりの生え方をしているのが分かった。色も若竹そのままの黄緑だった。
「こんな鉢植えと違って家で飾るんであれば、花瓶に水入れてそこに数本、他の……例えばカーネーションなんかと一緒に生けてたら普通にオシャレになると思います」
マキが補足する。その通りだろうな、と円香は思う。現状の『探偵事務所 巌流島』にはそういった彩りが無い、造花でもいいから買って帰ろうかなどと考える。
「あ、すみません。一応仕事で来てるものですから、これに名前を書いてもらってもいいですか?」
B5サイズの手帳とペンをヒナに手渡す。残る二人も植木鉢を下に置いて、名前を書いた。
円香は手帳の左上に書かれた名前と、三人の顔を交互に見つめる。それぞれの名前を十回、黙読した。初対面の人の名前を覚えるのは苦手分野だったが、四年間の会社勤めでかなり克服していた。
ミリオンバンブーの説明をしてくれた、虎次郎との電話応対した女性が栄瀬眞紀子である。名前の上に小さく代表と書かれているが、彼女の筆跡ではない。直後に書いた、宮下かすみが付け加えたのである。何かにつけて後付けが好きな女性なのかなと思った。ヒナと呼ばれていたのは、高安陽菜。髪を薄いピンクに染めている。近くに寄ると太陽の光を反射してよりピンク色に見えた。
三人共これからガーデニングをすることもあり、地味な服装に身を包んでいた。一般にいわれる〝汚れてもよい服装〟はこういったものを指すのだろうという印象だ。
「あ、もしもし? うん……うん……。ああ、やっぱり?」
眞紀子が携帯を耳に当てていた。他のメンバーだろうか、と推測する。
さすがは代表というだけあって、先ほどの説明といい、花への造詣はかなり深そうである。
黒髪で黒縁の四角い眼鏡をかけており、一見地味な印象だが同じサークル仲間と話す際のくだけた口調からただ真面目な女の子、というわけでもない感じがする。
一方で宮下かすみは眞紀子と比較するとであるが、おとなしめだ。三人の中で最も穏やかだといってもよい。外見上の雰囲気は四十万胡桃に似ている。
この三人が集まると主に眞紀子と陽菜が話を展開するようだ。かすみはそれにマニアっぷりを挟んでいく。少なくとも仲が悪いようには見えない。
これまで大学はもとより、まえの職場ではもっと汚い女を見てきた。その経験則に当てはめるとそう思えた。
「いつものことなんですけど、残り二人は集合時間を一時間間違えてたらしくって、遅れるって話だったんで、しばらく休憩しましょう」
「あ、じゃあこの時間を使わせてもらっていいですか?」
円香を含む四人は食堂の中に入り、ひとまず飲み物を注文した。明らかに浮いた姿の円香を見て、給食服のような服を着た五十代とおぼしき女性は怪訝な表情を見せた。しかし何も訊かずに注文をとっていた。大学生しか客として扱わないのかもしれないなと思った。
食堂という割には、店員が注文をとりにくるシステムだったのには驚いた。
「夏休みとかの長期休みの時だけ、こんな感じのカフェスタイルになるんです。値段も安いからっていうのと、花ってやっぱり休みないんで……。どうしても休み期間も活動せざるを得ないってのもあって、よく使うんですよ」
話をきいていくと、三人共今年二十歳の大学二回生ということがわかった。四十万胡桃とは同じ学年である。自分の方が八つも上なのかという、今更ながらの驚きを感じた。また、成人式から八年も経つのだという時の流れの速さに愕然とする。
また、今日来る予定になっている残り二人も同じ学年らしい。来ない予定の三人は全員一回生とのことだ。
「一番上が栄瀬さん達ってことは、このサークルは創られたってことですか?」
「そうなんです。大学の新歓BBQが毎年あるんですけど。私たちの歳は川であって、そこに超珍しいネモフィラが咲いてたんですよ。それがめちゃくちゃ綺麗で。私が写真撮ってたらたまたま近くにいたヒナとかかすみとかがいて、話していくうちにサークル立ちあがようかみたいな」
「そうそう、私たちがいなかったらこのサークルはなかったねんなー」
陽菜が奥で準備する店員をぼんやり見やりながら言う。
「一期一会よね」かすみが同調する。
「何よりネモフィラの花言葉……ね」
「そう、どこでも成功、ですね」
「かすみは調べることなくスラスラ答えたんですよ、こんな風に」
へへっとかすみは鼻をすすった。
「昔から覚える必要ないことばっかり掬って覚えるのが得意だったんでこんなになっちゃいました」
席に各々注文した飲み物が運ばれてきた。四人分のコーヒーだ。
だだっ広い開けた空間に、たった四人が四人席に陣取っていることがおかしく思えた。見えない敵と戦っているような感覚に襲われる。
人間関係をすべて洗い出さなければ、犯人像はつかめない。
虎次郎の言葉である。ただ円香は直感でこの三人の中にあの事故を起こした人はいないような気がしていた。
一口含み、ブラックはやっぱり無理だと再認識してから付属のシロップを投入する。直前までジュースを飲んでいたこともあり、三人のように生き返ったーだとか、身に染みるーといった感情は湧き起こらなかった。
「一応探偵として来てますんで、色々質問させてもらいますね」
三人はストローを口にしたまま制止する。固い口調になったかと反省した。
「あ、そんなに構えることないですよ。軽い気持ちで、ちょっとした先輩に喋ると思って……、ああそれだと逆に気を遣うか……。難しいな。まああんまり気負わないで……」
とって貼り付けたような笑顔を作ってみる。
「……実は私たちもまだ受け容れられてへん部分はあるんです」
おもむろに眞紀子が口を開く。
「くるちゃんは本当に才能あったしなあ」陽菜が頬に手を当てながら言った。
「そうなんですね。じゃあ順を追って訊いていきます」
理由は分からないが突然緊張が血液に乗って全身に流れた感じがした。その流れに伴って鳥肌も駆け巡った。二十人でも三十人でもさばけると思っていた自分が恥ずかしくなる。
唇を湿らせてからゆったりとした口調を心がける。
「少しさっき話題になりましたが、四十万胡桃さんのサークル内での様子を教えていただけますか?」
用意していた五つの質問の内の一つ目である。三人の緊張を解く目的も兼ねている。
「よくいえば天才、悪くいえば良いとこどり、かなあ」先ほどから姿勢を全く変えずに陽菜が呟く。
「良いとこどり」言葉尻をオウム返ししてかすみがフフっと笑う。
「今ヒナが言ったとおりだと思います。生き方が上手な人っているじゃないですか。そんな感じかなあと」
「なんでしょう。ちょっとイメージがつきにくいので、具体的な何か例とかあれば教えていただきたいのですが……」
眞紀子は眼鏡を外して、息を吐いた。
「ごめんなさい。涙が出そうになると、眼鏡に水滴がつくのが嫌やからとるようにしてるんです」
円香は、はい、と相槌を打った。
「ほとんど全部の花で同じことがいえるんですけど、特に印象に残ってるのが桜の花びらだけで模様を作ろうっていう、今年の四月に新入生歓迎会と花見を兼ねてやったイベントがあったんですけど。……あ、すみません。華道系のサークルって多分紹介してたと思うんですが、実際に生け花をするのは二、三ヶ月に一度くらいなんです」
そんなこと忘れていた、と円香は苦笑いした。植木鉢を抱えた彼女らを見て何も思わなかったのだ。知らないうちに、しっかり緊張していたようだ。今更やっても効果があるか分からないが、三人には気付かれないように深呼吸をする。
「桜イベントをやった時に、彼女一番最後に来たんですよ。というのが、集合時間を間違えてたらしいんですね。今日遅れてくるメンバーも大概間違えるんですけど、それよりもミスの度合いが大きくて……。さすがにそれくらい遅れられたら私たちの作品結構完成してたんですよね。で、これいいね、あれの方がいいんじゃない? って会話をしてるところに彼女が遅れてきたのにニコニコ登場して。キャラ違うやんってみんなでツッコんだのは置いといて。えっと、そこでくるちゃんは一通りサッと皆の作った模様とか、花の使い方とか見回したんですね。何か呟いたかと思ったら速攻で作業に取り掛かって、私たちはその間、……その頃はほとんど皆お酒飲める年齢じゃなかったんで、ジュースとかすみが作ってきたお菓子を食べながら待ってたんですよ」
「若干一名、アルコールが体内に吸収されてたような……」
小声で補足する陽菜を眞紀子が目で抑え込む。
「ああ、私は警察じゃないので別に気にしないですよ。二十歳前の飲酒なんて誰でもやってるようなことですしね」ハッとなって追加する。「もちろん、一般的な話ですよ!」
眞紀子が陽菜に向けたのと同じ目をこちらに向けていた。軽率な発言だったと円香は反省する。同時にそういったルールに関する彼女の責任感の強さも感じていた。
「えっと、三十分くらいやったかな、それぐらいで彼女がいきなりできた! って叫んだんですね。ああ、そもそもどんな作品にするかの話をしてなかったですね」
眞紀子の説明によると、A3サイズの黒い模造紙に、桜の花びらを使って自由に模様を描いて作品にする、とのことだった。決まりがいくつかあって、例えば花びらはその場で調達するだとか、素材のままの花びらを使用するだとか、花に関係する作品にするだとか、などがそれにあたる。
「くるちゃんの模様は、完璧だったんですね。というのは私たちが良いなあと思っていた作品の良い部分の完全良いとこどりやったんです。他にはですね……」
しばらく眞紀子の一人語りが続いた。
円香はどうしても耳が受け取った通りに話を消化できていなかった。眞紀子の口調がわざと明るく振る舞っているように思えるのも一つだが、何かが引っかかっていて、その何かに思考が吸い寄せられるからだった。
眞紀子の話が一段落したので、更に踏み込んでみる。
「サークルの中で彼女と一番仲良かったのが眞紀子さんですか?」
三人は顔を見合わせた。
「誰が……ってなると……誰やろ」薄ピンクの髪をいじりながら陽菜が言う。
「全員分け隔てなくって感じでしたね」珍しくかすみが自信のある口調だった。
「まあそういうところに落ち着くんでしょうね」眞紀子がまとめる。
「でも私代表やってますんで、一番多く連絡を取っていたのは私になると思います」
「なるほど」
残る二人はまだ考え込んでいる様子だったが、話題を転換させることにする。
「次なんですけど、胡桃さんの学内での様子をきかせてください。ああ、あと渾名あれば教えてほしいです。まず、皆さん学部とか学科は同じなんですか?」
「そうですね、基本的にみんな学部は同じ……、あれ? 違うかな?」
「こういうところ実はマキだめだめよね。ダメよ~っていうアレよ、アレ」
「ヒナもでしょ。えっと私とマキが薬学部で、ヒナは現社の社シスです」
「茶室?」
「すいません、社シスです。……社会システムの略ですね。で、胡桃は学芸の情報システムですね。全員ここのキャンパスですよ」
「おお~」さすがマニア、博士といった誉め言葉が飛び交う中、彼女は普通やと思うけど、と漏らしていた。
更に彼女は他のメンバーの名前と学部、学科も話してくれた。円香は念のためメモをとったものの、顔を見たことない人ばかりなので、全く想像ができなかった。
事前に調べたのだが、この大学にはもう一つ、京都駅から少し北にいった所にキャンパスがあるようだ。どのように学部が割り振られたのかまでは調べなかったが、大抵深い意味はないように思う。
今日不参加のメンバーは北にあるキャンパスに所属しているらしい。
「ありがとうございます。では胡桃さんの学内の様子ですね、教えてください。先ほど宮下さんから情報システム学科に所属しているという話がありましたが、そちらでの交友関係とか分かればお願いします」
ダメ元で質問したのだが、案の定三人は口を噤んでしまった。
円香自身、在学当時に所属したサークル内で会っていた友人の勉強している姿を想像したことすらなかった。かすみは当たり前と謙遜したが、円香も彼女の語る情報に感服していた。何学部で、何学科で何を学んでいるか。今となっては把握すべきだったかなと思えるが、当時は話す意義を見出すことができなかった。
円香は質問を変えることにする。
「渾名はなかったですか?」
「みんな、くるみ、とかくるちゃんとか呼んでましたよ」
「くるちゃんって呼んでるのってマキだけとちゃう?」
「あ、そういえばそうかも」
「今の今まで気付かへんかったんや」
「今の今思い出したけど、別の学科にすごい仲良い友達がいるって話してへんかったっけ?」
「マキよく覚えてるやん」
「思い出しただけ。覚えてると思い出すは同じようで違うやろ? 何で思い出したかっていうと渾名なんですね。どんなんやったかまでは思い出せないんですけど」
頭の中で何かが弾けた。同時に鳥肌が立った。自分を見失わないように一つ大きな息を吐く。どうしたのかと三人は思ったかもしれないが、そんなこと気にしていられない。
「それは、みかん、ではなかったですか?」
声が震えていたかもしれない。おそるおそる訊いてみる。
三人の視線が眞紀子に集まる。だが当の本人は済ました表情を浮かべていた。
「……思い出せません。というか聞いてへんような気がします。変な渾名で呼ばれてるってくるちゃんが言ってただけのような」
「あ、そっちなんや」
「え?」
「くるみが呼んでるんかと思ってた」
「そうです、そうです。ちょっと私の説明不足でしたね。みかん、と呼ばれてなかったですか、って意味です」
「う~ん。どっちにしても出てこないと思いますね」
どうしてか安心してしまっている自分がいることに気がついた。
何でだろう。触れてはいけないような、避けなければいけないような妙な感覚。
「ありがとうございます。えっと……あと三つあるんですけど、これもさっきの質問と同じで聞いたことがないかもですが……。胡桃さんのこれまでの経歴なんか教えてください」
「それは意外と思われるんでしょうけど、私知ってます」
高安陽菜がピンと手を挙げた。
そもそも胡桃をこの華道サークルに誘ったのが陽菜であるとのことだった。本人も口にしたが、円香はそれを意外だと思った。
いわゆる仲良しグループに、この二人は同時に存在できないと直感的に思ったからだった。理由を問われれば、なんとなく、としか答えられない。大学を出て社会人になっても変わることがなかった、自らが勝手に決めた基準に則ると、というだけだ。
そんな円香の、汚い気持ちには当然気付くことなく陽菜は淡々と説明してくる。
四十万胡桃は、埼玉県さいたま市生まれ。誕生当時は浦和市だったそうだ。
高校卒業までは実家に住み、大学入学と同時に京都市内に下宿し始めた。良いとこどりと眞紀子が形容した通り、持ち前の要領の良さで成績は常にトップクラスだったそうだ。
何故胡桃をここまで陽菜が知っていたのか、覚えていたのか。それは新歓BBQで同じグループになったから。
亡くなった人を告発するのはアレだけど……、と前置きして陽菜は語った。
その日、胡桃は人生で初めてお酒を口にした。彼女は割と遅いと思うんやけど、という明らかに不必要なおまけを付け加える。
彼女はお酒を飲むと饒舌になるタイプの人間だった。いくら飲んでも、酒にのまれることはなく、逆に先輩を潰しにかかっていた。その姿を見て、陽菜は大いに彼女に惹かれた。
その証拠に、BBQの同じグループには他にも何人か新入生がいたはずなのだが、誰も覚えていない。見た目とのギャップ。一言で表せば、それにやられた、とのことだ。
彼女はその場で思わずサークルに誘った。胡桃は面白そう、と言いその後で眞紀子やかすみに紹介された。二人共、胡桃が飲酒しているなどとは微塵も思わなかった。多少おしゃべりな女の子、という印象だったそうだ。
脇に逸れかけた話題を、急ハンドルを切る形で円香が修正をかける。
中学は選手として、高校ではマネージャーとしてテニス部に在籍していた。「自分のセンスの無さにイラついて」マネージャーになったらしい。マネージャーは男子テニス部であり、キャプテンと約一年間交際していた。別れのきっかけは相手の浮気。高校生の浮気なぞ可愛げのあるもので、たまたま彼が別の女子と楽しそうにご飯を食べているのを見ただけだった。それが引き金となり、徐々にお互い口を利かなくなり、そのまま自然消滅した。
ありがちな話だなと思いながら円香はメモをとる手を休めない。
「あと家族とはあんまり仲良くなくって、こっちで就職しよっかなーって話してました」
入学当時から就職のことを考える学生がいることよりも気になる点があった。
「胡桃さんって一人っ子でしたよね? よく両親は家を出ていくことを許しましたね」
「え? 女子やったらそういうん多くない?」
陽菜が周りに同意を求める。
「せやね。珍しくはない、というかそんなん気にしたことないかな……」
眞紀子の言葉に続いてかすみも頷く。
円香はそのあたりの見識を持っていなかったので、少し恥ずかしい気持ちになった。
「あ、そういや事故に遭うまえ彼氏できたって言ってなかった?」
「マジで? なんであの子あんなモテるんやろ、なあマキ」
「ちょっと……こっち見んといてよ」
「で、正直どう思ってんの?」
何を言わせたいのかはなんとなく想像がついた。
円香は大きく息を吐く。どうしてもあの場面を回想する際はあらゆるものをシャットアウトしなければならない。血の中に佇む女の子。停止したものがこんなに恐怖を与えてくるとは。自分の呼吸音だけが思い出される。
ただその場面に思い起こす絵はなかった。
新聞の片隅やネットニュースではよく見かけた顔。悲しげな表情。決して美形ではなかった。むしろ――
「あんなブスが何でそんなにモテるんやろな、とは思ってるよ」
まるで機械のような棒読み。円香は最初耳を疑った。ひょっとして自分の心の声がリークしてしまったのかと思ったからだ。しかし、それは明らかに眞紀子の声だった。ホッとしたと同時に、改めて耳を疑うことになる。
三人の視線を集めていることに気付き、慌てて喉を潤す。
「どうしました?」心配そうに眞紀子が顔を覗き込む。
「いえ、私決めつける癖があって、栄瀬さんが私が言うはずないと思ってたことを言ったものですから」
それを聞いて二人は吹き出していた。
「マキの黒さは本当に誰も追いつけないんですよ」
「いや、色に追いつくとか無いしな」
「あるある。黒っていう数直線を思い浮かべて。左が薄い黒で右が濃い黒。薄いと濃いの違いは他の色を混ぜた時に変わりやすいかどうか。それでいくとめっちゃ左やで」
「何その理論。それでいくと陽ヒナはどこにいるんよ?」
「私は数直線からちゃうしな。むしろ正規分布、みたいな」
「数学できひんのにそんなこと言ってたら色々墓穴掘るで」
「色々って、そんないっぱい墓穴持ってへんわ」
一瞬間があったと思うと、三人でゲラゲラ笑いだした。
円香は陽菜の言った、数直線の話を考えていた。今回の事件、一つの直線に全てが収まっているのだろうか。到底一本だとは思えない。
事件から約一ヶ月。進展がまったく見えない。警察は一体何をしているのだろう。自分たちもそうだが、彼らにしても、答えがある直線を見つけられていないのではないか。そんな思いが頭を満たしていた。
笑い転げている彼女たちに割って入る。四十万胡桃の経歴をこれ以上掘り下げても何も出てこないだろう。彼女は事前に準備していた四つ目の質問をぶつける。
「お三方への警察の接触を訊かせてください」
「えー、どこから言ったらいいですか?」
「どんなことを訊かれたかですね、覚えておられる限りでいいので。刑事の特徴とかも覚えている範囲で教えてもらいたいですが」
突然三人は黙りこくる。本日この光景は何度目だろうと思う。真剣に考えてもらえるのは非常にありがたいのだが、どうして見ず知らずの自分にこんなにも親身に答えてくれるのだろう、何か見返りが期待されているのだろうか、と訝ってしまう。
「警察よりも、テレビ局とか新聞社の人たちが多かったんは確かです」
おもむろに眞紀子が口を開く。
「そうそう、ほんまに事件後一週間は私たちそれが仕事みたいになってたもん。割のよすぎるアルバイトやったな。まあ結局私らの言ったことほとんど記事になってへんけど」
「ヒナもめっちゃ籠ってたもんな。その皮?がしたらとんでもないことなったやろうに」
「えー、それマキが言う?」
「ことわざでこれ、どんぐりの背比べって言うねんで」
「……さすがに私でも知ってたわ」
三人がこれほど好意的に円香の質問に回答していた理由が少しわかったような気がした。
今日何度目だろう、円香は軌道修正した。
「警察は……一番訊かれたのは、彼女を恨んでる人はいませんでしたか、とか、あの時何をしていましたか、とか」
後半は笑いながら眞紀子は言う。アリバイってやつですね、と彼女は続けた。あまりに非日常的な質問を自分がぶつけられたことに思わず笑ってしまったようだ。
「どう答えたんですか?」
「いない、としか言えないですよね」
「二人も同じですか?」
質問に陽菜とかすみは首肯する。
「では、最後の質問にもなるんですが、ストーカーの存在は知らなかったということですか?」
またもや時が止まったような錯覚を受けた。ただ、今回の沈黙はいつものそれとは異なっていた。眞紀子が話し出そうとしないのだ。
沈黙を破ったのは、かすみだった。
「知ってた、というか、本人から聞いたというか」
「それって警察に話されましたか?」
「あ、そうですね、忘れてました」
円香はやった、と思った。ここで到達できる可能性は高いと踏んだものの、こんなにすぐに実態がわかるとは思っていなかった。
そんな喜びをかき消すような重苦しい空気に包まれていた。どうやら眞紀子から発せられているらしい。待っていても話し出そうとしなかったので、自ら切り込んでみる。
「栄瀬さん、どうされました?」
「いえ、なんでもありません」
二人は気を遣ってか何も話しかけてこない。再び気まずい沈黙。円香はかすみと陽菜も何か知っているのだろうと思った。そこで何か言ってくれと願いながら二人に懇願した目を向けてみる。効果がすぐに現れた。
「マキ……、警察に相談しにくかったら言ってみたら?」
おそるおそるといった感じでかすみが提案する。蚊が羽ばたくほどの小さな声だったが、静寂のせいで割とはっきり聞こえた。当然眞紀子の鼓膜も揺らしただろうが、無反応だ。
「同じ目に遭ったらどうすんの?」
陽菜が強めに言った。
それを聞いて眞紀子はハッとしたように顔を上げた。何かを覚悟した表情だった。
「私も最近、追いかけられてるみたいなんです」
予想はしていたが、急展開になんといえばいいか分からない。何せ円香の専門はカウンセリングの人でもなければ、相談役でもない。励ましたところで、何にもならない。対処法など一つも思い浮かばない。
「くるちゃんにも言われたんですけど、逆に相手のストーカーになってビビらせるっていう、あり得ないような方法があって」
四十万胡桃は、七月頭、すなわち事故の三週間ほどまえ、三人に語っていたという。
ストーカーの名前が分かった、と。
何故、そしてどのような方法で知ることができたのか。
胡桃がストーカーの存在に気付いたのは五月の後半。それからずっと考えてようやく実行したとのことである。三人が話を聞いたのが彼女が行動した後だったので、とにかく呆気にとられたそうだ。
まず、名前を知ろうと思ったのは、対等になろうと思ったからだそうだ。何故ストーカーに脅威、恐怖を感じるのかと考えた時に、相手は自分のことを少なからず知っているのに、自分は相手のことを知らないからだという結論に至った。知れば何らかの対策が打てる。
警察は実際に被害に遭うまで何も動かない。そんな金はどこにもない、という考え方だから未然に防ぐことにかけては懐疑的と言わざるをえない。したがって自分の身は自分で守る。当然といえば当然だが、なかなかできたことではない。結果的にではあるが、それが直接の引き金になったかは現状定かではないが、誰かに殺されたではないか。円香は思ったが口には出さない。
肝心なのは方法である。
胡桃が採用したのは、非常に古典的なやり方だった。古典的というよりかは、時代錯誤的といった方が適切かもしれない。もっといえば、そんな方法思いつくはすがないと言い切れるものだった。
ストーカーが自分をつけていることが分かると仲の良い友人にワン切りをかける。そしてその友人がストーカーを尾行する。二重尾行である。そして頃合いを見計らって、その友人がストーカーに直接声をかける、というものだ。今何してたんですか、という風に。
そんな方法、警察を超えている。何より危険すぎる、と思ったのだが、効果は絶大だったようで、名前が分かっただけではなく、それからストーカー被害は止んだそうだ。
ちょっと待てよ、と彼女は思う。その復讐で胡桃は殺されたと考えれば全ての筋が通るのではないか。動機としては十分すぎる。おそらく証拠がないのだろう。動機面だけで捕まえられるのなら刑事は必要ない。
さすがに眞紀子は同様の方法は無理だと判断した。胡桃が何らかで死んだからではなく、客観的に危なすぎるという俯瞰だ。
彼女は胡桃と正反対、極めて近代的な方法を採った。名前を知られたことに確実に気付いていないだろうという。
ソーシャルネットワーキングサービス、いわゆるSNSである。眞紀子はフェイスブックやツイッター、インスタグラムにアカウントを持っていた。特にフェイスブックは本名で登録していた。そうすることで小学校や中学校の時の携帯を持っていなかった時代、連絡先を交換していなかった相手に見つけてもらい、連絡がとれるようになるかもとの考えからだった。
そしてこのフェイスブックに、足跡、つまり誰が自分の投稿した画像や記事を見たのかを知る機能は存在しない。勿論、コメントされたり、いいね! をクリックされれば反応してくれた人は分かるのだが。
端的にいうと、プログラマである彼の兄が、違法と分かった上でフェイスブックのサーバから足跡情報を取り寄せるアルゴリズムを作成し、解析を行ったそうである。違法と言われても円香はピンとこなかったが、凄い兄がいるんだなという印象だけ持った。
そして、明確にとあるアクセスポイントから接続されている足跡が見つかったのだ。眞紀子の凄い兄の力で、アクセスされている地点を割り出し、ネット回線の契約者を検索した。
そのストーカーの名前が、四十万胡桃によって伝えられた名前と一致していたのである。
フェイスブックの足跡検索のみで、ストーカーであるとの断言はできない。しかし、本名登録していない、ツイッターやインスタでの結果も同様だった。つまり、同一人物がむやみやたらと彼女のSNSにアクセスしていたことになる。例えばツイッターは、半年以上ツイートしていないのに、である。
更に前科のある人物と同一の名前。確信せざるを得ないというのが彼女の結論だった。
「まさか私のストーカーが胡桃のと一緒やったやなんて、怖すぎてもう……、誰にも言えなくて」
「いや、絶対に警察動いてくれますよ。さすがにストーカーを調べようとしたのは怒られると思いますけど」
「それっておかしくないですか?」
眞紀子は怒りを込める。
「あんたらが何もしなかったから胡桃が死んだかもしれないのに、その教訓で自分を守ろうとしたら、死ぬかもしれなかったとか言うんでしょ。結局いつも何にもしいひんのに口だけは一丁前で、返す言葉もないです」
その通りだと円香は思う。虎次郎が刑事を辞めた理由もそのあたりの不信感が影響しているのかもしれないなと勝手に想像した。
「ごめんなさい。ここまで話聞いてもらええると思ってなかったんで、ちょっと強くあたっちゃいました」眞紀子ははにかんだ。
彼女の腹黒さ。一瞬で切り替えられる思考。ただの真面目でルールに厳しい少女ではなかった。目的のためなら、ある程度手段は選ばない狡猾さを兼ね備えている。
あんなブスにストーカーなんてあり得ないとは言わないのですね、という自身の黒さが爆発する質問は不躾すぎると、思いとどまった。
何をもって黒いといえるのだろうか。人の色はどのように決まるのだろう。
「ストーカーの名前は――」
気付かなかった、いや、忘れていたのか。華道サークルの代表の口から飛び出した名前は、にわかに信じることができないものだった。
「ふわ~あ」
虎次郎は進展のないWordファイルから目を逸らして欠伸をした。
「……何故欠伸が出るか知ってるか?」
「ああ、自分の周りの空気が薄くなったからやろ、当たり前やん」
「本気か?」
「地球が金星と衝突するくらいかな」
「……安心した」
どうでもいい会話だ。しかし熱せられた脳細胞のクールダウンにはもってこいである。
その時、玄関がものすごい音を立てて開いた。金星ではないにしても、何かが衝突したことは間違いない。
ドスドスという足音の後に汗だくの円香が現れた。髪がべっとり顔に張り付いていた。
「ちょっと! やばいって! 驚かないできいてよね!」
「岩海苔?」
「いや、せめてワカメにしてあげようや……ごめん」
あまりに息を切らす円香を見て思わず謝ってしまった。肩での呼吸が止まらない。
「あれ、大丈夫? 髪の毛の話やで」
「もう!」
「とりあえずこの事務所は欧米スタイルではないので、靴は脱ぐようにしようか」
円香はようやく平生を取り戻したのか、額の髪をかき上げた。しかし変な意地が働いているのだろう、玄関に戻ろうとはしない。
「ナガトテキヤ!」
「……は?」
二人は彼女を見つめたまま次の言葉を待った。
「ストーカーの一人! 名前がわかったで!」
寿至を見る。これまで見たことの無い表情をしている。虎次郎も同じだったかもしれない。目を丸くするとはまさにこのことだと思った。円香の言葉が関西だったからではない。
「ナガト……テキヤ……」
その名は、手原めぐみの担任の名前と一致していた。




