独り言で世界樹を錬成!?〜過剰奉仕する忠犬を褒めて叱ったら、重すぎる花束に圧縮されました〜
私が「完璧な公爵モード」というコマンドでユリウス様を制御し、王家からの監査を無事に乗り切ってから数日が経った。
現在のユリウス様は、服の下に隠したオリハルコンの首輪を誇りに思い、私の『命令』に絶対服従する忠犬としての生活を至上の喜びとしている。
「ご主人様! 本日の私のスケジュールはなんだ!? 敵国の殲滅か? 氷河期の到来か? それとも、君の肩揉みか!?」
「肩揉みでお願いします。あと、殲滅とか氷河期は一生スケジュールに入りません」
「キャンッ!(承知した!)」
二十五歳という、エネルギーに満ち溢れた若き公爵。
無尽蔵の魔力と体力を併せ持つ彼が、その力のすべてを「私への過剰な奉仕」に向けた結果、城の日常は以前とは違うベクトルでカオスを極めていた。
ある日の午後。
私は、護衛のヴィクトル様と共に、城のバルコニーで紅茶を飲んでいた。
「……少し、庭が寂しいわね」
私はバルコニーから見下ろす中庭を見て、ふと呟いた。
先日、ユリウス様がガゼボ(あずまや)の屋根を粉砕して降臨した際の瓦礫は片付いたものの、花壇の草花まで吹き飛んでしまい、少し殺風景になっていたのだ。
「もう少し、綺麗で可愛らしいお花がたくさん咲いていたら、お茶の時間が楽しくなるのに」
ただの独り言だった。
しかし、私の斜め後ろで控えていたユリウス様の耳(幻覚の犬耳)が、ピクリと反応したのを私は見逃していた。
「……ご主人様が、花を望んでいる」
ユリウス様の氷の青い瞳に、凄まじい熱量(忠犬としての使命感)が宿る。
「私の主が、無機質な中庭に嘆いておられる! これは私への至上命令! リリアの望む『綺麗な庭』を、この二十五歳の肉体が持つすべての魔力を注ぎ込んで実現せねば!!」
ズサァァァァッ!!
ユリウス様は、バルコニーから一直線に中庭へと飛び降りていった。
「えっ? ユリウス様!?」
「……お嬢さん、駄犬が獲物を狩りに行っちまったぜ」
ヴィクトル様が葉巻を吹かしながら、呆れたように呟いた。
その日の夜中。
私は地鳴りのような凄まじい音と、部屋の窓から差し込む強烈な緑色の光で目を覚ました。
「な、何事!?」
「警告。城の敷地内における異常な魔力膨張を検知しました。生態系が破壊されています」
ソフィア様が、寝巻き姿のままバインダーを持って私の部屋へ駆け込んできた。
私たちは急いでバルコニーへ出た。
そして、眼下に広がる光景に、私は言葉を失った。
「「「なんですか、これぇぇぇぇっ!?」」」
中庭だったはずの場所には、見上げるほどの超巨大な大樹がそびえ立っていた。
幹の太さは城と同じくらいあり、枝葉は雲を突き抜け、そこには人間の顔ほどもある極彩色の花々が、狂ったように咲き乱れている。
「リリアァァァッ!! 起きたか!!」
巨大な木のてっぺんから、泥だらけになったユリウス様が、歓喜の笑みを浮かべて飛び降りてきた。
「見たかリリア! 君の『花が見たい』という願いに応え、古代の植物魔法を限界まで行使して『世界樹』を錬成したぞ!! 一晩徹夜したが、君のためなら私の体力など安いものだ!! さあ、褒めてくれ!!」
ハァハァと荒い息を吐きながら、ユリウス様は幻覚の尻尾をブンブンと振って私に駆け寄ろうとする。
『ピーーーッ!! ピィィィィィッ!!』
そこへ、寝癖を爆発させたシリル様がホイッスルを鳴らしながら突進してきた。
「レッドカード!! 義姉上の『綺麗な花が見たい』をどう拡大解釈したら、城よりデカい世界樹が生えてくるんですか!! 日照権の侵害! 近隣生態系の破壊! 完全にやりすぎです!!」
「黙れシリル! リリアは『たくさん咲いていたら』と言ったのだ! だったら世界を覆い尽くすほどの花を咲かせるのが、誇り高き番犬の務めだろう!!」
「……やれやれ」
騒ぎを聞きつけたヴィクトル様が、首をボキボキと鳴らしながら現れた。
「お嬢さん。犬ってのはな、飼い主を喜ばせようとして、自分の体のサイズも考えずにデカい獲物を仕留めて見せびらかしに来るんだ。……そこでただ怒るだけじゃ、犬は拗ねる。だが、受け入れれば次はもっとデカい獲物(災厄)を持ってくるぞ」
「(褒めつつ、叱る……!)」
私は深く息を吸い込み、世界樹を誇らしげに指差しているユリウス様の前に立った。
「ユリウス様。『お座り』」
「キャンッ!」
ユリウス様は瞬時に土下座の姿勢で待機した。
「……私のために、一晩中寝ずに頑張ってくれたんですね」
「そうだ! 君の笑顔のためなら、この命すら……!」
「その気持ちは、とても嬉しいです。ありがとう。……でも!」
私は、ビシィッ!と世界樹を指差した。
「サイズがおかしいです!! 私は紅茶を飲みながら眺めたいと言ったんです! こんな城より大きな木が生えたら、日陰になって紅茶も美味しく飲めません!! やりすぎは『ダメ』です!!」
私が怒ると、ユリウス様の幻覚の耳が、シュン……と音を立てて垂れ下がった。
「ダ、ダメ、なのか……? 君を喜ばせたかったのに……私は、また失敗を……」
「失敗じゃありません! 気持ちは一〇〇点満点です! ですから、これを『私にピッタリのサイズ』に直しなさい!!」
「私に、ピッタリの……!」
ユリウス様は弾かれたように顔を上げた。
私の「褒めて叱る」という飴と鞭のコマンドが、彼の二十五歳の有り余る情熱に、完璧な方向性を与えた瞬間だった。
「おおおおおっ!! ご主人様の御意のままに!!」
ユリウス様は世界樹に向かって両手をかざした。
ズゴゴゴゴゴッ!!
恐るべき圧縮魔法。数百メートルあった世界樹と極彩色の花々が、ユリウス様の魔力によってみるみるうちに小さく、高密度に凝縮されていく。
そして数分後。
私の目の前には、美しく輝く小さな一輪の花が残された。
「……リリア。君のために」
ユリウス様は膝をつき、その一輪の花を私に差し出した。
「わぁ……。すごく綺麗……」
「警告。その花、世界樹の質量と魔力を極限まで圧縮した結果、重さが約十トンあります。受け取れば義姉上の腕が物理的にもげます」
「(重すぎるわ!!)」
結局、世界一重い花束(物理)を受け取ることはできず、花は中庭の特製台座に飾られることになった。
暴走する二十五歳の過剰奉仕は。
ヴィクトル様の助言と私の「褒めて叱る」コマンドによって、城の崩壊という最悪の事態を免れた。
少しずつ、本当に少しずつだが、狂気のヤンデレ公爵は、私の手綱さばきによって「破壊者」から「ちょっと重すぎる愛犬(夫)」へと、形を変えつつあるのだった。




