13話 「在りし日の最後」 後編
深淵を彷彿さぜる闇の空と燃え盛る街を舞台に2匹の化け物が長いこと戦いを繰り広げている。それでもなお2匹の力が衰えないのはどちらもが神という絶対的な存在であり、宿敵であるからだ。
炎を纏った六枚羽の竜は遥か昔から世界を管理する側の神であった。それに対して巻貝を背負ったタコのような化け物は世界に反旗を翻した神であり俗に邪神と呼ばれている類であった。どちらも長いこと眠りに就いており、邪神がたまたま目覚めた時それに呼応するかのように竜の神も目覚めたのである。
邪神は目覚めとともに周囲の魔力を吸い取った。戦いに敗れただけでなく長いこと眠りに就いていたためその力の大半を失っていたのだ。てっとり早く魔力を奪うにはその魔力の源である魂ごと奪うのが当たり前だった。だからフレバドの街に出現したことは幸運でもあり不幸でもあった。
一方竜の神は、目覚めと共に目の前に宿敵がおり街の人々の魂を奪ったことを一目で理解しすぐさま攻撃を仕掛けた。この街に生きていた人間はもう邪神の中なのだ。遠慮なく倒すつもりだった。それから数時間、邪神は奪った魔力の分だけ強化されているがこちらは目覚めた時のままなので総魔力量で劣っていた。このまま続けばいずれは竜の神が負けるだろう。そうなればこの邪神はさらに多くの被害をだしてしまう。竜はそうなる前に決定的な一撃を欲していた。
グレンは神々の思惑など知らずにただ一心に目指すべき場所へと向かっていた。そこはタコの化け物の目玉だった。全身を巨体で圧倒させるその化け物の身体に刀の一撃を加えたところで痛みすら感じず、斬られたことすら気づかれないだろう。それでは死ぬ意味がなかった。確実に痛みを与えるには柔らかいところを突く必要があった。遠くから見て、唯一といっても良い柔らかいところを探して、見つけたのが目玉だった。
目はどれだけ身体が厚い皮膚に覆われていようとその働きから柔らかくならざるを得ない。わずかな異物が入っただけで痛みを伴うならば刀を突き立てれば激痛が走るはずだ。魔物の退治の仕方を父さんにそう教えてもらったことが昔に一度だけあった。
「もっと教わっておけば良かったな・・・」
思い出すだけで零れ落ちそうになる涙をぬぐいながらグレンはタコの化け物の背負っている巻貝を登っている。巻貝へは近くにまだ残っていた建物から飛び移ることで乗ることが出来た。予想以上に凹凸があるため子供でも十分登れるものだったのでここから巻貝の頂上を目指していたのだ。化け物は目の前の宿敵に全神経を集中させているため人間一人など気づきもせず、気付いたところで構いもしなかっただろう。だからこそこうして巨体が揺れる中、登ることに集中できるのだ。竜の炎は本体こそ燃やしているが巻貝の後ろ部分までは届かないのかその心配もなかった。
そもそも普通の人間ならば目を潰すためだけに巻貝に登るなんて考えもつかないし、それを実行しようとする勇気もこの地点ではなくなっているはずだった。それでも、グレンはすでに開きかけていた才能を使い、復讐することだけを考えてここまで来たのだ。
登り始めてから十数分が経った。巻貝の頂点近くまでたどり着いたもののすでに両腕は疲れ果てていて垂れ下がっている。それでもタコの化け物の動きに合わせてわずかな揺れを両手で制御する。
「はぁ…はぁ…はぁ…やっと、ここまできた・・・」
グレンの目の前でタコの化け物と竜の化け物の魔法がぶつかり合っている。それは傍からみたものならばとても神々しいものだったろう。しかし、今この場においては禍々しく憎きものだった。
眼下タコの化け物が目の前の竜の化け物をこの場から消そうと躍起になっている。どれだけこの化け物が必死になろうともそれを妨げることが今のグレンのやるべきことだった。
「こんな奴にみんなが殺されたのか。こんなふざけた奴に・・・」
刀を抜き、逆手に持ち変える。震える左手を支えるように右手を添えてより深く突き刺さるようにする。
「自分が死ぬことがどれだけ怖いものか教えてやる・・・ははっ、おかしいものだ。」
悲しみの感情のなかたったわずかに芽生えた悦びの感情を最期の気の迷いだと流し捨てる。
「いくか・・・」
それだけを呟いて中空へと身を投げ出した。少し飛んで後は一気に落ちていく。その先には化け物の禍々しい目玉がある。刀が突き刺さる直前、一瞬化け物の目玉がこちらを見た気がした。それだけで体中を蝕むような感覚に襲われるがもう遅い。水がはじけ飛ぶような音と肉に刃が突き刺さるような音が同時に周囲に響いた。
「シュルァァァッァァッァァァァッァァッ!!!」
奇怪な悲鳴が木霊する。同時にその化け物の巨体がぐらりと揺れた。
グレンは振り落とされないように刀をしっかりと握りしめるが、振動で左手が抜けた。体がねじれ、それがかえって大きく目玉の傷口を広げて化け物を苦しませる。不快な音と振動に揺れ動く中、グレンは右手だけで振り落とされないようにしている。ふと、持っている刀の先にある化け物の目玉を見ると、こちらを見る目からどす黒い靄があふれてきているのが分かった。それは、突き刺していた刀をあっという間に飲み込み、刀を握っていた右手、腕、肩へと全身へ覆いかぶさってきた。
「んなっ!!」
無意識に目を足場に足を付けて、急いで刀を引き抜こうとしたが深く突き刺さったため抜けなかった。グレンはなすすべもなく全身を飲まれる。同時に腕の力も尽きたのか刀から手が離れていき、やがて真下に落ちていった。そこに痛みで暴れていた化け物の触手が運悪く全身を直撃して街の端の方まで飛ばされてしまった。グレンの意識はすでに途絶えていた。
目の前の邪神の魔眼が片方潰された。それも小さき人間の手によって。
邪神はあふれ出る魔力の塊である黒い霧のようなものを周囲にまき散らしながら暴れている。千載一遇の好機とみた竜の神は全身の魔力を正面の邪神に向ける。人間が聞いたところで理解できない言語を念で瞬く間に復唱しながら最上位の魔法である究極魔法を発動させた。
「(闇を焼き尽くせ、メルティ・ソーシャライズッ!!)」
竜の神の目の前に巨大な魔法陣が現れる。それは竜の神の全身と同じくらいの大きさで同時に邪神を飲み込めるほどの大きさだった。
魔法陣から同じ大きさの炎が渦巻きながら射線上の遥か彼方まで貫いていった。その中心にいた邪神は避けることもままならず業火に焼かれ、声にならない声を上げながら絶命していく。同時に焼けていく邪神の身体から何かが空へと抜けていく。それは光のようなものだった。
「(魂が昇っていくか・・・)」
全身から光があふれ出ていき邪神の形が崩れていった。魔力の源を失ったため邪神の身体が塵となって最後の一辺まで消えたころ、竜の神の魔法もその勢いを失った。自身に残された最後の力を振り絞り魔法を発動したため今はもう残りの魔力が身体を維持できる程度しかなかった。それでも、あとに残されたのは無残にも破壊された街並みと竜しかいなかった。
邪神が消えたことで先ほどまで空を覆っていた黒い雲は消え、今は青空が広がっていた。しかし、街を燃やしている炎はここを焼き尽くすまで消えないだろう。
「(それよりも先ほどの人間・・・子供だったな。少なくとも生きてはいないだろうが、その勇気に免じて顔をみておきたいものだな。我が願いが冥界に届くのであれば、あの世で少しでもマシな生活を送れるだろう。)」
竜の神は先ほど人間が飛ばされた場所の近くまでいくと全身を輝かせて小さな一個の炎となった。すると次の瞬間炎の中から一人の女性が現れた。女性は現れた空中から重力を無視するかのように地上へと軽く降り立つ。
「この身体になるのも久しいな。人間と言うのは小さいが便利だ。」
懐かしむように感覚を確かめてから周囲を探索する。
数分もしないうちにその人間は見つかった。まだ幼い少年だった。しかし、全身が黒く染まっており特に右半身は黒い霧が浮かび上がるほど異彩を放っている。それが邪神の魔力そのものだと感じられたから見つけられたのだ。
「はぁ、はぁ、くっ・・・はぁ、はぁ・・・」
少年は内側の悪魔に抵抗するように息を荒げて苦しんでいる。それもなかば気絶している状態でだ。
「ふむ、邪眼の魔力を直に受けたことで魔物化しているのか。」
邪神の眷属たる魔物は邪神の魔力から造られている。邪神の魔力をあれだけ受ければただの人間でも魔物となるには十分だった。
「それがかえって命を拾ったということか。」
普通の人間なら邪神の攻撃を受けた地点で死んでいる。しかし、魔物の力を得たことでここまで命を長らえさせたのだ。
「それでも、このままだといずれ死ぬか魔物となるかどちらかだな。今はまだ少年の力が抵抗しているがいつまで続くやら・・・それではつまらないな。」
女性は突然少年を担ぎ上げると再び重力を無視するかのように飛び立つ。周囲を見渡して、森の奥の切り立った崖下にある洞窟を見つけるとそこまで飛んで行った。
「ここならだれにもみられる心配はないはずだ。」
そう言って中に入る。念のため入口には上位の結界を片手間で張った。洞窟はそれほど深くなくすぐに行き止まりとなった。そこで子供を下ろして作業に入る。
「さて、これから私のやろうとしていることは禁忌を犯すことだ。他の神様達に見つかったら怒られるどころではないな。でも、みてみたいものよね。自分の故郷を滅ぼした邪神に命を捨てて刀一つで挑んだ少年が何を成していくのかを。少なくとも世界を動かすだけの素質はあるはずよ。」
片方の手を自身の胸に当て、もう片方の手を子供に当てる。女性が正体不明の言語を唱え始めると二人の身体が光りだす。
すると女性から少年へと光が伝わっていく。その光が伝わるごとに少年の身体を覆っていた黒い模様は消えていき、右半身に湧き出ていた黒い霧も出なくなった。女性が長いこと復唱していた言葉が途切れるとやがて光が伝わらなくなる。同時に二人を包んでいた光も消えていった。一仕事を終えたように女性は息を荒げる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・予想以上に侵食が進んでいたわね。右腕に抑え込むだけで精一杯とは。でもこれで、命は大丈夫なはず。」
さきほどまで苦しんでいた様子とは違って今少年は安堵の表情で眠っている。
「あとは、残り少ない命をどうするか、か・・・さきほどの邪神との戦いで魔力は使い切って今は命を分け与えた。今の私は神ですらないわね。」
自虐したところでやるべきことは決まっていた。
「このまま残り少ない命を持って荒野でさ迷って死ぬよりはこの子の力となってその行く末を見た方が面白そうだよね。」
にっこりと笑うと今度は両手を胸に当てる。そしてさきほどのよりは短い復唱で魔法を発動させた。
「我は汝の力となる、ソウル・エターニティアームズ!!」
洞窟内はまばゆい光に包まれ女性の身体が光に変わっていった。
「また会える日を楽しみにしているわ。」
それだけを言って女性は光に消えていった。
「ううっ……ここは?」
グレンは知らない場所で目を覚ます。目の前は土の天上で周りは薄暗かった。
「もしかして、天国かな・・・」
自分が想像しているようなところではないけれどもあの時死んだのだからそうなのだろうかと考えてしまう。
「いつっ!!」
呆然としていると痛みが全身を打つ。手足はまだしも腰や胸、首までどこもかしこも痛みを感じた。最後に見た光景は邪神の目からあふれ出てくる闇に飲みこまれたところまでだ。そこからは記憶にない。
「いつ怪我したんだった。それより、天国なのになんで痛みを感じるんだ?もしかして地獄に落ちちゃったか、せめて最後の時ぐらい手伝っておくべきだったか・・・」
そこで気づく。今の自分の服装が最後の時と同じ状態でところどころ破れて燃えていた。
「まさか、生きているのか!?」
あれだけ死を覚悟してたのにのうのうと生き残ったことが不思議でたまらなかった。
「ん?そういえば、なんとなくだけど夢の中で女の人が俺のことを見ていた気がする。もしかして助けてくれたのかな?」
尽きぬ疑問ばかりでグレンは肝心なことを忘れていた。
「そうだ!!街は、みんなはどうなったんだ!!」
全身の痛みをこらえて立ち上がる。すると、今まで気づかなかったのか見たことのない刀が鞘に収まって脇に置いてあった。
「あれ、俺の刀? 違うな。でも、ちょうどいいや、これで杖代わりにするか。」
両手で柄の部分を持ち地面に押し付けて歩いてく。なんとか外に出てみるとそこは森のなかだった。
「ここは街はずれの森だ。ということはこっちの方に街があるはずだ。」
獣道ともいうべき自然の道をかき分けてグレンは歩いて行く。あの後、街はどうなったのか。人々はどうなったのか。もしかしたら誰か生きているのかもしれない。そう思いはやる気持ちを抑えきれずによろよろ歩いて行く。疲労の影に隠れていつしか痛みが消えていることにも気づかなかった。
森を抜けた先は廃墟しかなかった。何もかもが燃え尽き崩れていた。そこに人だったものと瓦礫の区別は付かなかった。
「はははっ・・・分かっていたことなのにな。なのに、なんで生きてるんだろう。」
再び歩きだす。街だったものに入っていくと、かつてグレンがみた家々や店が燃え尽きながらも面影を残していた。それらを通り過ぎながら、あの日両親のいたところへと来た。
そこはきれいさっぱり抜け落ちたように跡形もなくなっていた。おそらく竜の神か邪神の魔法が直撃したのだろう。あのまま自分がここにいれば一緒に死ぬことも出来たのだろうな。
「……なんで、他人事みたいなんだ?確かに悲しいはずなのに、壊れてしまった世界がとてもつらいはずなのに、なんで涙がでないんだろう・・・」
こころに空洞が出来てしまったかのようにこの光景になにか感じることが出来なくなっていた。そう思いはするけどそれが形に出来ない。
「あれは・・・俺の刀じゃないか。」
たまたま街の中央広場の近くを通った時、鞘に収まっていない刀が道端に落ちているのが見えた。柄には火ノ鳥家の意匠がこさえてある特別なものなので一目でわかった。
「たしか邪神に突き刺したまま手放した気がするけど邪神が消えたなら刀も一緒に消えていると思うんだがな。」
何気なく近づいて拾ってみる。すると刀からおぞましい何かを感じた。
「くっ!! これって邪神の時と同じ・・・でも、普通に持てる・・・」
グレンは右手で刀を持っている。触った瞬間はおぞましいものを感じたけれども今はなにも感じない。もしろ今まで使ってきたものだから馴染んでいる。
「でもそうなると、この刀はどうするか。」
先ほど拾った刀を手放そうかと一瞬考えたが自分の本能が手放してはいけないと言ってる気がしたのでそのまま持っていくことにした。
「とりあえず、墓を作らなきゃ。今は簡単なものでもいいからみんなを供養しないと。」
付近に散らばっているものをかき集めそれを中央広場に持っていく。
ほどなくして出来た簡易な墓で街の人々に祈りを捧げる。涙は出ないが思いだけでも伝わるようにしばらくそうしてた。
目を閉じていれば両親の顔、自分の家、街の人々、いろいろなものが浮かび上がっては竜の化け物とタコの化け物の戦いにかき消されてしまう。それに加えてグレンは見てないはずのタコの化け物の最後の光景もなぜか浮かび上がってきた。
祈りを済ませて立ち上がるとため息をひとつ吐く。
「これからどうしよう・・・いまさら死ぬ気も起きないし、ここにいても何もない。」
あたりを見回すもそこには焼け落ちた街しかない。ここにいたところで生き延びるは出来ないだろう。
「はははっ・・・もう邪神もいないんじゃ、復讐なんて出来やしない。でも、満足なんてこれっぽちもない。何も守れずに、俺が倒したわけでもないのに全部が終わっていた。そんなの嫌だな。俺が守らなければいけなかった。俺が倒さなければいけなかった。」
そんなことはどんな人間であっても不可能に近いだろう。でもそうすることで救われる人がいるなら。あんな悲しいことが起きずに済むならやってやろう。こんなこと二度と起こさない。
「俺は最強になる。そしてすべての悪を殺してみせる。」
12歳の少年が遥か高みの宣言をここで初めてした。
「父さん、母さん・・・今までありがとう。また来るよ。」
墓にそう告げてグレンは街の外へと歩き出す。振り返りはしない。未練があるわけでも残す人がいるわけでもないのだ。旅立ちはとても静かで虚しいものだった。




