豪華客船のダンスパーティーに参加しました〜旦那様が無限の円舞曲(呪い)を仕掛けてきましたが、渋いオジ様がグラスの氷の音で粉砕しました!〜
伝説の元・海軍大将にしてSランク冒険者、ヴィクトル様。
彼がこの『オーシャン・パール号』の護衛として乗船して以来、私の二度目の人生における「最大の危機(ヤンデレ公爵)」は、完全に無力化されていた。
「ヴィクトル様! 灰皿をお持ちしました! あと、肩をお揉みしましょうか!?」
「……お嬢さん、私は護衛として雇われただけだ。そんなに甲斐甲斐しく世話を焼く必要はない」
「いえ! 私の勝手な『親孝行(推し活)』ですので! どうかこのまま、あなたの背中(絶対安全圏)の裏に隠れさせてください!」
私は今日も、豪華客船のラウンジで紫煙を燻らせるヴィクトル様の背後にピッタリと張り付き、献身的なお世話係と化していた。
彼から漂う、圧倒的な強者のオーラと、枯れた大人の色気。
そして何より「私を女として一切見ていない」という究極の安心感!
私は今、彼に対して恋愛感情というよりも、「絶対に壊れない防空壕」に対するような、絶大な信頼と庇護欲求を抱いていた。
「……ギィィィィィィッ!! リ、リリア……!!」
ラウンジの入り口では、アイマスクをひし形に歪め、柱の陰からハンカチを噛みちぎりながらこちらを睨みつけるユリウス様の姿があった。
「なぜだ……! なぜ私の愛の囁き(一〇万字のポエム)には怯えるのに、あの加齢臭漂うオッサンの背中には自ら擦り寄っていくのだ!! 殺す! あいつの葉巻を大気圏外まで吹き飛ばしてやる!!」
「……」
ヴィクトル様がチラリと視線を向けただけで、ユリウス様はビクゥッ!と震え、昨日『デコピンの衝撃波でレンガ壁まで吹き飛ばされた』トラウマから、一歩も近づけないでいた。
(すごい……! あのユリウス様が、ヴィクトル様の『眼力(覇気)』だけで足止めされてる! これぞ平和! これぞ私の求めていた日常よ!)
「……義姉上。本日の夜、メインホールにて『船上ダンスパーティー』が開催されます」
そこへ、ソフィア様がバインダーを片手にやってきた。
その後ろでは、シリル様がジュースを飲みながら「ヴィクトル殿のおかげで、久しぶりに胃薬なしで過ごせる……」とバカンスを満喫している。
「ダンスパーティーですか!」
「はい。一般客との親睦を深めるためのカリキュラムです。……ただし、従兄殿が『リリアのドレス姿を平民の視界に入れるな』と発狂する確率が一〇〇%ですので、対策が必要です」
「発狂などしない!」
ユリウス様が柱の陰からズイズイと出てきた。
(ヴィクトル様からは五メートル以上の距離を保っている)
「リリアがダンスを望むなら、私が最高のステージを用意しよう。……ほらリリア、君のために『絶対に私としか踊れなくなる呪いのガラスの靴』を錬成しておいたぞ! これを履けば、君の意思とは無関係に、私と永遠のワルツを……!」
「そんな呪いのアイテム履きません!!」
「従兄殿。本日は『自由行動』です。義姉上が誰と踊ろうが、あるいは踊るまいが、本人の自由です。物理的・魔力的な強制を禁じます」
シリル様が冷たく言い放つ。
「なんだと!? リリアが私以外の虫ケラ(他の乗客)と手を取り合うかもしれないというのか!? そんなこと、この海が干上がっても断じて許さ――」
「……騒がしいな。ジャズの音色が聞こえねぇじゃねえか」
ヴィクトル様が、葉巻の灰をトントンと落としながら低く呟いた。
「ヒィッ……! わ、分かった! だがリリア、君のファーストダンスは必ず私がもらうからな!!」
ユリウス様はヴィクトル様の圧倒的なプレッシャーに耐えきれず、捨て台詞を吐いて逃げていった。
そして夜。
煌びやかなシャンデリアが輝くメインホールでは、生バンドのジャズが演奏され、乗客たちが優雅にステップを踏んでいた。
「ふふっ、素敵……。本当にただの平和なダンスパーティーね」
私は落ち着いた藍色のドレスを身に纏い、ホールの隅のバーカウンターで、ウイスキーグラスを傾けるヴィクトル様の隣(絶対安全圏)に避難していた。
ホールの中央では、タキシード姿のユリウス様が、私を誘おうとギラギラした目でこちらを窺っている。
しかし、ヴィクトル様という『最強の防壁』が隣にいるため、うかつに近づけないのだ。
「お嬢さん。せっかくのドレス姿だ、若い男と踊ってきな。俺の隣にいても、煙草の匂いがつくだけだぜ」
「とんでもない! 私はヴィクトル様の隣で、氷の溶ける音を聞いているだけで幸せです! (あの中央のヤンデレの目を見てくださいよ! 踊りに出たら絶対に捕獲されます!)」
私が全力で首を横に振っていると、ついに痺れを切らしたユリウス様が行動を起こした。
「……ええい、ヴィクトルのせいでリリアに近づけないなら! 周りの環境ごと、強制的に私と踊るシステムに変えてしまえばいい!!」
ユリウス様が、カッ!と目を見開いた。
「踊れリリア! 私の愛の重力圏で!! ――『絶対服従の無限円舞曲』!!」
ドワァァァァァァッ!!
ユリウス様の足元から、禍々しい紫色の魔力陣がホールの床全体に展開された。
その瞬間、踊っていた一般客たちが「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて壁際に吹き飛ばされ、ホールの中心には私とユリウス様を強制的に吸い寄せる『超重力(愛の引力)』が発生したのだ!
「きゃあああっ!? 体が、勝手に中央へ引っ張られるぅぅっ!!」
「フハハハハ! さあ来いリリア! ヴィクトルの裏に隠れていようとも、この『ダンス専用の空間魔法』からは逃れられない! 音楽が止むまでの三日間、私と密着したまま踊り狂おう!!」
「(三日も踊ったら死ぬ!!)」
私の体がズルズルとユリウス様の方へ引きずり込まれそうになった、その時。
「……やれやれ」
ヴィクトル様が、ふぅ、と紫煙を吐き出した。
そして、手元にあるバーボンのグラスを、指先で軽く『カラン』と回したのだ。
チリィィィン……。
グラスの中の丸い氷が、ガラスに当たる小さな音。
ただそれだけだった。
しかし、その『カラン』という音は、空気を震わせ、圧倒的な『覇気(物理的衝撃波)』となってホール全体に波及した!
パァァァァァァァァァァァンッ!!!!
「なっ……!?」
なんと、ヴィクトル様がグラスの氷を鳴らしただけの衝撃波で、ユリウス様が展開していた『紫色の空間魔法の陣』が、ガラスのように粉々に砕け散ってしまったのだ!!
「ば、馬鹿な!? 私の大魔術が、グラスの氷の音ひとつで……!!」
「坊主。レディが嫌がってるだろうが。それに、お前の魔力はリズム感が絶望的に悪りぃ。ジャズのテンポが狂う」
ヴィクトル様はグラスを置くと、無造作に右手を軽く横に払った。
ドゴォォォォォンッ!!
それだけで、再び見えない衝撃波がユリウス様を直撃。
ユリウス様は「ぐはぁぁぁぁっ!?」と情けない悲鳴を上げながら、ホールの端に設置されていたシャンパンタワーへと一直線に吹き飛ばされ、ガシャァァァン!!と見事にグラスの山に突っ込んだ。
「記録……。従兄殿、本日もヴィクトル氏に対して一撃で敗北(シャンパンタワー直撃)。勝率〇%を維持しています」
「はっはっは。ヴィクトル殿がいると、私の『概念切断』は完全に失業だな。素晴らしい」
ソフィア様とシリル様が、壁際で優雅に拍手をしている。
「……ヴィクトル様っ! ありがとうございます!!」
私は、魔力から解放され、ヴィクトル様の背中にギュッと抱きついた。
「もう! 一生ついていきます! 養女にしてください!!」
「おいおい、勘弁してくれ。俺は独り身が気楽で好きなんだ」
ヴィクトル様は苦笑いしながら、私を優しく引き剥がした。
その背後で、シャンパンまみれになったユリウス様が、ワナワナと立ち上がっている。
「許さん……! ヴィクトルゥゥゥッ!! リリアが私以外の男に抱きついただと……! 貴様は絶対にこの海に沈めてやる!!」
ヤンデレ公爵の『無限の円舞曲』という強引なアプローチは。
最強のオジ様が放つ『グラスの氷の音(覇気)』によって一瞬で粉砕され、ただのシャンパンまみれのピエロへと成り下がる結果となった。
シリル様がバカンスを満喫し、私が究極の安全圏(ヴィクトル様の背後)で安堵の息を吐く中。
ユリウス様にとっての豪華客船の旅は、人生最大の屈辱と嫉妬に塗れた、地獄のクルーズとして続いていくのだった。




