毛糸玉に嫉妬する旦那様!?〜内緒でマフラーを編んでいたら、無機物に本気の殺意を向けられました!〜
季節は少しずつ移り変わり、朝夕の風に冷たさを感じるようになってきた。
風邪を引いた私に、徹夜で一歩も動かず手を握るという「究極の無魔法看病」を達成したユリウス様。
最近の彼は、暴走のベクトルが完全に「私にいかに褒められるか」という忠犬のそれに振り切っている。
「(……いつも過剰なくらい尽くしてくれるし、そろそろ本格的に寒くなるから、何かプレゼントでもしようかな)」
私は、城の図書室の片隅で、こっそりと毛糸と編み棒を取り出した。
彼の誕生日はまだ先だが、日頃のお礼として『手編みのマフラー』をプレゼントしようと思い立ったのだ。
サプライズで渡せば、きっと喜んでくれるはず。
「よし……。表、裏、表……」
私は編み図と睨めっこしながら、ユリウス様の瞳と同じ、深く美しい青色の毛糸を編み始めた。
「リリアァァァッ!!」
バーーーンッ!!
図書室の重厚な扉が、爆発音のような音を立てて開け放たれた。
「ひぃっ!?」
「ただいま戻ったぞリリア!! 今日の執務はすべて終わらせた!! 通常なら三日かかる領地の書類決裁と、隣国との国境交渉を、私のこの溢れんばかりの情熱と魔力で三時間に圧縮して片付けてきた!! さあ、一緒にティータイムを――!」
ユリウス様が、幻覚の犬耳をピコピコと動かしながら、ものすごい勢いで突進してきた。
相変わらず、その若さと無尽蔵のエネルギーの使い所が極端すぎる。
「ゆ、ユリウス様! お帰りなさい、早いですね!」
私は慌てて、編みかけのマフラーと毛糸玉を背中に隠した。サプライズなのだから、まだ見られるわけにはいかない。
「……ん? リリア、今、背中に何か隠したか?」
しかし、私の不自然な動きを、彼の研ぎ澄まされた青い瞳が見逃すはずがなかった。
「えっ、い、いいえ! 何も隠してませんよ!」
「嘘だ。私にはわかる。君は今、私以外の『何か』に気を取られていた……!」
ユリウス様の声が、急に一段低くなった。
その時、私の背後から不意に、青い毛糸玉がコロコロ……と床に転がり出てしまった。
「ああっ!」
「……これか。この得体の知れない丸い物体が、私の愛する妻の視線と時間を奪っていたのか」
ユリウス様は床に転がった毛糸玉を拾い上げると、その美しい顔を修羅のように歪めた。
「許さん。たとえ無機物であろうと、リリアの美しい瞳に映り、その柔らかい指先に触れることが許されるのは、私という存在(夫)だけで十分だ」
「ちょっと待って、ユリウス様! それはただの――」
「消え失せろ、名もなき繊維の塊よ。絶対零度の氷塊となりて、世界の果てに砕け散れ!!」
ギリギリギリッ……!!
ユリウス様が毛糸玉を握りしめた手から、恐るべき冷気と殺意が噴出し始めた。ただの羊毛の塊に対して、軍事国家の艦隊に向けるレベルの本気の魔力を練り上げている!
『ピーーーッ!! ピーーーーーッ!!!!』
図書室の書棚の陰から、シリル様がホイッスルを鳴らしながら飛び出してきた。
「レッドカード!! 従兄殿、嫉妬の対象が人間から『無機物』にまで拡大しています! 狂気のベクトルが斜め下に向かっているぞ!!」
「記録。従兄殿のヤンデレレベルが悪化し、ついに手芸用品にまで殺意を抱くようになりました。もはや末期症状です」
ソフィア様もバインダーを抱えて冷静にツッコミを入れる。
「シリル! 邪魔をするな! この球体は私からリリアを遠ざける悪しき魔の道具だ!」
「違いますユリウス様!! それは、あなたのマフラーを作るための毛糸です!!」
私はたまらず叫んだ。
ピタァッ。
ユリウス様の手から噴き出していた冷気が、嘘のように一瞬で消え去った。
「……私の、マフラー?」
「はい! 少し寒くなってきたから、あなたにサプライズでプレゼントしようと思って、内緒で編んでたんです! なのに、あなたが毛糸玉を凍らせようとするから!」
私が背中に隠していた編みかけの青い布を見せると、ユリウス様の瞳孔がカッと見開かれた。
そして。
「おおおおおおおおっ!!!!」
今度は冷気ではなく、凄まじい歓喜のオーラ(黄金の光)が彼の全身からドワァァァッ!と吹き上がった。
「私が嫉妬し、殺意を向けていたこの繊維は……他でもない、君が私のために紡いでくれていた『愛の結晶』の一部だったというのか!! な、なんという神聖な物体! なんという奇跡の糸!!」
「だから大げさですってば」
ユリウス様は、先ほどまで粉砕しようとしていた毛糸玉を、まるで世界一の宝物(聖遺物)のように両手で恭しく掲げ持った。
「リリア! 君が私のために、その細く美しい指先を酷使して布を編んでくれているとは! ああ、私は今すぐこの図書室の温度、湿度、そして日照角度を『君が最も編み物をしやすい完璧な環境』に固定し、君の背後で一生応援の舞を踊り続けよう!!」
「『お座り』!! 踊らなくていいから、毛糸を返してください!」
「キャンッ!!(はい!)」
私のコマンドが炸裂し、黄金のオーラを放つ旦那様は、瞬時に床へ正座した。
私は彼の手から毛糸玉を回収し、ため息をついた。
「もう……サプライズにしたかったのに、台無しです」
「す、すまないリリア。だが、君が私のために……」
「わかりましたから。今編んでいるところだから、おとなしく待っていてくださいね」
「……というわけで、私は編み物を再開したわけですが」
「はい! ご主人様、姿勢は疲れていないか!? 肩はお揉みしようか!? 光の加減は大丈夫か!?」
図書室のソファに座って編み物を進める私の足元には、正座をしたまま、目をキラキラ(ギラギラ)と輝かせて私の一挙手一投足を見つめるユリウス様の姿があった。
「あの、ユリウス様。そんなに食い入るように見つめられると、すごくプレッシャーなんですけど……」
「気にしないでくれ! 私はただ、妻の愛が形になっていくこの神秘の過程を、網膜に焼き付けているだけだ!」
「それが気になるって言ってるんです」
シリル様が「……あれでは、編み目もプレッシャーで歪むだろうな」と胃薬を飲みながら呟き、ソフィア様が「記録。過剰な愛情は、時として作業効率を著しく低下させます」と書き留める。
ただの手編みのマフラー一つで、世界が創造されるかのような騒ぎを起こす規格外の旦那様。
でも、彼の真っ直ぐすぎる愛情のおかげで、私の編むマフラーには、間違いなく世界で一番温かい(重すぎる)愛が込められることになるのだろう。
私は呆れ半分、嬉しさ半分で、彼と同じ色の毛糸をゆっくりと編み進めていくのだった。




