7話 「束の間の準備期間」 前編
お正月はダラダラとしてしまう。
自走砲からの砲撃は止んでいた。しかし城壁を破壊し続けている戦車やCTRは立ち代わり補給を繰り返しながらも止まることはない。それらによっていまだ煙を上げ続けるロック砦の正門付近に動きが起きる。周囲に多くの兵士が現れ敵へと攻撃、あるいは敵の攻撃を防ぎ始める。それと同時に固く閉ざされていた門がゆっくりと開き始めた。
そこに戦場から帰ってきた魔法派の兵士の一団が入っていった。彼らは皆一様に傷を負っている。それは多くが爆風によって爆ぜた地面などの破片を受けてついたものだった。ひどければ銃弾の直撃を受けて局部を失っているのもいる。しかし、彼らの表情は絶望に満ちてはいなかった。その一団の先頭に門兵が駆けよる。門は全員が入ったのを確認してから門番によって閉じられた。
「御無事でしたか!ランスロット様、グレン様。」
門兵は一団の先頭にいたランスロットと肩を担がれているグレンへと駆けより無事を確認する。
「ああ、こちらの作戦はだいたいは成功した。それと、他の二つ名のところに救助に行った奴らはもう戻ってきているはずだが、今はどうしている?」
ランスロットは一番気がかりなことを聞いた。今回の作戦は自走砲の殲滅が最重要目標だったが、それと同時に二つ名の生存も同じくらい大事だった。なにしろ二つ名はCTRを倒せる数少ない戦力なのだから。しかし、ランスロットに聞かれた門兵は暗い面持ちで答えた。
「それですが……ジャクマ様とフルルースク様はなんとか御無事でした。しかし、ディランド様は・・・」
「なんだと!?」
ランスロットは門兵がディランドの身になにかあったかのように言うことに対して聞かずにはいられなかった。
「おい、あんた!ディランドがどうした!!」
グレンがすかさず治癒魔法をかけられたとはいえ傷だらけの体で門兵に詰め寄る。
「グレン。」
ランスロットは普段激情しないグレンを制止させる。門兵もグレンの様子にすくみ上っていたがランスロットが制止させたことで少し落ち着いた。
「…それで、ディランドになにがあった?」
ランスロットもかろうじて抑えている様子なのが見て取れる。門兵はそれを感じたのか言葉を絞り出す。
「はい。ディランド様は敵CTRを単身で引き付けておりました。そして味方の援軍が到着次第、攻勢に転じたそうです。しかし、敵の指揮官が優秀であったのか、ディランド様と共同で戦線を張ったにも関わらず後退することが出来なかったそうです。一人また一人と倒れていく仲間を見て決意なされたディランド様は…自己犠牲魔法を敵のCTRを巻き込んで発動させたそうです。その結果、結界によって守られていた味方は無傷で、敵のCTRには多大な損害を与えて後退させることに成功しました。しかし、ディランド様はかろうじて一命を取り留めたものの予断を許さない状態でここまで運ばれました。…今は医者のところで治療を受けています……」
最後の方の言葉尻は小さくなっていき、うまく聞こえなかった。しかし、ランスロットとグレンはディランドがどんな状態なのかはすぐわかった。
「あの馬鹿がっ!!自己犠牲などと馬鹿げたことを…」
「くそっ…死ぬ気はないといっただろう。」
「・・・。」
二人の憤慨を止められる者はいない。周りの者にとって二つ名のことはどんな存在なのかを知ってはいるが、その人間の内面を知る者はほとんどいないのだから。その関係に口出しすることは出来なかった。
「…ランスロット。ディランドのところに行けるか?」
グレンはいつもと同じように軍人らしからぬ発言をする。しかし、今は人間として正しかった。
「…今は…いや、大丈夫だ。カウル隊長、報告は任せる。」
ランスロットも同じ気持ちだったのか部下に報告を任せる。名を呼ばれた隊長は前に出て応える。
「分かりました。お二方も早く。」
「すまない…頼むぞ。」
そう言ってランスロットは駆けだす。グレンも痛む体を堪えて走り出す。
本来、今は戦闘中で軍属の者が勝手に持ち場を離れるのは重罪だが、彼らは今、任務を終えたばっかりで、それに付け加え負傷の治療もあるのでしばらくの休息が必要だったためランスロットは決断できた。
それだけでなく二人にとって、また多くの二つ名持ちに共通することとして皆仲間思いでなにか特別な繋がりを感じていた。それは数少ない戦友だからか、または同じ志を持っているからなのかは分からないが、死んでほしくはないとは思っている。それも、知り合いならばなおさらだった。
砦内にある医療所の一角。そこだけは他の負傷者達がいる場所と違って、静かだった。それは、一部屋丸ごとを借りていて、医者が付きっきりで治療を黙々としているからだ。その治療されている患者を見守るのは5人の二つ名持ちだった。
「おいおい、ディランドの奴、死にやしないだろうな?」
「あの傷では難しいとしか。私には何も知識がありませんので。」
「・・・。」
「今はあいつを見守ることしかできないさ。」
「そうだな。」
すでに治療を開始してから5時間が過ぎ去っている。一日の終わりを告げる様に日は既に傾き始めていた。それでも、いまだにディランドの意識は戻らない。もし、このままの状態が続けば死の危険もある。
「なんでだろうか。私としてはこんな出来事は幾度となく遭遇してきたのにな。なんで無性に心配しなくちゃいけなくなってるんだ…。」
フルルースクは訳の分からない感情を吐露する。
「それは二つ名持ちだからでしょう。」
それをあくまでランスキーは同情の意味で捉える。
「しかしだな、こいつとの付き合いは半年前からあるせいかどうも知り合いに対しての感情に思えてくるぞ。」
ジャクマはランスキーの言葉には懐疑的だった。
そんな3人の答えのない疑問を聞いていたグレンはいつもとは違って柔らかく言う。
「お前達の考えていることは、合っているんじゃないか。俺もディランドのことはあまり知らないが、放っては置けないと思っている。」
「グレン…。」
「俺としては、その気持ちは誰かを失った、失いかけたやつにしか分からないと思うんだ。」
「「「ぁ…」」」
三人はグレンの言葉に覚えがあった。
「二つ名持ち故に、か…」
ランスロットも理解した。ランスロットの言葉の意味は、二つ名持ちは皆何らかの形で自分を形作っている。その形のなかにはなにかを犠牲にしてきたこともあるということだった。
「それは、ありがたいっ、ですね…。」
「「「「あっ!!!」」」」
「ディランド、起きたか!!」
5人が一斉に声のした方を向くと、目を開けて上半身を持ち上げて、医者が制止を掛けるが、構わないと断るディランドがいた。医者はしかたなくその状態で治療に専念する。ディランドは言葉を続ける。
「皆さんには、心配を、かけましたねっ…」
「無理をするな。お前は死にかけてんだぜ。」
「もう大丈夫ですよ、フルスク。しかし、私のために皆さんが勢ぞろいとは。そこまで関わってきたつもりはないのですが。」
「うっ。私はただ時間が空いたから見舞いにきただけです。」
「死に際ぐらい看取ろうかと思ったんだよ。」
「いや~、つい、職務をほっぽり出してきてね。」
「ふっ…。」
さっきまでの暗い雰囲気はどこにったのか部屋には活気があふれてきた。6人は少ししょうもない話を続けていた。
「それで、ディランド。ひとつ聞きたいんだ。」
グレンが少し思いつめた顔で訊く。
「ああ、自己犠牲魔法ですね。…あれは、私の覚悟ですよ。守りたいものは民であり、人々ですので。」
神官らしい言葉をディランドは言う。その想いにグレンはそれ以上は訊かない。
「なんだ、約束でもしてたのか。それは、死ぬ確率を上げるだけだろうに。」
「まさか、すでにお膳立てが出来ていたとは。この私が分からなかったとは…くっ。」
ジャクマとフルルースクは蚊帳の外でも入り込んでくる。そんな友人同士の会話をランスロットは少し残念そうに打ち切る。
「さて、お前ら。このあたりで解散だ。いい加減、持ち場に戻らないと怒られそうだからな。」
「では。」
ランスキーは開口一番去って行った。
「なんだ、気にしてたんじゃないか。」
ランスキーの様子をフルルースクは分かり切ったように言う。
「俺たちも行くぞ。まだ、CTRや戦車が残っている。俺達がいなければあいつらは倒せないからな。」
「分かったぜ。じゃあな、ディランド。また来るぞ。」
「ええ、ありがとうございました。」
「じゃあな。」
「また来るぜー。」
二人も別れを告げて去っていく。グレンとランスロットは、今の持ち場は城壁だったが、もう陽が暮れ始めていて機械派の部隊も一時停止をし始めていたので、それぞれの部屋に戻ることにした。
「じゃあな、ディランド。体には気をつけろよ。」
「分かってますよ」
「無茶をした奴の言葉とは思えないがな。」
「グレンこそ同じでしょう。」
「俺は死にかけていないからいいんだよ。じゃあな。」
「ええ、気を付けて。」
そう別れを告げて部屋を出ていった。
「それで、私の身体はどうなのですか?」
ディランドは医者に聞く。
「はっきりと申しまして、もう魔法を使うことは控えた方が、いえ、やめた方が良いと思います。」
医者は告げる。
「そうですか…。」
「なにしろ、自身の魔力を暴走させたのですから。体がバラバラになっていないだけでもましでしょう。」
「それでも、ですね・・・」
ディランドは窓から見える煙を上げる砦の情景をもの儚げなく見た。その瞳には生きて帰ってこれた安堵ではなく共に戦い続けることのできなくなった後悔が写った。




