8話 「英雄の条件」 後編
機械派の兵士達が次々と倒れ、戦車は両断され、CTRは機能を停止していく。CTR大隊の隊長は死神の鎌を逃れながらそれらの光景をただ見つめているだけだった。すでに指揮系統はぼろぼろで中隊単位すらも維持できなくなっていた。随伴している小隊員が死ぬまいと必死に自分に付いてくる。しかし、この戦場でまもなく刈られるのは自分達だと思わずにはいられなかった。いつ死神がこちらに狙いをつけて、その鎌をこちらに振りおろして来るかと逃げている間はそれしか考えられなかった。味方を気にする余裕など無に等しかった。
「第四機械化大隊!応援に駆け付けた!大隊長、すぐに部隊をまとめるんだっ!!」
その声にはっと我に返った。気づけばスレイプニル隊が駆け付けて来てくれていた。彼らは死神に臆することなくそれぞれが散開して死神を取り囲んでいった。その間に私は安堵した気持ちを以て各部隊の状況をまとめて、それぞれ生き残っている指揮官達に一旦撤退する命令を出した。
「済まない、助かった。だが、我々は一時態勢を立て直す。」
「分かった。それまでは我々が引き受けよう。」
スレイプニル隊から驚きの声が聞こえた気がするが全員が死神に取りつこうとしているので逃げる者はいなかった。引き続き隊長から無線を通して声が聞こえてくる。
「いくぞ!包囲の手を緩めないことと牽制をするだけだ!!死ぬなよ。」
「「「了解っ!!」」」
隊長の命令に全員が応え、死神に攻撃を開始した。
「はぁ、はぁ、っ!!」
グレンは疲労した体に鞭を打つように極限まで集中し、敵の銃撃を回避していた。戦端が開いてから既に4時間が経っていた。その間、わずかな小休止しかできていないほど敵と戦闘を繰り返している。それは敵陣のど真ん中であるからでもあった。
常人であるならば、たとえ竜の力を得たとしても、肉体に限界はなくとも集中力のほうが続きはしない。しかし、グレンは旅をしていた時や戦争時においての極限状態での行動を何度も経験しており、それらによって培った集中力でこの戦いを乗り切ってきた。
「そこだっ!!」
今もステップによる回避からかなり消耗した魔力を使って炎の斬撃を放っていく。水平に放たれた炎の刃は兵士達を薙ぎ倒しながら進んでいった。薙ぎ倒された兵士達の穴を埋めようと後続の兵士達が前に出るが最初のころと違いまばらだった。それをグレンは敵の数が減ってきたと感じた。
「(さすがにここまでか…、確か北は・・・)」
一瞬の思考がグレンの致命的な隙だった。グレンが高速で反応しても気づいたときには一発の弾丸が目の前まで迫っていた。死がそこまで迫ってきたことに対してグレンは死にたくないという本能で咄嗟に首を全力で横にずらして、避けた。弾丸はグレンの頬と髪を掠めて背後に流れていった。
その一瞬の間にグレンは動けなかった。すぐに離脱すべき事態に動けなかったことはグレンがまだ一人前ではない証拠かもしれない。事実、グレンの瞳は見開かれ、見ていたものは目の前の弾丸を放った主ではなく上の空だった。しかし、その一瞬の後すぐにグレンは意識を取り戻して回避行動に移ったが、一瞬が遅れたため弾丸のあとを追うように狙って放たれた砲弾がグレンがいた場所に着弾し、着弾時の爆風に巻き込まれ多少の傷を負った。
「ちっ!外したっ!!絶好の機会だったのに…。」
「気にすることはない。当たるのならば儲けもの程度だった。」
「隊長の言う通りだ。いくぞ、ロレンツォ。突っ立っているな!」
「…分かってるぜ、アイン!!」
「援護するぞ…。」
グレンの正面にいた四機のCTRが動き出す。三機は包囲の輪に加わり残りの一機はこちらに向かってくる。他の四機はグレンを逃がさせないのか退路を塞いでいる。
「まったく…よりにもよって一番出会いたくない敵が出てくるとはな。」
グレンは心底悪態をついた。状態は最悪。そして戦意も無くなってきたところに、これだ。
「(戦うしかないじゃないかっ!!)」
グレンは笑った。この絶望的状況にも関わらず強敵と渡り合えることに喜んで。
一人と八機の激闘は20分続いても終わらない。一秒が数十分の世界においてお互いに死力を尽くして戦う。グレンが刀を振れば地面が吹き飛び、CTRが引き金を引けば、地面が抉れる。一発の弾丸ですら致命的な人間のグレンは一発も当たる事を許さず、グレンの実力を知っているCTR達はグレンに隙を与えず、一進一退の攻防が続いていた。今、戦場で戦っているのは一人と八機だけだ。それ以外の機械派の兵士達で部隊を再編している者以外は動くことが出来ない。なぜならば介入すれば死が待っているような闘いぶりであるため、迂闊に近寄れなかったのだ。しかし、短いような長いような均衡もグレンの疲労によって崩れていった。
「っ!不味いっ!!」
グレンは何気ないステップで銃弾を逃れようとしたが、その際に靴底が破れた。それは本来かかるはずだった急制動を止めることが出来ず、グレンの体勢が崩れることを意味していた。その隙を八機の内何機かは逃さないと反動が少なく弾速の速い武器を選択し、それぞれが一斉に放った。グレンはその場にいるのは不味いと判断して崩れた体勢を慣性のままに倒し、倒れる方向へと足を踏み込んだ。
ガガガガガガガガッ!!!
グレンの周りを銃弾の嵐が飛び交った。倒れていくグレンの頭上を、脇を、足元を交互に通り過ぎていく銃弾が多い中、人間の肉体を簡単に食い破る銃弾がグレンを何発か襲った。グレンはその衝撃を受けて吹き飛ぶように地面に倒れうつ伏せになったまま動かなくなった。
「やったか!?」
「分からない…だが油断はするな!」
「そうだ。アントニオ、スケール、奴を吹き飛ばせ。」
「お…おう。」
「わ、分かったぜ。」
「私はグラバスと警戒を。」
「分かりました。」
それぞれが警戒する中、二機のCTRが前にでて、いまだ動かないグレン目掛けて肩のバズーカとロケットを起動し、照準を定める。
グレンは痛む体を動かそうとしていた。受けた銃弾は分かるだけでも左腕に一発、腹に二発、右足に一発ずつ。これだけ受けていれば出血がひどくなくても死にそうだが、グレンはそれでも諦めなかった。
「(うぐっ・・・こんなところで、死ねるかよ・・・。俺は、勝って…生きて…みんなのためにっ!!)」
「ロック完了した。」
「撃てっ!」
二機のCTRがそれぞれロケットとバズーカを数発ずつ発射した。狙いは正確にグレンを捉え、避けることすらしなければ直撃だった。白い尾を曳きながらグレン目指して飛んでいく爆弾があとわずかにまで迫ってきたとき、グレンが動いた。
グレンは弾丸を受けて痛みを感じないほどの感覚の左手をついて身体の全体重を支え、無傷だったほうの手で刀を抜きそれを地面に突き刺して起きあがった。しかしもう爆弾は目前まで迫って避けることが出来ない距離まで来ており、スレイプニル隊の人間も当たると確信していた。
「思い出せっ!!「邪竜奏想」!!!」
震えながらもはっきりとした声が響いた瞬間、爆弾による赤い爆炎に包まれた。
「やったか!!」
「やっただろうっ!」
「所詮は悪あがきだったな。」」
燃え盛る炎と黒煙は無常にもグレンを消しただろうと誰もが思った。しかし、その炎は黒紫に染まり、次いで膨張した。それは周囲に広がり、黒煙よりも深い闇に染めていく。スレイプニル隊は突然の変異に驚きつつも飲み込まれまいと闇の手から逃れる。
「なっ、なんですか、これは!」
「分かるわけないだろう!とにかく距離をとれ!!」
ある程度まで闇が広がると、ぴたりと侵食が止まった。そして黒紫の海の中から一人の人間が歩み出てくる。
その姿は先ほどまで戦っていた少年だった。だが、右手の刀は周囲に広がっている黒紫の闇と同じものを纏っている。そして少年の身体の周囲にも同じような闇を纏っていた。少年の表情は周囲の闇が濃くて見えなかった。
「そんなっ!!あの状況、あの状態で無事に立つことが出来るなんて!!」
「くそっ、あれじゃあ、まるで本物の死神じゃねえか・・・」
幽鬼の如く現れた少年にスレイプニル隊の面々だけでなく離れてみていた兵士達も怯え竦んでいた。だれも言葉を発せない。不気味なほどの静寂が周囲を包んだ。動くものはただ一人。闇を纏った男だけ。
「まずい、散開っ!!」
「遅い。」
「っ!! 機体が、動かない!!」
グレンが狙いを定めた機体の足にはいつの間にか黒い何かがまとわりついていた。それは、CTRの動きを一瞬止めるのに十分な働きをした。
「紫電。」
一振りで機体の上半身を切断。振り返ることをせず、行き先にいた目標へと駆け抜ける。
「まずい、包囲が抜かれた。後詰の奴らに警告を!!」
「駄目です。早すぎます!!」
後方で待機していたCTR群は突然の事態に動きが緩慢だった。その隙を見逃さず次の手を打つ。
「覇黒...天照!!」
その場に現れたのは、黒い化け物だった。黒は全面一帯を塗りつぶしていく。無線からは怒号と悲鳴しか聞こえてこない。被害に遭わなかった者たちは言葉をはっせなかった。
黒が収まると、そこには残骸しかなかった。精強を誇るCTRがものの数秒で鉄くずへと変わり果てていた。随伴していた歩兵は言わずとも黒焦げになっていた。
「なんちゅう化け物だ。俺たちはあれに勝てる気でいたのか。。。」
「くっ。。。諦めるでない、皆の者。奴はもう限界のはずだ。ここで仕留めなければ死んでいった者たちに面目立たんぞ。」
「「「了解!!」」」
スレイプニル隊が再度攻勢をかけようとする。
「ぐぅぅぅ。。。」
グレンは確かに限界だった。限界近い肉体と精神に対して、闇の力は暴走に等しいものだから。このまま戦えば死ぬのは明らかだったが、それでも目の前に敵に対して逃げるということを怒りで忘れ去られていた。
それを破ったのは一発の音だった。
ヒュルルルッ、バンッ!!
「「「っ!!」」」
昼の空に打ち上げられた桃色の魔法はある程度の高さで爆発した。その目的をうたぐるように全員が空を見上げた。グレンも音に反応してうたぐるように見上げていた。いや、顔を上げた彼の顔ははっきりと見えていて、その顔は打ち上げられた魔法の意図を理解した顔だった。
ほぼ全員が空を見上げていると戦場に風が吹き荒れる。グレンのことを思い出して見上げていた顔を地上に戻すと、その風の中心地にはやはりグレンがいた。さらに先ほどは見えなかった顔が今度ははっきりと分かる。口からは血を流し、土で汚れながらも、その顔は勝ち誇っていた。
「どうやら終わったようだ。・・・俺の勝ちだな。」
言い終わると再び一陣の風が吹き荒れる。そしてそれらは周囲に満ちていた闇を吹き上げグレンの姿を隠す。風はなかなか止まない。そして闇が力を失い、掻き消えたときには、もうグレンはいなかった。
「隊長!奴は手負いです。すぐに追撃をっ!!」
「・・・いや、追撃は行わない。追ったところで奴を仕留められる気がしないのでな。」
「同感だな。」 「同じく。」 「そうですね。」
「・・・分かりました。」
グラバスの提案にジンテツを含む隊員が反対した。さすがに分が悪くグラバスは折れた。
「それよりも、さっきの桃色の魔法はなんだ。わかるか?」
ジンテツの問いに無線機が鳴る。
『それは魔法派の退却命令です。』
「っ、司令部か!」
『はいっ!敵はほとんど戦場を離れました。我々の負けです・・・』
「…そうか、分かった。ならば我々はこれから砦に向かい、降伏勧告をしてから入る。」
『了解しました。北と西に展開していた部隊も南に逃げた魔法派を警戒する部隊と砦に入る部隊と二手に分けますので留意しておいて下さい。』
「了解。」
無線を切ったジンテツは皆に伝える。
「聞いての通りだ。我々はこれより砦へと向かう。」
「「「了解。」」」
こうして3月の初頭にロック砦攻防戦は機械派の勝利で終わった。魔法派は最後の防衛線を崩され、絶体絶命の危機に瀕して、機械派は見えてきた終戦を掴もうとしていた。
今回で第一部的な部分が終わりました。予定としては第三部まであって第二部はヒロインとの逃避行のお話になると思います。
加筆、修正は終わりましたので物語の続きに専念します。




