寄港地で最強のオジ様をスカウトしました〜軍事国家の王女が色仕掛けで旦那様を堕とそうとしていますが、旦那様の愛の防壁が鉄壁すぎて蚊帳の外です
豪華客船オーシャン・パール号でのカオスな旅も、ついに終わりを迎えた。
私たちは大陸の終着港に降り立ち、船に乗り合わせていた乗客たちの熱狂的な(脱出の)歓喜の渦を後にした。
船のタラップを降りながら、私は隣を歩くヴィクトル様の背中を見つめ、寂しさと名残惜しさに胸を詰まらせていた。
「ヴィクトル様……。ここでお別れなんですね」
「ああ。俺の旅路は海の上だ。……じゃあな、お嬢さん」
ヴィクトル様は、相変わらず渋い笑みを浮かべて背を向けようとした。
私は反射的に、そのコートの裾を掴んでいた。
「あの! ヴィクトル様! よろしければ……私たちの城に来ていただけませんか!」
周囲が静まり返った。
シリル様がホイッスルを鳴らす暇もなく、ヴィクトル様がキョトンとした顔で振り返る。
「城? この狂犬(旦那)がいるところに、か?」
「はい! あなたの強さと、その大人の余裕……そして何より、あなたと一緒にいる時の安心感を、これからも感じていたいんです! 私の護衛という名目で、どうか!」
ヴィクトル様はしばし沈黙した後、呆れたように笑った。
「……やれやれ。俺を『安全圏』として雇いたいってわけか。お嬢さんのその切実な顔に免じて、少しだけ付き合ってやるよ」
「本当ですか!?」
「やったわ。強力なガードマンの確保です。従兄殿のヤンデレ検知率も向上しますし、歓迎しましょう」
「私も賛成です。ヴィクトル氏の戦闘データは、私のバインダーの空白を埋めるのに最適です」
シリル様とソフィア様の賛同も得て、私たちはそのまま、私の二度目の人生の舞台である、あの『カオスな城』へと帰還することになった。
城に戻った私たちを待っていたのは、かつてないほど険しい顔をした国王陛下だった。
「……よくぞ戻った。だが、笑い事ではない事態が起きている」
「陛下、一体何が?」
シリル様が跪くと、陛下は重々しく口を開いた。
「我が国の隣国が、大陸を支配せんとする軍事国家の傘下に入った。それだけではない……今、その軍事国家から『親善使節団』として、第四王女がこの城に滞在している」
「軍事国家の王女が、我が城に?」
ユリウス様がモノクルを光らせ、眉をひそめた。その時、豪華な扉が開き、一人の美女が現れた。
黄金の髪に、宝石のように透き通った紫の瞳。
完璧なプロポーションを極薄のドレスで包んだ、この世のものとは思えない美女――軍事国家から来た第四王女、エルザだった。
「初めまして、公爵様。わたくし、エルザと申します。両国の友好のために、しばらくこちらでお世話になりますわ……フフッ」
エルザ王女は、ユリウス様の腕に妖艶な仕草で絡みついた。
その瞳は獲物を狙う蛇のようにギラつき、彼女の背後に立つ軍事国家の使節団たちは、ユリウス様を骨抜きにして国を内側から崩壊させる計画の成功を確信してニヤついている。
「ユリウス様……! 仲良くしましょう?」
エルザ王女は、胸元を大きく開けたドレスでユリウス様の腕をスリスリと撫で、上目遣いで甘く誘惑した。
王女が放つフェロモンに、周囲の騎士たちは鼻の下を伸ばし、顔を赤らめる。
しかし。
ユリウス様は、エルザ王女が絡みついている腕を、まるで『そこに何もないかのように』無表情で払い除けた。
「……誰だ。この虫ケラは」
「えっ?」
「リリア。お腹が空いたな。君の淹れてくれた紅茶が飲みたい。……この女は君の視界を遮っているから、今すぐ追放するか、地下牢に放り込んでおこうか?」
「い、いえ! 使節団の方ですから、そんなことしたら戦争になります!」
「ふっ……そうか。ならば仕方ない」
ユリウス様は、王女の存在を完全に『背景』として扱い、私だけを見て極上の笑顔を浮かべた。
「エルザとやら、君のその香水の匂いはリリアの紅茶の香りを邪魔する。二メートル離れろ。さもなくば、その喉を『氷』で塞ぐ」
エルザ王女は真っ赤になり、震えながら後退りした。
最強のハニートラップ要員が、ユリウス様の愛の深さ(=他の女への無関心)という防御壁の前で、文字通り蚊帳の外に置かれているのだ。
その様子を、私は冷ややかに、しかし胸の奥でチリチリと燃えるような痛みを感じながら見ていた。
(……なんで、こんなに腹が立つの?)
今までなら「ああ、ユリウス様が他の女に惑わされなくてよかった!」と安心していたはずだ。
なのに、今の私は違う。
エルザ王女がユリウス様の腕に触れるたび、私の心は強烈な不快感に支配される。
ユリウス様が彼女を払い除けた時、本来ならホッとするはずなのに、どこか「自分だけのもの」という所有欲が頭をもたげ、胸の奥がキュッと締め付けられるのだ。
「……ねえ、ヴィクトル様」
私は隣に立つヴィクトル様の背中に、指先で小さく触れた。
「今の私、ちょっと変ですよね。ユリウス様に他の女が近づいてるのに、それを『安心』じゃなくて『嫌だ』って感じてるんです」
ヴィクトル様は、煙草の煙を吐き出しながら、低く笑った。
「……嫉妬ってやつさ、お嬢さん。今までお前は、その坊主の愛を『恐怖』でしか見ていなかった。だが、愛は受け取る側が変われば、形を変えることもある」
「嫉妬……私が、ユリウス様に?」
私は自分の胸を押さえた。
確かに、アイマスクをして「余裕」を演じるユリウス様や、私だけを真っ直ぐに見つめる彼の瞳を、最近、少しだけ「愛おしい」と思ってしまっている自分がいた。
「フン。エルザよ、無駄だ。俺の心はリリア以外には氷河だ」
そんなユリウス様が、私を見てニコリと笑う。
その笑顔に、私は初めて「殺されたい(束縛されたい)」という恐怖ではなく、純粋な胸の高鳴りを感じていた。
軍事国家から来た王女の色仕掛け(ハニートラップ)は。
「リリア以外には興味がない」というユリウス様の鉄壁の愛によって、開始五分で崩壊した。
しかし、その代わりに、私の中に眠っていた『ユリウス様に対する嫉妬』という、新たな地獄(ヤンデレへの入り口)が産声を上げる結果となったのだった。
シリル様が「警告。義姉上の脳内ホルモンバランスに異常を確認しました」と冷たく呟き、ソフィア様が「恋の病、進行中です」とバインダーにメモを書き込む中。
私の二度目の人生の平穏は、ヤンデレ公爵の愛を「自分だけのものにしたい」という欲望へと姿を変え、新たな嵐の予感を告げているのだった。




