客観的データで夫婦関係を調査!?〜シリル邸の使用人たちには、私たちが『理想の愛妻家』に見えるようです!〜
ユリウス様が『完璧な公爵モード』で私をエスコートし、不意打ちのロマンスで私の心臓を爆発させかけてから数日。
「……分析。最近の義姉上と従兄殿の精神波長が、従来の『依存と恐怖』から『純愛と制御』へと変容しつつあります」
朝のダイニングで、ソフィア様がバインダーをパチンと閉じ、眼鏡の奥の瞳を光らせた。
「しかし、私やシリルは常に最悪の事態(氷河期・物理的封鎖)を想定しているため、観察眼に強いバイアスがかかっています。現状の二人の関係性が社会的にどう映るのか……客観的なデータの収集が必要です」
「客観的なデータ、ですか?」
「はい。つきましては、数日間、私とシリルの屋敷に滞在していただきます。我が家の使用人たちから、お二人の日常に対する『第三者の客観的意見』をヒアリングします」
「なるほど! 私たちの夫婦関係が、周りから見て正常かどうかのテストですね!」
私は嬉しくなって頷いた。
最近、ユリウス様へのドキドキが増えている自分が「ヤンデレの毒に当てられて感覚が麻痺しているだけ」なのか、それとも「夫婦として普通に歩み寄れている」のか、第三者の意見を聞いてみたかったのだ。
「フッ……我が家の使用人たちは極めて常識人です。従兄殿の異常な溺愛ぶりを見れば、必ずや『あれは狂気だ』と正しい証言をしてくれるはず……!」
シリル様が、胃薬の小瓶を握りしめながら力強く頷いた。
その日の午後、私たちは本城から少し離れた場所にあるシリル様たちの屋敷(別邸)へとやってきた。
「ようこそおいでくださいました、公爵閣下、奥様!」
エントランスでは、礼儀正しいメイドや執事たちがずらりと並んで出迎えてくれた。確かに、皆とても落ち着いた常識人に見える。
「リリア。足元に段差がある、気をつけるんだ」
馬車から降りる際、ユリウス様がスッと手を差し伸べてきた。
ここまでは普通の紳士だ。しかし。
「ご主人様の尊い靴底が、別邸の埃で汚れてはならない。……ハッ!」
ユリウス様が指を鳴らすと、彼の有り余る魔力が発動し、私の歩く先々に『絶対零度で滅菌処理された、滑り止め付きの美しい氷の絨毯』が自動で敷かれていくではないか。
「ユリウス様! 人様の家で勝手に凍らせないで! 溶けたら水浸しになりますよ!」
「大丈夫だリリア! 私の氷は室温に合わせて昇華(気化)する特別製だ! 君の歩く空間の湿度は常に快適に保たれる!」
相変わらず、無尽蔵のスタミナと魔法を『私への過剰奉仕』に全力で注ぎ込んでいる。
私は慌てて周囲の使用人たちを見た。
きっと「なんて非常識な魔法の無駄遣いなんだ」とドン引きしているに違いない……!
「……まぁ! 公爵様ったら、奥様のためにあんな繊細な魔法を!」
「奥様が転ばないように、そして快適に過ごせるようにという深い愛……なんてロマンチックなのかしら!」
「キャーッ! 素敵ですわ!」
……あれ?
その後も、シリル邸での私たちの行動は、使用人たちの監視(ソフィア様のヒアリング対象)の下で行われた。
ティータイムの時。
日差しが少し眩しいと感じた私が目を細めた瞬間、ユリウス様は光の速さで立ち上がり、空中に『光を屈折させて心地よい木漏れ日に変える氷のプリズム』を何十個も錬成して配置した。
「やりすぎですユリウス様! 眩しいならカーテンを引けばいいだけでしょう!? 『お座り』!」
「キャンッ!(申し訳ありません、すぐ消します!)」
私がコマンドを出すと、無敵の公爵様は瞬時に床に正座し、シュンと肩を落としてプリズムを消し去る。
その光景を壁際で見ていたメイドたちが、ヒソヒソとノートにメモを取っている。
「(あ、ああ……完全に『旦那を尻に敷いてる恐妻』だと思われた……! 恥ずかしい……!)」
私は顔から火が出そうになり、俯いた。
しかし、その夜。
ソフィア様がバインダーに集計したアンケート結果を発表する場に集まった私たちは、予想外の真実に直面することになった。
「データ収集および、解析完了」
ソフィア様は眼鏡をクイッと押し上げ、淡々と読み上げた。
「使用人からのアンケート結果。項目『公爵夫妻の印象について』。……回答者の八五パーセントが『究極の愛妻家であり、理想のバカップル』と回答。残り一五パーセントは『奥様の一言でシュンとする公爵様が尊い』と回答しました」
「……は?」
シリル様の口から、間の抜けた声が漏れた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいソフィア様! 私、完全に猛獣使いみたいに怒鳴り散らしてたのに!?」
「一般市民の目には、あれは『暴走しがちな若く情熱的な夫を、しっかり者の妻が見事にコントロールしている、絆の深い夫婦』として映ったようです。
従兄殿の魔法のスケールが大きすぎるため、むしろ『そこまで愛されている奥様』という羨望の対象になっています」
「バカな……! あれのどこが理想の夫婦だ! 一歩間違えれば氷河期だぞ! 我が家の使用人たちは全員目が腐っているのか!?」
シリル様が頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「ハッハッハ! 聞いたかリリア!」
ソフィア様の発表を聞いたユリウス様が、パァァァッ!と顔を輝かせ、私の両手を取った。
「第三者から見ても、私たちは『理想の夫婦』なのだ! 私の君への情熱が、周囲にも祝福されている! ああ、世界はこんなにも美しい!!」
「い、いや、バカップルって言われてるんですよ!?」
「バカップルとは、愛し合いすぎている夫婦への最上級の賛辞だろう!? さあ、この素晴らしい結果を記念して、この屋敷の庭に我々の巨大な愛の彫像を――」
「『待て』!! 勝手に人様の庭に彫像を建てない!!」
「クゥン……!(はい!)」
瞬時に正座するユリウス様。
そのやり取りを見て、報告に上がってきていたメイド長が「まぁ、本当に仲睦まじいこと……」とウフフと微笑んでいる。
「(……客観的に見ても、私たちって『相思相愛』に見えるの……?)」
私は、自分の足元で幻覚の尻尾を振っている旦那様を見下ろしながら、顔がカァァッと熱くなるのを感じた。
ヤンデレ公爵の愛の形は異常だけれど、私がそれを受け入れ、制御し、彼もそれに喜んで従っている今の状況は……傍から見れば、ただの『ものすごく愛の重い、仲良し夫婦』なのだ。
「……まぁ、第三者がそう言うなら、悪くない、かも……」
私が小さく呟きながらユリウス様の頭を撫でると、彼は「至福……!」と感涙に咽び泣いた。
「記録……義姉上の自己認識が『被害者』から『愛されている妻』へと完全にアップデートされました。もはや手遅れです」
「誰か……私の胃薬を、樽で持ってきてくれ……」
ソフィア様の冷徹な分析と、シリル様の絶望の呻き声が響くシリル邸の夜。
客観的データによって夫婦の絆を証明されてしまった私は、もう自分の中にある「彼への愛情」から逃げることはできないのだと、赤くなった頬を抑えながら悟るのだった。




