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13話 「在りし日の最後」 前編

 

 1186年 フレバドの街


 明日に控える街の誕生150周年を記念した祭りにより街のそこかしこで住民が飾り付けや山車や出店の準備をしていた。この時のために外へ出稼ぎに行った人々も久々の里帰りを果たす。そのため街を横切る中央道路は住民で押し詰めとなっていた。グレンの家も例外ではなく今日も準備のために出かけるところだった。


 「母さん、預けておいた娘は大丈夫なのかね?」


 日向の国の民の面影を残した若い男性は隣にいる同じ面影を残す女性に話している。


 「あなた、心配のしすぎよ。ちゃんとロージアの親戚が世話してくれてるわ。でも今頃は母親が恋しくなってきているわね。準備をお昼までには終わらせて早く迎えに行かなくちゃ。」


 「そうだな。馬車であればそれほど時間はかからないだろうし。ところで、グレンのやつはどうした?昨日の稽古があったとはいえ、まだ起きて来てないようだが?」


 「あっ!! あの子、さては今日もサボるつもりね。そうはさせないわよ。」


 グレンの母親は腕の袖をまくりながらグレンの寝室へと向かう。


 「グレンっ!!今日こそは働いてもらうわよっ!!」


 勢いよく扉を開け放つ。しかし、そこはすでにもぬけの殻で、窓からの風だけが部屋にあった。


 「また、性懲りもなく…一体どれだけ手間を掛けるのかしら。」


 溜め息を吐いているとグレンの父親も追いついて部屋を覗き込む。


 「まあまあ、抑えて。グレンも一週間前まで頑張ってきたんだ。少しは息抜きもしたくなるだろう。」


 「ふぅ、あなたの稽古には毎日欠かさず出ているのに、大事な行事はめんどくさいで片付けるのはどうなのかしら?」


 「あれはグレンのほうから教えを乞うてきたんだ。いつになく熱心にな。それからというものグレンはめきめきと上達してきた。いずれは秘伝も教える日がくるのかもしれないよ。」


 「だからといって大事な行事をすっぽかされるほど熱中されても困りますよ。」


 「むっ・・・そこは申し訳ないと思っている。しかし、そろそろ出かけないと皆さんにも迷惑だろう。グレンのやつはやるときはやるのだから待っていればいいさ。」


 父親の催促に観念したのか母親はしぶしぶ諦める。 


 「まったく、あなたがそこまで言うなら仕方ないわね。確かにあの子は昔からやんちゃだったけど私達のために行動してくれていたものね・・・おっと、感傷に浸っている場合じゃなかったわ。それじゃあ、行きましょうか。」


 「そうだな。」


 二人は家の戸締りをしっかりとした後、街の中心部へと出かけた。




 そんな二人の気も知らずグレンは一人町はずれの森の中で座り込んでいた。今日の日課もだいたい終わりあとは夕刻までのんびりと過ごすだけだった。彼のいる場所は森の端で切り立った崖の上に近いところだった。ここからならば町が一望でき、風も気持ちいいのでだれにも秘密の修業場所となっている。


 「全く、めんどくさいったらありゃしない。祭りは楽しんでこそなのに準備するだけであそこまで大変だなんて知ってたら最初からやらずに修業していればよかったかな・・・はぁ……」

 

 「(思えば父さんが稽古の終わりにいきなり祭りの準備を手伝えと言ってきたときだな。確かに親の助けになれるのならと思ってやったけどあれはひどかった。)」


 祭りの準備の始まった当初は大変だった事を思い出す。ある時は子供に持たせる以上のものを運ばせられた。


 「おう、坊主。そこの木材を運べ。」


 「んなっ、これ全部かよ。」


 「お前さん、親父から手ほどきを受けてんだろ。これぐらい余裕だろ、はっはっはっ。」


 「うぐぐっ!!」


 またある時は器具作りの手伝いをやったこともない俺にやらせてきた。

 

 「グレンよ、もっと丁寧に作らんか!」


 「俺はそこまで器用じゃないよ。」


 「なんだと、母と父の血はどこいったんじゃ。」


 「ぐぬぬ。」


 大人達はなにかとつけて文句を言ってきていた。それも親のことに結び付けて。それなのに次々と仕事を押し付けてきたので一週間前に投げ出したんだよな。


 「だれもがからかいやがって・・・俺はまだ子供だし、父さんと母さんと同じじゃないんだから無理言うなって。」


 一人愚痴をこぼしていると森の動物たちが茂みの中から出てきた。既にグレンがここを使い始めてから数か月が経過している。初めは人間が怖かったのか全く近寄ってきてくれなかったが、エサを持ってくるようになってからはすっかりなついてしまった。


 今は祭りの準備で募らせたストレスをここの動物たちと触れ合うことで解消させている。


 「ああ、少し待ってろ。今取り出すからな。」


 そう言って小包から朝に街の市場で買ったエサを取り出す。はした金で買ったため量は少ないが均等に分けることでみんなにいきわたるようにしている。


 グレンからもらったエサを様々な動物が競い合うようにほおばっている。そんな光景を見ることが今のグレンには唯一の安らぎだった。


 「お前たちはいいよな。よけいなしがらみがないから自由気ままに生きれて。」


 いつもと同じように過ごそうとしたが、ふと動物たちが何かに気づいたかのように顔を上げた。グレンは何事かと思い動物たちに近寄ろうとしたがそれよりも早く動物たちは散り散りに逃げていってしまった。


 「あっ…いったいどうした?……まさか、熊でも現れたのか!」


 そう考え、すぐに周囲を警戒し始める。何かが現れるわけではなかったがそこで初めて雲行きが怪しくなっていることに気づいた。


 「あれ、今日は雨は降らないと思ったんだがな。動物たちもそのせいかな。」


 森の方を見ながら安直な考えで警戒をゆるめてしまう。このままここにいても雨でびしょ濡れになるだけなので家に帰るべきかを悩みだしたとき、いきなり風が向かってきた。その風はグレンを駆け抜けると街の方へ流れていった。飛ばされそうになるもなんとか踏みとどまる。


 「うわっと! こりゃ、早くしないと嵐になりそうだな。祭りのほうも中止になっちまうかな・・・」


 そこまで言うと、グレンの身体を何かが駆け巡った。


 「かはっ!?」


 それは腹の底から気持ち悪くなる感覚で全身が鳥肌を立てている。


 「なんだ…こ、れ・・・」 


 背後から伝わってくる突然の気持ち悪さに理解が追いつかない。振り返ることすら困難だった。


 「おわっ!!」


 束の間に地響きが森全体に伝わる。それは一瞬だったが大きく、予想していなかった事態に態勢を崩す。鳥たちも驚き揃いも揃って南の方へ逃げていくのが上目越しに見えた。


 そして聞くことすらおぞましい叫び声が森全体に響き渡った。


 「キェァァァァァァァァァァァァ!!!」


 叫び声は森全体を鳴動し、グレンはつんざくような叫びに耐えきれず膝を付き耳を塞いだ。


 「なんなんだよ、さっきから!!」


 グレンの叫び声は謎の叫び声にかき消される。空は真っ暗になり不気味な世界が広がっていく。グレンの知らないことばかりが起きて混乱するしかなかった。少しして叫び声が途絶えるとやっと解放されたグレンは疲れ果てていた。


 「はぁ、はぁ・・・ったく、ついてない。いったい何がおこってるんだ?」


 何とか立ち上がりさきほど嫌悪を感じた街の方を振り返ってみる。グレンはこの時、振り返ったことを後悔していた。普段なら建物が均等に並んでいる街並みに、今は異物が紛れ込んでいた。街並みを優に超える貝を背負いこれまた大きいタコのような生物が街の中央広場にいたのだ。それによって中央広場は煙を上げて跡形もなくなっていた。そして、その生物のこの世の醜悪を詰め込んだかのようなひどい外見は見るものに恐怖と嫌悪を与える化け物だと瞬時に理解できた。


 それを見た瞬間先ほどの吐き気があらわれる。見てはいけないようなおぞましさがそれにはあったのだ。


 「うぷっ・・・まさか、これ全部あいつの仕業か・・・だったら、急いで街に戻らないと!!」


 グレンは吐き気を我慢して周囲にある道具を片付け街の方へ走り出そうとした。あの化け物から嫌な感じがする。人間に味方するような存在じゃないと心の底から感じていたからだ。


 グレンが走り始めようとすると、化け物がいる街の中央から東側の空が突然割れた。周囲の空気を割れた空間に吸い込みながら、逆に中から今度は全身を炎で纏った六枚羽の竜のような巨体を揺らして地響きを立てながら現れたのだ。


 その竜が現れると同時に街が炎に包まれる。竜の出てきた空間から炎があふれ出て街を包んでいったのだ。タコの化け物が現れた時の闇色の空と合わさりその光景はすでに地獄絵図だった。




 「なんで、なんでなんだよっ!!」


 グレンは走りながら叫ばずにはいられなかった。先ほどまで目の前にあったいつもの光景はもうない。今は化け物同士がお互いを滅するように魔法をぶつけ合っていた。魔法陣なんて生易しいものでなく全身から炎が闇が溢れそれが形となり激突している。その余波で数刻前まで綺麗だった街並みは燃やされ吹き飛ばされたちまち瓦礫と化していく。


 その光景をグレンは直視できなかった。さっきまでそこに平和があった。面倒くさいけど祭りの準備があった。それが、一瞬で吹き飛んでいく。


 「父さん・・・母さん・・・」


 それだけを口にしながらグレンは走り続け、なんとか街の端まで着いた。家々を抜けて中央道路に抜ける。


 そこには絶望があった。さっきまで笑い合っていた街の人々が誰もが倒れ伏して動かなくなっている。それが中央道路を見渡す限りに広がっていた。近くの知っている顔の一人をゆすり起こそうとしたけれどもまるで魂が抜き取られたかのように脱力してぴくりとも動かなかった。


 「あ・・・あっ・・・違う・・・死んでなんかいないっ!!」


 そんなことはあり得ない。身体が残っていてどこも傷がついていないんだから死んでなんかいるわけない。あり得ないんだ。そう決めつけてわずかな希望にすがるように街の中心へと足を向ける。


屍の街を息を切らして駆け抜けるグレンの前では2匹の化け物が争いを続ける。今も炎を纏う竜が全身の炎を喉に収束させ一気に吐き出した。それは灼熱の息吹となりタコの化け物を燃やす。タコの化け物は奇声をあげながらも息吹に耐えきる。そして残り火を振り払い現れた数十本の触手が宙を切りながら竜の化け物へと幾度となく攻撃を与える。


 竜の化け物は周囲に炎の壁を天高く作りそれらすべてを跳ね返す。しかし、タコの化け物はすぐに闇の力を触手に纏わせそれを再び放った。今度は何本かの触手が壁を突き破り竜の化け物を貫く。竜の化け物は苦痛の声を上げるがすぐに雄たけびへと変え、より一層周囲の炎の密度を増させる。


街は業火に包まれ燃えていない家などなかった。さらに、タコの化け物の無数の触手がうねり街を横に薙ぎ払っていく。それらの残骸を必死に避けながらグレンは両親を探す。


 「くそっ、二人とも今日は中央広場にいるって言ってたはずがない。だってあそこはもう・・・ないんだから……」


 自分の勘違いだと思うしかなかった。じゃなければ、もうどうしようもない・・・


 ふと、落ちかけていた視線を前にやると心臓が止まるかと思った。足を止めたその先には昨夜みた二人の顔があったのだ。二人とも中央広場にはいっていなかったのだ。


 「っ!! 父さん、母さんっ!!」


 グレンは安堵したのも束の間、大急ぎで駆けよる。二人のそばまで駆けよると母さんの方から抱き起した。二人もほかの人たちと同じように脱力して意識がなかった。


 「母さんっ!起きてよ!! なんで、答えてくれないんだよ!!」


 必死に呼びかけるが一向に反応はなかった。むしろ死んでいるのではないかと思えてきてしまう。


 「なんで・・・父さん、父さんも起きてくれよ・・・」


 父親へも呼びかけてみるが同じように返事はなかった。周囲の人々も目覚める気配がない。


 「みんな、本当に死んでるのか・・・嘘じゃないのか・・・」


 今ここに生きているのは自分しかいないと悟った。他の人々はみんな死んでしまった。何で死んでいるのか。なんでこんなことになっているのか。そんなことはグレンには分からなかった。


 ただ、確実にグレンの故郷はなくなっていく。2匹の化け物によって吹き飛んでいく。それを止めるすべなんてグレンには思いつかない。


 「(もう、どうしようもない・・・こんなことなら、俺も死ぬべきなのかな・・・)」


 もう諦めしかなかった。たった数時間で全てを失ってしまった。自分がなにかを出来たわけでもなく何をしたわけでもなくただ見ているだけしかできなかった。今まで手に入れた力はなんだったのか。こんな世界を前にすればちっぽけなものだった。なにも守れないじゃないか。


 全てを失いこの先何も持たずにいきていくぐらいなら、父さんと母さんと一緒に死んでしまった方がいい気がしてきた。


 だからグレンは腰に差してきた刀を改めて確認してこの街を人々を殺したであろうタコの化け物へと足を進めた。もう失ってもいい命ならあの化け物にせめて一太刀浴びさせよう。それが手に入れた力の唯一の使い道なのかな。そんな漠然とした思いだけで歩いて行く。


 「(待っててくれ、父さん、母さん・・・俺もすぐにいくよ。あの化け物を斬ったらね・・・)」

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