シリル様が自信喪失!?〜旦那様に暴走するフリを頼んだら、迫真の演技で愛の氷結ドームに閉じ込められました!〜
私が「待て」や「お座り」といったコマンドでユリウス様を制御できるようになり、城には奇妙な平和が訪れていた。
時折、ユリウス様が不意打ちで『大人の男』の顔を見せてきて私の心臓を爆発させそうになるという事故は起きるものの、物理的な城の崩壊や、氷河期の到来は未然に防がれている。
――しかし、その平和の裏で、深く思い悩んでいる人物が一人いた。
「……私の存在意義とは、一体何なのだろうか」
城の廊下の片隅で。
最強の魔法無効化スキル『概念切断』を持つシリル様が、壁に背を預けて体育座りをし、虚ろな目で宙を見つめていた。
「シリル様? どうしたんですか、そんなところで」
私が声をかけると、彼は首から下げたホイッスルを力なく握りしめた。
「義姉上……。最近、私の出番が全くないのです。従兄殿が暴走しそうになっても、義姉上の一言で瞬時に『伏せ』をしてしまう。私の魔力を削るチート魔法よりも、義姉上の愛のコマンドの方が、圧倒的に速く、確実で、しかもエコ……。私はもう、この城に必要ないストッパー(ポンコツ)なのではないかと……」
なんと、シリル様がアイデンティティ(ツッコミ役としての矜持)を喪失してしまっていたのだ!
「分析。シリルの自己肯定感が現在マイナス域に突入しています。このままではホイッスルを窓から投げ捨てて、森へ隠遁する確率が八〇%です」
傍らでソフィア様がバインダーを叩きながら、冷徹な声で、しかしどこか心配そうに付け加えた。
「(これはいけないわ……! いつも私の胃痛を助けてくれていたシリル様が!)」
私はソフィア様と緊急のアイコンタクトを取り、シリル様に自信を取り戻してもらうための『ある作戦』を企てた。
その夜。
私はユリウス様を寝室に呼び出し、こっそりと相談を持ちかけた。
「……なるほど。シリルに自信を取り戻させるため、私が『君の命令を聞かずに暴走するフリ』をすればいいのだな?」
「はい! いつもなら私のコマンドで止まるのに、今回ばかりは止まらない! そこへシリル様が登場して、魔法でカッコよく解決する……という寸法です!」
ユリウス様は、若き公爵としての有り余る情熱を瞳に燃やし、深く頷いた。
「我が愛しき主の頼みとあらば、この身が張り裂けようとも完璧に演じ切ってみせよう。……フフッ、君の命令を無視して愛を貪る『野獣』の演技……血が騒ぐな」
「(……なんか嫌な予感がするけど、大丈夫よね?)」
翌日の昼下がり。
中庭でお茶をしている私たちの前で、作戦は決行された。
「おおおおおっ!! リリア!! 私はもう我慢できん!! 君への愛が溢れすぎて、この世界ごと君を私だけのものにしたいぃぃっ!!」
ユリウス様が突然立ち上がり、両手を天に掲げて絶叫し始めた。
そこまでは打ち合わせ通りだ。
「ユ、ユリウス様! ダメです! 『お座り』!!」
私はわざとらしく、しかし大きな声でコマンドを発動した。
「ハッハッハ! 無駄だリリア! 今日の私は君の命令など聞かん! なぜなら、君への愛が理性を凌駕したからだ!!」
ユリウス様は私のコマンドを華麗にスルーした。
……が。彼の足元から、尋常ではない量の冷気がドワァァァッ!と噴出し始めたのだ。
「えっ、ちょっとユリウス様! 魔力の出力が高すぎ……」
「さあリリア! 私と一緒に、誰の邪魔も入らない永遠の愛の巣(絶対零度の隔離ドーム)に引きこもろう!!」
ズゴゴゴゴゴッ!!
ユリウス様の底なしの魔力が解放され、中庭の噴水や花壇を巻き込みながら、みるみるうちに超巨大な『氷のドーム』が形成され始めた。
その氷の壁は分厚く、内側には薔薇の彫刻まで施されているという、無駄にクオリティの高い隔離施設だった。
「(ちょっと待って、これ演技じゃなくて半分本気入ってるわよね!?)」
ユリウス様は「演技という免罪符」を得たことで、普段抑え込んでいるヤンデレ成分と、無尽蔵のスタミナを大爆発させてしまったのだ!
「ユリウス様、ストップ! これはストップです!! マジの『待て』!!」
「ダメだリリア! 私は今『君の命令が聞こえない狂気の獣』を演じているのだ! 演技に妥協は許されない! さあ、この分厚い氷の中で、私と永遠の愛を――!!」
「キャーッ! 誰か助けてーっ!!(本気で!)」
氷のドームが完全に閉じようとした、その瞬間だった。
『ピーーーッ!! ピーーーーーッ!!!!』
鼓膜を破るような、甲高く力強いホイッスルの音が中庭に鳴り響いた。
「……そこまでだ、従兄殿!!」
ドームの隙間から飛び込んできたのは、胃薬の小瓶を握りしめ、かつての鋭い目つきを取り戻したシリル様だった。
その後ろには、バインダーを抱えて静かに見守るソフィア様の姿がある。
「シリル様!!」
「フハハハ! 遅かったなシリル! この『絶対愛の氷結ドーム』は、私の全魔力を込めた最高傑作! 貴様の魔法ごときで壊せるものか!!」
ユリウス様が(ノリノリで)悪役っぽく笑う。
シリル様は、フッと不敵な笑みを浮かべ、右手に魔力を集中させた。
「……舐めるなよ。私の胃痛の歴史と、このホイッスルに込めた魂を!! ――『概念切断』!!!!」
ピシャァァァァァァンッ!!!!
シリル様の手から放たれた極大の光の刃が、ユリウス様の展開した分厚い氷のドームを真っ二つに両断した!
凄まじい衝撃波と共に、愛の隔離施設がパリンッと粉々に砕け散り、太陽の光が再び私たちを照らした。
「ぐはぁぁぁっ……!? バ、バカな……私の愛の結晶が……!!」
ユリウス様が(迫真の演技で)後ろへ吹き飛び、見事に地面へ倒れ伏した。
「……ふぅ。義姉上、怪我はありませんか」
シリル様は額の汗を拭い、ホイッスルをクルクルと指で回して、得意げに微笑んだ。
「シリル様! ありがとうございます! さすがです、やっぱり私たちにはあなたの魔法が必要です!!」
「……ええ。私の『概念切断』も、まだまだ捨てたものではないようですね」
シリル様が晴れやかな顔で頷いた時。
その後ろからソフィア様がスッと近づき、シリル様の背中をポン、と軽く叩いた。
「……お疲れ様です、あなた。今日の魔法のキレ、過去最高値でした」
「ソフィア……。ああ、お前の分析通りだ。私はまだ戦える」
いつもは冷徹なソフィア様が、ほんのわずかに口角を上げて微笑み、シリル様が少し照れくさそうに笑い返す。
言葉数は少なくても、そこには確かに彼らなりの『夫婦の深い絆』があった。
「ハッハッハ! どうだリリア! 私の『愛に狂った悪役』の演技! 完璧だっただろう!?」
シリル様とソフィア様がいい雰囲気になっている横で、ユリウス様が泥を払いながら嬉しそうに駆け寄ってきた。幻覚の犬耳がピコピコと動いている。
「……ユリウス様。途中から完全に演技を忘れて、本気で私を閉じ込めようとしてましたよね?」
「ギクッ」
「……お座り」
「クゥン……(はい……)」
私はため息をつきつつも、どこか誇らしげなシリル様の横顔を見て、胸を撫で下ろした。
旦那様の無尽蔵の情熱に振り回される日々は続くけれど。
こうして頼りになるストッパー(シリル様)と、それを支える冷静なパートナー(ソフィア様)がいれば、どんなカオスもきっと乗り越えていける。
「(……でも、ユリウス様の暴走力、やっぱり底なしね……)」
私は、砕け散った氷の欠片がキラキラと光る中庭で、足元に伏せている規格外の旦那様の頭を、お疲れ様の意味を込めて優しく撫でてあげるのだった。




