完璧なエスコートと私のやきもち〜夜会で旦那様がモテすぎて、ついに私が所有権を主張してしまいました!〜
ユリウス様が『大人の男』になる宣言をしてから、数週間。
彼は言葉通り、過剰な魔法の使用や、四つん這いになっての「ご主人様!」という忠犬アピールを必死に自制し、私に完璧なエスコートを提供する『紳士な夫』としての振る舞いを続けていた。
時折、我慢のしすぎでティーカップを持つ手がプルプルと震えていることはあったが、彼の努力は本物だった。
そんな中、王宮から私たち夫婦宛てに、大規模な夜会への招待状が届いた。
「(……いつもなら『リリアのドレス姿を他の男に見せるなど万死に値する! 王宮ごと氷河期に沈めてやる!』って暴走するところだけど)」
私が恐る恐る招待状を見せると、ユリウス様はギリッと奥歯を噛み締め、拳を白くなるまで握りしめた。
そして。
「……承知した。我が妻の美しさを、社交界に見せつけてやろうではないか」
彼は血の滲むような理性の力で嫉妬と独占欲を押さえ込み、涼しい顔(顔面蒼白だが)で参加を快諾したのである。
そして迎えた夜会当日。
王宮の煌びやかな大広間に私たちが足を踏み入れると、会場のざわめきが一瞬にして静まり返り、次いで凄まじいどよめきが巻き起こった。
「まぁ……あれが、狂気と恐れられた氷の公爵様?」
「なんて美しいの……。それに、奥様をエスコートするあの優しげな瞳……」
漆黒の夜会服に身を包んだユリウス様は、まさに『完璧な若き当主』そのものだった。
圧倒的な魔力が放つ威圧感を完全に抑え込み、洗練された身のこなしで私の腰を抱き、優雅に会場を歩く。
その冷たいほどに整った美貌に『妻への愛に満ちた余裕』が加わったことで、彼の魅力は爆発的に跳ね上がっていた。
「……リリア。喉は渇いていないか? 少し休むかい?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます、ユリウス様」
耳元で囁かれる低く甘い声。
彼の完璧なエスコートに、私の胸は甘く高鳴っていた。……しかし、それと同時に、ある厄介な問題が発生していた。
「(……みんな、ユリウス様のこと見すぎじゃない!?)」
そう。彼が「ヤンデレの狂犬」としての牙を隠し、大人の余裕というフェロモンを振り撒き始めたせいで、会場中の未婚令嬢たちの熱視線が、私の旦那様に一点集中してしまっていたのだ。
「公爵閣下。ご無沙汰しておりますわ」
「……以前の夜会ではご挨拶も叶いませんでしたが、本日は素晴らしい夜ですね」
私が壁際で休憩している隙を狙って、色とりどりのドレスを着た令嬢たちが、次々とユリウス様を取り囲み始めた。
ユリウス様は、冷徹な仮面を崩すことなく、当たり障りのない紳士的な対応で彼女たちを躱している。
心の中では「リリアの元へ早く戻りたい!」と叫んでいるのだろうが、表面上は完全に『余裕のある大人の男』だ。
「(……わかってる。ユリウス様は私しか見てないし、ああやって大人の対応をしてくれてるのは、私を安心させるためだって)」
頭ではわかっているのだ。
でも、あの美しい令嬢たちが彼に熱っぽい視線を送り、あわよくばと距離を詰めようとしている光景を見ていると、胸の奥でドス黒い何かが煮え滾ってくるのを感じた。
「(なんであの人たち、人の旦那様にそんな顔向けてるのよ。あのアイスブルーの瞳を独り占めしていいのは、私だけなんだから)」
――これが『嫉妬』。
かつて彼から向けられ、重すぎると逃げ出していた感情が、今度は私の中で燃え上がっていた。
「分析。義姉上の精神波長に強いストレス値を確認。……完全なヤキモチです」
「おお……。あの義姉上が、従兄殿を他の女に取られそうになって嫉妬している……。夫婦としての正常な進化だが、あの場は爆発寸前の火薬庫だぞ」
会場の隅で変装して潜入していたソフィア様とシリル様が、冷や汗を流しながら実況している。
その時。
一人のひときわ美しい令嬢が、ユリウス様に甘えたような声を出しながら、その腕にそっと自分の手を添えようとした。
「もしよろしければ、次の曲、私と一曲だけでも――」
――プツンッ。
私の中で、何かが弾ける音がした。
「……そこまでです」
私はヒールの音を響かせて令嬢たちの群れに割って入り、ユリウス様の腕に触れようとしていた令嬢の手を、扇子でピシャリと制した。
「リ、リリア……!?」
ユリウス様が驚いて私を見る。
「奥様……? あの、私たちはただご挨拶を……」
令嬢たちがたじろぐ中、私はユリウス様の腕に自分の腕をしっかりと絡ませ、彼女たちをキッと睨みつけた。
「ご挨拶は十分でしょう? ユリウス様は、私の夫です。……他の女性と踊ることも、気軽に触れられることも、妻である私が許可しません」
会場中が静まり返るほどの、堂々たる所有権の主張。
令嬢たちは私の気迫に気圧され、青ざめてそそくさと後退していった。
「リリア、君は……」
ユリウス様が、信じられないものを見るような目で私を見つめている。
私は彼を見上げ、胸の奥のモヤモヤと、彼への独占欲を隠すことなく、毅然とした声で言い放った。
「……私のそばから、離れないでください。今夜は、私としか踊らせませんからね。……『お座り(私の隣に)』!」
それは、猛獣使いの命令というよりも、ただの愛する夫へのワガママで、強気な愛情表現だった。
――そして、それがユリウス様の『自制心(大人の男の仮面)』を粉砕する、最大級のトリガーとなった。
「おおおおおおおおおおっ!!!!」
ズゴゴゴゴゴッ!!
夜会の会場に、ユリウス様の全身から放たれた凄まじい『黄金の光(歓喜のオーラ)』がドワァァァッ!と吹き荒れた。
「聞いたか世界!! 今、私の愛する妻が!! この私に嫉妬し!! 独占欲を露わにして私を求めたぁぁぁっ!!」
「ちょっとユリウス様! 声が大きいです!!」
「大人の余裕など知ったことか!! 私はリリアに束縛されることを至上の喜びとする、誇り高き愛の獣だ!! さあリリア! 今すぐこの王宮ごと黄金のドームで隔離し、君の気が済むまで私を束縛し尽くしてくれぇぇぇっ!!」
ユリウス様の無尽蔵の魔力が大爆発し、王宮の天井が美しい黄金の光に包まれていく。
『ピーーーッ!! ピーーーーーッ!!!!』
「レッドカード!! 従兄殿の理性が嬉しさのあまり木っ端微塵に吹き飛んだぞ!! ――『概念切断』!!」
シリル様が慌ててホイッスルを鳴らし、光の刃を放つが、ユリウス様の放つ圧倒的な「愛の光」が強すぎて、刃が空中で相殺されてしまう。
「記録。義姉上のツンデレ(独占欲)発動により、従兄殿の幸福度が致死量を突破。もはや誰にも止められません」
ソフィア様がサングラスをかけながら実況を締めくくった。
「ああもう、バカ! 本当に極端なんだから!!」
私は真っ赤な顔で叫びながら、光の奔流の中で私をきつく抱きしめ、「好きだ! 世界の誰よりも愛している!」と叫び続ける旦那様の背中に、ギュッと腕を回した。
大人の男への道のりは、まだまだ遠そうだけれど。
私が彼にやきもちを焼いてしまった事実と、この熱すぎる愛情の応酬こそが、今の私たちにとっての『一番の幸せの形』なのだと、黄金の光の中で痛感するのだった。




