誕生!三千グラムの奇跡と、世界一優しいパパ〜世界を凍らせるその手で、愛しい我が子を抱き上げました〜
押し寄せる最後の痛みの波の中、私はユリウス様の手をこれ以上ないほど強く握りしめ、すべての力を振り絞った。
視界が白く染まり、息が途切れそうになったその瞬間。
――オギャアァッ! オギャアァァッ……!!
静まり返っていた寝室の空気を震わせるように、高く、澄んだ産声が響き渡った。
「生まれました! 元気な、玉のような男の子ですよ!」
産婆さんの弾んだ声が耳に届き、全身の力がふっと抜けていく。
激痛が嘘のように引いていき、代わりに胸の奥底から温かい脱力感と安堵が満ちてきた。
荒い息を繰り返しながら、私はぼんやりとした視界で、濡れタオルで綺麗に包まれていく小さな命を見つめた。
「……男の子、ですって、ユリウス様……」
私がかすれた声で呟くと、隣にいた夫の手が、ビクンと激しく震えた。
ユリウス様は立ち尽くしていた。
かつて戦場を凍てつかせ、どんな強敵をも一瞬でひれ伏せさせてきた若き公爵が、息をするのも忘れたかのように、ただ呆然と赤ん坊を見つめている。
いつものように咆哮することもなく、黄金の魔力を爆発させることもなく。
彼の氷の青い瞳から、大粒の涙が音もなく次から次へと溢れ落ち、シーツを濡らしていた。
「公爵閣下、元気な若君ですよ。さあ、抱き上げてあげてください」
産婆さんが微笑みながら、柔らかい布に包まれた赤ん坊を差し出す。
しかし、ユリウス様はサッと両手を引いて後退りした。
その顔は、まるで壊れ物どころか、世界で一番神聖な宝物を前にしたかのように強張り、蒼白になっていた。
「ま、待ってくれ……! 私の、この手は……これまで多くの命を奪い、敵を殲滅してきた、血と冷気に塗れた手だ。こんなにも小さく、脆い命に……私の汚れた手が触れてしまえば、折れてしまうのではないか……?」
自分の大きな掌を見つめ、恐怖に震えるユリウス様。
「バカなの?」
寝室の隅で腕を組んでいたクロエちゃんが、静かに、けれど芯のある声で言い放った。
「狂犬おじさん。あの何百本ものヤスリがけは、何のためにやったの? あの沐浴の特訓は、何のためだったの? おじさんのその手は、おばさまと赤ちゃんのために、何週間も努力して優しさを覚えた手でしょ。……父親がビビってどうするのよ」
クロエちゃんの言葉に、ユリウス様がハッと息を呑む。
私もベッドの上から、重い腕を持ち上げて彼の大きな手にそっと触れた。
「大丈夫ですよ、ユリウス様。抱っこしてあげてください。……私とあなたの、大切な息子なんですから」
私の笑顔を見たユリウス様は、一度だけ深く息を吸い込み、覚悟を決めたように両腕を差し出した。
首を支える左手、お尻を包み込む右手。
あの三キロの人形で何度も、何度も練習した通りの形。
産婆さんの手から、温かな重みがユリウス様の腕へと移された。
「……っ」
ユリウス様の全身が、微かに強張った。
けれど、以前のようにロボットのように硬直することはなかった。
約三千グラムの、小さな、小さな重み。
トクトクと力強く脈打つ温かい体温が、彼の腕を通じて直接伝わってくる。
「……あたたかい……」
ユリウス様の手のひらから、すぅっと淡い雪解け水のような青い光が漏れ出た。
それは攻撃の冷気ではなく、ただ赤ん坊を優しく包み込み、外界の急激な温度変化から守るための、驚くほど穏やかな保温の魔力だった。
父親の体温と魔力に安心したのか、それまで泣いていた赤ん坊が、ふにゃりと口元を緩めた。
そして、包布からぽろりと出た小さくて赤々とした手が、空中を手探りし――ユリウス様の太い人差し指を、きゅっと、小さな力で握りしめたのだ。
「――っっっ……!!」
ユリウス様の喉から、声にならない嗚咽が漏れた。
彼は膝から崩れ落ちるようにベッドの脇に座り込み、腕の中の我が子を、この世の誰よりも愛おしそうに見つめた。
その額を、我が子の小さな額へとそっと触れ合わせる。
「……私の、息子よ……。生まれてきてくれて、ありがとう……。私のような男を……父親にしてくれて、ありがとう……っ」
ボロボロと流れる涙が赤ん坊にかからないよう、必死に顔を背けながら、彼はもう片方の手で優しく背中をトントンとあやし続けた。
そこにあるのは、ヤンデレの狂気でも、ただの忠犬の服従でもない。
愛する妻と子を守るために命を捧げる、本物の『父親』の姿だった。
「記録……」
部屋の入り口で、ソフィア様が静かに眼鏡の端を拭った。
「新生児、体重三千百グラム、健康状態極めて良好。……そして、従兄殿の父親適性値、計測不能です。文句なしの満点を記録しました」
「……ああ、本当によかった」
シリル様も胸に手を当て、安堵の息を吐いている。
「長年あいつを見てきたが、あんなに穏やかで優しい顔をする日が来るなんてな。……もう、ホイッスルを鳴らす必要もなさそうだ」
「ふん」
クロエちゃんはフイと横を向いたが、その小さな口元には、確かな誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「当然よ。私の生徒なんだから、落第なんて許さないわ」
ユリウス様は赤ん坊を抱いたまま、ベッドで横になる私のもとへにじり寄ってきた。
我が子を腕に抱きながら、空いた手で私の髪をそっと撫で、私の額に温かい口づけを落とす。
「リリア……ありがとう。君が、私にすべてをくれた。私の命は、今日から君と、この子のためにある」
「ふふ、大げさですね。でも……私も、すごく幸せです」
私たちが微笑み合う中、ユリウス様の手によって、赤ちゃんは窓際の小さな手作りベッドへと運ばれた。
丁寧にヤスリがけされた滑らかなナラの木肌と、ヴィクトル様から届いた白銀の柔らかな毛皮。
世界で一番安全で温かいゆりかごの中に寝かされた男の子は、スヤスヤと心地よさそうに眠りに落ちていった。
その寝顔を見つめながら、ユリウス様は私の手を優しく握り締めた。
波乱万丈だった私たちの物語に、いま、最高に愛おしい新しい光が灯ったのだった。




