↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
77/100

旦那様が『手作り』に大苦戦!?〜魔法を封印してプレゼントを作ろうとしたら、中庭が木屑の山になりました〜

私が手編みのマフラーをプレゼントして以来、ユリウス様は約束通り「入浴と就寝時以外」はその青いマフラーを肌身離さず身につけ、上機嫌な日々を送っていた。


 ある日の早朝。


 私が目を覚ますと、すでにユリウス様はベッドを抜け出していた。


 普段なら私が起きるのを足元で(幻覚の尻尾を振りながら)待機しているはずなのに、姿が見えない。


「……分析。従兄殿は昨夜から一睡もせず、中庭で極秘任務(ミッション)を遂行中です」


 身支度を整えて部屋を出ると、廊下で待機していたソフィア様がバインダーを開きながら報告してくれた。


「極秘任務? また何か巨大な氷の彫像でも錬成してるんじゃ……!」


「いえ。今回は魔力の使用を一切検知していません。完全な『物理作業』です」


 魔法を使わないユリウス様?

 私は首を傾げながら、ソフィア様と共に中庭へ向かった。


 中庭に出て、私は思わず目を丸くした。


「……な、なにこれ」


 美しい芝生が広がっていたはずの中庭には、どこから切り出してきたのか、大量の丸太が積み上げられていた。


 そしてその中央で、木屑まみれになったユリウス様が、小さな彫刻刀を握りしめ、ワナワナと肩を震わせている。


 パキッ。


 彼の指先で、彫りかけだった小さな木片が、あっけなく粉砕された。


「……また、砕けた。これで四百三十二個目だ……」


 ユリウス様は、両手からハラハラとこぼれ落ちる木屑を見つめ、絶望に満ちた声で呟いた。


「おい、狂犬。いくらお前の体力が底なしだからって、一晩中丸太を削り続けて木屑の山を築くのはやめろ。庭師が泣くぞ」


 少し離れたベンチで、シリル様が温かいお茶をすすりながら呆れ顔で声をかけている。ホイッスルを構えていないということは、本当に危険はないらしい。


「ユリウス様? 一体、何をしているんですか?」


 私が近づいて声をかけると、彼はビクッと肩を跳ねさせ、慌てて木屑を背中に隠そうとした。


「リ、リリア!? なぜこんな朝早くに! しまった、まだ完成していないというのに……!」


「一晩中、木を削っていたんですか? 魔法も使わずに」


 私が丸太の山と大量の木屑を指差すと、ユリウス様はシュンと肩を落とし、幻覚の犬耳をペタンと伏せた。


「……君が、私のために時間をかけてマフラーを編んでくれただろう。その温もりが、嬉しくてたまらなかった」


 彼は大きな手のひらを見つめながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


「私も君に、魔法で一瞬にして創り出す冷たい宝石ではなく……私の時間と手間をかけた『手作り』の贈り物をしたかったのだ。君の美しい髪を飾る、木彫りの簪(かんざし)を」


「私のために……?」


「だが……私には、無理なようだ」


 彼はギリッと奥歯を噛み締めた。


「私の力は、敵を殲滅し、地形を変えることには長けているが……こんな小さな木片一つ、優しく削ることもできない。少し力を込めただけで、すべて粉々に砕けてしまう。私は、なんて不器用で……乱暴な男なんだ……」


 若き公爵としての有り余る身体能力と腕力が、完全に裏目に出てしまっているのだ。


 自分の強すぎる力に本気で落ち込み、しょんぼりとしている旦那様を見て、私の胸の奥がキュンと甘く締め付けられた。


「(……もう、本当に極端なんだから)」


 私はため息をつき、木屑まみれになっている彼の隣に、ドレスが汚れるのも構わずに腰を下ろした。


「リリア!? ダメだ、服が汚れてしまう!」


「気にしません。……それより、彫刻刀と、新しい木片を持ってください」


「えっ……?」


 戸惑う彼に木片を持たせると、私は彼の背後から腕を回すようにして、その大きくゴツゴツとした両手を、自分の両手でそっと包み込んだ。


「……っ!? リ、リリア、君の体が、こんなに密着して……!」


「『待て』。動かないでくださいね」

 彼がパニックを起こして魔力を暴走させないよう、耳元で静かにコマンドを囁く。


 ユリウス様の体がビクンと跳ね、その後、彫像のように硬直した。


「ユリウス様は、力が強すぎるんです。そして、『絶対に失敗してはいけない』って緊張しすぎているから、余計に手元が狂うんです」


 私は彼の手に重なる自分の手に、少しだけ力を込めた。


「魔法で完璧なものを作らなくていいんです。不格好でも、少し歪んでいても……あなたが私のために作ろうとしてくれた、その気持ちだけで、十分すぎるくらい完璧なんですよ」


「私の、気持ちだけで……」


「だから、深呼吸して。肩の力を抜いて……そう、もっと優しく。木を削るんじゃなくて、撫でるみたいに」


 私の言葉に合わせて、ユリウス様のガチガチに強張っていた筋肉が、少しずつ緩んでいくのがわかった。


 彼の手を包み込みながら、一緒に彫刻刀を動かす。


 シュッ、シュッ……と、今度は木片が砕けることなく、薄く綺麗な削り屑となって落ちていく。


「……すごい。リリアが触れているだけで、私の荒ぶる力が嘘のように静まっていく。君の手は、魔法よりすごいな」


「あなたが、私の声を聞いてくれているからです」


 顔が触れ合いそうな距離。


 彼の真っ直ぐな青い瞳が私を横目で見つめ、私は照れ隠しのために「ほら、手元を見て」と彼の視線を逸らさせた。


それから一時間後。


 朝の光が中庭を完全に照らす頃、ついに一つの小さな木彫りの簪が完成した。


「……できた」


 ユリウス様の手のひらに乗っているそれは、一流の職人や、彼のチート魔法が作り出すものに比べれば、少し歪で、不格好な形をしていた。


 花を模したらしい彫刻も、どこかいびつだ。


 けれど。


「リリア。……こんなものしか、私には作れなかったが……君に、受け取ってほしい」


 彼が少し不安そうに、でも真剣な『大人の男』の表情でそれを差し出してくる。


「……ありがとうございます、ユリウス様」


 私は嬉しさで胸がいっぱいになりながら、彼に簪を渡した。


「私の髪に、挿してくれませんか?」


 ユリウス様は息を呑み、震える手で、私の結い上げた髪にそっと手作りの簪を挿してくれた。


「どうですか?」


「ああ……。世界中のどんな宝石よりも、君に似合っている。美しい……」


 彼が眩しいものを見るように目を細め、甘く熱い吐息を漏らす。


 ロマンチックな雰囲気が最高潮に達し、私たちの顔が自然と近づいて――。


「ハァァァァァァッ!! ダメだ!! リリアの笑顔が眩しすぎて、私の理性が木屑のように吹き飛んだぞ!!」


 バンッ!!


 ユリウス様が突然立ち上がり、自らの胸をドンドンと叩きながら空に向かって咆哮した。


「リリア! 君の愛! 君の包容力! 全てが尊い!! さあ、一晩中木を削り続けたこの私を、気が狂うまで撫で回してくれ!! ご主人様!!」


 ズサーーーッ!!


 ムードもへったくれもない、見事なスライディング土下座が私の足元で炸裂した。


「(……ああもう、やっぱりこうなるのね)」


 私は赤くなった頬を両手でパタパタと仰ぎながら、深くため息をついた。


「……記録。ロマンスイベント完了後、三秒で忠犬モードへ移行。通常運転です」


「木屑の掃除は庭師に頼んでおこう。……まぁ、被害が丸太だけで済んだのは上出来だ」


 ソフィア様とシリル様の呆れた声が響く中。


 私は髪に挿された少し不格好な簪にそっと触れ、足元で尻尾を振る規格外の旦那様の頭を、木屑を払いながら優しく撫でてあげるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。