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15話 「信念と憧れ」 後編

今回の話の内容である鍛冶のシーンはファンタジーの世界の設定としておいてください。

 

クロスストリートの街を横切る一本の大通りは街の中央を縦に分断する壁によって区切られている。その壁からほど近いところの脇道で今日も金属音を響かせて仕事をしている店があった。「マグニッツ工房」と書かれたプレートがあるこの店は以前ほど仕事量は少なくなったが作業時間はほとんど変わらないでいた。その原因は茶飲み仲間から託された二本の刀が大半を占めていた。


 グレンから託されて数日、二本の刀は依然として変化がなかったが、それもそのはず。マグニッツは託されてから真っ先に刀を研いで磨こうとした。しかし、どれだけ磨こうとも表面上はきれいになるが、芯の部分は良くないという感覚だった。確かに刀の劣化を感じ取れたが、結局その時はそれを持ち直させるには磨くだけではだめなことが分かっただけだった。それからは時間が取れた時に様々な手段をためしてみたが、鍛錬以外の方法はすべて空振りに終わった。


 「まったく、グレンの奴、厄介事を押し付けてきやがった。」


 そう言いながらマグニッツは別の客の武器を修理していた。今修理している剣はみごとに半分に割れており、それを熱を持って再び結合させるためにハンマーを振るっている。


数時間もすれば二つに割れた剣はもとの一つの形に戻っていた。湧き出る汗をぬぐいながら丁寧に剣を砥石にかけて磨いていく。


それら一連の工程を終えることで今日の分の仕事は一つを除いて終えた。陽はまだ高いが、春の風が暑苦しい鍛冶場を涼んでいく。


 「さて、午後はグレンの刀をやらなきゃな。一週間で終わるものか分からんものだ。」


 マグニッツは昼食をとって一息入れてからグレンの刀の鍛錬に入った。




 「それにしても、これだけの業物でも意思は持っていないものか。」


 マグニッツは精霊を宿すすべを得てから武器と対話することが増えてきた。あらゆるものには何者かが宿っている考えが日向の国にある。それを自らの身で実践するようなことが来るとは考えてもみなかったし、ほかの奴らには到底信じられまいだろうとも考えている。


 「しかし、どうして神々が創造せしめたものがこうも早く劣化していくのか理解できん。通常なら何百年と持つだろう。おまけに斬るだけならばそれほど頑丈なものをグレンが斬ってきたわけではない。神々の相手と戦う武器が人間のつくりし兵器相手に削られるのも納得がいかんな。」


 すでにマグニッツはただ磨くだけではなく刀自体をどうにかする方に考えが向かっていた。グレンの刀は片方はもともとただの刀でありもう片方は炎竜神が最後の力を振り絞って作ったものであった。そのため本来のものより数段と質が落ちていたのだ。しかし。それをマグニッツは知る由はない。


 「作り直すなんてことは出来ればしたくないものだ。これだけの材質を持った刀なんて一生に一本作れるかどうかの代物だ。だが、脆くなった芯を鍛えるには一度熔かさなければならない。それに加えてより丈夫なものにしなければこの先使っていくことは難しいときた。」


 マグニッツが出した結論は鍛錬してより良いものにするというものだった。しかし、それは失敗する可能性の方が大きかった。ただでさえ扱いにくいもので、それも異なる二本ときた。マグニッツは師匠に言い残された特別な金属を使う時が来たのだと思い立った。


 「確か師匠が残した奴はここにあったはずだ。」

 

 マグニッツは部屋の隅にあるレンガの壁の一部へと向かう。そこだけは他のレンガ造りとは違ってレンガをはめただけの造りになっていた。マグニッツがそのレンガを取り除くと中から隠し扉が現れる。そこを開くと、そこには黒色と白色の混ざり合ったごつごつとした金属があった。形は不細工だがその光沢はわずかな光さえ目いっぱい反射させ光り輝いていた。


 「こいつを使えばおそらく今までのどの作品よりも勝ることは間違いないだろう。」


 マグニッツは金属を持ち上げて少し考える。


 「これがわしの人生最大の仕事というわけか・・・」


 今までにないほどの仕事であり今後することはないであろう仕事だった。それだけに覚悟もしなければならなかった。


 「明日以降の仕事はキャンセルだな。いつまでかかるか分からないしな。」


 早速持ち出した金属を脇に置いて、グレンの刀の鍛錬に入った。まずは劣化が進んでいる邪悪な気を放つ刀の方から作業に取り掛かった。



 刀を一度溶かして持ち出した金属を練りこませてから再び結晶化させていく過程は相当な至難だった。溶かした刀からはおおよそ通常の金属からは考えられない禍々しい色をしたものができた。その異形からは精神を蝕むような苦痛が襲ってきて、呪いの武器対策として使われている聖粉をまぶしているにも関わらず鍛錬中はずっと背筋が凍るような感覚が支配していた。


 そして、あらかじめ割ってあった金属の片割れを叩いて伸ばしその異形へと重ね合わせる。鍛錬する際ハンマーで叩いて金属を延ばし形作っていく過程には相応の時間がかかる。しかし、こうした金属同士の接合や冷却したりする合間の時間は素早く行わなければ不純物が混じり満足のいくものが出来ない。手早く双方を重ね合わせひとつの形にした。


 「これからが本番だ。」


 ここまではまだ準備段階だった。刀本来の切れ味や強度を追求していくのはこれからが本当の戦いだった。マグニッツは陽が暮れていることもお構いなしにハンマーを叩き続け、邪悪だった異形の塊が形を整えて熱を持った細長い物質になるころには、鍛冶場の明かりだけがマグニッツを照らす明かりとなっていた。


 「ふむ、時間すら忘れていたか。」


 マグニッツは一旦手を止めて簡単な食事を用意しそれを食した。数分もしない後に再び鍛錬を再開した。わずかな休憩すら惜しんでマグニッツは刀の形を整えていく。


 次にマグニッツが取り掛かったのは刀の方向性だった。縦に伸ばしたままでは横に対して脆弱さをさらしてしまう。そこで左右に伸ばしたて強度を確保したのが剣だ。今回は刀であるため、片側に伸ばすことで切れ味と強度の双方を確保していくことになる。


 「刀なんてものはこっちじゃあまり見かけないからな。作り方も教わりはしたがそれほど数をこなしてはいない。だったら、自分の腕を信じるしかないか。」


 つぶやきながらも刀を裏返しにして左右の形が均等になるように叩いていく。左右対称でまっすぐにしなければ一刀で切り伏せるグレンには物足りなくなる。ただ、グレンの満足のいくようなものを作るという一心の想いが鍛冶に注ぎ込まれ、時が経つのを忘れさせていた。


 マグニッツが望む理想の形が出来たのは太陽が昇って朝を迎えてからだった。


 出来上がった理想の形をすぐに石造りの冷却台に満たした聖水につける。これも聖粉と同じように闇の力を抑え込ませるためのものだった。この邪悪な呪いは並大抵の聖具では打ち消すことが出来ない。なにしろ邪神という最上位の存在のものであるため、それこそ同じ力を持った道具などが必要になる。しかし、今はその力を封じ込めることが刀に邪神の力をそのまま残すことが出来るため、ある程度の挌のある聖具で済ませていた。


 「これだけのために相当の出費だな、わしも。」


 水につけることで熱を帯びた刀は周囲を覆うほどの水蒸気を放出させ、見る見るうちに白い刀身を露わにさせた。


 それを持ち上げ眼前に据える。まだ荒々しい部分が残っているが鍛錬以前とは比べにならないほどの強度を感じられた。同時にそこから放たれる邪悪な気は少なくなったものの、それはより中に内封されたからであってひとたびそれを振るえば想像もつかない力を振るうだろうと思える。


 「いや。まだ、完成したわけではない。最後の一仕事をやるとするか。」


 休む間もなくマグニッツは仕上げである研磨の仕事に取り掛かる。


 


 それからまた時間は過ぎてすべてを終えたのは太陽が真上に来たころだった。


 「これで完成じゃ!!」


 研ぎ澄まされたその刀身から繰り出される輝きを見ながら途方もない達成感を感じていた。一世一代の大仕事やり遂げた後であっては次の仕事に取り掛かろうとする気力もなかった。


 「・・・はっ、いかん、意識が飛んでいた。そういえば寝ていなかったな。疲れもあるし一旦寝るか。」


 マグニッツは徹夜した疲れを一気に感じとり、眠気に押されて近くにあった背もたれ付きの椅子に座りこむと息つく間もなく眠ってしまった。


 次に目を覚ました時には既に夜だった。しかし、鍛冶師にとって昼も夜も違いは明るさだけであった。


 「まだ、日は変わっていないか。とりあえずたらふく食って仕事に備えるべきだな。」


 今度こそマグニッツは本格的な食事をした。パンに肉、卵、戦時下においてこれだけ豪勢な食事もなかなかないが職人にとって体力は第一であり金の使い道などそう多くはなかった。


 食事が終わり軽い準備運動を済ませるとグレンの二本目の刀の鍛錬に取り掛かった。


 「こっちはさっきのよりは劣化していないはずだ。同じ手順でやれば問題はないはず。」


 刀を溶かし金属を重ねハンマーを叩くことで刀の材質と金属を混ぜ合わせる。それが終わり、あとは力の方向性を決めるだけとなった。難関を過ぎ去り一心にハンマーを叩くだけとなるとマグニッツは多少の考え事が出来るようになった。


 「(これだけのものをわしが作れるようになるとはな・・・感慨深いものだ。あいつにしてやれる最大限の仕事だろうな。)」


 マグニッツは自分の腕が達人の域に達したことを喜び、同時にグレンとの思い出を振り返っていた。


 「(最初は他人の武器の修理の依頼を代わりに持ってきたことだったな。日向の民の生まれだからか日向の文化を学んでいたわしと意気投合したもんだ。それからあいつは修理ではなく世間話をしによくきたものだ。土産にどこからか手に入れた魔物の希少部位を持ってきてくれたおかげで商売も繁盛したものだ。)」


 半年程度の付き合いではあったがとても濃い時間であったとマグニッツは感じていた。それだけにグレンの現状を思うと複雑になってしまう。


 「(あやつの行く先がどこであろうとわしはあやつに生きてもらうためにこの刀を打つ。あやつが幸せを求めることがわしにとっての願いかもな。)」


 孫を思う老人のようだと自分を笑っていると、すこしばかりハンマーを打つ感覚が変わった。マグニッツは意識を刀の方に戻し修正を加えようとした。しかし、完全に感覚も音も変わってしまいもとに戻すことはできなかった。


 「これは、もしや・・・」


 マグニッツには思い当る節があった。それは精霊が宿ったときにほかならなかった。ふと、ハンマーで叩いている刀が光りだし影のようなものが浮かび上がった。


 それはまさしく妖精であった。人の形をして羽が生えて小動物並みの大きさでこちらに微笑みかけている。


 「おぬしは、誰だ・・・?」


 マグニッツはふと訊いてしまった。今、目の前にある武器は伝説上の武器かもしれない。そんな代物に宿る精霊など訊くことも恐れ多い存在でしかないと確信していた。


 精霊はただ微笑みかけるだけだった。


 答えを発する間もなく精霊は光となって刀の中に吸い込まれるように消えていき、刀は元の熱を宿したものに戻っていた。


 「・・・・・・」


 マグニッツは信じられないものをみた気持ちで唖然としていた。


 「今のは・・・精霊が宿ったのではなく、宿っていたものが形を持ったと言った方がいいのか・・・」


 マグニッツはこんな形で精霊が宿る瞬間を目にはしてこなかった。刀から現れ、刀に還る。それは、刀の中にいたとしか考えられない。


 「グレンはこのことを知っているのか?」


 マグニッツはふと疑問に思った。グレンはわしが精霊を宿すことが出来るからこいつを持ってきたのではないかと。


 「いや、それはない。今のあやつにそんな考えがあるはずない。・・・とにかくこいつを完成させてからだ。」


 マグニッツは止めていた手を再び動かして刀の鍛錬を再開した。その出来事以降は何事も起こらずなんとか研磨までこぎつけた。




 この作業が終わってしまうことを惜しむように丁寧に研いでいく。一度目は邪神の呪いがあっただけに拒絶反応などに苦労をしたが、二度目はそんなものなどなくすんなりと出来た。そして精霊が出現した。それはめったに起こることではないが今回は出現することがあらかじめ分かっていた気がする。


 「わしのグレンへの想いとこの刀自身の想いが精霊を呼び寄せることとなったのかもな。」


 研磨を止めて一旦刀を持ち上げる。


 「(このことはあやつには話した方がいいのか? ・・・いや、話さずとも自分で見つけるだろう。おそらくその時にはあやつ自身も答えを見つけているはずだ。)」


 すぐに刀を降ろして研磨を続ける。最後のその瞬間までマグニッツはグレンへの想いを止めることはなかった。

 


  

 「入るぞ。」


 グレンは約束通り一週間後にやってきた。落ち込んではおらずいつもの調子で鍛冶場までやってくる。


 「来たか。ほれ、お前さんの刀だ。」


 マグニッツは台に置いてあるグレンの刀を差し示す。


 「ああ、ありがとう。」


 感謝をしつつ刀を手に取る。鞘から抜いて一振り試す。その感触が明らかにいままでと違っていたので驚いた。


 「これは・・・前よりも良くなっている。刀の質もそうだが、手により馴染んでいる。」


 「当たり前だ。わしがお前のために鍛え上げたのだからな。」


 「それってまさか・・・」


 「ああ、一から作り直した。おかげで赤字ってもんだ。」


 「それは悪いな。いくらぐらいするんだ?」


 グレンはばつの悪そうな顔で訊いてみる。


 「・・・金はいらん。」


 「えっ・・・」


 「わしはいままで。人生で一番満足している。最高のものが作れたのだ。それにおぬしがいままで持ってきた土産で十分もとは取れている。」


 「すまない、恩に着るよ。」


 グレンは感謝してからふとマグニッツの鍛冶場に作業道具がなくなっていることに気付く。


 「あれっ、マグニッツ、道具はどうしたんだ? いつもここらへんに置いてあっただろう。」


 そうして周囲を見回してみると火は灯っていないし、壁に飾ってあった武具も取り下げられていた。


 「ああ、それはな・・・わしは今日ここを出ていくからじゃ。」


 「・・・」


 「やるべきことはすべて終わらせた。後はお前が来るのを待っていただけだ。」


 「そうか、元気でやれよ。」


 「おぬしに言われたくないものだな。ただ、残っていたのはそれだけではない。」


 「まだなにかあるのか?」


 「おぬしにこれだけは言っておこうと思ってな。」


 マグニッツは立ち上がりグレンの肩を掴んでその目を見据える。


 「生きてまた会おう。おぬしが幸せになってな。」


 「マグニッツ・・・」


 グレンは言葉がでなかった。マグニッツが言ったことはこの戦争の先のことだった。グレンにはまだ考えられないこのさきの未来。そのひとつをいま示された。


 「・・・ああ、その時はまた刀を見てもらうさ。」


 「楽しみにしておこう。」


 マグニッツは台所へと消えていこうとしていた。一度立ち止まり最後にこう付け加える。


 「刀の手入れはしっかりしとくんだな。さびれてももう直すことはできない。血やオイルのふき取りもな。」


 「分かった。これからはそうするさ。」


 「それでいい。」


 今度こそ本当に台所の奥へと消えていった。


 グレンは店をでようとする。もう話すべきこともやるべきことも終えた。ただ、名残惜しい感じがグレンを引き留めようとしたが、また会おうと約束をしたのだからそれも野暮と言うものだった。




 「・・・」


 マグニッツは出ていくグレンを目で追っていた。そして入口の扉が閉まる音が聞こえると息をつく。


 「ふう・・・年寄りは涙もろくなるな。」


 今生の別れになるかもしれないと考えるとつらくなる。あんな子供が戦場にたって剣を振ることはあってはいけない。しかし、戦わなければいけないのであれば老人は見送るしかないのだと。


 「生きろよ、グレン。」


 マグニッツはそれだけを最後に口にしてこの街を出ていった。

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