首輪を外したら旦那様が号泣!〜「完璧な公爵モード」の命令で外交を乗り切ります〜
私が「待て」「お座り」といったコマンドで、ヤンデレ公爵であるユリウス様を完全に『飼い慣らす(制御する)』ことに成功してから数日。
「ハッハッハ! ご主人様、今日の散歩コースはどこにする!? 私は無尽蔵の体力を持つ若き公爵だ! 君が望むなら、この足で隣の大陸まで君を背負って走るぞ!!」
私の足元で、ユリウス様は服の下に隠したオリハルコンの首輪をチラつかせながら、幻覚の尻尾をちぎれんばかりに振っていた。
……そう、彼はまだ二十五歳。
圧倒的な魔力と権力を持ちながら、若さゆえの有り余るエネルギー(ヤンデレの源)を、現在はすべて『私への忠犬アピール』に全振りしているのだ。
「(若くて体力があるのはいいことだけど、毎日これだと私が疲労で倒れそう……)」
私がため息をついた、その時だった。
「……緊急事態です、義姉上。従兄殿」
シリル様が、血相を変えて寝室に飛び込んできた。
その後ろから、ソフィア様がバインダーを抱えて早足で続く。
「本日の午後、王家から『特別監査官』が急遽この城を訪問することになりました。先日、軍事国家の王女が逃げ帰った件で、公爵家の現状と国交への影響を調査しに来るようです」
「王家の監査官……!?」
私は青ざめた。
「分析」ソフィア様が冷徹に告げる。
「現在、従兄殿の精神状態は『義姉上の忠犬』です。監査官の前で四つん這いになったり、服の下の首輪を見せびらかしたりすれば、公爵家は狂人の巣窟として王家から取り潰しを受けます」
「まずいです! ユリウス様、すぐにその首輪を外してください! 今日だけは、普通の『立派な公爵』に戻ってもらわないと!」
私は慌てて、ユリウス様の首に手を伸ばした。
――しかし、それが最悪のスイッチを押してしまった。
「……外す、だと?」
ユリウス様の氷の青い瞳から、スッと光が消えた。
振られていた幻覚の尻尾がダランと垂れ下がり、その端正な顔が、絶望に青ざめていく。
「いやだ……いやだぁぁぁっ!! 私の、私とご主人様を繋ぐ愛の鎖(首輪)を奪わないでくれぇぇぇっ!!」
ドワァァァァァァッ!!
ユリウス様の全身から、絶望と悲哀に満ちた絶対零度の魔力が爆発した!
「ひぃっ!? 部屋が凍っていく!」
「君が首輪を外すということは、私を捨てるということだ! もう番犬はお払い箱だというのだな!! ああ、私は捨て犬だ! 保健所(地下牢)行きだ!! 悲しい! 寂しい!! 吹雪け、我が悲しみの氷河期よぉぉぉっ!!」
二十五歳の健康優良ヤンデレによる、全力の『分離不安(捨て犬のパニック)』である。
城の窓ガラスがバキバキと凍りつき、室内には猛烈なブリザードが吹き荒れ始めた。
「ピーーーッ!! 義姉上、首輪というアイデンティティを奪われて狂暴化しています! 早く次のコマンドを!!」
シリル様が凍りつきながらホイッスルを吹く。
「……やれやれ、手のかかる駄犬だ」
そこへ、騒ぎを聞きつけたヴィクトル様が、葉巻を吹かしながら部屋に入ってきた。
「ヴィクトル様! どうしよう、首輪を外そうとしたら捨てられると勘違いして……!」
「お嬢さん。犬ってのは役割(仕事)を与えられないと不安になる生き物だ。『外す』じゃなく、別の『役目』を与えてやれ。お前ならできるはずだぜ」
役割を与える。
私はハッとして、猛吹雪の中心で号泣しているユリウス様に向かって、両手をパンッ!と強く叩いた。
「ユリウス様! 注目!!」
「ヒック……! ご、ご主人様……?」
ユリウス様がビクッと肩を震わせ、私を見た。
「首輪は外しません! 服の下につけたままでいいです! その代わり、今からあなたに『新しい仕事』を与えます!!」
「新しい……仕事?」
ユリウス様の目に、期待の光が戻った。
「そうです! これから来る監査官の目を誤魔化すための、特別な任務です! ――コマンド『完璧な公爵モード』!! 私の誇り高き、美しく賢い、二十五歳の若き当主を完璧に演じなさい!!」
私がバシィッ!と指を突きつけた瞬間。
ピタァッ……。
室内の猛吹雪が一瞬にして止み、凍りついていた空気がスッと元に戻った。
「……承知いたしました。我が愛しき主」
ユリウス様は、先ほどまでの「捨て犬の顔」を完全に消し去り。
背筋をピンと伸ばし、乱れた服を優雅に整え、冷徹で知的な、誰もがひれ伏す『完璧な氷の公爵』の顔へと一瞬で切り替わったのだ。
「(す、すごい……! 本当に一瞬で『外行きの顔』になった!)」
「記録。従兄殿のステータスが『捨て犬』から『SSR級の完璧な貴族』へと瞬時に切り替わりました。義姉上のコマンド入力によるモードチェンジ、大成功です」
ソフィア様がバインダーに花丸を書いた。
その午後。
城の応接室には、王家から派遣された厳格な老監査官が座っていた。
「……公爵閣下。軍事国家の王女が逃げ帰った件、王家は重く見ております。あなたは若き二十五歳という年齢ゆえ、血気にはやり、強硬な態度に出たのでは……」
「お言葉ですが、監査官殿」
ユリウス様は、氷のように冷たく、しかし極めて論理的で威厳に満ちた声で答えた。
その立ち振る舞い、言葉選び、紅茶を飲む仕草。どれをとっても『完璧な若き天才公爵』そのものであり、狂気の片鱗など一ミリも感じさせない。
「我が領地は、国境の防衛という重大な責務を担っております。王女の甘言に乗らず、毅然たる態度で国益を守ることこそ、私の義務。……それが、王家の御心に反すると?」
「うっ……! い、いや、そういうわけでは……」
ユリウス様の圧倒的なオーラ(公爵モード)の前に、老監査官は完全に気圧され、タジタジになっていた。
しかし。
隣に座っている私だけには、見えていた。
(……ユリウス様、顔はすっごく凛々しくてカッコいいのに、テーブルの下の足が『ちゃんとできてる!? 僕、ちゃんといい子にできてる!?』って感じで、小刻みにタップダンスみたいに揺れてるわ……!)
そう、彼は完璧に公爵を演じながらも、内面では「ご主人様に褒められたい」という忠犬の心が大暴れしていたのだ。
「……け、結果として国益が守られたのであれば、王家もこれ以上は追及いたしません。公爵閣下の若き才覚、お見事です」
「恐悦至極に存じます」
監査官が冷や汗を拭いながら馬車で帰っていくのを見送った瞬間。
「ハァッ……ハァッ……!! 終わったぞリリア!! 私の『完璧な公爵モード』はどうだった!? 偉かったか!? 撫でてくれるか!?」
ユリウス様は瞬時に『忠犬モード』へと回帰し、私の足元にスライディング土下座を決めて、目をキラキラと輝かせた。
「は、はい……。とっても立派でしたよ、ユリウス様。よしよし……」
「クゥ~ン……!! 至福……!!」
私が頭を撫でてやると、ユリウス様は服の下の首輪を鳴らしながら、幸せそうに目を細めた。
ヤンデレ公爵の『犬化』は留まることを知らず、私の猛獣使いとしてのスキルだけが、日々のトラブル対応によってメキメキとレベルアップしていくのだった。




