旦那様がオリハルコン製の首輪とリードを持参しました〜『待て』のコマンドで狂犬を散歩させたら、物理的な被害ゼロの最強セキュリティーが完成
私の中に芽生えた「旦那様を他の女に渡したくない」という強烈な独占欲。
それを自覚し、「私の許可なく勝手なことをしないで! お座り!」と命令してしまった翌日。
「おはよう、私の美しきご主人様!! さあ、朝の散歩の時間だ! これをつけて、私を君の好きに引きずり回してくれ!!」
バァァァンッ!! と寝室の扉を蹴破り、ユリウス様が嬉々として突入してきた。
その両手には、無駄に神々しい光を放つ『オリハルコン製の首輪(トゲトゲ付き)』と、絶対に千切れない『ミスリル製の極太チェーン(リード)』が握りしめられていた。
「(……本当に作ってきたぁぁぁっ!?)」
私はベッドの中で頭を抱えた。
軍事国家の王女を退けたのは良かったが、「私がユリウス様を所有する」という事実が、ヤンデレ公爵の性癖の扉を完全に全開にしてしまったのだ。
「さあリリア! 私の首にこの冷たい金属の輪をはめ、君の愛(力)で私の気道を締め上げてくれ! そして王都のメインストリートを這いつくばって歩こう!!」
「絶対嫌です!! どんな羞恥プレイですか! 領民の目が腐ります!!」
『ピーーーッ!! ピーーーーーッ!!!!』
部屋の隅から、シリル様が肺から血が出そうな勢いでホイッスルを吹き鳴らした。
「公爵位の自主的剥奪! および人間の尊厳の完全なる放棄!! 義姉上、今すぐその狂犬を保健所(地下牢)にぶち込んでください!!」
「分析。従兄殿の社会的ステータスが、貴族から『ペット(大型犬)』へとダウングレードしました。公爵家の株価がストップ安です」
ソフィア様も冷徹にバインダーを叩く。
「黙れシリル! ソフィア! 今の私は、誇り高き『リリアの飼い犬』だ! リリア以外の命令など聞かん!!」
ユリウス様は四つん這いになり、私のベッドの足元でハァハァと荒い息を吐きながら尻尾(幻覚)を振っている。
「ユリウス様! 立ちなさい! 四足歩行をやめて!!」
「キャンッ!(はい!)」
私の『命令』が下った瞬間、ユリウス様はビシィッ!と直立不動の姿勢に戻った。
……本当に、シリル様の『概念切断』よりも私の言葉の方が効くようになっている。便利だけど、とてつもなく業が深い。
「散歩には行きます。でも、その首輪とリードは禁止です! 普通の服を着て、私の隣を『二本足』で歩くこと! いいですね!?」
「くっ……! 私の所有者の命令とあらば仕方ない……! だが、せめて服の下にこの首輪を仕込むことだけはお許しいただきたい!」
「見えないなら勝手にしてください!!」
こうして、私たちは「私の護衛」としてヴィクトル様を伴い、王都の街へと出かけることになった。
シリル様とソフィア様は「公爵が粗相をした時の事後処理」のために背後からついてきている。
「ふふっ……いい天気ね」
「ああ、ご主人様。君の歩く道はすべて私が事前にゴミ(不審者)を排除しておくゆえ、安心して肉球(足)を進めてくれ」
ユリウス様は私の斜め後ろを、ピタリと一定の距離(リードの長さ)を保って歩いている。
首元には、服の下に隠されたオリハルコンの首輪が微かに透けて見えており、彼はそれが私の目に入るたびに、恍惚とした表情で身悶えしていた。
「……やれやれ。お嬢さんも、とんでもねぇ猛獣の手綱を握っちまったな」
隣を歩くヴィクトル様が、葉巻を吹かしながら苦笑いした。
「ギルルルルッ……!! ヴィクトルゥゥ……私の飼い主の隣を歩くなど、生意気な……! 噛み殺してやる……!」
ユリウス様がヴィクトル様に殺気を放ち、物理的な氷の牙を錬成しようとした、その瞬間。
「ユリウス様!! 『待て』!!」
私がピシャリと声を張り上げ、右手を突き出した。
ピタァッ!!
ユリウス様は、氷の牙を錬成しかけたポーズのまま、彫像のように完全にフリーズした。
「……ヴィクトル様は私の大切なお客様です! 威嚇しない! 殺気を出さない! いいですね!?」
「クゥン……(申し訳ありません、ご主人様)」
ユリウス様はシュンと肩を落とし、錬成した氷をパリンと砕いて、大人しく私のかかとの後ろへと戻った。
「「「(……す、すげぇ……!!)」」」
背後で、シリル様、ソフィア様、そしてヴィクトル様の三人が、同時に息を呑む音が聞こえた。
「奇跡だ……! あの、魔力無尽蔵でブレーキの壊れたヤンデレ公爵が、義姉上の『待て』の一言で、魔法を自発的にキャンセルしたぞ!?」
「記録。義姉上のコマンド入力による魔力制圧効果、シリルの『概念切断』の消費魔力ゼロに対して、効果は一〇〇%。……完璧なエコシステムです」
「はっはっは! こりゃいい。魔法の無効化より、愛の鎖の方がよっぽど頑丈ってわけだ」
街を歩いていると、前からガラが悪い酔っ払いの男たちが歩いてきた。
彼らは私の姿を見ると、下品な笑みを浮かべて近づいてこようとした。
「ヒック……おいおい、可愛い姉ちゃんじゃねぇか。俺たちと遊ばねぇ?」
いつもなら、この瞬間にユリウス様が「リリアの視界に入った罪で消し飛べ!!」と王都のメインストリートごと隕石で更地にしているところだ。
しかし、今は違う。
「ユリウス様! 『伏せ』! そして『威嚇』だけ!! 殺すのは禁止!!」
「グルルルルルルッ!!!!」
私のコマンドを受けたユリウス様は、瞬時に男たちの目の前に高速移動し、四つん這い(伏せの姿勢)になりながら、魔王の如き凄まじい『殺気と冷気』だけをドワァァァッ!と解放した。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
「な、なんだこの化け物(公爵様)はぁぁぁっ!?」
物理的なダメージはゼロ。しかし、その圧倒的なヤンデレのプレッシャー(威嚇)に当てられた男たちは、白目を剥いてその場でパタパタと気絶してしまった。
「よしよし! 偉いですね、ユリウス様!」
「ハッハッハ! 褒められたぞ! ご主人様に褒められた! 私はなんて幸せな番犬なんだ!!」
私が頭を撫でてやると(※公衆の面前だが背に腹は代えられない)、ユリウス様は嬉しさのあまり、周囲の気温を五度ほど下げながら歓喜の涙を流した。
「……シリル。これは、ある意味で究極の平和かもしれません」
ソフィア様がバインダーを閉じた。
「従兄殿の暴走を義姉上が完全にコントロールし、威嚇のみで外敵を排除。
街への物理的被害はゼロ、死傷者ゼロ。……防衛システムとしては、国家最高レベルです」
「だが、私の胃は痛い! 義姉上に『よしよし』されて喜んでいる公爵の姿など、正視に耐えん!!」
シリル様は胃薬を水なしで飲み込んだ。
お散歩(街ブラ)を終え、城へ戻る道すがら。
私は、自分の足元で「次はフリスビーでも投げますか!?」と目を輝かせているユリウス様を見下ろしながら、どっと疲労を感じていた。
「お疲れさん。見事な猛獣使いっぷりだったぜ」
ヴィクトル様が、笑いながら私に冷たいジュースを渡してくれた。
「……ありがとうございます。でも、ユリウス様から逃げ回っていた時とは、また違った意味で精神力が削られますね……」
「まぁな。愛されるだけじゃなく、愛して、制御する。それが『手綱を握る』ってことの責任さ」
ヴィクトル様は、私の頭をポンと叩いた。
「ガウッ!!(気安く触るな!)」
「ユリウス様! 『ハウス』!!」
「クゥン……(はい、城に戻ります……)」
私の二度目の人生の平穏は。
「逃げる」というフェーズを終え、今度は「最強のヤンデレ魔人を、コマンド一つで完全制御する」という、猛獣使い(ビーストテイマー)としての新たな、そして果てしなく疲れる日常へと突入していくのだった。




