猛獣使いから『愛妻』へのステップアップ!?〜手作りクッキーをプレゼントしたら、旦那様が光に包まれて神格化しそうになりました!〜
シリル様の別邸での『客観的データ収集』により、周囲から私たちが「究極の愛妻家と理想のバカップル」として認知されていることが判明した翌日。
私は本城の厨房に立ち、エプロン姿でボウルをかき混ぜていた。
「(……第三者から見て『相思相愛』なら、私から少し歩み寄ってみても、バチは当たらないわよね)」
これまでの私は、ユリウス様からの重すぎる愛から逃げるか、「待て」「お座り」のコマンドで猛獣使いとして彼を制圧するかしかしてこなかった。
しかし、彼が私のためだけに底なしの情熱と魔力を注いでくれているのは紛れもない事実だ。
少しだけ、本当に少しだけでいいから、「命令」ではなく「妻からの愛情」という形で、日頃の感謝を伝えてみたくなったのだ。
「……記録。義姉上が自発的に『愛妻の定番イベント・手作り菓子』の調理を開始しました」
厨房の隅で、ソフィア様がバインダーにペンを走らせる。
「ソフィア様、そんな大げさなものじゃないですよ。ただのバタークッキーです」
「警告します、義姉上。今の従兄殿は、あなたからの『命令(ご褒美)』だけで生きています。
そこに、純度百パーセントの『妻の手作り』などという致死量の愛情を与えれば、彼の精神がショートし、魔力的特異点が発生する恐れがあります」
「ク、クッキー一枚で特異点なんて起きませんよ!」
私はソフィア様の冷徹な分析を笑って誤魔化しつつ、オーブンから甘い香りを漂わせるクッキーを取り出した。
昼下がり。
私は執務室で書類仕事(※もちろん、私に褒められるために超特急で終わらせようとしている)に励むユリウス様の元を訪れた。
「ユリウス様。お仕事、お疲れ様です」
「リリア! 君の方から私の執務室に来てくれるとは! どうしたんだ、何か命令か!? それとも散歩か!?」
ユリウス様は羽ペンを放り出し、幻覚の尻尾をちぎれんばかりに振って立ち上がった。
私は少し頬を赤くしながら、背中に隠していた小さなお皿をテーブルの上にコトッと置いた。
「……あの。いつも私のために頑張ってくれているので、その、お礼です。不格好ですけど、私が焼きました」
お皿の上には、少し焦げ目のついた手作りクッキー。
その瞬間。
ピタァッ。
ユリウス様の動きが、完全に停止した。
瞬き一つせず、クッキーと私の顔を交互に数回見比べた後、彼の瞳孔がカッと見開かれた。
「わ、私が……命令ではなく、君の自発的な愛情によって……手作りのお菓子を、与えられた……?」
「え、ええ。毒なんて入ってないですよ」
「おおおおおおおおっ……!!!」
ズゴゴゴゴゴッ!!
ユリウス様の足元から、いつもなら吹雪や冷気が噴き出すところだが、今日は違った。
なんと、彼の全身から『神々しいまでの黄金の光』がドワァァァッ!と立ち昇り始めたのだ!
「リリア! 君の愛が、私という器を完全に満たした! このクッキーは奇跡だ! 国宝だ! いや、世界を救う聖遺物だ!!」
ユリウス様は両手を天に掲げると、空中に凄まじい魔力を収束させ始めた。
「今すぐこの執務室のど真ん中に『絶対不壊のオリハルコン製・大祭壇』を錬成し、このクッキーを真空パックで永久保存する! そして毎日三回の礼拝を義務付け、千年先の未来まで君の愛を語り継ごう!!」
「食べなさいよ!! 何のために焼いたと思ってるんですか!!」
「ダメだリリア! このような尊いものを、私の下劣な胃袋で消化してしまうなど、言語道断! 見ているだけで私の寿命は万年単位で延びる!」
「だから食べ物だって言ってるでしょ! 湿気たら美味しくないんです!」
光り輝く若き公爵は、クッキーのお皿を両手で恭しく掲げ持ち、本当に祭壇の錬成を始めようとしている。
私は額に青筋を浮かべ、深く息を吸い込んだ。
「ユリウス様!! 『お座り』!!」
「キャンッ!!」
私のコマンドが響いた瞬間、黄金のオーラを放っていたユリウス様は、お皿を持ったまま光の速さで床に正座した。
「……ったく。せっかく私が『普通の妻』っぽく振る舞おうとしたのに、どうしてそう極端なんですか」
私はため息をつきながら、彼の手からお皿を取り上げ、クッキーを一枚つまんだ。
「口を開けてください」
「えっ……? ご、ご主人様、まさか……」
「はい、あーん」
私がクッキーを彼の口元に近づけると、ユリウス様は顔を真っ赤にして、震える口をゆっくりと開いた。
サクッ。
バターの甘い香りが広がる。
「……あ、甘い……。リリアの、指先の温もりと、優しい甘さが……私の、心の奥底まで……」
ユリウス様はクッキーを咀嚼しながら、大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
ヤンデレの狂気も、過剰な暴走もそこにはない。
ただ、大好きな人から手作りのお菓子をもらい、それを直接食べさせてもらったという「純粋な幸福」に打ち震えている、一人の青年の姿だった。
「……ピーーーッ。義姉上、サングラスの着用を推奨します」
扉の隙間から、シリル様がホイッスルを鳴らす代わりに、目を覆いながら現れた。
「従兄殿の幸福度ゲージが振り切れ、彼自身が『光属性の精霊(物理)』みたいに発光しています! まぶしすぎて直視できません!!」
「記録。従兄殿から発せられていた重圧が、純粋な『愛の光』に反転しました。……この城は平和です」
ソフィア様も、持参した遮光グラスをかけながらバインダーに花丸を書いている。
「ふふっ……大げさなんだから」
私は、足元で光り輝きながら「もう一枚! もう一枚だけ私の口に!」と小鳥のように口を開けて待っている旦那様を見て、思わず吹き出してしまった。
普通の夫婦みたいなロマンチックな展開には、やっぱりならなかった。
でも、彼の底なしの情熱とスタミナが、こんな風に「私への純粋な愛と喜び」に向けられているのを見るのは、決して悪い気はしない。
「はいはい。ちゃんと味わって食べてくださいね」
「至福……!! 私は今、天界にいる……!!」
シリル様が「胃薬の代わりに胸焼けの薬が必要だ」と呻く中。
私は赤くなった頬を隠すこともなく、二度目の人生の伴侶となったこの規格外の旦那様に、最後の一枚のクッキーを優しく口に運んであげるのだった。




