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21話 「戦場の架け橋」 後編

 曇天の空の下、遠景に山脈を眺めながら平原を一団が駆けていく。周囲に魔獣が偏在しているが近づこうものなら馬にまたがる魔導士達によって一瞬にして消し炭にされていた。魔導士の服装はみな一様に赤を基調として黄金の刺繍が入ったローブを纏っている。この集団こそがグレンや黒狼隊が追っている近衛魔導師団であり、魔法派に残された最大の戦力であった。その集団の中心には魔導士達によって守られるように一台の馬車があった。


 「はぁ・・・私はどうしたら良かったのだろう。家を捨てて、救ってくれた人を捨てて、利用されるままここまで来てしまった。今更後戻りはできないわよね。」


 ララはひとり心中をつぶやいていた。同じ馬車内に乗る人間はおらず、そのつぶやきは静かに消えていく。すでに首都を発ってから2時間は揺られている。戦場の音ははるか遠く、時折魔獣を追い払うための魔法が響く以外の変化はなかった。


 「叶うのならば、もう一度彼に会いたいな。」


 ララは自分が拒絶してしまった少年のことを思い出していた。自分の命を救ってくれただけでなく、様々な世界、物事、現実を教えてくれた少年がいた。私自身が自覚した使命のようなやりたいことを肯定してくれた少年がいた。純粋に夢を応援したくなる少年がいた。そんな彼に何か恩返しができていたらいいなと別れてから時折考えている。こうして誰かを想い続けるのは母親を亡くして以来だった。


 「でも、叶わぬ夢だから。私は自由な世界を求めることはできないから。」


 人質としてここにいる以上彼と会うことは難しい。それに彼はいつ死ぬかもわからない遠く離れた戦場に身を置いている。


 「こんなところまで追いかけてくるなんて夢物語にもほどがあるわ。」


 限りなく人目につかないタイミングで首都を発ち、2時間も走り続けている。そんな一団を後から追いかけてだれが追いつけるのだろう。


 いや、彼であればあるいは本当に追いかけてくるかもしれない。だれも助けてくれなかったであろうあの荒野の時も彼は私を助けてくれた。

 ふと、二人旅をした最後の夜を思い出す。


 (「この旅が終わればお前はもう危険な目に遭う必要もない。」)


 (「私がグレンの傍にいたいなんて言ったらどうするの?」)


 (「あのな、俺が行くのは戦場だ。・・・俺はお前に死んで欲しくないから言っているんだ。」)


 (「すべてが終わったら迎えに行くさ。それまで生き残れたらの話だがな。」)


 (「絶対に生き残ってよ。出なきゃ私が困る。」)


 (「はっはっはっ。そう簡単に死にやしないさ。」)


 あのとき交わしたさりげない約束を今この時に思い出すのはひどいと思った。彼であれば本当に迎えに来てくれるのではないかと期待してしまう。


 「あ~あ、私ってば本当に馬鹿ね。こんなに彼のことが好きだったなんて改めて思い出すなんて。

  ・・・でも、気持ちは大事だよね。」


 ララは両手を合わせて祈るように目を閉じた。彼女がやろうとしているのは荒野でグレンに助けられた時と同じことだった。彼女の助けてという願いを彼が聞き届けていたのであれば今度も同じようにいくはずだと。


 「(グレン、私はあなたのことが好きだった。その気持ちは今も変わらない。あなたはどう思っているのかな。私に失望しているかな。裏切り者だと思っているかな。そう思われても仕方ないよね。」


 「でも、あなたが私に生きる希望を与えてくれた。道を指し示してくれた。こんなにも嬉しいことは今までなかったの。だから、こんな気持ちを教えてくれたあなたにもう一度会いたい。会って謝りたい。あなたを裏切ってしまったこと。ひどい別れ方をしてしまったこと。あなたの気が済むまで謝るわ。そしたら、もう一度隣を歩いても良いかな。今度は私があなたを支えてあげたいの。・・・こんなわがままな私だけれども、助けてもらってもいいかな。助けて欲しい。助けて、グレン・・・)」


 ただ一心に祈るその姿はまるで神に祈る修道女のようである。違いがあるとすればララ自身が認識することなく周囲に光を溢れさせていることだった。その光は彼女の祈りが魔力によって形あるものに変換されていくように見える。馬車の中に一杯にあふれ出した光は外へと漏れ出て風に乗り平原の彼方、はるか遠い戦場まで届けられていった。




 野を駆ける一団もなく、血と鉄で争う戦場とも離れた場所で2つの力がぶつかり合っていた。片や縦横無尽に駆け回り業火と漆黒を振り撒いていた。片や鉄の暴力を数で押し込んでいた。両者は幾度となく交差を重ねることで互いの状態を理解できるほどまでになっていた。


 「数が減ったら連携が冴えてくるとか面倒だなあっ!!」


 グレンは迫りくる銃撃を躱しながら、不意を突いてくるCTRの剣を振り払う。間髪入れずに次の銃撃がくるので、今度は刀に纏っている魔力から火の幕を作り出し防ぐ。同時に剣を振るったCTRに対してもう片方の刀に纏わせた闇の魔力を放つが推進機を吹かした離脱が速くあと一歩届かなかった。


 先ほどからこの繰り返しだった。開戦からさらに1機落としてはいるのものの消耗がそれ以上に激しい。このままでは追いつめられるのではと傍からは見えるが、それでもグレンに焦りはなかった。ララを助けるという明確な意思が感覚を最適化している。


 「どうしたっ!機械派のエースの力はこんなものか!!」


 消耗しているのは相手も同じこと。であるならば、痺れを切らして不用意に出てきたところを確実に処理することがグレンが読む今の勝ち筋だった。

 

 挑発に乗ってはこないものの銃撃は激しさを増してくる。切り札とも言える肩部の武装も使用し始めて、周囲には土煙も立ち始める。煙の陰に隠れるようにお互いが見えなくなる瞬間、グレンも切り札を切って見せる。


「参の型、覇黒っ!!」


 闇夜を切り裂くように土煙の中から一閃が放たれる。狙いは寸分たがわず一機のCTRへと直撃した。CTRは倒れこむが、まだ動く素振りを見せる。両腕で受けたため、完全な破壊とまではいかなかったのだ。


 「浅い!! まだ足りないか!!」


 愚痴をこぼし続ける暇もなく言葉はかき消された。刀の反射光めがけて銃撃と爆撃が降り注いできたのだ。すぐさま回避に移るが、大地を穿つ余波の衝撃を防ぐために魔力を回したため力が少し抜けていくのを感じる。


 「(あとどれだけ繰り返すか・・・?こいつらをこのまま放置するのだけはしたくないがな。)」


 永遠と思える戦闘の応酬の繰り返しはグレンにとって日常だった。今までの戦場がそうであったように、この戦闘も同じ心持ちだった。しかし、状況は全くと言っていいほど違っていた。助けるべき存在がおり、刻一刻と遠くへと離れていく。目の前の敵を面倒だからと見逃すこともできない。

集中を切らすような誘惑が目の前を横切ってはすり抜けていく。それだけでも意識の一部を割かれるため煩わしかった。・・・いっそ、すべてを吹き飛ばすために覚醒を今から使うべきかと。


 そんな思いがよぎったとき、戦場が静止したように感じた。なにかが周囲に流れてきたことで空気が変わったのをグレンの知覚は察知していた。機械派のCTR達も同様に、戦場に現れた違和感に足を止めていた。


 一瞬の静寂のあと、忘れられない声が頭の中に響いて来た。


 「(助けて・・・グレン。)」


 「この声は、ララっ!?」


 グレンは思わず声を上げてしまう。ここにはいないはずの、遠い場所にいるはずの声が聞こえてきたのだ。そのきこえないはずの声は、機械派の人間たちにも驚きだったようだ。


 「なぜ、ララ様が貴様の名を呼び助けを求める!?それに貴様・・・まさかララ様を助けるためにここにいたのか!?」


 「・・・そりゃそうだ。じゃなければこんなところでお前たちと戦うものか。お前たちもララを助けるためにここにいるんだろう。」


 「それを知っていて足止めをしていたというのか。君にとってもそれは悪い話ではないかね。」


 「お前たちは機械派の首都に連れ帰るのだろう。俺は違う。ララを自由にするためにここにいるんだ!!」


 グレンは今まで抱えていた思いを相手にぶつける。魔法派にも機械派にも渡さず、自分とともに行く道を選んだのだ。それを邪魔するのであればすべて敵であった。


 問答をする間にもグレンは周囲の索敵をおこなっていた。聞こえるはずのないララの声が聞こえたということは、どこかでララの居場所と繋がっている手掛かりがあるはずだと考えたからだ。

そして、その正体は声が聞こえる前に感じた周囲を漂う魔力の残滓だった。


 「(これは魔力・・・ララの奴、魔法が使えたのか!!これを辿ればララのところまで行けるっ!!)」


 「我々にララ様を渡さないというのであれば貴様は裁かれるぞ。貴様は同胞を殺しすぎたため、すでに優先殺害対象にもなっている。だがまだ子供だ。情状酌量の余地はある。我々に協力すれば・・・」


 「悪いがお前たちの相手をしている場合じゃなくなった。あいつが助けを求めたのであれば何よりもその願いを優先しなければならないからなっ!!」


 相手の指揮官の言葉を途中で切り上げて、グレンは力を開放する。ララの居場所が分かれば後はその場所まで最速で飛んでそこにいる魔導士達を倒すだけだ。そのためだけに温存していた全力を今解き放つ。


 グレンの変化に気づいたCTR達は解いていた戦闘態勢に再び戻る。しかし、そのわずかな隙をついてグレンは包囲網を飛び抜けた。それは今まで地上を駆けていた時とはわけが違い、空を駆けるようにCTR達の頭上を飛び越え、遠くにいるであろうララの居場所まで最速で駆けて行った。


 後方に置き去りにされたCTR達はそれをただ見つめることしかできなかった。


 

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