旦那様が『手作り』に大苦戦!?〜魔法を封印してプレゼントを作ろうとしたら、中庭が木屑の山になりました〜
私が手編みのマフラーをプレゼントして以来、ユリウス様は約束通り「入浴と就寝時以外」はその青いマフラーを肌身離さず身につけ、上機嫌な日々を送っていた。
ある日の早朝。
私が目を覚ますと、すでにユリウス様はベッドを抜け出していた。
普段なら私が起きるのを足元で(幻覚の尻尾を振りながら)待機しているはずなのに、姿が見えない。
「……分析。従兄殿は昨夜から一睡もせず、中庭で極秘任務を遂行中です」
身支度を整えて部屋を出ると、廊下で待機していたソフィア様がバインダーを開きながら報告してくれた。
「極秘任務? また何か巨大な氷の彫像でも錬成してるんじゃ……!」
「いえ。今回は魔力の使用を一切検知していません。完全な『物理作業』です」
魔法を使わないユリウス様?
私は首を傾げながら、ソフィア様と共に中庭へ向かった。
中庭に出て、私は思わず目を丸くした。
「……な、なにこれ」
美しい芝生が広がっていたはずの中庭には、どこから切り出してきたのか、大量の丸太が積み上げられていた。
そしてその中央で、木屑まみれになったユリウス様が、小さな彫刻刀を握りしめ、ワナワナと肩を震わせている。
パキッ。
彼の指先で、彫りかけだった小さな木片が、あっけなく粉砕された。
「……また、砕けた。これで四百三十二個目だ……」
ユリウス様は、両手からハラハラとこぼれ落ちる木屑を見つめ、絶望に満ちた声で呟いた。
「おい、狂犬。いくらお前の体力が底なしだからって、一晩中丸太を削り続けて木屑の山を築くのはやめろ。庭師が泣くぞ」
少し離れたベンチで、シリル様が温かいお茶をすすりながら呆れ顔で声をかけている。ホイッスルを構えていないということは、本当に危険はないらしい。
「ユリウス様? 一体、何をしているんですか?」
私が近づいて声をかけると、彼はビクッと肩を跳ねさせ、慌てて木屑を背中に隠そうとした。
「リ、リリア!? なぜこんな朝早くに! しまった、まだ完成していないというのに……!」
「一晩中、木を削っていたんですか? 魔法も使わずに」
私が丸太の山と大量の木屑を指差すと、ユリウス様はシュンと肩を落とし、幻覚の犬耳をペタンと伏せた。
「……君が、私のために時間をかけてマフラーを編んでくれただろう。その温もりが、嬉しくてたまらなかった」
彼は大きな手のひらを見つめながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私も君に、魔法で一瞬にして創り出す冷たい宝石ではなく……私の時間と手間をかけた『手作り』の贈り物をしたかったのだ。君の美しい髪を飾る、木彫りの簪を」
「私のために……?」
「だが……私には、無理なようだ」
彼はギリッと奥歯を噛み締めた。
「私の力は、敵を殲滅し、地形を変えることには長けているが……こんな小さな木片一つ、優しく削ることもできない。少し力を込めただけで、すべて粉々に砕けてしまう。私は、なんて不器用で……乱暴な男なんだ……」
若き公爵としての有り余る身体能力と腕力が、完全に裏目に出てしまっているのだ。
自分の強すぎる力に本気で落ち込み、しょんぼりとしている旦那様を見て、私の胸の奥がキュンと甘く締め付けられた。
「(……もう、本当に極端なんだから)」
私はため息をつき、木屑まみれになっている彼の隣に、ドレスが汚れるのも構わずに腰を下ろした。
「リリア!? ダメだ、服が汚れてしまう!」
「気にしません。……それより、彫刻刀と、新しい木片を持ってください」
「えっ……?」
戸惑う彼に木片を持たせると、私は彼の背後から腕を回すようにして、その大きくゴツゴツとした両手を、自分の両手でそっと包み込んだ。
「……っ!? リ、リリア、君の体が、こんなに密着して……!」
「『待て』。動かないでくださいね」
彼がパニックを起こして魔力を暴走させないよう、耳元で静かにコマンドを囁く。
ユリウス様の体がビクンと跳ね、その後、彫像のように硬直した。
「ユリウス様は、力が強すぎるんです。そして、『絶対に失敗してはいけない』って緊張しすぎているから、余計に手元が狂うんです」
私は彼の手に重なる自分の手に、少しだけ力を込めた。
「魔法で完璧なものを作らなくていいんです。不格好でも、少し歪んでいても……あなたが私のために作ろうとしてくれた、その気持ちだけで、十分すぎるくらい完璧なんですよ」
「私の、気持ちだけで……」
「だから、深呼吸して。肩の力を抜いて……そう、もっと優しく。木を削るんじゃなくて、撫でるみたいに」
私の言葉に合わせて、ユリウス様のガチガチに強張っていた筋肉が、少しずつ緩んでいくのがわかった。
彼の手を包み込みながら、一緒に彫刻刀を動かす。
シュッ、シュッ……と、今度は木片が砕けることなく、薄く綺麗な削り屑となって落ちていく。
「……すごい。リリアが触れているだけで、私の荒ぶる力が嘘のように静まっていく。君の手は、魔法よりすごいな」
「あなたが、私の声を聞いてくれているからです」
顔が触れ合いそうな距離。
彼の真っ直ぐな青い瞳が私を横目で見つめ、私は照れ隠しのために「ほら、手元を見て」と彼の視線を逸らさせた。
それから一時間後。
朝の光が中庭を完全に照らす頃、ついに一つの小さな木彫りの簪が完成した。
「……できた」
ユリウス様の手のひらに乗っているそれは、一流の職人や、彼のチート魔法が作り出すものに比べれば、少し歪で、不格好な形をしていた。
花を模したらしい彫刻も、どこかいびつだ。
けれど。
「リリア。……こんなものしか、私には作れなかったが……君に、受け取ってほしい」
彼が少し不安そうに、でも真剣な『大人の男』の表情でそれを差し出してくる。
「……ありがとうございます、ユリウス様」
私は嬉しさで胸がいっぱいになりながら、彼に簪を渡した。
「私の髪に、挿してくれませんか?」
ユリウス様は息を呑み、震える手で、私の結い上げた髪にそっと手作りの簪を挿してくれた。
「どうですか?」
「ああ……。世界中のどんな宝石よりも、君に似合っている。美しい……」
彼が眩しいものを見るように目を細め、甘く熱い吐息を漏らす。
ロマンチックな雰囲気が最高潮に達し、私たちの顔が自然と近づいて――。
「ハァァァァァァッ!! ダメだ!! リリアの笑顔が眩しすぎて、私の理性が木屑のように吹き飛んだぞ!!」
バンッ!!
ユリウス様が突然立ち上がり、自らの胸をドンドンと叩きながら空に向かって咆哮した。
「リリア! 君の愛! 君の包容力! 全てが尊い!! さあ、一晩中木を削り続けたこの私を、気が狂うまで撫で回してくれ!! ご主人様!!」
ズサーーーッ!!
ムードもへったくれもない、見事なスライディング土下座が私の足元で炸裂した。
「(……ああもう、やっぱりこうなるのね)」
私は赤くなった頬を両手でパタパタと仰ぎながら、深くため息をついた。
「……記録。ロマンスイベント完了後、三秒で忠犬モードへ移行。通常運転です」
「木屑の掃除は庭師に頼んでおこう。……まぁ、被害が丸太だけで済んだのは上出来だ」
ソフィア様とシリル様の呆れた声が響く中。
私は髪に挿された少し不格好な簪にそっと触れ、足元で尻尾を振る規格外の旦那様の頭を、木屑を払いながら優しく撫でてあげるのだった。




