旦那様がパパになります!?〜論破特化の幼女が、プレママを護るために狂犬(ユリウス)を完膚なきまでに叩き潰しました
私が交通整理の引継書を作成し、領地の平和を守った夏祭りから数ヶ月後。
私たち夫婦の間に、かつてない『超重大な転機』が訪れた。
「……本当か、リリア。本当に……君の、そのお腹の中に……」
「はい。……私たちの子です」
執務室のソファで、私は少し照れくさそうに自身のお腹を撫でながら告げた。
その瞬間。ユリウス様の動きが完全に停止し、数秒後、彼の全身から『過去最大級の黄金のオーラ』が太陽フレアのように爆発した。
「おおおおおおおおおっ!!!!!!」
「ちょっとユリウス様! 落ち着いて!」
「落ち着いてなどいられるか!! 私とリリアの愛の結晶! 世界で最も尊い命が宿ったのだぞ!! 今すぐ城を絶対防壁で隔離し、君が歩く床はすべて高級羽毛で敷き詰め、生まれてくる子供のために『オリハルコン製の絶対不壊のゆりかご』を錬成せねば!!」
「赤ちゃんが窒息します!! 『お座り』!!」
「キャンッ!!」
歓喜のあまり世界を創り替えようとした旦那様を瞬時に正座させたものの、私には一つの大きな懸念があった。
……そう。ユリウス様は、子供への愛情が暴走するあまり、**『子供との接し方が壊滅的にダメ(極端すぎる)』**のである。
「記録。従兄殿の『父親としての適性値』は、現時点でマイナス五万です。彼に育児を任せれば、過保護すぎて子供が温室育ちの軟体動物になるか、魔力過多で爆発するかの二択です」
翌日。ソフィア様が冷徹なデータを突きつけた。
「そ、そんな……! 私はただ、愛する我が子を完璧に守り抜きたいだけで……!」
正座したまま震えるユリウス様。
「おい狂犬。子育ては気合や魔法でどうにかなるもんじゃない。……そこでだ。今回は特別に、お前に『子供との正しい接し方』を叩き込むための最強の講師を呼んだ」
シリル様が、得意げな顔で扉を開けた。
「……おじさま、この人が『魔法バカの狂犬さん』?」
そこに入ってきたのは、フリルのついた可愛らしいドレスを着た、六歳くらいの小さな女の子だった。
輝くような金糸の髪と、ソフィア様によく似た冷たく知的な瞳。
「紹介しよう。ソフィアの姉の娘であり、私たちの姪っ子……クロエ(六歳)だ」
「よろしくお願いします。クロエです」
クロエちゃんは、年の割にひどく大人びた、感情の読めないお辞儀をした。
「なっ……こんな小さな子供に、私が教えを乞うだと!? 私は公爵だぞ!」
「いいから黙って話を聞いてください! このままだとあなたに赤ちゃんは抱かせられません!」
私が一喝すると、ユリウス様は「うぅ……」と唸りながらクロエちゃんと向かい合った。
「では、シミュレーションを開始します」
クロエちゃんが、子供用の小さなバインダーを取り出した。(ソフィア様の英才教育の賜物らしい)。
「狂犬おじさん。もし、赤ちゃんが夜泣きをしたらどうしますか?」
「簡単だ! 私の魔力で『完全防音の結界』を張り、リリアの安眠を守る! そして私が一晩中、赤子の上空を浮遊しながら魔力の子守唄を爆音で――」
「バカなの?」
クロエちゃんの、氷のように冷たく、容赦のない一言が執務室に響き渡った。
「ぐはぁっ!?」
「結界で泣き声を遮断したら、赤ちゃんが体調不良になった時のSOSに気づけません。
それに、上空を浮遊する父親なんてただのホラーです。赤ちゃんの精神発達に悪影響を及ぼします。
おじさんの愛、重いだけで知能が足りてないよ」
「ち、知能が足りてない……っ!?」
最強の公爵様が、たった六歳の幼女の正論に心臓を抉られ、ガクリと膝をついた。
「次。赤ちゃんが公園で転んで擦り傷を作りました。どうしますか?」
「絶対零度で傷口を瞬時に凍らせて痛覚を遮断し、その公園の地面をすべて焼き払って更地にする!!」
「はぁ……(特大の溜息)」
クロエちゃんは呆れ果てたように首を振った。
「過剰防衛による生態系の破壊ですね。子供は転んで痛みを学ぶことで、危険回避能力を身につけます。
それを親がすべて排除すれば、危機管理能力ゼロの脆弱な人間に育ちます。
おじさんの『守りたい』って感情は、ただの自己満足でしょ? 子供の未来を奪う気?」
「じ、自己満足……ッ!! 未来を、奪う……!!」
グサァァァッ!!
目に見えない『正論の槍』が、ユリウス様の全身に突き刺さっていく。
「だいたい、プレママ(リリアおばさま)の前で魔法を暴発させるとかあり得ない。
ストレスは胎教に一番悪いの。おじさんが今一番やらなきゃいけないのは、チート魔法を使うことじゃなくて、自分の感情をコントロールして、おばさまに温かいお茶を淹れることじゃないの?」
「……おっしゃる、通り、です……!!」
ズサーーーンッ!!
かつて私を震え上がらせ、周辺諸国に恐れられた『氷の狂犬』は。
たった六歳の幼女が放つ完璧な論破の前に、完全に心を圧し折られ、涙を流しながら見事な土下座を決めたのだった。
「おお……おおおお……っ!!」
その光景を見ていたシリル様が、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「シリル様? どうしたんですか、泣いて……」
「義姉上……私はいま、猛烈に感動している……!!」
シリル様は両手で顔を覆い、天を仰いだ。
ポロッ……。彼の手から、長年愛用していた『胃薬の小瓶』が床に転がり落ちる。
「私の指示も、コンセプト・ブレイクも一切通じなかったあの狂犬が……! あんな小さな子供のド正論で、手も足も出ずにボコボコにされている……! ああ……痛くない! 全然、胃が痛くないぞ!! 今日という日は記念日だ!!」
「記録。夫の長年の胃痛が、姪っ子の論破セラピーにより完治しました」
ソフィア様が、少しだけ口角を上げてバインダーに記録している。
「うぅぅ……私が間違っていた……。私は父親になる前に、人間としての基礎から学び直さねばならないようだ……クロエ先生……!!」
「わかればいいのよ。特別に、明日から私がみっちり指導してあげる」
床にひれ伏すユリウス様の頭を、クロエちゃんが小さな手でポンポンと撫でている。完全に主従関係が逆転した瞬間だった。
「(……ふふっ。これなら、安心して赤ちゃんを迎えられそうね)」
私は自身のお腹を優しく撫でながら、新しい家族(と、最強の幼女先生)が増えたこの騒がしくも温かい城の日常が、これからもっと幸せなものになっていくことを確信するのだった。




