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10話 「羽休む小鳥」 後編

 辺り一面緑が生い茂った森が広がっている。それなりに北の方へ来たのか辺りはすべて小高い樹林で覆われており、雪は既になく春の日差しを受けているにも関わらず鬱蒼としていた。そんな木々の間を通る一本の道を二人が歩いている。


 荒野を抜けてからここまでグレンとは言葉をあまり交わしていない。ララも最初こそ周囲に興味を持っていて話し掛けたりしていたが今はただグレンについて行くだけだ。


 しばらくそのまま歩き続けると道が二つに分かれているのが目に見えた。


 「ねえ、どちらに進むの?」


 ララが問いかけてくる。


 「左のほうだ。」


 グレンは答えるがそれ以上は話さない。すぐに二手に分かれる道に差し掛かり迷いなく左を選び進む。

そうしてまた沈黙が訪れる。


 再び静寂が訪れることに堪えられなくなり、ララは怒ったように顔を膨らませて言い放った。


 「ねえ、グレン、少しは話を聞かせてよ。私は退屈なんだから。」


 「ええっ、しかしなにを話せと言うんだ?俺の話は面白くないぞ。」


 「いいの、あなたのことが知りたいのだから。早く、早く。」


 「仕方ないな…それじゃあ、好きな食べ物は魚で、嫌いな食べ物は軍用の保存食だ。特技は刀術。戦っているのは強くなるため。好きなことは・・・体を鍛える事。嫌いなことは悪人とか盗賊とか、とにかく悪い奴だ。使える魔法は、火と闇。使える刀術は元となった流派の名前を忘れたから自分でつけて無限一刀流。」


 「・・・」


 「これで満足か?」


 返事がないので後ろを振り向くと、ララは思案顔をしていた。一息で説明したことが理解できていないというより、理解したうえで何を聞くべきかを考えている顔だった。


 「ねえ、保存食ってまずいの?」


 「・・・そりゃ、まずいさ。味は後回しで以下に栄養を取れるかしか考えていないからな。あれを食べるくらいならそこらへんで狩った魔獣を食った方がましだな。」


 「魔獣って食べれるのね。。。」


 「そのうち嫌でも食わなきゃいけなくなる。覚悟しておけ。」


 「わかったわ。」


 そんな感じで、答えた内容をすべて深堀りしてきたので、グレンも答えざるを得なかった。それは決して不愉快なものではなく、むしろララの記憶力と話の仕方が上手いことに関心してしまった。


 歩き続け、話続けていればあっという間に日は暮れる。


 「魔法使いとはいえ、みんなが魔法だけしか使えないなんてことはない。魔法と己の武器を組み合わせて初めて真の力を引き出すことができるやつもいる。例えば、ランスロットの奴とかだな。」


 「ランスロット・・・?それって剣聖ランスロットのこと?あの、剣技だけでCTRを打ち倒している・・・」


 「そうだな。」


 「それとあなたが何の関係があるの?」


 ララは突然有名な魔法派の騎士のことを話し出すグレンを不思議に思った。グレンのことを聞きたいのに別の人間の話になるのはおかしいのだから。


 「なんだ、知らないのか。俺とあいつはこの半年間共に戦ってきたんだぞ。戦友と言っても差し支えないな。」


 「えっ、そうなの!?」


 「まあ、あいつは表で指揮を執っているから目立つけど俺は裏でただ敵を倒しているだけだからな。知らないのも無理はないだろうな。」


 「そんな話は初耳よ・・・まさか、彼の過大な戦果はあなたが関係しているの・・・?」


 「そうだな。俺のことは世間にはあまり伝わっていないだろうし。」


 「信じられない・・・」


 ランスロットは優秀な戦士であるとともに指揮官でもあると聞いていた。彼一人で戦線が変わることもあった。でもそれらの戦場に同等の相方がついているのだとしたら、十分あり得る話だ。


 「基本的に俺は戦場の噂みたいなもんだからな。」


 そう言ってグレンは声を上げて笑う。


 ララは思い出す。ランスロットのいた戦場には必ず「死神」の影があった。死神は見たものすべてを殺しつくし、生き延びようがその恐怖を忘れさせない圧倒的な存在だったと戦場の噂話で聞いていた。しかも、それにはいくつかの噂に噂を掛け合わせた話もあった。言うには、彼に助けられた兵士がいるとか、彼は子供だったとか、果てには人間じゃないとかなどなどと。とにかく、その死神は気まぐれで神出鬼没であると同時にランスロットのいる戦場には必ず現れていたということだ。


 「(もし、この人がそうだとしたら・・・私は助けられる人を間違えたのかも…。いや、でもあそこで助けられなければあんなことやこんなことをされていたんだから、やっぱり正しいのかも。あー、もう分からない!)」




 突然話をしていたララが頭を抱えだして首を横に振ったり唸ったりし始めたことに、グレンは軽く笑った。


 「(意外と年相応の感情はあるんだな。悩むところが高度だが…)」


 「まあ、感情を押し殺して息苦しいよりはましだな。」


 悩んでいるララには聞こえないようにそうつぶやいた。



  

 ララの悩みも解決せずに夜が来て、二人は夜営の準備に取り掛かっていた。道の途中にちょうど良い広間がありそこで夜を明かすことにする。


 グレンは周囲の木々の周りから枝を拾ってきて、それを焚き火代わりにする。そして、どこから取り出したのか鍋に水を入れてきて焚き火の傍に置いた。そして、グレンの背丈の半分近くある鞄から夕食の分だけ食料を取り出した。鍋もそこから出てきたのだろう。


 「うわぁ、たくさんある。…でも、どれもみすぼらしいわね。」


 「お前達とは違うんだ、しょうがない。だが、味は保証するぞ。」


 「それは楽しみね。」


 そういってララはグレンが作るのを待とうとした。今まではパンと簡単な付け合せしか食べれなかったため、本格的な料理は初めてだった。それを楽しみにのんびり景色でも見て待とうかとしていたがしかし、お嬢様の考えはここでは通用しなかった。


 「何言っているんだ。お前も作るんだよ。はい、野菜。これを包丁で切ってくれ。切り方は何でもいい。スープにするからな。」


 グレンは取り出してあった野菜をララの腕に乗せる。ララも咄嗟のことでつい腕を囲ってしまい野菜達をそこに納めてしまった。


 「えっ、でも私料理はあまりしたことが・・・」


ララの言葉にグレンは半ば予想していたのかやれやれと包丁を取り出す。


 「仕方ないな…ほれ、貸してみろ。」


 そういってグレンはララの手に持っている野菜からひとつ取り出す。


 「いいか、基本的に固いものは皮があることが多い。なくても、とりあえず薄く剥くんだ。そうすれば食べられる部分だけになる。」


 そう言って手に持った野菜を薄く剥いていく。日頃から刃物の扱いに慣れているのかすらすらと出来ていた。


 一通り剥き終えるとこれまた鞄から取り出した大皿に入れて置いた。そしてまた、ララの懐から野菜を取り出す。


 「次に柔らかいものだが、これは……」


 グレンは調理の段階に入ってもひとつひとつ説明していく。野菜の切り方、切り方の種類、切るときの力加減、無駄のない活用の仕方。どれもララに取っては新鮮だった。なによりグレンが合間に話してくれる思い出話は、面白いと思うと同時に普段のグレンを知る良いきっかけだった。ララは自分の分を切る作業に集中しながらもグレンの声から耳を離さなかった。


 「・・・それで、あいつらときたら全く料理が出来なくてな。仕方なく教えることにしたんだよ。」


 「ふふっ。男の人って、料理人以外は料理をしないものなのね。でもグレンは違うわね? ちゃんと出来てるし。」


 「まあ、一人で旅をしていたこともあるからな。利用できるものはなんでも利用したし、師匠と旅をしていた時にちゃんと料理を教わってからはある程度食べれるものになっていったぞ。」


 「そうなの? 両親とかに教えてもらったりはしてないの?」


 一瞬グレンの動きが固まった。包丁を動かす手が目に見えて止まったのだ。


 「…教わる機会はもうないさ。二人とも一人旅をする前に死んだからな・・・」


 「あっ・・・」


 ララは触れてはいけないことに触れてしまったと分かってしまった。そもそも子供が戦場に身を投じるなど普通の家庭ならあり得ない。特別な事情でもなければ反対されるものだ。しかし、グレンはその特別な事情に当てはまっていた。


 「その・・・」


 「でもいいんだ、いまは。「過ぎてしまったことは後悔しても立ち止まることはするな。」師匠が言っていたことだ。俺は最強を目指す。そしてすべての悪を倒す。そのために強くなり続ける。今はそれがすべてだ。そのために、一人で生きていく術も必要だから料理を学んだだけのことだ。」


 ララは謝り損ねたことよりも、グレンの言葉が気になった。


 「最強になってすべての悪を倒す…? ふふふっ!! ・・・おかしな話ね。それじゃあ、まるで、正義の味方みたいじゃない。」

 

 「笑うのかよ・・・まあ、正義の味方だろうが聖人だろうが知ったことじゃないが…」


 グレンの言葉を聞いてララはいつになく真剣な顔をした。手に持っていた包丁を置き、グレンに向き直る。


 「そこよ。あなたは、聖人でもなんでもないただの人間。それがこの世界のすべての悪を倒すと言った。そうするだけの力を秘めているから。」


 「そこまで俺のことを過大評価しているのか?」


 グレンもいつになく真剣なララのまなざしを見てこちらの話に耳を傾ける。


 「ううん、違う。そう感じた。でも、あなたはそんな抽象的なもので良いの?ただ強くなる。すべての悪を倒す。・・・どうやって強くなるの?・・・誰を倒すの?」


 「それは…旅をしていれば分かる。」


 「何を目指すかも分からないのに?」


 「ふむ・・・」


 グレンが考え込む。あらゆる戦場を切り抜けたグレンが、今、捕らわれの小娘に説得されている。確かにグレンは今まで漠然としたまま旅をしてきた。でも、夢を語ったことはあるけれどそれを誰かに指摘されたことはなかった。


 ララにしても今までまったくと言っていいほど長口上をしたことはなかった。それなのに、今は思っていることが言いたい。伝えたいことがたくさんある。でも、それでは本当に言いたいことが分からなくなってしまう。だから、それらをただ一言に集約する。グレンのために・・・


 「あなたは世界を救うべきよ。」


 「おいっ・・・」


 はっきりと言った。グレンが驚きで戸惑っている。


 「あなたは、優しくて残酷で、強くてさらに果て無きその上を目指す。それはまるで、英雄みたいじゃない。」


 「「レジェンズ」ではないのか?」


 「確かに彼らもそうだと思う。でも、私の言うあなたは認められない英雄だもの。名を名誉とする彼らとは違う。どれだけ、活躍してもその分だけの恐怖や憎しみを生み、どれだけ善行を行おうともその本質は理解されない。私から見たあなたはそう見える。」


 ララは語り聞かせるようにグレンに伝える。手を広げるなど体を使ったり、相手に考えさせる質問をしたりして相手の奥深くに訴えかけている。これは、日々政治の勉強をしてきた賜物だと思った。正直ぶしつけだと思う。まだ、出会って数日しか経っておらず見聞きしたものも彼の人生のほんの一部だ。憶測もいくつかある。でも、私は彼を評価しなくちゃいけない。


 レジェンズに勝てるかも分からない。神様に勝てるかも分からない。本当に世界が救えるかも分からない。分からないことだらけだけど、彼はやってくれそうだ。そう思えた。


 「夢見る世界には様々な定義がある。あなたの定義は悪のいない世界だとする。でもあなたはそんな世界を作るために行動しているわけではないでしょう?」


 「まあな。自分本位だから。そんな世界を作ろうとも思ったことはないがな」


 「でも、結果的にそこへと行き着く。」


 「・・・そうなるな。」


 「あなたは何のために行動しているかも分からないけれども、目指すべき世界に必要なことはもう持っている。善い行いはもちろん、冷酷な決断を下すことも出来ていると思う。だから信じるわ。あなたは世界を救えると。」


 最後まで言い終えた。ララは言いようの知れぬ昂揚感を落ちつけながらグレンの反応を待った。


 グレンは何かを堪えるような声を出した後


 「くくっ・・・ははっ、はははっ!!」


 突然、笑った。


 「・・・まさか、たった数日過ごしただけでこの俺を理解しただと・・・ 今まで、ランスロットですら理解していないこの俺の夢を、認めて背中を押してくれるのか、お前は?」


 「う、うん。」


 いきなり迫られたので勢いで返事をしてしまった。グレンの今までの態度とは全く異なった子供のような感じが少し新鮮だったのだ。今までは感情はあるけど起伏が少なかったので、今の印象がより際立っていた。


 「俺はお前を侮っていたよ。その子供らしからぬ博学とその子供の無邪気さは、お前を天才足らしめているのだろう?」


 「いや、私は・・・こんなことを言ったのは初めてだし、こんなに誰かを思ったのも初めてだから・・・」


 落ち着いて今までの言動を思い返してみるといつもの私とはとてもかけ離れていたことに恥ずかしさを覚え顔を俯かせた。


 「そうなのか。まあ、今までのことをかんがえればな、そんなものか。」


 「・・・そんなものよ。」


 俯くララにグレンは少し笑って


 「・・・さて、いろいろと聞きたいことがあるが、今は料理を作らなければ。」


 「あっ・・・」


 言われて気付く。先ほどから全くと言っていいほど野菜を切っていなかったのだ。


 「ごめんなさい。すぐに終わらせるわ。」


 「気にするな。こちらが話題を振ったようなものだしな。」


 そうして二人はせっせと野菜を切り終える。ララが終わるころには、グレンは沸かした鍋のお湯に調味料を加えて味付けをしていた。


 グレンは今まで切った野菜を入れてかき混ぜる。時々、隠し味を入れて味の調節をする。ここまで来るとララの仕事はなく、暇を持て余していた。


 そしてもうすっかり辺りが暗くなって星が出てきた頃二人の夕食が始まった。




 「(んっ! ……おいしい。庶民の味ではあるけどとても暖かい。)」


 グレンの煮込んだスープを口に着けるや否なそのうまみが理解できた。


 「おいしいか?」


 「まあまあね。平民が作ったにしては上出来よ。」


 「素直においしいでもいいんだぜ。」


 「うるさい。」


 グレンを無視して食事を続ける。


 「……そういえば、さ。年を聞いてなかったな。さっきの話を聞いてたらお前が小娘にみえなくなった。」


 「・・・小娘と呼ばないで。否定はしないけど。今年で・・・十二よ。」


 「やっぱりか。だいたいそのぐらいかと思ってたけどそうであってよかったよ。」

 

 「まったく。女性に年齢を聞いたのだからあなたにも答える義務があるわ。教えて。」

 

 「俺か?俺は今年で十六だ。」


 「十六…!? 嘘っ。もう一、二歳上かと思っていたわよ。」


 「はははっ。よく言われるさ。達観しすぎるって。」


 「私もそう思うよ・・・」


 「(まさか4つしか違わないなんんて…私は少し年上なだけの子供に助けられたの?いや、それ以上にその年で戦場をいくつも経験しているの!?)」


 ララは表に出さずとも内心では驚きが大きかった。


 「(ますます興味が湧いてきたわね。彼のことが、もっと知りたいわ。)」


 ララは軽快に笑って話をするグレンを見て、改めて彼のことが気になった。


 そうして二人の夜が更けていく。


     

 

前回荒野にてグレンが何も持っていない描写があったため鞄を持っていたということに修正しました。

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