9話 「異形」 後編 (1/2)
予想以上に長くなったため分割します。
いつもと変わらぬ朝がやって来た。しかし、今日は特別な朝だった。なぜならば、一世一代の勝負の日なのだから。
アンナはいつもより早起きをしていた。まだ日は出ておらず辺りは薄暗い闇に包まれている。そんな中、彼女の家には明かりが灯っていた。彼女が早起きをしたのは今日が待ち遠しくて眠れなかっただけでなく、朝ごはんの下ごしらえをするのもあったからだ。台所を忙しくまわる彼女に起きてきた父親が声を掛ける。
「おはよう、アンナ。今日は随分と早いな。」
「おはよう、お父さん。…そうね、準備が必要だから。」
「ふむ…どうしてだ?」
「今日、グレンが旅立つのよね。」
「そうか、知っていたのだね。」
父親は諦めるように答えた。本来なら彼の出立は誰にも知られずに行われるはずだったのだが、昨夜の時点で破綻してしまっていた。
「グレンが教えてくれたのよ。・・・どうして黙っていたの。私、そんなに信用ならないのかな?」
「いや、そういうことじゃないんだ。ただ、彼は・・・」
実の娘に信頼を問われていることに衝撃を受けてなにかを言おうとするが、しかし、父親はそれ以上先は言えず黙ってしまう。
「そうじゃないのなら、なんなの?」
「それは・・・」
二度目の問いでも答えられない。
「・・・お父さんがどうであれ私はグレンを見送るから。それだけは絶対。」
業を煮やした彼女はそう言って再び台所に向き直り料理に戻る。
父親の今朝までの安らぎはどこかへ吹き飛んでしまった。
「ふあぁ~あ。眠いな。」
グレンは昨夜の出来事があったせいでよく眠れなかった。にも関わらず隣を歩いているアンナは俺よりも寝ていないのに鼻歌を歌えるぐらい元気と来たものだ。今朝の朝食だってそうだった。彼女は張り切って料理を作ったため5人前の量になってしまった。3人ではとても食いきれない量だったが俺だけは常人より食べれるのでせっかくだから3人前を平らげた。その時にも彼女は積極的に話しかけてきた。どこへ行くのかとか、道中は大丈夫なのかとか、旅は怖くないのか、などを俺は魔法使いであることをはぐらかして答えられる範囲で答えた。その時の彼女はまるで忠告を聞いているかのように熱心だった。
「うふふっ。昨日は寝れたかしら。」
「誰のせいだ…」
「別にいいじゃない。今日でお別れかもしれないんだし。」
「かもって、俺は今日ここを発つんだぞ。」
いつもよりも少し元気な彼女にグレンはめんどくさそうに相手する。だから、なにげない会話から放たれた言葉に反応できなかった。
「分かっているわ。だからさ…私を一緒に連れてって。」
「むっ・・・」
グレンは、昨夜の時点である程度予測はしていたが、それでも言われるとは思わず固まってしまった。
「だからっ・・・私をグレンの旅に連れてってと言っているのっ!」
彼女は恥らいながら言葉を繰り返す。
アンナは昨夜グレンと話をしている時から考えていた。どうすればグレンと一緒にいられるのか。このまま離れてしまうのはいやだ。もっと彼のことを知りたいと。そこでグレンがここにいることが出来ないのならば私が付いていけばいいのではないかという考えに行き着いた。しかし、それには覚悟が必要だった。
彼女はこの村で生きてこの村で死んでいくつもりだった。そして外の世界は理不尽で怖いものだとも思っていた。でも、グレンと出会ってからはその考えは徐々に変わっていった。外の世界でもグレンのような人がいて、私の知らない何かがたくさんあることを知った。だからこそ揺れていたのだ。今までの世界を捨てられるかどうか。・・・しかし、今は違った。
「あなたと一緒に旅をしたいのっ!私の知らない世界を示してくれたあなたとっ!!」
アンナの願いはもはや告白だった。その信念の強さにグレンは断れる言葉を見つけられない。ほんの一瞬の出来事なのに二人の間には長い沈黙が漂っていた。しかし、その静寂は振動と駆動音によって破られた。
「この音は・・・」
「CTRっ!?」
次いで、甲高い笛ような音の跡に、爆発音が響いてきた。
「っ!!」
「えっ!?」
振動は村の入り口の方から聞こえてきた。そちらのほうから鳥達が慌てて飛んで来る。村の人々は家々から出てきて何事かとそちらへと向かう。中には深刻な面持ちでありあわせの武装をした男たちもいた。
「この音は…」
「まさか…でも、どうしてっ!」
アンナは血相を変えて入口へと走って向かっていく。先ほどまでグレンしか見つめていなかったその瞳を今は入口の方へと向けて。そんな彼女にグレンはついて行くことを躊躇った。音の原因がなんなのかが分かっていたからだ。
「来たのはCTR。そして狙いは…俺か。」
一人で呟く。その言葉には後悔が込められていた。
長く留まり過ぎた。だから多くの人々に迷惑をかけている。
「・・・俺がいなくなればいいんだ。そうすればここは今まで通り平和にやっていける。・・・そうさ、それだけだ。」
そう決めつけて躊躇いを捨てると、入口とは反対の方へと足を向けた。
「今までありがとうな。」
振り返って伝えるその言葉は、伝えるべき相手にも誰も彼にも聞こえていない。
三機のCTRが村の入り口で小隊を組んで鎮座している。その中で先頭の隊長機がスピーカーを通してその醜悪な声を村の人々へ届けさせる。
「お前ら、よく聞けぇー。昨日、この近辺に魔法派の兵士が逃れてきた。その男は我々の同胞を数多く殺した人殺しだ!見つけ次第捕えて射殺するよう言われている!」
「なんでそんなことをここで言うんだよ…」
「私達には何も関係ないわよねぇ…」
村人たちは身に覚えのない話を聞かされて困惑している。CTR部隊の隊長はざわついてきた人々に苛立ちを覚えるが、そんな些細なことは気にもせず逆にしたり顔で話を続ける。
「いいかよく聞け~。聞くところによると、この村にその人殺しが潜伏しているとの情報が入った。」
「なんですって!」
「どういうことだっ!」
突然罪を着せられた村人達は激怒した。彼らは皆、村の生存のために魔法派との関係を断ち、機械派に従順してきたのだ。それなのに寝も葉もない話でこちらをなぶってきた。
隊長は歪な笑い声をあげながら続ける。
「前に言ってなかったか。もし、奴らとの関係を持ったのならお前たちも奴らと同じで殺害対象に入るとな。」
「「なっ!?」」
「そんなこと聞いてないぞ!!」
村人たちに戦慄が走る。しかし、嘘で滅ぼされてはたまらないと声をあげて反論する。
「だから、俺たちは魔法派とは関係を持ってなんかいない!!」
「そうだっ!!勝手なことを言うんじゃない!!」
村人たちは次々と声を上げる。アンナもこれには怒り怒鳴った。
「あなた達に私たちの何が分かるのよっ!!そんなことなんてしないわよ!!」
彼女はこの村を離れようとしてもこの村の一員だった。
「頭、どうしますか?こいつら頑なに拒んできますよ。」
CTR内の近距離無線で3人は会話をしていた。
「こいつらなんて一捻りで潰せるんだからとっととやっちまいましょうよ。へへへっ。」
「まあ、待て。俺達は機械派の部隊なんだ。茶番はまだまだ面白くできるさ。」
そう言って隊長は切っていた外部スピーカーに再び電源を入れ、下卑た声で話を続ける。
「そうか、言えないか。ならばこれでもどうだろうなあ~。」
隊長機のCTRが前のめりになり右腕が突然人々に向かって伸びる。人々は隊長機から逃げるように距離を取ろうとする。しかし、腕の伸びた先にはアンナが動けずに突っ立っていた。
「えっ…?きゃああっ!!」
ここぞとばかりに隊長機の手はアンナを握りしめ手前まで持っていった。
「っ!?いたいっ!!いやっ!た、助けて・・・」
彼女はCTRに握りしめられて苦しみもがく。
「やめてー!!」
「あ、あぁ…神様・・・」
「アンナちゃんを放せっ!!」
CTR内に村の人々の声が聞こえてくる。それを聞きながら隊長は醜悪な顔で笑って言う。
「へっへっへっ!お前たちが悪いんだぞ。魔法派の奴を匿っているのがなっ!!」
「ううっ・・・」
「くそっ!!誰だよ、匿った奴は!!」
「知るかよっ!!とにかく探すぞ!」
「おおっ!!」
「片っ端から片付けろ!!」
男達が大事な村娘のために村へと駆けていこうとする。女どもはどうすることも出来ず立ち尽くす。手玉に取ったと確信した隊長はアンナを見ながら部下と話し合う。念を押すように外部スピーカーは切ってある。
「はははっ!!これは愉快だぞ。馬鹿みたいに必死になってやがる。」
「さすがお頭、俺達にはできませんぜ。」
「これからどうするんだ?」
「そうだな・・・こいつらが見逃してくれるように頼んだら、貢物と女どもを掻っ攫っていこうか。」
「おおっ、やれるんですか!?」
「好きにしていいぞ。」
「ありがとうございます、お頭。一生ついて行きますぜ。」
「金がもらえるだけでも良いのに女までとは頭は一味違うな。」
「そう褒めるな。まあ、これも実力の内ってか。はははっ。」
「うぅっ・・・」
アンナはうなだれている。どうしてこんなことになったのかアンナには分からなかった。いつものように変わらぬ一日だと思った。グレンがいること以外はなにも。そして今日は楽しい日になると思った。
それなのに全てがおかしくなった。
「(私が旅に出たいと思ったのがいけなかったのかな?私が、今までの日常を変えたいと願ったから、外の世界を知りたいと思ったから・・・。怖いよ、グレン・・・」
いつもの笑顔は消え失せ、壊れていく日常をただ見つめていることしかできなかった。眼下では男達が私のために奔走している。女達はなにもすることが出来ずただ祈っている。その中に意中の人はいなかった。
「(グレンがいない・・・そうだよね、今日旅立つものね。あの時おいてきちゃったからそのまま行っちゃったのかも。」
彼のことを思って残念そうにする。
「せめて、好きってことを伝えたかったな・・・」
俯いた顔から一粒の涙が頬を伝って流れていく。
隊長機のお頭はすでに村の人々を掌握しており勝ったも同然だった。魔法使いがいるなんて情報は嘘っぱちだ。いないことを理由に村を滅ぼしても良いし、仮にいたとしても、CTR三機がかりならばどうとでもなる。そう思っていたところに、不意にCTRのセンサーが反応する。
「んっ、これは魔力…?」
センサーの示す方向にモニターに映像を送るカメラアイがある頭をめぐらす。そこには炎があった。
距離にして、100mはあろう場所から、火の塊が飛んできた。振り払おうと、人質がいない方の手をかざしたが、炎はすり抜けるように躱した。そして、人質がいる方の腕にとりつくと、閃光ののち、鈴のような甲高い音と共にCTRの腕が切り裂かれる。
「んなあっ!?」
「きゃあああっ!?」
アンナを握っていた腕を断ち切られ、隊長機はバランスを崩す。アンナは腕ごと十m近くの高さから落ちる。途中、力を失ったCTRの腕は拳を開きアンナだけが浮かび上がる。
「ああっ、神様!!」
「誰か助けろっっ!!!」
「間に合わない!!」
誰もがアンナの落下を確信した時、隊長機のカメラアイに影を捉える。その影は真横から瞬く間に正面のアンナを抱きかかえて、慣性に従って軽々と地表に着地した。
「うっ…」
アンナが最後に見たのは落ちる機械の腕と地面だった。今は目を閉じている。もしかしたら目を開けても真っ暗闇がひろがっているだけの死後の世界かもしれない。途中で、体が何かに包まれて浮いているような感覚があった。本当に死んだのかも知れない。
そんな一瞬の煩悶は一声で掻き消える。
「大丈夫か、アンナ?」
「あっ・・・」
目を開ける。そこには待ち焦がれていた人がいた。紅い洋服を着て橙色のズボンを穿いている。子供っぽさが残る顔に、ぼさぼさの髪の毛をこちらに向けている。そして少年に分相応な2本の刀が腰に見える。その姿はまるで物語の主人公みたくかっこよかった。
「なんだてめえは!!」
「・・・通りすがりの魔法使いだ。」




