完成したマフラーへの執着が異常です!〜『愛の結晶』を汚さないために、旦那様が日常生活を縛り始めました〜
私が毛糸玉に込められた「見えざる敵」への殺意を鎮め、図書室で編み物を進めること数日。
足元で目をギラギラと輝かせて待機するユリウス様の熱視線に耐え抜き、ついに彼と同じ瞳の色の、青い手編みのマフラーが完成した。
「ユリウス様、できましたよ」
私がソファから立ち上がり、長いマフラーを広げて見せると、ユリウス様は弾かれたように立ち上がった。
「おおおおおっ……!! ついに、ついにこの世界に、リリアの愛と時間が物理的な形となって顕現したのか!!」
「大げさです。さあ、ちょっと首を傾けてください。巻いてみますから」
私が彼の首元にふわりと青いマフラーを巻きつけると、ユリウス様はまるで神の洗礼を受けたかのように、両手で胸をギュッと押さえて天を仰いだ。
「……あたたかい。リリアの指先の温もりと、私への慈愛が、首の動脈を通じて全身の細胞に行き渡っていく……! 私は今、無敵だ!! このマフラーさえあれば、極寒の永久凍土で全裸で一万年過ごしても絶対に風邪を引かない自信がある!!」
「全裸で永久凍土に行かないでください」
私は呆れながらも、嬉しそうにマフラーの裾を握りしめる彼を見て、編んだ甲斐があったと胸を撫で下ろした。
……しかし、彼の規格外の愛情は、いつも「もらった後」に斜め上の暴走を始めるのだ。
マフラーをプレゼントした翌日の朝食。
私はダイニングテーブルの向かい側に座るユリウス様を見て、フォークを取り落としそうになった。
「ユリウス様……どうして、朝の室内でマフラーを巻いているんですか? しかも、その姿勢は……」
ユリウス様は、燕尾服の上にしっかりと青いマフラーを巻き、まるで首にギプスでもはめているかのように、微動だにせずカチコチの姿勢で座っていた。
「おはようリリア。このマフラーは君の愛の結晶だ。万が一にも、朝食のスープの一滴でも飛び散ってこの神聖なる布を汚すようなことがあれば、私は己の不甲斐なさに腹を切りかねない」
「切らないでください!」
彼は真顔だった。
スープを飲む際も、スプーンを口に運ぶのではなく、自らの魔力でスープを球体状に浮かせ、マフラーの軌道を完璧に避けて口の中へ直接テレポートさせるという、無駄に高度な魔法技術を駆使していた。
「……記録。従兄殿の魔力無駄遣いレベルが新記録を更新しました。食事の度に高度な空間魔法を使用しています」
壁際で控えるソフィア様が、呆れたようにバインダーにペンを走らせる。
「おい、狂犬。いくらなんでも室内でそれは暑苦しいだろう。……それに、お前のその無駄な魔力操作のせいで、空気がピリピリして私の胃が痛むんだが」
シリル様が胃薬を片手に抗議するが、ユリウス様は一瞥もくれなかった。
「黙れシリル。貴様には、妻からの『手作り』の重みがわからんのだ。私はこのマフラーを、入浴の際も、眠る時も、絶対に外さん!!」
「お風呂に入ったら濡れるでしょ! 『お座り』! マフラーを外しなさい!」
私がすかさずコマンドを発動した。
いつもなら瞬時に平伏すユリウス様だが、今回ばかりは違った。
「クゥン……!(申し訳ありません、ご主人様! しかし、このマフラーだけは……これだけは! 外せません!!)」
「(……コマンドに、抵抗した!?)」
彼は床に正座したものの、首元のマフラーだけは両手で死守し、頑なに外そうとしなかったのだ。
彼がマフラーへの異常な執着を見せ始めてから数日。
城の中庭を一緒に散歩している時、事件は起きた。
少し強い風が吹き、私の肩にかけていたストールが煽られて、ふわりと宙に舞ってしまったのだ。
「あっ……!」
「リリア! 待っていろ、今すぐ私が!」
ユリウス様が瞬時に反応し、ストールをキャッチしようと跳躍した。
その卓越した身体能力なら、瞬きする間にストールを掴み取れたはずだ。
――しかし。
彼の首に巻かれた青いマフラーの端が、風に煽られて中庭のバラの木のトゲに引っかかりそうになったのだ。
「(なっ!? 私の愛の結晶が、トゲに引き裂かれる!?)」
空中でその危機を察知したユリウス様の脳内で、一瞬の葛藤が起きた。
結果。
彼はストールをキャッチする体勢を空中で無理やり捻り、マフラーを両手で庇うように抱え込んだまま、見事にバランスを崩して中庭の植え込みへ頭から突っ込んだ。
ドサァァァッ!!
「ゆ、ユリウス様!?」
「……セーフ、だ。リリアの愛の布に、傷一つ付いていない……!」
植え込みから顔を出したユリウス様は、髪に葉っぱをたくさんつけ、頬に少し擦り傷を作りながらも、マフラーを死守したことで誇らしげに笑っていた。
「――っ、何やってるんですか!!」
私は駆け寄り、彼の胸ぐらを……掴もうとしてやめ、肩を強く叩いた。
「どうしてストールよりマフラーを庇うんですか! おかげで顔に怪我してるじゃないですか!」
「こんな傷、私の魔力ですぐに治る。それよりも、君が時間をかけて編んでくれたこの宝物が傷つくことの方が、私の魂にとって何万倍も致命傷だ」
彼は本気でそう思っているらしい。
私は彼を植え込みから引っ張り出し、その首に巻かれたマフラーをグイッと引っ張った。
「ユリウス様。よーく聞いてください」
「は、はい」
「マフラーは、ただの布です。防寒具です。神聖な宝物じゃありません!」
「だが、君の愛が……!」
「私の愛は、そんなにヤワじゃありません!!」
私が声を張ると、ユリウス様はビクッと肩を揺らした。
「汚れたら、私が洗います。ほつれたら、私が直します。ボロボロになったら……また新しいものを、私が編みます」
「リリア……」
「形あるものは、使えばいつか汚れるし、壊れます。でも、そうやって日常の中で一緒に使っていくのが『夫婦』でしょ? ……だから、マフラーのためにあなたが窮屈な思いをしたり、怪我をしたりするのは、絶対に禁止です!」
私がキッと睨みつけると、ユリウス様の氷の青い瞳が、少しずつ熱を帯びて潤んでいった。
「……ああ。そうか。君の愛は、一度きりの消耗品ではなく……永遠に尽きることのない、泉のようなものだったのだな」
「だから大げさですって。……ほら、顔の傷、見せてください」
私が背伸びをして彼の頬についた葉っぱを払い、擦り傷を指先でそっと撫でると、彼は「至福……」と呟いて幻覚の尻尾を振った。
「記録。従兄殿の『マフラーに対する異常執着』が解除されました。愛の重さは相変わらずですが、ベクトルが正常な夫婦関係へと補正されました」
「ったく……胃薬を飲むタイミングを失ったぞ」
遠くから、ソフィア様の声とシリル様の呆れたような溜息が聞こえた。
「……リリア。君の言葉通り、このマフラーは大切に『日常』で使わせてもらう。だが、入浴の時以外は外さないからな」
「寝る時と食事の時も外してください」
「キャンッ!」
私のコマンドで瞬時に首を垂れる旦那様。
過剰すぎるヤンデレの愛を、こうして少しずつ「普通の温度」へと導いていく。
それが、猛獣使いである私に課せられた、一生の(そして少し幸せな)大仕事なのだと、改めて実感するのだった。




