8話 「英雄の条件」 前編
1190年3月 ロック砦近郊
ロック砦を囲むように展開している機械派の各部隊は散発的に起きる襲撃に備えて今日も前線を構築している。彼らの多くは歩兵だけで構成されており、砦攻略の要であり主力である戦車類は全て本隊のところにいる。万が一、援軍が来た時に備えて前線を囲うように遊撃部隊としてCTR部隊がいくつも配置されているおかげで、目の前以外のことを考えるという余計な苦労をしなくて済んでいる。
その中の一部隊の隊長はコーヒーを片手に双眼鏡を覗き込んでいた。
「しかし、今日は一段と冷えるな。にも関わらず敵は火を灯していないようだが。」
「そりゃあ、目印を見せ付けるわけにはいきませんから。・・・それよりも暇ですね。」
現に砦は味方の自走砲群の砲撃にさらされているが、砦に決定打を与えることは出来ていない。そしてこちらが攻めるわけでもなく、敵が打って出るわけでもない。いつ終わるとも知れない戦いに前線の歩兵達は日に日に苦労していった。
「馬鹿者っ。監視も立派な任務だ。相手が動けば真っ先に行動しなければいけないのは我々だ。一分一秒たりとも動向を見逃すわけにはいかない。」
「そうですよね・・・分かりました。引き続き監視を続けます。」
数時間後。いつもと変わらぬ風景に飽きてきたのか隊長と部下はそれぞれ暇を満喫していた。
「しかし、そろそろ交代の時間だろう。代わりの奴はどうしてるんだ?」
「はぁ。まだ寝ているんじゃないでしょうか。なにしろずっと監視を続けているんですから。疲れもしますよ。」
「むう。それはこちらも同じだ。…しょうがない、起こしにいくか。」
そう言って隊長が持ち場を離れようとした時、砦の方で何かが動いた。
「んっ…なんだ?」
隊長は砦の様子を肉眼ではよく確認できなかったので双眼鏡を取り出し再び砦の方を見る。するとそこには、砦の門が開き、戦士や魔法使い達が一斉に雪崩れ出てきていた。その後ろには馬車や荷車、はては攻城兵器を運ぶ輸送車など輸送能力を持つ車が続々と出てきた。その様子をまるでパレードが始まった時のようだと隊長は思った。そしてすぐに我に返りそれが敵の攻勢だと判断した。
「なんだありゃ!魔法派の一斉攻勢だとでも言うのか!っ、すぐに本隊へ連絡を!!内容は「敵、大攻勢に出る!!」」
「りょ、了解しました!」
部下はすぐに駆けていった。部下を見送った隊長は三度砦を見る。
「ついに動き出したのか・・・」
遡ること数時間前、ロック砦の上層部分はいまや廃墟と見間違えられるほど閑散としていた。砦の道を歩き交う人々は消え、機械派による砲撃の音だけが無情にも響き渡っている。それに反して下層部ではこれから脱出に出ていく人々でごった返していた。人々は残った食料を全て使い平等に分け与え、ありったけの武装を施していく。その中でも砦に一月近く放置されていた馬はこの時まで食料になることはなかったことが幸いして、荷車と連結して輸送手段として使うようにしていた。それらには戦いにおいて負傷した者や避難民達を乗せていく。
去りゆく者たちの表情は良くないが、決して絶望しているわけではなかった。
この砦に残るものはいない。すべての人間が生きるために出ていくのだ。先日の会議にて渋っていた隊長達も徹底抗戦を主張した者も全員が砦を開け放すことに合意して今の状況があった。
その理由は、二つ名の暴走と決意表明にあった。
先日の会議が終わった後、ロック砦の主が突然皆の前で狂言を放った。「お前達はこの砦を死んでも守れ。」と要約するとそんな言葉を発したのだ。
すると、すかさずグレンがやって来て主に対して反論した。
「お前はなんでここにいるんだ?」
「はっ?そんなのは私がここの主だからだろう。主は砦を守らなくてはいけないからな。」
「多くの兵士達を犠牲にしてまでここは守る価値があるのか?」
「あるに決まっている!!ここは私の砦だ。易々と敵の手に渡すわけにはいかん!!」
砦の主はこれでもか、と力説した。
「なら、ひとつ聞く。お前はなんで戦っているんだ?」
「…?戦う理由か?そんなの決まっておろう。魔法派の砦たるここを守るためだ。この砦を授かった主として当然だろう。それに私が授かった財産がここにあるのだ。捨てていけるわけがないだろう。だいたいお前達は私の命令に従っていればいいのだ。それが、この砦を守る最良の方法なのだから。それとも、お前はここの主に逆らったらどうなるか知らないわけ・・・」
砦の主の言葉を最後まで聞くことなくグレンは、いとも容易く感情を消した。そして冷酷な表情から言葉が放たれる。
「お前は、気に食わないな…」
「んっ?」
「死ねよ・・・」
「へっ・・・ぁ!!」
主の身体を斜めに血潮が噴出した。その血を浴びるのは刀を振り切ったグレンだ。砦の主は自分が斬り裂かれたことに一呼吸遅れて気づいた。
「あがぁぁぁ!!!」
主の絶叫が周囲に木霊した。一部始終を見ていた人々は皆が皆何事かと場をもう一度確かめ、驚愕していた。砦の主が斬られたことを信じられないかのよう目で見ている。
「な、なぜっ!私をっ、我々をっ!裏切ったのかぁぁぁ!!」
砦の主の絶叫は、しかしグレンの冷酷な宣言に打ち消された。
「お前は…俺達を使い捨てるのだろう。自分以外を見捨てて。お前の言葉に俺達への感謝も労いもない。そして、自分の都合で、俺達の未来を潰そうとした。そんな奴なんていなくなっても問題ないだろう。」
「が、がぁ・・・」
「俺はな…強者が何を以て強者であるのかを考えているつもりだ。腕っぷしが強い奴、誰に対しても優しい奴、才能が底知れない奴、いろいろある。だからお前とは相容れない。他者のためでもなく、自分の信念もなく、ただもって生まれた権力で他者に縋り付いて硬直した考えを変えられない奴とはな。そんな奴は悪だ。だから殺す。」
言って、二振り目。先ほどは右斜め上からの斬り下げに対して、今度は左横薙ぎで水平に斬った。
砦の主は、一撃目で膝を付いていた。そこに二撃目が振られて刀は主の胸へと流れ込み、切り裂かれた。切り裂かれたところには砦の主の心臓があったのか主は身体を一度震わせてから事切れて倒れた。間近で見ていた避難民の一部はあまりの光景に卒倒して隣の人に支えられている程凄惨な光景が目の前で起きていた。
主がこと切れたことを見届けるとグレンは刀を振るって血を払い、鞘に納める。そして素早く左手を砦の主へ振ると主の肉体は魔法の炎に包まれ、焼き焦げて、灰になりかけた骨だけとなった。周囲に飛び散った血飛沫は肉体と共に燃えていた。残ったのは石畳と同化した白骨だけだった。そして、周囲の群衆に振り替える。
「お前たちはどうだ!? まだここにいたいかっ!! 俺は魔法使いたちのために戦っているが、死ぬためにここにいるわけではない。生きて、魔法がある世界を生きていたから戦っているのだ。みんなには悪いが、俺はここで抜けさせてもらう。」
そして何事もなかったかのように振り返り元来た道を帰って行った。それを観衆はただ見ていることだけしかできなかった。
なぜならばグレンが怖かったのだ。目の前で少年が人を簡単に斬り殺す。それだけでなく、皆が思っていたことを声を大にして口にできてしまう。そんな光景を見たのならば誰もが硬直してしまうだろう。
この一幕により、砦にて徹底抗戦する派閥の頭を失い、自ずと空中分解した。脱出を渋っていた人間はこの砦にはもう未練はないと踏み切り、脱出することを決めた。
また、いままで知られなかったグレンの本性を知り、ある者は狂気に駆られたと言い、ある者はそれを戦場に染まったと言った。また、ある者はそれがグレンだと言いきった。
砦の下層部にある正門前には見た目はどこも傷一つついていない鎧や衣服をを着込んだ兵士達が集まっていた。彼らは、今回脱出する人々を支援するための囮部隊である。囮となる兵士達を任せられたランスロットは指揮官として皆に言う。
「諸君!!今日という日は非常に残念なものとなっているだろう。なぜならば、今日の戦闘は死ににいくようなものだ。自らの身を犠牲にしてまで向こうにいる彼らを守らなければならない!!しかし、ここにいる皆の実力は私も知っている!!だから、お前達に最も重要な作戦を任せることが出来る!!」
ランスロットの言葉を聞いた兵士たちは次第に熱狂してくる。もともと絶望の淵にまで落ち込んでいた士気が平常にまで戻るぐらいには彼の言葉は力があった。
「私は諸君らに死んで欲しくもないと思っている。ここで散らすにはあまりにも惜しい命だ。だから、出来ることならば生きて帰れ!帰ってきてくれて初めてお前たちを誇りに思うことが出来るのだから…。では、よろしく頼むぞ!!」
「おぉぉー!!!」
ランスロットが言葉を終えると兵士達は完全に士気を取り戻していた。
下層部の正門がある周辺は脱出する人々でごった返しているが、それ以外の場所では家財道具を持ち運んだり、めぼしい物を漁る人がぽつぽつと動いているぐらいだった。その中に、腰ぐらいの高さの石垣に座っているフルルースクがいた。
彼は、両手を石垣につけて暗雲漂う空をため息を吐きながら見上げていた。まるでなにかを考えてはいるがなにも思いつかなくて不意に視線を上げたかのように。しかし、何かに気づいて、空に向いていた視線は横へと向けられた。
「ここにいたのか、フルルースク。」
「・・・グレンか。」
グレンがいつもと変わらぬ調子で声をかけてきた。この前の一件があったにもかかわらず。
「お前は逃げないのか。と言っても、二つ名持ちだから囮役だがな。」
「私に恨みでもあるのかよ。」
「いや、特にないな。」
つくづく癪に障るぜ。そうフルルースクは思った。
「私は言われなくても戦うさ。いまはブルーな気持ちなだけさ。」
フルルースクの言葉にグレンは少し考えて
「そうか。そんなにランスキーが死んだことを悩んでいるのかよ。」
「っ!!」
図星であったのかフルルースクは立ち上がりグレンへと面と向かって言う。
「お前にも何がわかる!!この、訳の分からない気持ちが!!」
フルルースクはまたもや激情した。今度はその気持ちは抑えきれず止められなかった。
「お前らはなにも感じないのかよ!!俺は分かってしまったんだよ!朝一緒に飯を食った親しい人間が夜には還らない時のこの気持ちが!!!」
フルルースクはもういつもの道化を演じることは出来ない。死の恐怖が彼を支配してしまったのだから。ディランドが重傷を負ったときは、結果的に死ななかったため自分達は特別なんだと思えた。しかし、突然の襲撃でランスキーが死んでから、いつ死ぬのかが怖くなってきたのだ。おそらく前線に出ることすら今は無理だろう。それほどまでに死の恐怖というものは人を狂わせる。
しかし、グレンにとってそれはあまりにも小さいことだった。
「分かるさ。俺にはもう…誰も残っていないんだからな。」
「・・・えっ。」
グレンはフルルースクに座るよう促し、自分も石垣に座った。フルルースクは少し戸惑ったもののグレンの諭すような様子を見て恐る恐る近くに座った。子供が大人を諭すのはおかしい光景だったが、大人びているグレンと沈んでいるフルルースクの対比はまるで逆だった。フルルースクが座ったのをグレンは認めると、すこし遠い目をしてから語り始める。
「俺の住んでいた町はフレバトと言うんだ。知っているか?」
「・・・いや、知るわけない。」
フルルースクは突然グレンが過去を語りだしたことに驚き、そしてなぜ自分の町のことを話すのか疑問に思った。
「その町はな、もうこの世界にはないんだ。」
「えっ・・・」
フルルースクは突然の事実に言葉を失った。しかし、なんとか続きを促す。
「一体、何があったんだ?戦争でなくなった口ぶりではないよな。お前が過去を語りたがらないのと何か関係でもしているのか?」
フルルースクの質問にグレンは答える。
「詳細は言わない。だけど、俺の家も、家族も、友達も、町も、みんな消えてしまった。」
「なっ・・・」
「だけど全てを失って、それでも俺は抗ったよ。だからここにいる。こうして生きている。お前はどうなんだ、フルルースク。お前はランスキーが死んで何を思った。ランスキーに対して何をしたい。お前は何のために戦っていくんだ?」
フルルースクはグレンの問いかけに今までを振り返る。
「俺は…ランスキーのことを・・・戦友だと思っていた。」
「あいつは嫌味な奴だが貴族であろうと俺達と対等に接してきた。だから俺も遠慮なく付き合った。だからこそ、あいつが死んだとき、愚痴を叩きあえる奴がいなくなったんだなと悲しんだ。恨んだ。機械派を憎んだんだ。」
「ああ。」
「それに俺はいままで自由に戦ってきた。だけど・・・殺した奴も味方も必ず何かをなくしてしまうと分かってからは、考えてしまうんだ。いままでの行いに間違えはなかったか、と。」
「それは考えすぎだ。今は、戦時なんだから仕方がない。」
「分かっているさ。それでも考えてしまうんだよ…」
「・・・。」
問答に埒が明かなくグレンは返す言葉が思いつかなかったので沈黙で応えた。少しの静寂が訪れた後、フルルースクが口を開く。
「お前は何も思わないのか?殺した相手のことを。お前はまだ子供のはずだろ。」
フルルースクの質問にグレンは特に悩むことなく答える。
「俺の殺した相手は強者か悪か、だ。気に病むことはない。それに、死を悲しむ感情は、全てを失ってしまった。だからあまり感じていない。おまけに、邪神の呪いのせいで躊躇することも無くなってしまった。」
そう言って右手の袖を捲ってこちらに見せる。グレンの右手は何の変哲もない腕だった。しかし、おぞましい何かを感じた。
「・・・お前は、なんでそんなに強いんだよ…」
フルルースクは目の前に子供が明らかに自分より大人のように見えた。むしろ、今まで子供ということすら忘れていたと言ってもいい。それほどまで隣に座っているグレンの姿はしっかりしていた。
「俺は強くならなければならない。そして全ての悪を滅ぼす。俺にとって、それが生きる理由だ。」
グレンは心の中で幾度となく誓った言葉を口に出す。
「生きる理由・・・」
「そうだ。お前にとって生きるということはなんなのか考えろ。それが残された者の義務というか、役目みたいなものだと思う。」
「・・・」
「…俺はそろそろ行くよ。お前もここで死に絶えるより生き残ったほうがマシだと思うぞ。…それじゃあな。」
フルルースクの言葉を待つことなくグレンは立ち去っていく。やがて階段を下りて砦壁に隠れてその背中は見えなくなった。
フルルースクはグレンが立ち去っても、動くことはなかった。
しかし、その顔つきは先ほどまでとは違い、何かを見つけたのかさっぱりとしていた。
グレンの目的は作中でも触れてますが強くなってすべての悪を滅ぼすことです。それは、裏を返せば守りたいものを護ることでもあります。今回のお話では、グレンは砦の主を害してでも兵士達を見捨てるわけにはいかなかったと思っています。




