「晩餐会で社交を学びました〜旦那様が『余裕のある男』を演じるのに飽きて、結局いつものヤンデレ公爵に戻ってしまいました!〜」
軍事国家から来た第四王女・エルザのハニートラップ作戦が、ユリウス様の「リリア以外には興味がない」という鋼鉄の意志によって開始五分で崩壊してから数日。
城では、隣国との国交を維持するための『晩餐会』が開かれることになった。
「……いいか、リリア。今日の私は、ヴィクトルから学んだ『余裕のあるダンディな男』を完璧に体現する。決して、君に言い寄る男たちを物理的に排除したり、城を氷漬けにしたりはしない」
「……はい、期待しています。今日こそ、本当に普通に……」
私はモノクルを光らせるユリウス様に、一抹の不安を覚えつつも頷いた。
ヴィクトル様の「大人の男」の教えを吸収しようとするユリウス様は、最近、以前のような狂ったようなポエム絶叫や暴走をしなくなった。
その代わり、やたらとキザなセリフを吐き、常に余裕の笑みを絶やさない、不自然なほどの『紳士』になっている。
……正直、以前のヤンデレ全開のユリウス様の方が、感情が分かりやすくて安心できた気がするのだけれど。
晩餐会場は、極めて華やかだった。
私はユリウス様の腕を組み、会場の中央を歩く。
ヴィクトル様は、相変わらず会場の隅で静かに酒を飲んでいる。
エルザ王女が、ユリウス様にシャンパングラスを差し出した。
「公爵様、乾杯しませんこと? このワインには、特別な『魔法』が込められておりますの……フフッ」
彼女の瞳には、明らかにユリウス様の意識を混濁させ、骨抜きにするための魔術的スパイスが含まれている。
シリル様がホイッスルを手に取ろうとしたが、私はそれを手で制した。
(ダメです、シリル様。今、ユリウス様は『ダンディな男』を演じているんです。自分で気づいて対処するはず……!)
ユリウス様は、エルザ王女からグラスを受け取ると、ゆっくりと唇を近づけた。
会場全体が、王女の計画が成功するのを固唾を飲んで見守る中――。
ユリウス様は、グラスを一口も飲まずに、パシッ!と床に叩きつけた。
「……何の真似だ? このワインに含まれる『魔術的媚薬』の甘ったるい匂いが、リリアの可憐な香りを汚している」
「な、なんですって!?」
ユリウス様の余裕の笑みが、一瞬にして冷酷な『氷の笑み』へと変貌する。
彼はエルザ王女の目の前まで歩み寄り、その頬を優しく、しかし容赦なく締め上げた。
「私のリリアを堕落させようと、このような小細工を弄するとは……。ヴィクトルから学んだ『余裕』とやらは、ゴミを掃除するのには向いていないようだな」
「ゆ、ユリウス様! 落ち着いて!」
私が止めに入ると、ユリウス様は私の手を取り、背中に回して、まるで抱きしめるようなポーズで会場を見回した。
そこには、これまで必死に抑え込んでいた『ヤンデレ』と、新しく学んだ『ダンディズム』が最悪の形で融合した姿があった。
「……リリア。私は悟ったぞ。あのヴィクトルという男の教えは、私には合わない」
「えっ?」
「余裕を持つということは、君を巡る『害虫』どもに、君に触れる隙を与えるということだ。……それは私の愛ではない!」
ユリウス様は、エルザ王女を睨みつけたまま、空中に向かって右手を振りかざした。
「――『愛の隔離壁』!!」
バァァァァン!!
会場の中央に、私とユリウス様を囲むように、分厚い魔力の壁が発生した。
これにより、誰も私たちに近づくことができなくなった。
「シリル! ソフィア! もういい! ヴィクトルのダンディズムなど、リリアへの愛の前では無価値だ!! 今夜は、この会場の全員を『リリアを見る権利のない罪人』として処理する!!」
「「「ぎゃああああああああっ!!」」」
会場中がパニックに陥る中、私は気づいた。
ユリウス様の『ダンディズム修行』は、失敗したのだ。
結局のところ、彼は「余裕のある男」を演じるよりも、「自分だけの独占欲」を剥き出しにする方が、魂の底から落ち着くらしい。
「ピッ……! ピーーーッ!! 威嚇! 脅迫! 空間の私物化!! 減点一万です!!」
「警告! 会場全体の安全装置が作動しました。物理的な封鎖が行われています!」
シリル様とソフィア様が駆け寄ってくるが、今のユリウス様はもはや止まらない。
「リリア、聞け! あの王女が何を企もうと、私の愛の重力には勝てん! この空間で、君と二人きりで、一生かけて私の愛を語り合おう!!」
……そうして私は、百八層の重金属ダルマの時と同じく、今度は『魔法の檻』の中へと閉じ込められた。
エルザ王女のハニートラップ作戦は、開始一分で消滅し、残ったのは「ヤンデレ公爵がまたしても会場を封鎖した」という、いつもの光景だった。
シリル様の無効化魔法と、ヴィクトル様の(あきれ果てた)溜息が飛び交う中。
私の二度目の人生の平穏は、やっぱり「普通」の社交会という概念から、光の速さで遠ざかっていくのだった。




