「軍事国家の王女がお茶会で牙を剥きました〜旦那様への独占欲が爆発して言い返したら、旦那様が歓喜の涙を流して天井から降ってきました!〜」
軍事国家から派遣された第四王女・エルザによる「色仕掛け(ハニートラップ)でユリウス様を骨抜きにし、国を乗っ取る」という恐るべき計画は、ユリウス様の『リリア以外はすべて背景』という鉄壁のヤンデレ防壁によって、完全に暗礁に乗り上げていた。
「……信じられませんわ。あの公爵、わたくしの魅惑の香水も、魔法の媚薬も、豊満な胸の谷間も、文字通り『一切視界に入れていない』なんて……!」
城の客室で、エルザ王女はギリィッ!と扇子を握り潰していた。
「こうなったら作戦変更です! あの公爵が執着してやまない『平凡な妻』……あのアマを脅しつけ、公爵から自ら身を引くように仕向けますわ!!」
翌日の午後。
私は、城の中庭に設けられた優雅なガゼボ(西洋風あずまや)で、エルザ王女と二人きりの『親善お茶会』に臨んでいた。
「ふふっ……素晴らしいお天気ですわね、リリア夫人」
「え、ええ。本当に……」
私は引きつった笑顔で紅茶のカップを持った。
表向きは「二人きりの穏やかなお茶会」だが、私の左耳にはソフィア様お手製の『小型通信魔導具』が仕込まれている。
『……分析。王女の紅茶から致死性の毒物は未検出。ただし、微量の自白剤および精神操作の魔薬反応あり。飲んではいけません』
(分かってますソフィア様!)
さらに、ガゼボから少し離れた木陰では、シリル様がホイッスルを構えて待機し、その隣のベンチではヴィクトル様が葉巻を吹かして「女の戦い」を高みの見物と決め込んでいる。
そして何より――。
「(……上空五十メートルの空に、完全に『光学迷彩』で気配を消したユリウス様が浮遊してこっちを監視してるのが、私にはビンビン伝わってくるのよ……!)」
昨日『ダンディズム』を投げ捨ててヤンデレに回帰したユリウス様は、「リリアの外交訓練のため」というシリル様の説得により直接の介入は禁じられたものの、空から重圧を垂れ流して私を見守っていた。
「……単刀直入に申し上げますわ、リリア夫人」
エルザ王女は、周囲に誰もいない(と思い込んでいる)ことを確認すると、美しい顔を醜く歪め、本性を現した。
「公爵様と離縁なさい。そして、わたくしにあの男を譲るのです」
「……!」
「わたくしの祖国は、大陸全土を焦土に変えるほどの軍事力を持っています。もしあなたが首を縦に振らないなら……この国ごと、あなたを火の海に沈めてさしあげますわよ?」
エルザ王女の瞳には、冷酷な殺意が宿っていた。
国を盾に取った、卑劣極まりない脅迫。
以前の私なら、「ひぃっ! 命だけはお助けを!」と震え上がり、シリル様に助けを求めていただろう。
――しかし。
「(……私から、ユリウス様を奪う……?)」
その言葉を聞いた瞬間。
私の胸の奥で、先日ヴィクトル様に指摘された『嫉妬』……いや、それ以上の強烈な『独占欲』が、マグマのようにドロドロと湧き上がってきたのだ。
確かにユリウス様は重い。ヤンデレだ。船を素手で押すし、私を鉄のダルマに封印しようとするし、すぐ氷河期を起こそうとする、規格外の迷惑な旦那様だ。
でも。
「……お断りします」
私は、自分でも驚くほど冷たく、低い声で言い放っていた。
「なっ……!? あなた、自分の立場が分かっているの!? 平凡な小娘の分際で!」
「平凡で結構です。でも、彼は『私の』旦那様です」
私は、出された紅茶のカップを、ガチャンッ!!とテーブルに叩きつけた。
「軍事力? 火の海? ふざけないでください。ユリウス様はね、私が『波の揺れが怖い』と言っただけで海を丸ごと凍らせて、私が『砂遊びしたい』と言えば砂浜をダイヤモンドの城に変える男ですよ!?」
「えっ……?」
「あなたの国の軍隊ごときで、あの規格外のヤンデレを操れるとでも思っているんですか!? 一歩間違えれば、あなたの国ごと氷漬けにされて終わりです!!」
私はテーブルから身を乗り出し、エルザ王女をギロリと睨みつけた。
「ユリウス様のあの狂った愛情を受け止められるのは、この世界で私だけです! ポッと出の小娘に、私の旦那様は絶対に渡しません!!」
――言ってしまった。
私はついに、ユリウス様に対する『所有欲』を、正面から叩きつけてしまったのだ。
その瞬間だった。
「おおおおおおおおおおっ!!!!」
上空から、鼓膜を破るような、獣の咆哮にも似た絶叫が轟いた。
「ひぃっ!?」
エルザ王女が空を見上げた時には、もう遅かった。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
私がいるガゼボの屋根を完全に粉砕し、上空に潜んでいたユリウス様が、文字通り『歓喜の涙を滝のように流しながら』一直線に降ってきたのだ!!
「リ、リリアァァァァッ!! 今の言葉、本当だな!? 私は君のものだと言ってくれたな!!」
「ゆ、ユリウス様!? 屋根が! お茶会が!!」
「国ごと氷漬けにされる!? その通りだ! リリアが私を独占してくれるというなら、私は今すぐこの女の国を滅ぼして、世界を君と私だけのものにしてやろう!!」
ユリウス様は、瓦礫の中で私を力強く抱きしめ、顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら雄叫びを上げた。
「ぎゃああああああっ!! バケモノだぁぁぁっ!!」
至近距離で「ヤンデレの完全覚醒」を目の当たりにしたエルザ王女は、恐怖のあまり白目を剥き、その場で泡を吹いて気絶してしまった。
『ピーーーッ!! ピィィィィィッ!!』
木陰からシリル様が血相を変えて飛び出してくる。
「レッドカード!! 従兄殿、屋根を粉砕しての乱入は外交問題です!! ――『概念切断』!!」
「シリル! 今の私には貴様の魔法など効かん! 私は今、リリアの愛(独占欲)によって神へと昇華したのだ!! ハッハッハッハ!!」
「鬱陶しいわ!!」
シリル様の光の刃と、ユリウス様の歓喜の暴走魔力が中和し、中庭に凄まじい爆発が巻き起こった。
「……やれやれ。お嬢さんも、立派に『毒』に染まっちまったらしいな」
遠くのベンチで、ヴィクトル様が葉巻の煙を吐き出しながら、肩を揺らして笑っている。
「……記録」
ソフィア様が、爆風の中で淡々とバインダーにペンを走らせる。
「義姉上のヤンデレ汚染度、規定値を突破。夫婦の共依存プロセスが次のステージへと移行しました」
エルザ王女の卑劣な脅迫は。
私の中に眠っていた『旦那様への独占欲』を完全に目覚めさせ、ユリウス様のヤンデレをさらに悪化(歓喜)させるという最悪のブースターとなってしまった。
気絶する王女と、私を抱きしめて号泣する狂気の公爵。
私の二度目の人生の平穏は、ついに「逃げる」ことから「自分からヤンデレの沼に足を踏み入れる」という、後戻りできない新たなカオスへと突入していくのだった。




