22話 「英雄の行く先」 後編
馬車の中は暗い。万が一逃げられたときに備えて窓はすべて締め切られ、扉は頑丈に閉ざされている。
既に何時間も揺られ続けていることから、首都からかなり離れていることだけは分かる。それだけ離れれば、私の足ではどうあっても人里までたどり着くことは叶わない。
「(私を人質として機械派と交渉するつもりでしょうけど、私一人で戦争を止められるほどの価値はないと思うわ。)」
ララは己の行く末は考えていた。捕らわれの身であればどのような結末を迎えるか想像はつく。いまでこそ大切に扱われているが、人間が本当に窮すればどんな行動にでも出られる。
「(私は鳥籠の中で育てられたようなもの。大切に育てられたと言えるけど、そこに愛情があったとは思えない。お父様なら、大統領なら、切り捨てることも容易でしょうね。)」
実の父親の評価と思えないが、実際にララが父親と過ごした時間は短い。多くは家の使用人や家庭教師たちと過ごし、食事の時間すら、大統領の職務忙しさからともにとることは少なかった。
「良くて戦後に解放されても、五体満足でいられるかもわからないわね。」
一思いに殺されるよりも想像を絶する辱めを受けることを考えないようにしても、自然と出てきてしまう。恐れからくる震えを隠すように両手で自身の身体を抱きしめる。
「本当に、グレンが来てくれるって望んでしまうじゃない。馬鹿。」
自分に叱咤した時、体の震えは大きくなった。疑問に思うのもつかの間、馬車全体が大きく揺さぶられた。固定するものがない馬車内でララの身体は大きく跳ねる。
「嘘っ、敵襲!! こんなところまで機械派が進行していたの!?」
外の様子はうかがいようもないが断続的に響く爆発音は大きくなり、ついには衝撃が来た。馬車の座席は横へと傾く。当然、ララも慣性には逆らえない。
「こんな形で死にたくない!!」
目の前に壁が迫ったところで、ララの視界は完全に真っ暗に染まった。
どれくらい経ったのだろうか。目を覚ましたララは状況を整理する。自身にとっては一瞬のことだったが、外での時間経過は分からない。周囲は相変わらず馬車の中の暗黒だった。違うのは、静寂だったこと。気を失う前は、いやというほど響いていた馬の蹄鉄音が一切しなくなっていた。
「何かの襲撃をうけたのかしら?それもすでにことが終わっている。でもこの馬車が無事な理由が分からないわね。」
ララを護衛していたのは、近衛魔法使いにランスロットだ。それほどの人たちが負けることはないはずと考える。逆に、機械派が待ち伏せをしていたのであればララを救うためにきているので、馬車に危害が加わっていないのも納得できる。あるいは。
「どちらにしろ、私にとって悪い方に転がることはないはず。・・・たぶん。」
とにかく、外の様子を確かめなければいけないと、扉に手をかけようとする。
馬車が傾いているとはいえ、扉までそれほど距離はなく、手を伸ばせは届く距離だった。
「あれ?」
しかし、ララが扉に手をかけるよりも早く扉を開かれた。暗黒の中において外の光は、先ほどまでの曇り空でも逆光となり降り注ぐ。
思わず目を細めた先にいる人影はララのよく知るものだった。
ランスロットを見送ったグレンは、周囲に立ち上がるものがいないことを確認してから、膝をついた。
「・・・っ!?」
大技の連発に、首都を発ってから何時間という戦闘を重ねたことでついに疲労が限界に達していた。体力だけでなく、魔力もこんどこそそこを尽き、回復まで時間がかかるだろう。
いままで戦ってきた中で、ここまで消耗したことはない。怪我をしたことで動けなくなることはあっても、自身の中にある竜の力によってすぐに動けるまで回復できていた。今回は、その力すら使い果たしていた。
「それでも・・・勝った。全部倒して、ここまでこれた。」
目の前にふさがるものはなく、馬車までの一本道だ。保々の身体に鞭をうち、立ち上がる。
「俺はララを助ける。ララには言わなければいけないことあるんだ。」
馬車に向かって一歩。一歩。足取りは不確かだが、着実に近づいている。普段であれば一瞬であるはずなのに、今はその距離が永遠にも思える。それがかえって、グレンにこの戦争を振り返える猶予にもなった。
はじめは、ただ強くなろうとしていただけだった。故郷を神々に滅ぼされ、復讐として最強を目指し始めた。そのために敵と戦う必要があるから、戦争に参加しただけだった。
だが、グレンが考えていた華やかな舞台ではなく、想像以上に戦争の根は深く、凄惨なものであることなど考えることもせず。
「それでも今の自分があるのは、故郷を滅ぼした竜と邪神のおかげでもあるんだよな。」
歩きながら、自分の胸に手を当てる。戦争中何度も死にかけた。CTRという魔力なしでも動かせる鎧と初めて相対した時。味方の誤射で機械派もろとも巻き込まれた時。軍港で戦艦の砲撃の雨の中に居た時。ロック砦で殿を務めた時。
思い返せばたくさんあるが、数日もすれば前線に復帰できたのは他ならない自身の中にある力であることを。
「まだまだ・・・力があっても、使いこなせなければ意味がない。刃の鋭さも魔力の使用量も改善の余地がある。生きて、生きて、強くなり続けなければ。」
また、多くの人々と出会い、そして別れた。
クロスストリート、ロック砦、中央平原で共闘したやつら、首都で背中を押してくれたやつら。敵方も、因縁あるスレイプニルの連中に、エースと呼ばれるCTR乗りたち、そして、ララ。
「他の人間と関わるつもりなんてなかったのにな。理解できない感情を抱いてしまえば刃が鈍ると思っていたのに、今は俺を突き動かす原動力になっている。」
思い返す姿が移り変わる中、一人になって初めて会った老人のことを思い出す。旅人としての生き方。魔法使いとしての生き方。そして人としての生き方を教えてくれたあの師匠の最後の言葉を思い出す。
「俺は優しいからその力は誰かを救うために使えって、あの時はそんなことは考えられなかったけど、今は違う。俺はララを救いたい。あいつを鳥籠の中から出して広い世界を共に歩みたいんだ。」
もう馬車まで目の前だった。軋む体を動かし、横倒しの馬車の上に乗る。扉に手をかけるのは少しためらった。
なんて言葉をかければ良いのだろう。疲れ切った頭ではなにも思いつかない。
中にララはいないかもしれない。いたとしても拒絶されるかもしれない予感がよぎった。しかし、ここまできて引き下がるのは男が廃るというもの。意を決して扉を開く。
果たしてそこにいたのは、扉に手を伸ばして今にも外に出ようとするララがいた。
「・・・。」
「・・・。」
お互いがお互いを見つめあいながら沈黙してしまう。何秒、何十秒、何分そうしていたかわからない。二人の頭の中ではいくつもの思いや感情が駆け巡り、どのような言葉をかければよいかわからなかったから。
グレンはこんな時であるにも関わらず記憶をさかのぼり昔を思い出し続けていた。それは、一冊の絵本だった。まだグレンの故郷が灰になる前の、何でもない一日。母親から読み聞かされた騎士と姫の物語。あの時よりもさらに昔のおとぎ話。その中で、騎士は様々な冒険の末、姫と結ばれるお話だった。騎士が姫と結ばれる際に言った一言を思い出しては、自然と口に出てきた。
「ララ、迎えに来たぞ・・・。」
「っ!!」
「えっ、危なっ、うわっと!?」
ララはその言葉をずっと待っていたのだろう。目に涙を浮かべながら、馬車の椅子を足場に飛び上がってきた。突然の衝撃に体は悲鳴を上げるが、ララの身体をしっかり抱きとめてこらえる。抱きしめたは良いが、なかなか顔を上げてくれなかったので、心配して聞いてしまった。
「ララ、大丈夫だったか?」
「ううっ・・・大丈夫よ、私は大統領令嬢なんだから。でも来てくれるとは思っていなかったから。信じられないの。」
「思っていなかった・・・? 俺はお前の声を聴いてここに来たんだが。」
「えっ!?」
「助けてって聞こえたんだ。こっちの方向から。だから迷わずここに来れた。」
「っっっ!!!」
グレンの言葉聞いてララはますます顔をうずめてしまった。さすがにいつまでも馬車の上にいるのも危険なので、ララを促して一度降りる。疲れからか着地で少しバランスを崩してしまう。いつものグレンらしからぬ動きは当然ララに悟られる。
「グレンの方こそ大丈夫なの?ランスロット達を相手にしたのでしょう。それだけじゃない。機械派の人たちとも戦ってきたはず。私にかまわないで少し休みましょう。」
「いや、それはできない。ここに居続けたら倒した連中が起き上がってきてしまうかもしれないし。あいつらが来るだろうしな。」
「あいつら?」
ララが首をかしげると、どこからともなく機械の駆動音が聞こえてきた。数は5つ。まっすぐこっちに向かってきていた。
「いけない、グレン。すぐに逃げましょう。今のあなたではとてもじゃないけど勝てないわ。
これだけ派手にやっているのだから、魔力の追跡は難しいだろうし少しは足止め出来るでしょう?」
ララは必死に懇願してくる。せっかく再開することができたのにすぐ離れ離れにはなりたくないだろう。
「そうだな。そうしたいところだが、今はまともに走ることすらできないんだ。」
「そんな・・・」
グレンはこうなることは頭の片隅にあった。今目の前に迫っている機械派のCTRは、ララを助けるためにはるばるここまで来ているんだ。おそらく俺を追えば辿り着けるという確信があって。
魔力はそう簡単に戻らない。肉体もすでに限界を迎えている。それでも、それでもララを守るために刀を抜き放つ。
「ララは後ろにいてくれ。あいつらはお前に傷をつけられない。あいつらと俺の直線上に居れば、俺を攻撃するのはためらってくれるかもしれない。」
「グレン、そうね。逃げられないのであれば私という存在は最大限活用して構わないわ。・・・あなたがいなければ私はどこにも行けないんだから。」
「それは大げさじぁない?」
「本当よ。」
「わかったよ。死なないよう頑張るさ。」
これが最後になるかもしれないなら、冗談のひとつくらいは言いたくなるかもしれない。一分一秒でも相手と会話したいというのに、彼らは辿り着いた。ララが見たことがない形をしたCTRが三機、狼をあしらった部隊章を付けて目の前に揃い立つ。
CTR達はグレンたちの前で立ち止まりはしたが、すぐになにかをするわけではなかった。目の前に広がる状況を整理しているのだろうか。グレンを相手にどう攻めるべきか考えているのだろうか。ほどなくして、中央に立つ機体から声が聞こえてくる。
「私は、ジンテツ・オンワ准将。スレイプニル隊隊長を務めている。我々はララ・イラストリア救出任務を請け負っている。そこにおられるのがご令嬢で間違いないな?」
スピーカーを通して男の声が聞こえてくる。そこに敵意はあまり感じなかった。話す余地はあるのだと思いグレンは声は張り上げる。
「そうだとしたらどうする!! 殺してでも奪うってか?」
グレンは後ろにいるララ守るように立ち刀を目の前に機体に突きつける。
「ふむ。我々が受けたのは令嬢の救出のみ。貴様を殺す命令は受けていない。おとなしく引き渡してくれるのであれば、見逃してやる。」
ジンテツは比較的穏便に事を運ぶつもりだった。目の前の魔法使いは手負いも手負い。しかし、それでもこちらを全機倒せるだけの気迫があるし、過去にそうなりかけたことも覚えている。だからこそ、交渉から入る。
「それはできない。俺はララを助けるためにここまで来たんだ。今更引くことはない。」
目の前の男は引かなかった。その理由をジンテツは知りたかった。先の離脱も、どういうわけかイラストリア令嬢の声を聞いたとかで我々を置いてこちらの方角に去っていった。この戦争の最終局面でそうすべき何があるのか、それを確認する。
「何が貴様を駆り立てる?貴様にとって命を懸けてまで守る理由があるとでもいうのか!?」
「あるさ。俺は・・・ララが好きだ。俺を受け入れてくれて、俺のやることを応援してくれた。そして、ララに世界を見せてやるんだ。いやなことがたくさんある世界だけど、良いことも同じくらいある。それを知りたいと願ったのなら俺は叶えてやりたい。だから、俺はここにいる!」
「好きだと・・・!?」
ジンテツは困惑した。今まで殺し合いをしていた相手が、あまりにも青臭い理由でここにいることに。
「私からもお願いします、ジンテツ准将。私はいつまでも鳥籠の中にはいたくないのです。私には・・・夢が出来ました。グレンと一緒に旅して世界を知るという夢が。だからお願いです。見逃してくれませんか。」
救出対象であるララからも懇願された。あまりにもおかしな状況だった。
「隊長、騙されてはなりません! あいつは俺たちの仲間をたくさん殺してきた。それに魔法使いは狡猾です。ご令嬢が洗脳されているかもしれないんですよ。」
副隊長の意見はもっともだ。今までもそういうことは何度かあった。しかし、目の前の少年少女からはそんなも一切感じなかった。グレンとは何度か戦っているにも関わらず。
しばらく考えたが、今ジンテツの中に渦巻く気持ちが変わることはなかった。
「・・・これも時代の変わり目か。まもなく戦争は終わる。我々機械派の勝利によって。だが、魔法使いもそうでない人間もこれから手を取り合って生きていく。目の前のようにな。」
「隊長・・・何を考えているんですか?」
「ララ様。本当に良いのでしょうか?今逃げおおせたとしても、新たに命令を受けた者たちがあなた方を襲う。グレン、貴様がやってきたことも加味すれば賞金首になってもおかしくない。それでも構わないのか?二人で逃げ続けられるのか?」
敵も味方も動揺する。その言葉に別の意味がなければ逃げても良いと言っているようなものだったから。
返事はすぐに来た。
「ああ、絶対に守って見せる。」
ジンテツは言葉を放った少年の目を見て、青臭くもその力を知っているからこそ任せてみたくなった。
「ならば行くが良い。貴様たちのことは逃がしたと上に伝えておく。すぐに追手が来るだろうから出来るだけ遠くに行くのだな。」
「隊長!?」
「グラバス、隊長が決めたことだ。俺たちはそれに従うしかない。」
「しかし・・・」
「すまない、みんな。だが、レイラがいたのであればそうしていた。あいつは子供が死ぬのは見過ごせなかったからな・・・」
「本当に良いのですか?」
「ララ様。良いのです。この期に及んで子供相手に殺し合いなんてもう沢山です。それに、そこの男には一度見逃してもらった借りがある。」
「あなたのご厚意に感謝いたしますわ。・・・グレン。」
「ああ。ジンテツ、ありがとう。また会えたら今回の借りを返させてもらう。」
「私はもう会うことはないと思っているよ。」
「そうか。」
少年少女は戦場を後にする。お互いを支えあい、一歩一歩生きていることをかみしめながら遠くへ消えていく。
姿が見えなくなるまで見送ってからジンテツは懺悔する。
「本当にすまない、みんな。お前たちに罪はかぶせない。すべて私の独断で行ったことだ。」
「ぐぐぐ、納得はできないですが命令ですから従います。でもあなたは戦後も必要な人材です。助命はしますよ。」
「ふふっ、私よりも貴様の方が高みを目指せるはずだ、グラバス。だから、余計なことはするなよ。」
「・・・はっ。」
「まあ、何の成果もなしというのもあれだからな。ここで気絶している魔法使いたちを拘束すれば、少しは上の気もすむだろう」
そうして、CTR達はそこら中の地面に横たわっている魔法派の人間たちを拘束するのに、半日かけた後、帰還した。
魔法派の首都ガンダルムが落ちるのは、それから1週間かかった。




