↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/100

「初めてのお散歩は完全武装の騎士団と共に〜実家からの手紙が燃やされました!〜」

二度目の人生が始まり、冷酷公爵様との甘く危険な結婚生活も一週間が経過した。


 この一週間、私はどうしていたかというと――文字通り、本邸の最上階にある豪奢な寝室から『一歩も』出ていない。


「……はあ」


 レースのカーテン越しに降り注ぐ柔らかな陽光を浴びながら、私は長椅子の上で深々と溜息をついた。


 私の体調を気遣う(という名目のスパイ監視)ユリウス様により、私は部屋に完全に軟禁されていた。


食事も着替えも入浴も、すべてこの広い私室に備え付けられた設備と、ごく一部の厳選されたメイドの手によって行われている。


 そして何より私を疲弊させているのは、毎晩のように(時には昼間から)行われる、ユリウス様による過剰な愛情表現だった。


(あの人、本当に『氷の公爵』なの……? 私、体力がもう限界なんですけど……)


 私が少しでも不安そうな顔をしたり、外に出たい素振りをしたりすると、彼はすぐに「寂しいのか」「愛が足りないのか」と勝手に解釈し、有無を言わさず私をベッドに押し倒してくるのだ。


 慰謝料をもらって円満離婚するどころか、このままでは文字通り彼に『食べ尽くされて』しまう。


 これではいけない。どうにかして、この異常な軟禁状態から抜け出すきっかけを作らなければ。


「……よし!」


 私は気合を入れて長椅子から立ち上がった。


 ちょうどその時、部屋の扉が開き、午前中の会議を終えたユリウス様が戻ってきた。


今日も彼は、私と一緒に過ごすために執務を邸に持ち帰ってきたらしい。


彼の後ろには、書類の山を抱えた文官たちが涙目で控えているのが見えた。


「リリア。ただいま。君の顔を見ないと、どうにも息が詰まってしまってね」


 ユリウス様は文官たちを廊下に残したまま部屋に入り、一直線に私のもとへ歩み寄ると、甘い香りを漂わせながら私をきつく抱きしめた。


 いつものように首筋にキスを落とされそうになるのを、私は両手で彼の胸板を押して必死に防いだ。


「あ、あの、ユリウス様! お帰りなさいませ!」


「ん? どうした? なぜ私を拒むんだい? まさか、私のいない間に誰か不届き者が君に触れたか……?」


 一瞬でユリウス様の声の温度が下がり、青い瞳に物騒な光が宿る。


 廊下にいた文官たちが「ひぃっ」と悲鳴を上げて後ずさるのがわかった。


「ち、違います! 誰も私に触れておりません! そうではなくて……その、お願いがあるのです!」


「お願い? ……ああ、君が私に何かをねだってくれるなんて。なんだい? 隣国の宝石か? それとも、王都の劇場を貸し切ろうか?」


「そんな大げさなものではありません! 私……お庭を、お散歩したいのです」


 私の言葉に、ユリウス様はピタリと動きを止めた。


「お庭を?」


「はい。このお部屋はとても素敵ですが、ずっとここにいると息が詰まってしまって。今日はとてもお天気が良いですし、中庭の薔薇が見頃だとマリーから聞きました。少しだけ……本当に少しだけでいいので、外の空気を吸いたいのです」


 私は前世の記憶を頼りに、彼が絶対に断れないであろう『上目遣い』を繰り出した。


 といっても、ただ必死に彼を見上げているだけなのだが。


 ユリウス様は眉間にシワを寄せ、ひどく葛藤しているような顔をした。


「……外は危険だ。風邪を引くかもしれないし、毒を持った虫がいるかもしれない。何より、君のその美しい姿を、私以外の他の男(使用人や護衛)に見られるのは耐え難い」


(出た! スパイを外に出さないための完璧な言い訳!)


「だ、大丈夫です! 温かいショールを羽織りますし、ユリウス様が……ご一緒にいてくださるなら、私は安心です」


 本当は一人になりたかったのだが、彼がそんなことを許すはずがないと学んでいた私は、最初から『同伴』を条件に組み込んだ。


 すると、ユリウス様の表情がパァッと明るくなった。


「……私と、一緒に? 君から私を誘ってくれるのか?」


「は、はい。旦那様と一緒にお庭でお茶をいただけたら、どんなに素敵かと思いまして……」


 引きつりそうになる頬の筋肉を必死に抑え、作り笑いを浮かべる。


 ユリウス様は「ああ……」と深い溜息をつき、私の額に優しく口づけた。


「わかった。君がそこまで望むなら、少しだけ中庭を歩こう。だが、決して私の側から離れないと約束してくれ」


「はい! ありがとうございます!」


 私は心の中でガッツポーズをした。


 一週間ぶりの外! これで少しは邸内の構造を把握できるし、運が良ければ逃走経路(いつか来る円満離婚の時のため)の確認もできるかもしれない!



 三十分後。



 着替えを済ませた私は、ユリウス様にエスコートされて、一週間ぶりに部屋の扉の外へと足を踏み出した。


「さあ、私の腕にしがみついているんだよ。足元が危ないからね」


「はい……」


 廊下を歩くだけで、周囲の使用人たちが壁際に張り付き、最敬礼をして私たちを見送る。


 大階段を下り、邸の裏手に広がる広大な中庭へと出た瞬間、私は眩しい太陽の光に目を細めた。


(ああ、外の空気……! 風が気持ちいい……!)


 前世では、離宮から出ることを許されず、窓の隙間からこっそりと見るだけだった美しい薔薇園。


 今、私は公爵夫人として、堂々とこの庭を歩いている。


それだけでも、少しだけ胸が熱くなった。


 しかし――その感動は、わずか数秒で打ち砕かれることになった。


「あの、ユリウス様……。これは、一体……?」


「ん? どうした?」


 私が指さした先。


 色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園の周囲を、完全武装の精鋭騎士たちが、重たい鉄の盾を構えてズラリと円陣を組んで囲んでいたのである。


 その数、ざっと五十人は下らない。


 さらに、上空にはユリウス様が張ったと思われる、半透明の巨大な魔力結界がドーム状に展開され、鳥一匹、虫一匹すら侵入できないようになっていた。


(何これ!? 要人の暗殺を防ぐための鉄壁の布陣!?)


「風が少し強いからね。君が冷えないように、風除けの結界を張った。それに、万が一にも不審者が君に近づかないように、私の直属の騎士団に警備をさせている。これで君も安心して散歩ができるだろう?」


「い、いや……景色が……薔薇よりも騎士様たちの厳つい鎧の方が多いのですが……」


「薔薇など、君の美しさの前では霞んでしまうから見る必要はないさ。それよりも、私を見ていておくれ」


 ユリウス様は満面の笑みでそう言うと、私の腰をグイッと引き寄せ、ほとんど抱き抱えるようにして歩き始めた。


 周囲の騎士たちは、私たちがいちゃつく様子を直視しないよう、皆一様に空を見上げたり、地面の蟻を数えたりして必死に視線を逸らしている。


(恥ずかしい! 完全に公開処刑じゃないの、これ!!)


 円満離婚のための逃走経路の確認など、この鉄壁の警備の前では絶対に不可能だと悟り、私は絶望に打ちひしがれた。


 結局、厳重な包囲網の中で用意された東屋(あずまや)の席に着き、私は味のしない紅茶をすすることになった。


「美味しいかい、リリア? 君のために、東の国から取り寄せた最高級の茶葉だ」


「ええ、とても……(胃が痛い)」


 ユリウス様は私の隣にぴったりと座り(向かいの席は空いているのに)、私の髪を撫でたり、指先にキスをしたりと、相変わらずの溺愛(という名の過剰接触)を続けている。


 私は周囲の騎士たちの気配に縮こまりながら、早くこのお茶会が終わらないかと祈っていた。



 その時だった。



 庭園の入り口の辺りが騒がしくなり、初老の執事長が青ざめた顔で小走りに近づいてきた。


 彼は結界の前で立ち止まり、深く頭を下げた。


「旦那様! 恐れながら、申し上げます!」


「……何だ。私とリリアの邪魔をするなと言っておいたはずだが」


 甘かったユリウス様の声が、一瞬にして絶対零度の氷に変わる。


 執事長はビクッと体を震わせながらも、声を張り上げた。


「も、申し訳ございません! しかし、その……門の前に、リリア奥様のご実家である、男爵家からの使者が参っておりまして……っ!」


「……!」


 『男爵家』という言葉を聞いた瞬間。


 私の心臓が、ドクンッと嫌な音を立てて大きく跳ねた。


(実家……お父様とお母様からの、使い……!?)


 忘れるはずもない。


 前世の私を道具として扱い、愛のない政略結婚で公爵家に売り飛ばし、そして最後には――私を暗殺するために毒使いを送ってきた、あの冷酷な両親。


 全身の血の気が引き、持っていたティーカップがカチャカチャと音を立てて震え始める。


(どうして!? 前世では、結婚した後は完全に私を見捨てて、一度も連絡なんてよこさなかったのに!)


 パニックに陥る私の頭に、恐ろしい推測が浮かんだ。


(そうだ! 私は実家からスパイとして送り込まれたんだった! 一週間も私から報告がないから、痺れを切らして連絡を取ろうとしてきたんだわ!)


 もしこの連絡のせいで、私がスパイだとユリウス様にバレてしまったら?

 いや、ユリウス様は最初から気づいているはずだ。


だから私を軟禁して警戒しているのだ。


 ここで実家と接触してしまえば、「やはり裏で繋がっていたのか」と完全に黒認定され、即座に処刑されてしまうかもしれない!


「ゆ、ユリウス様……! 違います、私、何も知りません……っ!」


 私は恐怖で涙目になりながら、隣に座るユリウス様の袖を必死に掴んだ。


 私が実家の名を聞いて震え上がっているのを見たユリウス様は、氷のように冷たい瞳のまま、ゆっくりと立ち上がった。


「……リリア。君はここにいなさい。私が片付けてくる」


「だ、旦那様……!」


 ユリウス様は私を東屋に残し、結界の入り口へと歩み寄った。


 彼が指を鳴らすと、結界の一部がスッと開き、執事長が青ざめた顔で男爵家の紋章が入った封筒を差し出した。


「使者は、リリア奥様に直接お会いして、ご両親からのお手紙をお渡ししたいと申しております。なんでも、『公爵家に嫁いだ娘が、しっかりと役目を果たしているか確認したい』と……」


「……役目、だと?」


 ユリウス様の声が、地鳴りのように低く響いた。


 周囲にいた騎士たちが、主の放つ異様な殺気に耐えきれず、次々と片膝をついて冷や汗を流し始める。


 東屋にいる私まで、肌がビリビリと痺れるような圧倒的な魔力の圧を感じた。


(ああ、終わった……! 『役目を果たしているか』なんて、完全にスパイ活動の進捗確認じゃないの! 終わった、私の二度目の人生、一週間でゲームオーバーだわ!)


 私は絶望のあまり、顔を両手で覆った。


 しかし、ユリウス様の心の中には、私の勘違いとはまったく別の、怒り狂うような暗黒の感情が渦巻いていた。


(男爵家……。前世で、リリアを虐げ、愛さず、ただの駒として私に押し付けたゴミ共。そして何より――リリアを毒殺した暗殺者を差し向けた、万死に値する愚か者たち!)


 前世の記憶を持つユリウス様にとって、男爵家は愛する妻を殺した最大の仇敵だった。


 彼は前世の過ち(リリアを守るためにあえて距離を置いたことで、実家に隙を与えてしまったこと)を死ぬほど後悔していた。


 だからこそ、二度目の人生では、リリアを自分の手元から一歩も離さず、彼女を傷つける可能性のあるものをすべて排除しようと心に決めていたのだ。


「……手紙を寄越せ」


 ユリウス様が執事長から手紙を奪い取る。


 彼は封すら切らず、その手紙を冷たい瞳で見下ろした。


 次の瞬間。


 ボッ!!!


 彼の手の中で、青白い炎が上がり、男爵家からの手紙は一瞬にして灰となって虚空に消え去った。


「ひぃっ!?」


「だ、旦那様!?」


 驚愕する執事長と騎士たちを前に、ユリウス様は氷の刃のような声で命じた。


「使者は叩き出せ。そして、男爵家に伝えろ。『リリアは私の最愛の妻であり、クライス公爵家のすべてだ。二度と私の妻に近づくな。もし再び手紙を送るような真似をすれば、領地ごと火の海にして灰にする』とな」


「は、ははーーっ!! 直ちに!!」


 執事長は転がるようにしてその場から走り去っていった。



(も、燃やしたーーっ!?)



 東屋からその光景を一部始終見ていた私は、別の意味で震え上がっていた。


 私の実家からの手紙を、中身も見ずに焼き捨てた。


 それはつまり、『お前たちの企み(スパイ活動)などすべてお見通しだ。証拠は隠滅した。これ以上動けば実家ごと潰すぞ』という、冷酷公爵様からの強烈な宣戦布告に他ならない!


「あ、あああ……」


 私の足元から、急速に崩れ落ちていくような絶望感が込み上げてくる。


 私が恐怖でガタガタと震えていると、手紙を焼き捨てたユリウス様が、急に表情を和らげて私のもとへ戻ってきた。


「大丈夫だ、リリア。もう怖がらなくていい」


「ゆ、ユリウス様……」


「君を縛り付けていた過去の亡霊は、私がすべて消し去ってあげよう。君を道具のように扱った連中など、二度と君の視界には入れさせない」


 ユリウス様は私を抱きしめ、安心させるように私の背中を優しくポンポンと叩いた。


「もう誰にも、君を傷つけさせはしない。前世のような後悔は、もう二度とごめんだからね。君はただ、この私の絶対安全な鳥籠の中で、幸せに笑っていればいいんだよ」


 彼の言葉には、狂気じみた重たい愛情がたっぷりと込められていた。


 しかし、スパイとしての処刑を恐れる私の耳には、それがまったく別の意味に変換されて届いていた。


(『お前を縛り付けていた実家(黒幕)は消し去る』『過去の亡霊(スパイの証拠)は消した』『この絶対安全な鳥籠(牢獄)で大人しくしていろ』……そういうことね……!)


 完全に逃げ場を失った。


 実家からの助けも(元々ないが)絶たれ、私は公爵家の奥深くに完璧に幽閉されることになってしまったのだ。


「う、ううっ……はい……大人しく、しております……」


「ああ、なんて素直で可愛いんだ。愛しているよ、私のリリア」


 私の絶望の涙を、ユリウス様は「安心からくる感動の涙」と受け取り、幸せそうに私の涙を口付けで掬い取った。


 絶対に私を守りたいヤンデレ公爵様と、絶対に殺されると勘違いして怯える訳ありヒロイン。


 どこまでも噛み合わない二つの心は、太陽の下、五十人の完全武装騎士に囲まれた異様な中庭で、ますます深く、そして甘くこじれていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。