本物の『小動物』が急襲!?〜最強の忠犬(旦那様)が、手のひらサイズの子猫に本気の嫉妬を燃やしています〜
私がユリウス様に「何もしない」というコマンドを与え、サンルームで膝枕のまま寝かしつけてから数日後。
彼の中で「リリアの膝枕=この世の極楽」という図式が完全に成立してしまい、事あるごとに「リリア! 今日の任務は膝枕の提供ではないか!?」と目を輝かせて迫ってくるのを適当に躱す、平和な日常が続いていた。
そんなある日の午後。
私が一人で中庭の散歩をしていると、植え込みの奥から小さな鳴き声が聞こえてきた。
「……みゃう」
「えっ?」
不思議に思って葉っぱをかき分けると、そこには手のひらに乗るほどの、真っ白でフワフワな子猫が震えていたのだ。
親猫とはぐれてしまったのだろうか。
「まぁ……可愛い。どうしたの、迷子になっちゃったの?」
私はそっと子猫を抱き上げ、その柔らかい背中を撫でた。
子猫は私の温もりに安心したのか、「ゴロゴロ……」と喉を鳴らし、私の指先に小さな顔を擦り付けてくる。
「(……んんっ、可愛い! 癒される……っ!)」
前世でも動物は好きだったけれど、こんな小さな生き物を抱きしめるのは久しぶりだ。
私はすっかり夢中になって、子猫の顎の下を優しく撫でていた。
――しかし。
その光景を、城の二階の執務室から、信じられないほどの『絶望と嫉妬』に満ちた目で見下ろしている男がいることに、私は気づいていなかった。
「リリアァァァァァァッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
という地響きと共に、ユリウス様が二階のバルコニーから中庭へ、隕石のような勢いで飛び降りてきた。
「ひゃあっ!? ゆ、ユリウス様!?」
「何者だ!! 私の愛する妻の腕の中にすっぽりと収まり、あろうことかその神聖なる指先で喉を撫でられている、その生意気な白い毛玉は!!」
ユリウス様は、私の腕の中にいる子猫をビシィッ!と指差し、ギリギリと歯を食いしばった。
「みゃあ?」
子猫は首を傾げている。
「ただの迷子の子猫ですよ。親猫とはぐれちゃったみたいで……」
「子猫だと!? 騙されるなリリア! そいつは『小さくて守ってあげたくなる』という卑劣な武器を使って、君の母性と愛情を独占しようとする悪しき侵略者だ!!」
「んなわけあるか!!」
私がツッコミを入れる間もなく、ユリウス様は子猫を恐ろしい形相で睨みつけた。
「……分析。対象・ネコ科の幼体(体重約五〇〇グラム)。対する従兄殿の嫉妬レベル・国家転覆規模。……狂犬が、本物の小動物にライバル心を燃やしています」
「……我が公爵家の当主が、子猫に本気で嫉妬している。もうダメだ、俺の胃は限界だ」
いつの間にか現れたソフィア様とシリル様が、呆れ果てた声で実況している。
「聞いてくれリリア!! そんなどこの馬の骨とも知れぬ毛玉より、私の方が圧倒的に君を癒せる自信がある!!」
ユリウス様はバッ!と上着を脱ぎ捨て、なぜか私の目の前で四つん這いになった。
「見よ! この無駄のない筋肉! そして君のコマンドに瞬時に従う圧倒的服従心! 撫で心地なら、その毛玉より私の銀髪の方がサラサラだ! さあ、その小娘(子猫)を捨てて、私を撫でろ!!」
「落ち着いてくださいユリウス様! 相手は赤ちゃんですよ!?」
私が子猫を庇うように抱きしめると、子猫は私の腕の中で再び「ゴロゴロ……」と喉を鳴らした。
「ぬぉぉぉぉっ! あの毛玉、リリアの胸元で喉を鳴らして愛嬌を振りまいている!! 許せん! ゴロゴロ音なら私にも出せるぞ!!」
「えっ?」
ユリウス様は目を血走らせると、凄まじい肺活量と魔力を喉に集中させ始めた。
「ゴロロロロロロロロロロロッ!!!!」
「……それ、ドラゴンの威嚇音ですよ!! 子猫が怯えちゃったじゃないですか!!」
私はビクッと震えた子猫の耳を塞ぎ、ため息をつきながらビシィッ!と彼を指差した。
「ユリウス様! 『お座り』! そして『待て』!!」
「キュンッ!!」
私のコマンドが炸裂し、ドラゴンのような威嚇音を出していた旦那様は、瞬時に床へ正座してシュンと肩を落とした。
「いいですか、ユリウス様。あなたはいつも『私の忠犬だ』って言ってくれますけど」
「は、はい……」
「それはあくまで例え話であって、私はあなたを『ペット』だなんて一度も思ったことはありません」
私が静かな声で告げると、ユリウス様はハッと顔を上げた。
「私は、この子にはご飯をあげて、安全な場所でお世話をします。でも、この子と手をつないで街を歩くことはできないし、私の悩みを相談することもできないし……一緒に、同じ未来を歩いていくこともできません」
私はしゃがみ込み、正座しているユリウス様と視線を合わせた。
「でも、あなたとはできるんです。あなたが私の手を引いてくれて、私があなたの手綱を握って。……だから、こんな小さな子猫にやきもちを焼かないでください。あなたは、私のたった一人の『旦那様』なんですから」
真っ直ぐに目を見てそう伝えると。
ユリウス様の氷の青い瞳が、限界まで見開かれ、やがてじわぁっと涙で潤み始めた。
「リ、リリアァァァ……ッ!!」
ポロポロと大粒の涙を流しながら、ユリウス様は両手で顔を覆った。
「私は……私はなんて愚かだったのだ! 君の深い愛情の形も理解できず、本物の獣に嫉妬するだなんて……! ああ、君は私を『夫』として、誰よりも特別に扱ってくれていたのに!」
「わかってくれたなら、いいんです。……ほら、泣かないで」
私が空いている方の手で彼の銀髪を撫でてやると、彼は「至福……!」と呻いて、私の手に頬をすり寄せてきた。
……結局、撫でられているのである。
「記録。従兄殿の承認欲求が満たされました。勝負は義姉上の圧倒的な母性の勝利です」
「……やれやれ。俺も胃薬じゃなくて、癒しが欲しいぜ」
ソフィア様の報告を聞きながら、シリル様がホイッスルを懐にしまった。
その後、子猫は城の厨房で働くおばさんに引き取られ、ネズミ捕り見習いとして大切に育てられることになった。
本物の小動物の可愛さには少し敵わないかもしれないけれど。
私にとっては、嫉妬で暴走しつつも最後は素直に甘えてくるこの巨大なヤンデレ公爵(旦那様)の方が、何百倍も手がかかって、何千倍も愛おしい存在になっているのだと、改めて実感するのだった。




