22話 「英雄の行く先」 前編
首都ガンダルム郊外
あっという間に飛び去ったグレンをただ見ていることしかできなかった機械派の人間たちは、グレンがいなくなっても言葉を発することができずにいた。戦場に突然響いた救出対象の声のこと。その声が求めたのが目の前の敵であったこと。そして、今ままで全力だと思っていた敵が手加減をしていたことに、安堵と怒りが混ざり上手く言葉にできていなかった。
「皆のもの、奴を追いかけるぞ。」
「っ!! 隊長、それは・・・」
「あれを相手にするということで良いのですな。」
ジンテツは決断を下す。スレイプニル隊が請け負った任務は大統領令嬢ララの救出。そのためには、部隊すべてを犠牲にしてでも成し遂げなければならないことを理解していた。だからこそ、死地へと部下を導く。
「あの男は間違いなくララ様のもとへと行くはずだ。闇雲に探すより奴を追いかけたほうが確実だろう。グラバス、奴の魔力反応は追えるか?」
「はっ、可能です。というよりこれだけ濃い魔力を残していくのですから難しくはないです。」
「了解した。スティール、ここに残ってマッキーとイワナミの機体を護衛してくれ。余裕があればアントニオとスケールの遺品も頼む。それ以外の者は儂と共に奴を追う。すまないが皆の命を儂に預けてくれ。」
「今更ですよ閣下。私たちはいつでもあなたに命を捧げてきました。今更変わることはないです。」
「くっ、共に行くことができないのは心残りですが、隊長たちと共に過ごせてよかったです。」
「うむ。行くぞ!!」
ジンテツの掛け声とともに3機のCTRがブースターを吹かしながらグレンの残した魔力を追う。
相手は強大な力を持った化け物。勝ち目は薄いが機械派の正義を見せるためにも戦わなければならなかった。
ララを乗せた馬車の一団は山脈の麓まで近づくと、進路を南へと切り替えていた。目的地は最後の拠点セルダムであることもあるが、山脈には凶悪なレジェンズや魔物が住んでいるため不要な危険を冒す必要性がないためである。
機械派の軍勢はすでに遥か遠く、戦場の喧騒は聞こえない。追手の心配をほとんどしなくて良いそんな場所にいるため、護衛たちは気を緩めていた。
一段の先頭を馬で駆けているランスロットと近衛の隊長を務める者が相談事をしていた。
「ランスロット様、ここまでくればもう心配はないでしょう。少し皆を休ませていかがですか。」
背後で駆けている馬車と馬群を見ながら判断をする。
「それもそうだな。まる1日かけてここまできたのであれば疲労も溜まっているだろう。追手の心配もあまりないだろう。許可しよう。」
「畏まりました。副長たちにも伝えてまいります。」
隊長は速度を落として、少し後ろを走る伝令に休憩の内容を伝えている。それを見ていて、ふと一抹の不安を覚えた。
「(確かに機械派の追手はこないだろう。だが、グレンはどうだろう・・・奴は追いかけてくるか? いや、それはない。ここまで、入念に計画した脱出だ。たとえ気づいたとしてもここにいる我らを見つけることは不可能だ。)」
そう結論付けようとして改めてララの乗っている馬車を見ると、彼女と首都で会話した時のことを思い出した。
戦火が及ぶ前の首都の時間はいつの間にか夕刻に差し掛かっている。王宮の一室にてランスロットはララに今後の段取りを説明していた。そして、別件で指令所へと向かわなければならない時刻であることに気づいたランスロットは王宮を後にしようとしていた。
「もう時間か。今後の段取りはだいたい説明した。俺はここを離れなければな。」
「あら残念。もう少し聞きたいこともあったのだけれど。」
「それはこちらも同じだ。」
「だけど、最後にひとつどうしても聞かせてほしいことがあるのだけど。」
「なんだ?」
ララはあえて気を許した状態を崩さずに聞いてきた。
「あなたは復讐心で戦っているけど、その後はどうするつもりなの?この戦いが勝つにしても、負けるにしても?」
「っ・・・」
機械派のそれも大統領の娘からでた言葉に俺は湧き出る怒りをすんでのところで飲み込んだ。それは、この少女が娘と同じ年頃だったとか、グレンと親しかったからだったかは分からない。ただ、少女の問いが本心からくるものだけは分かった。
少女は答えが出るのを待っている。それに対して俺は考えることが出来なかった。最初から決まっていた答えをそのまま口にする。
「・・・そんなことはおれには分からない。だが、達成感は得られるだろう。この絶望した心に対してはな。」
「そう、ありがとう。・・・私が言えることではないけど、グレンは未来を見ていたわ。生き延びた先をね。」
「・・・そうか。」
俺は言葉を返すことが出来なかった。途絶えた会話は自然と別れの合図となり、無言で部屋を退出した。
ひと時の感傷を振り切って前を見据えようとしたとき、頭上から押さえつけてくるような膨大な魔力の反応に全身が強張った。一瞬遅れてその魔力の感覚が一番出会いたくない相手のものだと悟ってしまった。
「やはり、おまえが最後まで付き合う相手なのか・・・グレン。」
頭上を見上げる。他の魔導士達もその魔力の発生源にすぐに気づき頭上を仰ぐ。そこには、全身を火に包んだ巨大な鳥がこちらめがけて襲い掛かろうとしているところだった。
馬群の先団を遮るように火の鳥は地上に激突する。その衝撃は先団にいた魔導士達だけでなく、中団の護衛対象がいる馬車まで巨大な衝撃が伝わるほどの破壊力だった。吹き飛ばされた魔導士はなすすべがないが、耐えることができたものはすぐさま目の前の脅威に相対する。先団から最後尾まで進行上で起きた出来事は波及していき、その脅威の大きさにすべての魔導士が駆けつけようとしていた。
目の前の状況を把握しながら息を整えている。全力で駆けつけてきて、なおかつ持ちうる限りの最大の魔法を放ったばかりだからだ。それでも、息が少しあがるだけで済んでいるため、その化け物具合がうかがえる。
「ふぅーーー、守るべきもののためにすべてを燃やして捧げろ、「竜神炎華」!!」
息を吸い詠唱を始める。二句紡ぐだけで右手に持つ刀の真の力が解放される。刀身を中心に炎が周囲にあふれ出し、その熱は魔導士達の魔法防御を無為にするほどの魔力を有していた。うろたえる魔導士達をよそにグレンの背後には炎が竜の形を形成していく。
「あれはなんだ!? なんだあの化け物はっ!!」
「落ち着けっ、奴の詠唱を止めるんだっ!! 攻撃しろっ!!」
魔導士達は各々の魔法を紡ぎ、グレンへ放つ。近衛である彼らの魔法は、今まで戦場に出ていた魔法使いたちとは別格であった。その才能を認められ近衛に抜擢され、たゆまぬ努力を続けてきたその一撃はCTRを容易に破壊できるだけの威力を持っていた。それが、二十、三十とグレンめがけて放たれる。
しかし、その魔法群がグレンの元まで届くことはなかった。詠唱よりも早く到達するものはグレンの周囲にあふれ出す熱量にかき消される。それらよりも後から飛来する魔法は完成された詠唱によって無に帰した。
「あの日何もできなかった絶望を思い出せ、「邪竜奏想」!!」
今度はグレンの左手に持つ刀身から闇があふれ出す。闇、闇、闇、どす黒い闇はあっという間に周囲の地上を飲み込むように広がっていく。魔導士達の魔法は闇の濁流に触れるや否やその勢いを消失し闇に飲まれた。闇は、周囲に広がりきると仕舞に、先ほど竜が形成された空間に、悪魔のような形が形成され力の開放を終えた。
「あがっ・・・」
「あっ、あっ、うわああああああああああああああああ!!!」
次の攻撃に移ろうとしていた魔導士達はその悪魔を見た瞬間、狂気あるいは絶望に陥った。それは醜い水棲生物の容貌を持ち、巨体の体躯から数えきれない触手が周囲へと延びている象と蛸を合体させたような悪魔だった。
魔導士達は当然、異形の存在に慣れている。アイリ・スタの広い国土の治安維持のため古来より続くレジェンズたちが遺した化け物たちを相手取ってきたからだ。しかし、目の前にある異形は今まで斃してきたどんな異形よりも恐ろしいものであると本能で感じ取っていた。
形成されるのは、かつて魂喰いとしてこの世に誕生し、グレンと炎竜神に討ち取られた邪神であった。その闇は、触れる者の魂を食らうという本物の邪神ほどの力を有してはいないが、耐性がなければあっという間に気絶し、耐えることができても恐怖と嫌悪感が全身を駆け巡るものであった。
魔導士達はグレンの放つ炎と闇の威圧でまともに動けなくなる。それらを意に介さず刀を振るっていく。二神の力をまとったその一振り一振りは立ちすくむ魔導士達を紙くずのように吹き飛ばしていく。
同僚が吹き飛ばされる中、最前列でかろうじて正気を保っていた魔導士達何人かが再び攻撃を仕掛けるが、膨大な魔力の障壁に守られたグレンには届かず、逆に魔力の壁を衝撃はとして投げ返されて吹き飛ばされていく。
「大魔法・・・早いな。」
前衛集団を蹴散らしてから馬群だった集団の中央付近をみれば、炎と闇の瘴気の影響をそれほど受けていない魔導士達が、一つの魔法を完成させようとしていた。周囲の大気を風に纏わせて一か所に集めていく。大気は圧縮されていき一つの塊を形成していった。
「「「大地を穿て、カースオブウィンド!!!」」」
風の暴力がこちらめがけて放たれる。対するグレンは避けることはせず真正面に据える。刀を振り上げて、地面に叩きつけるように振り下ろす。
「覇黒っ!!」
刀に纏わる炎と闇の魔力が一筋の魔法となり風の暴力に正面から激突する。精鋭たちによる大魔法はそれ一つで千の軍勢を蹴散らせる。しかし、こちらが放った一閃はそれを容易に上回り魔法は霧散した。それに留まらず魔導士達のもとへも到達する。
「そんな馬鹿なっ・・・」
自分たちが今まで築きあげてきたものが一瞬にして崩れる様を目にしながら彼らは吹き飛び倒れていく。
戦場は完全にグレンの手中にあった。一太刀振るうたびに誰かが倒れる。一振り翼がはばたくたびに誰かが吹き飛ぶ。戦場を縦横無尽に駆け回る化け物を相手に最後まで戦意を喪失しなかった魔導士達は褒められるが、それだけだった。
「なぜ、その力を機械派相手に使わなかった。なぜ、その力をわれらに振るう、なぜ・・・」
戦場にいた最後の魔導士が倒れる。戦いは30分と満たなかった。
「はあっ、ふうっ・・・」
息を整える。周囲を覆っていた炎と闇は縛りつけていたものが解放されるように立ち消えていく。全力を出した代償は大きい。すでに体内と刀の魔力は9割が持ってかれ底をつきかけていた。
魔力がなくとも人間は動くが、魔力がある状態とない状態の落差は倦怠感となって一気に押し寄せてくる。
「はあっ、はあっ・・・まだ、終わりじゃない。」
馬車の方へ足を進める。敵はすべて倒れており邪魔をするものはいないように思える。しかし、心の中では知っていた。この場には一人、英雄がいることを。
「なぜ、貴様がここにいる? 戦場を離れ、命令を無視し、裏切り、なぜここにいる!?」
ランスロットが土煙の中から現れる。ララがいるであろう馬車の前に立ちグレンに問う。ランスロットの質問に即答する。
「俺はララを助けにきた。それだけだ。」
「ぐっ・・・それだけのために機械派だけでなく魔法派である我々も切り捨てるのか!?」
「・・・そうだ。どちらにいようともララは自由になれない。だから、俺がララを自由にする。」
「子供の戯言だ。たった一人で世界を相手に守ることなど不可能だ。」
「やって見せるさ。俺の力はそのためにあるんだ。俺はかつてはこの力のせいで大切なものをすべて失った。だが、ララに気づかされた。この力が俺が俺であるために必要であることに。」
「俺はララのために、国を相手にする。邪悪を滅ぼす。世界だって救って見せる。今はそれだけさ。」
「っ・・・」
ランスロットの顔が歪む。愛する者を守れずに失ったことを知っているからこそ、その理由が今はなんとなく分かる。
「勝負だ、ランスロット。俺はもう魔法がほとんど使えないから刀だけで戦うことになるだろう。それすら倒せないなら、ララは諦めてもらうぞ。」
「手加減ではないのは知っている。最初からそうするしか勝ち目はなかったからな。」
お互いに剣と刀を向ける。お互いに譲れないもののために、戦友であったとしても武器を向ける。
「いくぞっ!!」
「はあああっ!!」
男たちの最後の戦いは人知れず始まる。




