「旦那様への独占欲を自覚した結果〜私が命令すると、狂気の公爵が『究極の所有権の行使!』と歓喜して伏せをします!〜」
軍事国家から来たエルザ王女による卑劣な脅迫に対し、私の中に眠っていた『ユリウス様への独占欲』が爆発してしまったお茶会。
「ポッと出の小娘に、私の旦那様は絶対に渡しません!!」
その私の宣言を聞いた瞬間、上空で光学迷彩により監視していたユリウス様が、歓喜のあまりガゼボ(あずまや)の屋根を粉砕して降臨し、中庭は瓦礫と爆煙に包まれていた。
「おおおおおっ……! リリアァァッ! 私の愛しい妻よぉぉっ!!」
もうもうと立ち込める土煙の中で、ユリウス様は私の腰にすがりつき、顔をドレスに埋めて号泣していた。
「君が……君の口から『私の旦那様』と言ってくれた! 私を独占したいと、他の女に渡さないと宣言してくれた!! ああ、なんという幸福! なんという至福!! 私は今、君の愛の鎖にきつく縛り上げられて、呼吸すら甘美な痛みを帯びている!!」
「ユリウス様、ドレスが涙と鼻水でぐしゃぐしゃです! 離れて!!」
「離れん! 一生離れん!! 私は君の所有物だ!!」
ヤンデレ公爵のテンションは、物理的なメーターがあれば間違いなく振り切れて爆発四散しているレベルだった。
「……ううっ……な、何なのよ、このバケモノ……」
瓦礫の隙間で、気絶から目を覚ましたエルザ王女が、ガタガタと震えながら後退りしている。
その声に反応し、ユリウス様がピクリと顔を上げた。その氷の青い瞳に、冷酷な殺意が宿る。
「そうだ、この虫ケラ……。私のリリアを脅し、あまつさえ国を火の海にすると抜かしたな」
「ひぃぃっ!?」
ユリウス様はスッと立ち上がり、空に向かって両手を広げた。
「リリアが私を独占してくれるというなら、私はその愛に応えねばならない! リリアの美しい視界に二度とこのゴミが映らないよう、今すぐ単身で隣国へ飛び、軍事国家ごと絶対零度の氷河期に沈めてやろう!!」
「ピッ!! ピーーーッ!! 従兄殿、個人による単独での国家間戦争の開戦は、国際法違反の極みです!!」
木陰からシリル様がホイッスルを吹き鳴らしながら飛び出してきた。
「――『概念切断』!!」
シリル様が光の刃を放つが、今のユリウス様は『リリアからの愛』という最強のバフ(精神的高揚)がかかっており、チート魔法すらも魔力の壁でパァン!と弾き飛ばしてしまった。
「無駄だシリル! 今の私を止めることは、創造神にすら不可能だ! さあリリア、待っていてくれ! 一時間で大陸地図を書き換えて帰ってくる!!」
ユリウス様が空へ飛び立とうとした、その瞬間だった。
「(……行かせない! 私の旦那様が、私の手の届かないところで勝手なことをするなんて!)」
私は、自分でも信じられないほどの声量で叫んでいた。
「ユリウス様、待ちなさい!!!!」
ビタァッ!!
信じられないことに。
空へ飛び立とうとしていたユリウス様の体が、空中で一時停止ボタンを押されたかのようにピタリと静止した。
「……リリア?」
「勝手に国を滅ぼしに行かないでください!! あなたは『私の』旦那様なんでしょう!? だったら、私の許可なく、勝手な行動をとることは絶対に許しません!! 降りてきて、ここにお座りなさい!!」
私は、腰に手を当てて、バシィッ!と地面を指差した。
数秒の、完全な静寂。
シリル様が「……義姉上、さすがにそれは……」と青ざめ、エルザ王女が「あのアマ、公爵を犬扱いして殺されるわ……」と震える中。
ユリウス様は、ワナワナと肩を震わせ、顔を真っ赤にして空からゆっくりと降りてきた。
「……君が、私に……『命令』を、した……?」
「そうです! あなたの所有者は私です! 言うことが聞けないんですか!」
強気に出たものの、内心では(やばい! 怒らせた!?)と冷や汗をかいていた。
しかし、ユリウス様の反応は、私の予想を斜め下にぶち抜いていた。
「おおおおおっ……!! リリアが私を! 支配しようとしている!!」
ズサーーーーーーーッ!!!!
ユリウス様は、凄まじい勢いで私の足元にスライディング土下座(伏せの姿勢)を決め、歓喜に打ち震えながら私の靴のつま先に額を擦り付けた。
「素晴らしいぞリリア! 君のその強気な瞳! 私の行動を完全にコントロールしようとする『究極の所有権の行使』!! ああ、私は今、君の完全なる飼い犬(下僕)になったのだ!! ははぁーっ!! 命令のままに、一生ここに伏せをしております!!」
「(……チョロすぎない!?)」
ガゼボの惨状の中で、ユリウス様はハァハァと荒い息を吐きながら、私の足元で大人しく(物理的には)這いつくばっていた。
「……分析完了」
ソフィア様がバインダーを叩き、無表情のまま冷徹に宣言した。
「義姉上の『独占欲』に基づく命令コマンドが、従兄殿の行動制御において、シリルの『概念切断』を上回る最高優先順位(ルート権限)を獲得しました。……軍事国家の脅威は、去りました」
「バカな……。私のチート魔法が、義姉上の『お座り』に負けただと……?」
シリル様が膝から崩れ落ち、ホイッスルを取り落とした。
「ひぃぃぃ……っ! 頭がおかしい……この国の人間は、全員頭がおかしいわぁぁっ!!」
エルザ王女は、最強の公爵が平凡な女の足元で歓喜の土下座をしている光景に完全に心が折れ、ドレスの裾を振り乱して馬車へと逃げ出していった。
こうして、軍事国家によるハニートラップと国盗り計画は、ヤンデレ夫婦の共依存の前にあっけなく瓦解したのだった。
「……やれやれ。いい面構えになったじゃねぇか、お嬢さん」
遠くのベンチから、ヴィクトル様が葉巻の煙を吐き出しながら近づいてきた。
「ヴィクトル様! 私、なんだかよく分からないうちに、とんでもないスイッチを押しちゃったみたいで……!」
「気にするな。女が男の手綱を握る。それが一番平和で、安全な夫婦の形さ。これでお前も、立派な『猛獣使い』だな」
ヴィクトル様はニヤリと笑い、私の頭をポンと撫でてくれた。
「ギルルルルッ……!! ヴィクトルゥゥゥ! 私の飼い主に気安く触れるな!! 噛み殺すぞ!!」
足元のユリウス様が、本当に番犬のように唸り声を上げた。
「ユリウス様! 待て!!」
「キャンッ!!(はい、待ちます!)」
私がピシャリと言うと、ユリウス様は嬉しそうに尻尾(幻覚)を振って再び伏せの姿勢に戻った。
私は、自分の足元で「次はどんな命令をくれるんだい!?」とキラキラした(血走った)瞳で見上げてくる旦那様を見下ろしながら、深く、深いため息をついた。
軍事国家の王女の襲来は。
私の中に『ヤンデレの素質(独占欲)』を芽生えさせ、ヤンデレ公爵の狂気を力でねじ伏せるのではなく、「飼い慣らす」という新たなフェーズへと私たちの関係を移行させた。
しかし、それは決して平穏の訪れではない。
数日後、ユリウス様が「リリア! 君の所有物である証に、特注のオリハルコン製『首輪とリード』を錬成してきたぞ! さあ、私の首につけて散歩に連れて行ってくれ!!」と嬉々として寝室に突撃してくるという、新たな地獄の始まりに過ぎないのだった。




