9話 「異形」 前編
改訂、加筆がまだまだありますがとりあえず続きをひとつ。
何もかもが燃えている。道端に倒れている人も、通いなれた道の家々も、今まで過ごしてきた街も、何もかもを焼き尽くす紅蓮の炎で燃えていた。見上げる空は燃える街の色と対照に何もかもを飲み込む闇が見渡す限り広がっていた。
燃える街を舞台に2つの巨大な化け物がぶつかり合う。片方は6枚の翼をはためかせ、その身体からあまねなく炎をまき散らし街を火の海に変えていた。もう片方は、対峙している6枚翼の化け物に負けず劣らず全身から闇を生み出している。少しでも見れば嫌悪から目を逸らしたくなるそのシルエットは巻貝を背負ったタコのようだった。体中から呪いがあふれ出て腐食するその様は、悪神といっても納得するだろう。お互いに一歩も引かない。獣とて譲れないものがあるかのように殺伐と対峙していた。
両者は何度炎と闇をぶつけあう。その力は拮抗しており、はじけ飛ぶのでお互いにまで届きはしなかった。けれども何度も何度も火の玉が、闇の波動が、火の竜が、闇の亡者が飛び交ったその余波で見慣れた街並みは吹き飛ばされ儚くも崩れ去っていく。
少年はその光景をただ呆然と見つめていた。恐怖に支配されて動けないだけではない。あまりの突拍子もない出来事に頭がついていけないのもあった。だから、何の力も持っていない少年には、なにもすることはできなかっただろう。そう、失ってしまった後悔とその絶望からくるぶつけようのない怒りさえなければ・・・
諦めれば楽に死ねたのに・・・
「はぁっ!!!」
グレンは息の詰まる声をあげながら目が覚めた。
夢を見ていた。それは分かるが何の夢かは覚えていない。恐ろしいことがあった気がする。そう思えたから少しの間思い出そうとした。そのために身体を起こそうとして気付く。自分はベットで寝ていたのだと。
「ん?…なんでベットに?俺はたしかロック砦から脱出して、機械派の奴らと戦って、そんで…」
身体を起こして自分が覚えている限りの記憶を一つずつ思い出していく。身体を起こすだけでもだるかったがそんなことは気にもしなかった。いくつかの記憶を思いだし、機械派の包囲を脱出して東の森へと駆けこんだところを最後に、それ以上は思い出せなかった。また、記憶を思い出すことが行き詰って周囲を見渡してみると、自分が体中包帯でぐるぐる巻きにされており、身包みをすべて剥がれていることに気付いた。衣服も着替えさせられたのか自分が着ていたボロボロの服ではなく新品同然の薄い長シャツと長ズボンだった。
謎が謎を呼ぶ光景にグレンは戸惑った。ちょうどそのとき、グレンの右手にある部屋の入口のドアが開いた。
カチャ
「っ!!」
グレンは咄嗟に侵入者を撃退できるように、銃弾が貫通した痛みを堪えて左腰にある刀を右手で抜き、構えようとして気づく。今の自分が無防備な状態であることに。
そんなグレンの気も知らず一人の娘が部屋に入るなり驚いた。
「…あっ!!駄目です、まだ身体を動かしちゃ!!」
「っ!!あ、くっ・・・」
グレンの様子を立ち歩こうと思ったのか娘は止めに入る。グレンは突然娘が目の前まで迫ってきたので暗殺者かと疑ったが、思うように身体が動かず、娘になすがまま寝かされる。
グレンがおとなしく横になったのを確認してから娘は安堵の息を吐く。
「ふぅ…、でも良かった。あなたが生きてて。森で倒れているのをお父さんが見つけた時は死んでいるのかと思っていたわよ。」
「森・・・って、俺は森に倒れていたのか!?」
「ん?そうだよ。私のお父さんが野草を取り入っていたら見つけたの。全身血まみれだからどうしようかと迷ったけど、まだこどもだから手当をしてあげたの。もちろん私もね。でも男の子の身体を見るのは・・・」
娘の純情な体験をグレンは聞き流しながらとあることを思っていた。
「(森で倒れていたということは、最後の記憶が思い出せるところか。そうなると、ここは機械派によって占領されたところか…。ならば、まずいな。)」
グレンは最悪の事態を想像した。今自分は、機械派の場所におり、遅かれ早かれ自分の所有物から正体がばれるかもしれないと。
グレンの顔が少し青ざめたのを娘が気付いたのか話を切る。
「・・・違うの、さすがに変な趣味とかがあるわけじゃないのよ。そう、不可抗力なのよ。…って、大丈夫?顔色が悪いわね。」
脱線しかけていたことは置いておいてグレンの額に手を当てる。特に熱があるわけでもなく、呼吸も安定していた。娘の気遣いにグレンは言葉で伝える。
「いやっ、特に具合は悪くないよ。ただ、ひとつ聞きたいことがあるんだ。」
「あら、なにかしら。」
「俺の持ち物はどこにあるんだ?いろいろと大事なものがあったんだけど・・・」
グレンは自分の持ち物の行方を気にする。娘の反応次第では一刻もここから離れなければならないとも思っていた。しかし、娘の答えはグレンにとっては僥倖といっても言い答えだった。
「ああ、それね。それなら私のお父さんが持っていると思うわ。お父さんがあなたを連れてきた時は服しか着ていなかったから、たぶんそうだよ。あっ、でも一応聞いておくね。」
娘の答えは、彼女の父親がグレンが魔法派であるのを匿ったことを意味していた。
「そうか・・・分かった、ありがとう。」
そのことが分かったので安心したのかグレンは肩の力を抜いた。
「いや、お礼を言われることじゃないよ・・・とりあえず、しばらくは安静にしていてね。傷が開くと困るから。」
「分かったよ。」
「うん、素直でいい。あと、これからしばらく家で世話をさせてもらうのだから名前を覚えておかなきゃ。私の名前はアンナよ。あなたの名前は?」
「俺か、俺はグレンだ。火ノ鳥グレン。」
アンナはグレンの姓を聞くと首をかしげる。
「あら、日向人なの?」
「まあ、流されたひとの子孫だけど。」
「道理で珍しい顔立ちだと思ったわ。」
アンナはアイリ・スタと海を挟んで向かい合っている日向帝国から来た移民たちのことを思い出していた。
グレンも今までなかなか聞かれることがなかった自身の源流について思い返していた。
日向帝国はその昔内乱が激しく、大量の敵対勢力がここアイリ・スタに流されてきた。移民と言っても彼らは生きる見込みのない島流しを受けたともいえる。しかし、それは彼らの国民性故の温情とも思えた。
なぜならば、アイリ・スタでは敵対勢力は徹底的に叩かなければ気が済まないような歴史の数々に対して、彼らは一度降った敵対勢力の主とその親類ですらも許して、しかしなにか刑を実行しなくてはならないので島流しに落ち着いたという歴史があった。
島流しを受けた日向の人々は悔しさはあるけれども生きていることに感謝をしつつ今日まで何百年とアイリ・スタで生き続けてきたのである。故郷に戻りたいという人もいたが、それは故郷に対する裏切りでもあったので時が経つにつれて受け入れていった。今でも絶対数は少ないものの確かにアイリ・スタ国内で日向の血が流れた人が生活をしている。グレンの両親もグレン自身もその一つだった。
「大変じゃない?生活していくのは。自分達と異なった文化に触れあって生きてきたのでしょう?」
「考えたこともなかったな。ただ、何百年と歴史があるせいなのか自然とどちらも受け入れられてしまうな。」
「そう、それはいいわね。」
アンナは微笑んで言った。しかし、グレンにはその瞳の奥に感情の揺らぎがあるように思えた。
「さて、私はそろそろ仕事に戻るわ。いろいろと残っているからね。グレンは休んでいるのよ。分かった?」
「ふむ、分かった。」
アンナはそう言い残して出ていった。残されたグレンは今まで忘れていたのかひとつ思い出した。
「夢の内容...故郷の最後だったな。」
嫌なことを思い出してしまった。気分を変えようと、窓から外の景色を見る。見えるのは、何でもない村の家々とのどかな田園風景だった。
「さて…なんとか傷をいやして、みんなのところに戻るか。墓参りは、いつ行こうかな…」
そう思いながら再び眠りに就いた。




