↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
57/100

「ダンディズムを学んだ旦那様が『余裕のある男』を演じ始めました〜冷徹な眼差しで私を遠くから監視し、秒速で騎士を論破しています!〜」

伝説の冒険者・ヴィクトル様との語らいにより、ユリウス様のヤンデレ公爵としての狂気は、確かに『一時的な沈静化』を見せていた。


 アイマスクを外し、私に触れるのを自制し、そして何より……私を鉄のダルマに封印しようとしなくなったのだ。


「……おはよう、リリア」


 翌朝、朝食の席に現れたユリウス様を見て、私は思わず噴き出しそうになった。


 彼は髪をオールバックに整え、なぜか片目に『モノクル(単眼鏡)』を装着し、ヴィクトル様を意識したような渋い大人の笑みを浮かべていた。


 手には、昨日の騒動を忘れたかのような、優雅に揺れるワイングラス(中身はただの葡萄ジュース)


「……今日はいい天気だな。ヴィクトルが言っていた『大人の甲斐性』とやらを学んでみたのだが……どうだ、少しは余裕のある男に見えるだろうか?」


 ユリウス様は、不自然なほどキリッとした表情でウインク(のつもり)を飛ばしてきた。


 ……正直に言って、余裕というよりは『必死に何かの役を演じている子供』に見える。


「あ、はい……。とても、渋くて、かっこいいです……!」


「ふっ……そうか。なら、今日はリリアの自由時間を一時間だけ増やしてやろう。私はこうして、少し離れた場所から、君が社交的に振る舞う姿を静かに見守ることにする」


 ユリウス様は、ラウンジの壁際へ歩いていくと、まるで映画の登場人物のように気障(きざ)なポーズで仁王立ちした。


 確かに近づいてはこない。


けれど、その瞳は変わらず私を一点集中で射抜いているし、何より、彼が立っている周辺だけ温度が急激に下がっている。


「……分析。従兄殿は『ダンディズム』を『距離を置くこと』と『無表情で凝視すること』と履き違えています。これでは一般客が恐怖で逃げ出します」


 ソフィア様がバインダーを片手に、冷徹な一言を放った。


 船旅も後半に差し掛かり、今夜は乗客を招いた最後の『社交会』が行われることになっていた。


 ユリウス様は、例のモノクルを装着したまま、壁際でワイン(ジュース)を片手に、まさに『余裕のある男』を演じ続けている。


「リリア。さあ、踊ってきな。ただし、相手は私が許可した者のみだ」


 ユリウス様は私をダンスフロアに送り出した。


 ……といっても、彼が許可したのは『船の船長(七十歳)』と『船医(八十歳)』という、極めて高齢の二名のみである。


「(……私、おじいちゃんたちとばかり踊らされてるわ……)」


 私は、高齢の船医の手を引きながら、ワルツを踊る。


 ユリウス様は、そんな私を遠くから眺めながら、モノクルを光らせてニヤリと笑う。


「ふふっ……いいぞ、リリア。素晴らしい社交性だ。……だが、あの男(船医)め、君の背中に触れる左手の位置が五ミリほど低い。あとで指導が必要だな」


 壁際から送られる無言のプレッシャー(凍気)。


 せっかくのダンスなのに、私は心臓が口から飛び出しそうなほど緊張していた。


 その時。一人の若く爽やかな青年騎士が、私に近づいてきた。


 彼はこの船の警備を担当している、礼儀正しい好青年だ。


「……失礼ですが、お嬢様。一曲、お相手していただけませんか?」


 彼は満面の笑みで、紳士的に手を差し伸べてきた。


 私はドキリとした。ユリウス様の許可リストには入っていない!


 案の定、壁際にいたユリウス様の空気が凍りついた。


「(ダメよ! 今そんなことしたら、また船が凍らされちゃう!)」


 私が断ろうとした、その瞬間。


 ユリウス様が、カツ、カツ、カツ、と優雅な足取りで近づいてきた。


 その顔には、ヴィクトル様を真似た、余裕たっぷりの微笑みが浮かんでいる。


「おっと。若い騎士殿、君の情熱は素晴らしい。だが、このダンスステップの拍子(リズム)、少しずれているぞ」


 ユリウス様はモノクルを外すと、爽やかに微笑みながら、若者の肩に手を置いた。


「……は、はい?」


「君の今のステップだと、リリアの美しいドレスの裾を踏んでしまうだろう。いいか、社交ダンスとは『相手を輝かせる』ものだ。君のような未熟な騎士がリードするよりは、私が理論的に指導してあげよう」


「だ、ダンディズム……! 公爵閣下、ご指南いただけますか!?」


 ユリウス様は、騎士の足元をジッと見つめ、淡々と話し始めた。


「まず、君の左足の重心が三度ほど外に逃げている。これは骨格の歪みだ。次に、右手で相手をホールドする力加減が四ニュートンほど強すぎる。それでは相手は窮屈だろう。極めつけは、君が今考えている『リリアを誘うロマンチックな言葉』だが……君の語彙力では、彼女の心に響く『詩』を紡ぐことは不可能だ」


 ユリウス様は、騎士の足運び、手さばき、表情、果ては今朝の朝食のメニューまでを、緻密な論理と冷徹な分析で次々と指摘していった。


「……えっ、あ、えっと……」


「君はダンスをする資格がない。いや、今の君がリリアに触れれば、君自身の騎士としてのプライドが、このステップの拙さによって粉砕されるだろう。……席に戻って、出直してくることを勧める」


 騎士の青年は、ユリウス様の冷酷無比かつ論理的なダメ出しに、完全に打ちのめされ、顔を真っ赤にして逃げ出していった。


「ふぅ……。教え導くのも、骨が折れるな」


 ユリウス様は、何事もなかったかのようにワイン(ジュース)を呷(あお)り、また壁際へと戻っていく。


 騎士を追い払ったのには違いないが、その姿はどこまでも『余裕のある、かっこいいと(勘違いしている)公爵』そのものだった。


「ピッ……! 従兄殿、威圧的かつ非生産的なマウンティングです。減点」


 シリル様がホイッスルを鳴らすが、ユリウス様はモノクルを装着し、再び遠くから私を凝視し始めた。


(……ねえ、ソフィア様。これ、ヴィクトル様の『ダンディズム』を完全に勘違いしてない?)


「肯定。あれはダンディズムではなく、単なる『論理による圧殺(パワーハラスメント)』です。ですが、以前のように物理的な暴力を振るわず、言葉で相手を排除している分、船の安全基準は保たれています」


 私は、壁際でモノクルを光らせて「遠くから愛を囁いている(つもり)」のユリウス様を見ながら、静かに紅茶を飲んだ。


 ヴィクトル様を模倣した『余裕のある男』の演技は。


 物理的な衝突を避けつつ、論理的なダメ出しでライバルを排除するという、極めてユリウス様らしい『性格の悪さ(ヤンデレの新たな一面)』を際立たせる結果となった。


 船の安全は保たれたけれど、私の二度目の人生の平穏は、モノクル越しに飛んでくる「論理的かつ情熱的な熱視線」によって、今日もジワジワと焦がされ続けていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。