「乗客たちが最強の助っ人を連れて帰還しました〜絶対安全圏の渋いオジ様に惹かれる私と、ハエのようにあしらわれる旦那様!〜」
ユリウス様が私を百八層の重金属マトリョーシカ(巨大ダルマ)に封印するという暴挙に出た後。
再起動したシリル様の『概念切断』によって私は無事に救出され、ユリウス様は罰として「一週間のアイマスク着用(物理的視界遮断)」を義務付けられていた。
「……シリル。私の視界を奪うなど無意味だ。心の目でリリアの美しさを二四時間捉えているからな」
「黙って反省してください、従兄殿」
港町の広場で私たちが小競り合いをしていると、遠くから地響きのような足音が近づいてきた。
「見ろ! あそこだ! 我らの船を奪い、海を凍らせた『氷の狂王(公爵)』だ!!」
「先生! どうかあのヤンデレ魔人から、我々の船と命を救ってください!!」
現れたのは、先日『デス・カーリング』の到着と共に蜘蛛の子を散らすように逃げていった、豪華客船の乗客たちだった。
しかし、彼らはただ逃げていたわけではなかった。
この狂気の事態を解決するため、大陸のギルドから『超強力な助っ人』を雇って戻ってきたのだ。
乗客たちが道をあけると、そこから一人の男性が静かに歩み出てきた。
年齢は五十代半ばだろうか。
美しく整えられたロマンスグレーの髪と髭。
右目には黒い眼帯(隻眼)をしており、仕立ての良い海軍風のロングコートを肩に羽織っている。
手には一本の葉巻。その立ち姿だけで、歴戦の猛者であることを物語るような『圧倒的なダンディズム』を放っていた。
「……ほう。この平和な港町で、妻を巨大な鉄ダルマに閉じ込めようとした不届き者というのは、あんたかい?」
低く、渋く、海鳴りのような落ち着いた声。
その男――伝説の元・海軍大将にしてSランク冒険者のヴィクトルと名乗った男性は、アイマスク姿のユリウス様を見据えた。
「誰だ貴様は。私とリリアの神聖な空間に、加齢臭を漂わせながら踏み込んでくるな」
「やれやれ。若さゆえの熱情は嫌いじゃないが、レディを怯えさせるのは三流のやることだぜ」
ヴィクトルが紫煙を燻らせた瞬間、ユリウス様の殺気が爆発した。
「……リリアをレディと呼んでいいのは私だけだ!! 消え失せろ!!」
ユリウス様はアイマスクを強引に引きちぎり、凄まじい絶対零度の氷の槍を錬成し、ヴィクトルに向かって放った!
シリル様が「馬鹿な、魔力制限を力技で破った!?」と叫ぶほどの、一撃必殺の魔法。
――しかし。
「……波が、少し高いな」
ヴィクトルは葉巻を咥えたまま、飛んできた氷の槍に向かって、ただ右手の『人差し指』を軽く弾いただけだった。
パキィィィィンッ!!!!
それだけで、ユリウス様の放った絶対零度の槍が粉々に砕け散り、あろうことかその衝撃波でユリウス様自身が数十メートル後方へと吹き飛ばされ、港のレンガ壁にドゴォォォン!と激突したのだ。
「なっ……!?」
「バカな……! 従兄殿が、魔法も使わずにデコピン一つで弾き飛ばされただと!?」
シリル様とソフィア様が、驚愕に目を見開いた。
あの、物理法則も魔力もすべてを凌駕していた『無敵のヤンデレ公爵』が、ただのオジ様の指一本で圧倒されたのだ!
「……ケガはないかい、お嬢さん」
ヴィクトルは、呆然とする私に向かって振り返り、静かに声をかけた。
その隻眼の瞳には、ユリウス様のような『狂気』も『執着』も一切ない。
シリル様のような『管理への義務感』すらない。
ただただ、凪いだ海のような、絶対的な静寂と平穏があった。
「あ、あの……ありがとうございます……」
「気にするな。海を愛する男として、荒波に揉まれる小舟を見過ごせなかっただけさ」
ヴィクトルはそれだけ言うと、私からスッと視線を外し、再び海の方へと顔を向けた。
その瞬間、私の中で、かつてないほどの『強烈な衝撃』が走った。
(な、なにこの人……!! ユリウス様を赤子のようにあしらう圧倒的な強さ! なのに、私に対して微塵も執着を見せない! それどころか、完全に『無関心(女性に興味がない)』!!)
これだ。私が二度目の人生でずっと求めていたものは、これなのだ!
彼のもたらす『究極の平穏』と『安全』。
【ヴィクトル様の魅力(リリア視点)】
絶対的武力: ユリウス様が束になっても敵わない安心感。
無関心: 私を監視しない、束縛しない、愛のポエムを叫ばない。
大人の余裕: 何が起きても動じない、完璧なダンディズム。
「(……好き。こういう『安全な大人の男性』、最高に惹かれるわ……!)」
私は、ロマンス的な恋愛感情というよりも、巨大な神木や、絶対に安全な防空壕を見つけたかのような『究極の庇護欲求』から、彼に強烈に惹かれてしまったのだ。
ヴィクトルの圧倒的な力により、周囲の海の氷も彼が『軽く足踏みをしただけ(覇気)』で粉々に砕け散り、オーシャン・パール号は再び南の海への航海を再開することになった。
ヴィクトルは「護衛」として、乗客たちの要請でこの船に同乗することになった。
そして、船旅が再開されてからの私は、ヴィクトル様の行く先々に現れる『熱烈な追っかけ(接触係)』と化していた。
「ヴィクトル様! 朝のコーヒーをお持ちしました!」
「……すまないね、お嬢さん。海風を見ながら飲むブラックは最高だ」
「ふふっ! お口に合って嬉しいです!」
甲板で海を見つめるヴィクトル様の隣に、私はピッタリと陣取った。
彼と話している間は、絶対に安全なのだ。
彼が醸し出す「大人のオーラ」に触れているだけで、すり減った私の精神がゴリゴリと回復していくのがわかる。
「リリアァァァァッ!! なぜだ!! なぜそんな薄汚い初老の男に、君から話しかけ、コーヒーまで淹れてやっているのだ!!」
背後から、嫉妬で完全に修羅と化したユリウス様が、凄まじい勢いで襲い掛かってこようとした。
「あの男は危険だ! 私の妻に色目を使いおって! 殺す!! ――『絶対破壊の隕石』!!」
上空から燃え盛る巨大な隕石が降ってくる。
船が沈むレベルの災害だ。
「……騒がしい波だ」
ヴィクトル様はコーヒーカップを片手に持ったまま、もう片方の手で持っていた葉巻の煙を『フッ』と上空に吹きかけた。
シュゥゥゥゥンッ……。
たったそれだけで。
ユリウス様の放った巨大隕石は、葉巻の煙に包まれて完全に鎮火し、ただの小石となって海へポチャリと落ちた。
さらに、突進してきたユリウス様を、ヴィクトル様は見もせずに『裏拳』で軽く払いのけた。
「ぐはぁぁぁぁっ!?」
ユリウス様は、まるで鬱陶しいハエでも払われるかのように、甲板の端から端まで回転しながら吹き飛ばされていった。
「ああっ、ヴィクトル様、凄いです! 素敵です!」
「なに、ただのハエだ。気にするな」
「リリアァァァ! 私をハエ呼ばわりする男を、なぜそんなキラキラした瞳で見つめているのだぁぁっ!!」
「……記録。従兄殿の戦闘勝率、現在〇%。ヴィクトル氏の戦闘力は、この世界のバグです」
「ああ……。私の『概念切断』すら不要になるとは。助かるが、義姉上の様子が少しおかしいな」
遠くのデッキチェアで、シリル様とソフィア様が呆れたように紅茶を飲んでいる。
「ヴィクトル様! 次は図書室へ行きませんか? 船内をご案内します!」
「お嬢さん、私は女の案内には興味がない。だが、本を読むのは嫌いじゃないな。行くか」
「はいっ!!」
私はヴィクトル様の大きな背中を追いかけて、嬉々として船内を歩き回る。
その後ろを、ボロボロになったユリウス様が「待ってくれリリア! 私を見捨てないでくれ!」と血の涙を流しながら這いつくばって追いかけてくるという、前代未聞の光景が展開されていた。
ヤンデレ公爵の暴走を止めるための究極の解決策は。
魔法も概念も全てを指一本で粉砕する『女性に全く興味のない最強の隻眼ダンディ』の登場によって、一時的な(そして私にとっては夢のような)平穏をもたらした。
私という妻が、他の男性(絶対安全圏)に惹かれてつきまとう裏で。
無敵だったはずのヤンデレ公爵は、ただの「鬱陶しいハエ」としてあしらわれ続けるという、最大級の屈辱と地獄の船旅を味わうことになったのだった。




