領地の夏祭りで『交通安全』を極めます!?〜完璧な引継書を作成したら、旦那様が最強の誘導員になりました〜
幻影アバターのサンダルを没収し、私のデザインビジョン(と解釈)でユリウス様の性癖を論破してから数週間。
季節は夏を迎え、公爵領では年に一度の大きなイベントである『納涼夏祭り』、そして秋に控える『例大祭』の準備が本格化していた。
「リリア!! 今年の納涼夏祭りの計画書ができたぞ!!」
執務室で、ユリウス様がバサァッ!と巨大な羊皮紙を広げた。
「君との甘い新婚生活を領民にも祝福させるため、今年の祭りは特別だ! 夜空には私の魔力で本物の隕石を花火として爆散させ、大通りはすべて凍らせて『摩擦係数ゼロの超高速移動路』とする! これで移動の手間はゼロだ!!」
「却下です。領民が隕石の破片で怪我をしますし、摩擦ゼロの道なんて大事故になります」
私は即座に却下した。
「なぜだ!? 領民が転びそうになっても、私が瞬時に全員を空間転移で受け止めるから安全だぞ!」
「数万人規模の空間転移なんて、あなたの魔力でも絶対にパニックになります! お祭りで一番大切なのは、見栄えでも魔法でもありません。『交通安全』です!!」
私は扇子で机をピシャリと叩き、暴走する若き公爵を睨みつけた。
「いいですか、ユリウス様。人が大勢集まる場所では、何よりも群衆の動線管理と、安全な誘導が必要不可欠なんです」
私は前世……ではなく、これまでの人生で培ってきた(?)謎の使命感を燃やし、過去のお祭りの資料を引っ張り出した。
そして、数日かけて騎士団や警備担当者に向けた、分厚い『引継書』を作成したのである。
「よし……完成!」
そこには、納涼夏祭りと例大祭における、時間帯ごとの人の流れの予測、屋台の配置による混雑緩和の工夫、そして交差点ごとの誘導員(騎士)の配置図が、完璧に網羅されていた。
まさに、交通整理と安全確保のためのバイブルである。
「リリア、それは……?」
私が徹夜で書き上げた引継書を見て、ユリウス様が目を瞬かせた。
「今年の夏祭りの警備・交通整理の引継書です。隕石花火も高速移動路もナシ! 騎士団はこの引継書通りに動いて、領民の交通安全を第一にお祭りを運営してもらいます」
「こ、交通、安全……」
ユリウス様は恐る恐るその引継書を手に取り、ページをめくった。
次の瞬間、彼の青い瞳に、凄まじい衝撃と歓喜の光がブワァァァッ!と広がった。
「おおおおおおおっ!! な、なんだこの緻密で完璧な論理構築は!!」
「ちょっと、声が大きいです」
「ただの祭りだというのに、領民一人一人の歩幅や滞留時間まで計算し尽くされた動線設計! 万が一の迷子やトラブルに備えた、完璧な連絡網! 君は……君は我が領地の交通安全の女神か!!」
ユリウス様は引継書を胸に抱きしめ、天を仰いで感涙に咽び泣き始めた。
「……記録。義姉上が『アートディレクター』に続き、『凄腕のイベントイベンター兼・交通整理のプロ』としての才能を開花させました。あの引継書、王都の近衛兵の警備マニュアルより優秀です」
ソフィア様がバインダーに花丸を五つくらい連続で書き込んでいる。
「いや、本当に助かる。あいつに祭りの運営を任せたら、絶対に死人が出るからな。俺の胃袋のためにも、義姉上の交通安全第一主義は最高だ」
シリル様も、温かいお茶をすすりながら深く頷いた。
そして迎えた『納涼夏祭り』の当日。
提灯の明かりが灯る領地のメインストリートは、多くの領民で賑わっていた。
しかし、例年のような大混雑や押し合いへし合いは起きていない。私の作成した引継書通りに、一定のペースで人の流れが循環しているからだ。
「止まれぇぇぇっ!!」
交差点の中心で、一際大きな声が響いた。
見れば、そこには特注の『蛍光タスキ(魔力発光付き)』を掛け、手には赤く光る誘導棒(魔力で生成した氷の棒)を持ったユリウス様が立っていた。
「現在は歩行者優先の時間帯だ! 右折しようとしている馬車、そこで待機しろ! 少しでも停止線を越えれば、馬車ごと永久凍土に沈めるぞ!!」
「ひぃぃぃっ! す、すいません公爵閣下ぁぁっ!」
「よし! 歩行者たち、今のうちに速やかに、かつ慌てずに横断歩道を渡るのだ! 決して走るな! 転んだら私が風の魔法でフワリと受け止めるが、交通ルールは遵守せよ!!」
なんと、無尽蔵のスタミナと最強の魔力を持つヤンデレ公爵が、自ら率先して『最強の交通誘導員』として交差点の真ん中で指揮を執っていたのだ!
「(……す、すごい。あんなに熱心に交通整理をしてくれるなんて)」
彼の誘導は、威圧感こそ凄まじいものの、絶対に事故を起こさせないという強い意志に満ちていた。
スリなどの犯罪者が逃げようとしても、「一方通行の逆走だ!」と一瞬で氷の檻に閉じ込め、一般の通行人の邪魔にならない道の端へ綺麗に並べていく。
「リリア! 見てくれているか!!」
交差点の中から、ユリウス様が幻覚の尻尾を振りながら私に向かって赤く光る棒を振っている。
「はい! ユリウス様、すごくカッコいいですよ! でも声が大きすぎて近所迷惑にならないように!」
「キャンッ!(了解した! ボリュームを二段階下げる!)」
夜が更け、納涼夏祭りは過去に類を見ないほど『安全かつスムーズ』に幕を閉じた。
怪我人も、迷子も、スリの被害もゼロ。完璧な交通安全の達成である。
「ハァッ……ハァッ……! リリア、私の誘導はどうだった!? 引継書のマニュアルを完全に遵守し、一件の事故も起こさせなかったぞ!!」
執務室に戻るなり、ユリウス様はタスキを掛けたまま、私の足元にスライディング土下座をキメた。
「ふふっ。お疲れ様でした、ユリウス様」
私はしゃがみ込み、汗をかいた彼の銀髪を、タオルで優しく拭ってあげた。
「本当に助かりました。あなたがしっかり交通整理をしてくれたおかげで、領民のみんなも安心して楽しめたみたいです」
「おおおおおっ……!! リリアに褒められた……!! 私の完璧な交通整理が、愛する妻の笑顔を引き出した!!」
ユリウス様は私の膝に顔を擦り付け、「秋の例大祭でも、私がこの身を挺して全交差点を一人で誘導してみせる!」と息巻いている。
(一人で全部は無理なので、また私が引継書を書くことになるのだけれど)。
チート魔法で世界を凍らせるよりも、誘導棒を振って交通安全を守る旦那様の方が、ずっと頼もしくて愛おしい。
私は彼へのご褒美として、その頭をいつもより長めに、優しく撫でてあげるのだった。




