「お土産に『マトリョーシカ(入れ子人形)』を提案しました〜旦那様が私を108層の超重金属製・絶対防壁ダルマに封印しました!〜」
ユリウス様が「リリアが波に怯えないように」という常軌を逸した理由で、豪華客船を素手で押し切る『時速八十キロのデス・カーリング』を敢行し、さらに港の砂浜を握力で圧縮して『絶対不壊のクリスタル城』を築き上げた翌日。
「……zzz……」
「シリルの魔力回路、未だ回復率一二%。深い睡眠を継続中です」
消滅した砂浜(断崖絶壁)の上のベンチで、最強の魔法無効化チートを持つシリル様は、完全にバッテリー切れを起こしてスヤスヤと眠り続けていた。
彼の妻であるロボット気質のソフィア様が、冷徹にバインダーに記録をつけている。
(ど、どうしよう……! 唯一のストッパーであるシリル様が起きない! このままユリウス様が暴走したら、今度こそこの大陸が物理的に沈没させられるかもしれないわ!)
私は焦っていた。
豪華客船の乗客たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていったが、ここは活気ある港町。
周囲には、怯えながらも遠巻きにこちらを窺う街の平民たちの姿がある。
「義姉上。海岸線を消滅させたお詫びとして、この街で多額の『消費(買い物)』を行い、地域経済を潤すことが推奨されます。市場へ向かいましょう」
「さ、賛成です! お買い物をしましょう!」
私はソフィア様の提案に飛びついた。
買い物をしながら街を歩けば、周囲の目もあるし、ユリウス様も少しは自重するはず! 何か、究極に無害で「平和な観光客」をアピールできるものを探すのよ!
私たちは、怯える店主たちに金貨の袋を押し付けながら(※ユリウス様が「リリアの視界に入った迷惑料だ」と言って倍額払っている)、港町のお土産屋を見て回っていた。
ふと、私の一つの可愛らしい木工細工が目に留まった。
「あ、これ……ニホンにもあった『マトリョーシカ』に似てるわ!」
それは、可愛らしい女の子の絵が描かれた木製の人形だった。
胴体の部分をパカッと開けると、中から一回り小さな人形が出てくる。
さらにそれを開けると、また小さな人形が……と、何重にも人形が重なっている『入れ子人形』だ。
「あの、ユリウス様! このお人形、可愛くないですか?」
私は、一番小さな親指サイズの人形を取り出して見せた。
「人形の中に人形が隠れていて、開けるたびに小さくなっていくんです。一番小さなこの子は、何重もの木の壁に守られていて、外の汚れを知らないまま、ずっと温かい家族の中心にいる……。平和と庇護の象徴みたいで、とっても素敵だなって」
私は無邪気な笑顔を作って力説した。
「家族の庇護」という言葉を使えば、愛妻家のユリウス様も喜んでくれるはず。
そして何より、ただの木でできた素朴なオモチャだ。
これなら絶対に危険視されることも、暴走の種になることもない!
――と、私が油断しきっていた、その時。
ユリウス様の氷の青い瞳孔が、極限まで収縮し、ドス黒い『ヤンデレの雷』が落ちる音がした。
「……何重もの壁に守られ……外の汚れを知らないまま……中心にいる、だと?」
ユリウス様はワナワナと肩を震わせ、私が持っているマトリョーシカを、まるで神の啓示でも受けたかのような狂信的な目で見つめた。
「素晴らしい……! 素晴らしすぎるぞリリア!! なぜ私は、今までこの『究極の監禁理論』に気づけなかったのだ!!」
「(……はい?)」
究極の監禁理論と、百八層の絶対防壁
ユリウス様は、お土産屋の木製人形を高く掲げ、歓喜の雄叫びを上げた。
「これまでの私は、公爵邸という『一つの鳥籠(壁)』の中に君を閉じ込めることしか考えていなかった! だから、シリルに扉を破られたり、窓から外の景色が見えてしまったりと、君に外界の不純物が触れる隙を与えてしまっていたのだ!」
「(嫌な予感がする!!)」
「だが、この『入れ子人形』の構造ならどうだ!? 第一の装甲が破られても、第二の装甲がある! それが破られても第三、第四の装甲が君を守り抜く!! 何十重、何百重もの分厚い壁の『絶対的な中心』に君を封印すれば、君は一生、外界の光も、音も、他人の視線も一切届かない、完璧な無菌室(暗闇)の中で、私だけのものとして生き続けることができる!!」
「解釈がディストピアすぎるーーっ!!」
私の抗議を完全に無視し、ユリウス様はお土産屋の店主に向かって凄まじい勢いで金塊を叩きつけた。
「店主! 貴様の店は、私とリリアに『真理』を教えてくれた! 褒美として、この街の造船所にある『すべての鉄、鋼、オリハルコン、ミスリル』を今すぐここに買い集めろ!!」
「ひぃぃぃっ! かしこまりましたぁぁぁっ!」
「ゆ、ユリウス様!? 何をする気ですか!!」
「決まっているだろう! シリルが寝ていて魔法の無効化が飛んでこない今こそ、この私のバグじみた物理的握力を使って、君のための『超重金属製・百八式マトリョーシカ装甲』を造り上げるのだ!!」
ユリウス様は狂気に満ちた笑い声を上げ、港から運ばれてきた分厚い鋼鉄の板を、素手で紙屑のようにグニャグニャと曲げ始めた!
「さあリリア! まずは君の肌に直接触れる『第一層(チタン製・絶対密着コルセット)』だ! 少しひんやりするが我慢してくれよ!」
「ぎゃああああああっ!! やめてぇぇぇぇっ!!」
カキィィィン!! ガゴォォォン!!
バキィィィッ!!
港町に、超高速で金属が曲げられ、リベット(素手による圧力接着)が打ち込まれる爆音が響き渡る。
「第一層、クリア! 続いて第二層(ミスリル製・全身球体カプセル)!! さらに第三層(オリハルコン製・防爆シェルター)!!」
「だして! ユリウス様、暗い! 狭い! 息苦しいぃぃっ!!」
「大丈夫だリリア! ちゃんと私が君の吐息だけを吸い取れるように、針の穴ほどの通気口(私専用)は開けてある!!」
カンカンカンカンッ!!
私は、自分にピッタリと密着する金属の殻を被せられ、その上からさらに一回り大きな金属の殻を被せられ……という狂気の『生きたマトリョーシカ化』を施されていった。
層が重なるごとに、私の視界は完全に奪われ、周囲の音も重低音へと変わり、自分の手足すら一ミリも動かせない『完全なる金属の塊』のコアとして密閉されてしまったのだ。
「評価」
その光景を、ソフィア様がバインダーを片手に無表情で実況する。
「装甲の総重量、約二千トン。対象(リリア義姉上)への物理的ダメージは皆無ですが、自力での歩行、食事、排泄、および一切のコミュニケーションが不可能になりました。
極限の安全と引き換えに、生物としての尊厳が死滅しています」
「ソフィア様! 評価してないで助けて!!」
分厚い金属の奥底から私のくぐもった叫びが漏れるが、ソフィア様は「シリルが再起動するまで、私に物理的なストップ権限はありません」と冷たく見守っている。
「完成だぁぁぁぁっ!!」
数時間後。
港町の広場には、高さ約五メートルに達する、黒光りする超重金属で造られた『巨大なダルマ(百八層の絶対防壁マトリョーシカ)』が鎮座していた。
その最深部(中心)に、完全に身動きが取れなくなった私がスッポリと収まっている。
「ああ……美しい! なんという完璧な防壁だ!!」
ユリウス様は、巨大な金属のダルマに頬を擦り付け、恍惚とした吐息を漏らした。
「リリア……。君の姿は見えない。声も聞こえない。だが、私にはわかる。この百八層の鋼鉄の中心で、君が外界の汚れから完全に守られ、永遠の平穏に包まれて微睡んでいることが……! これぞ究極の愛の形(完成形)だ!!」
(真っ暗で怖いよぉぉぉぉっ!! 早く! 誰か助けてぇぇぇっ!!)
――その時だった。
「……うるさい。せっかくの仮眠を、金属を叩く音で邪魔しやがって……」
広場のベンチから、低い、地を這うような声が響いた。
ストレッチャーから起き上がったのは、銀糸の髪をボサボサに乱し、黄金の瞳に強烈な殺意(寝起きで機嫌が最悪)を宿したシリル様だった。
「シ、シリル……! 貴様、もう起きたのか!?」
ユリウス様が巨大マトリョーシカを背に庇うように立ち塞がる。
「ソフィア。状況は」
「従兄殿が、義姉上を百八層の重金属マトリョーシカの中心に封印しました。義姉上の現在地は、あの巨大な鉄塊のど真ん中です」
シリル様は、静かにホイッスルを取り出し、口にくわえた。
「ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「痛っ!? 耳が!!」
怒りのロングブレスでホイッスルを鳴らし切ったシリル様は、右手を高く掲げた。
「義姉上を巨大な鉄クズ(おきあがりこぼし)にするヤンデレがどこにいる!! 邪魔だ!! ――『概念切断』!!!!」
パァァァァァァァァァンッ!!!!
シリル様の放ったチート級の無効化魔法が、巨大マトリョーシカを直撃する。
「百八層の装甲」という物理的な概念そのものが切り裂かれ、重金属のダルマは一瞬にしてバラバラの鉄クズとなって広場に崩れ落ちた。
「プハァァァァッ!! ひ、光だぁぁぁぁっ!!」
私は鉄クズの中から転がり出て、太陽の光と新鮮な空気を全身で浴びて号泣した。
「あああ! 私とリリアの絶対防壁が!! シリル貴様ぁぁっ!!」
「従兄殿! 妻を金属のコアにして喜ぶのは精神状態が末期すぎます!! 今日から一週間、あなたの視界を物理的に遮断するアイマスク着用を義務付けます!!」
可愛らしいお土産である『入れ子人形』は。
ヤンデレ公爵の「外壁を増やせば完璧な密室になる」という最悪のインスピレーションを刺激し、私を五メートル級の金属ダルマの中心に封印する最悪の拷問器具へと変換されてしまった。
寝起きの悪いシリル様によってアイマスクを装着され、ギャーギャーと騒ぐユリウス様を見ながら。
私の二度目の人生の平穏は、何層もの鉄の壁よりも重く、果てしなく暗いヤンデレの深淵へと日々転がり落ちていくのだった。




