シリル様が過労で眠ったので『砂遊び』を提案しました〜旦那様が握力で砂をダイヤモンドに圧縮し、物理的に消えない『永遠の愛の城』を建築しています
ユリウス様のバグじみた物理筋力と乗客二千人の命がけのスイーピング(掃き掃除)により、十万トンの豪華客船を時速八十キロで滑走させるという前代未聞の『デス・カーリング作戦』は、見事(?)に成功を収めた。
大陸の港町に接舷した瞬間、乗客たちは「た、助かった……! 狂気の公爵から解放されたぞぉぉっ!」と歓喜の涙を流し、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……シリル様、本当に起きませんね」
「はい。彼の『概念切断』を司る魔力回路は完全にショートしています。最低でも二十四時間は、深い睡眠による再起動が必要です」
港のすぐ隣に広がる美しい白い砂浜で。
ソフィア様が展開した『浮遊ストレッチャー』の上で、最強のストッパーであるシリル様がスヤスヤと安らかな寝息を立てていた。
(シリル様が機能停止している……! つまり、今のユリウス様を魔法的に止める手段が存在しないってこと!?)
私は戦慄した。
隣では、豪華客船を素手で押し切ったユリウス様が、まったく息を切らすこともなく、むしろアドレナリン全開で血走った瞳をギラギラと輝かせている。
「ハッハッハ! リリア! 私の愛の腕力はどうだった!? まだまだ力が有り余っているぞ! 今ならこの大陸そのものを素手で真っ二つに割って、君専用の島を削り出すこともできそうだ!!」
「だ、大陸を割らないでください! 落ち着いて!」
私は慌ててユリウス様を宥めた。
シリル様が寝ている今、ユリウス様に「大規模なこと」や「魔法」を使わせるわけにはいかない。
シリル様が起きるまで、どうにかしてこの砂浜で、究極にこぢんまりとした、静かで、絶対に被害の出ない遊びをして時間を潰さなければ!
「あの、ユリウス様! 船を押して疲れているでしょうから、ここで少し『砂遊び』でもしませんか?」
「……砂遊び、だと?」
ユリウス様が、砂浜を見下ろした。
「はい! バケツに湿った砂を詰めてひっくり返し、小さな『砂の城』を作るんです。波が来たらサラサラと崩れてしまう、とても儚くて、静かで、無邪気な遊びなんですよ」
私は足元の砂をすくい、小さな山を作って見せた。
これならどうだ! 魔法も使わないし、スケールも極小! 波にさらわれて消えるだけの、完全なる無害アピールだ!!
――しかし。
その言葉を聞いた瞬間、ユリウス様の氷の青い瞳に、ドス黒い『ヤンデレの炎』が点火された。
「……波が来たら、崩れてしまう、だと?」
ユリウス様はワナワナと肩を震わせ、砂浜の砂を強く握りしめた。
「そうか……! 船の揺れ(波)に怯えていた君は、この『砂の城』を通じて私に訴えかけているのだな! 『私たちの愛も、この砂のように波にさらわれて消えてしまうのではないか』という、切実な不安と恐怖を!!」
「(えっ!? 違う、ただの遊び……)」
「嘆くことはない、リリア! 君のその不安、この私が物理的に払拭してやろう! 決して崩れず、波にも負けず、永遠に君を守り抜く『絶対不壊の砂の城』を、この手で創り上げてみせる!!」
「ゆ、ユリウス様!? だからスケールを大きくしないで!!」
ユリウス様は砂浜にしゃがみ込むと、両手で大量の白い砂をすくい上げた。
「シリルが寝ている今、魔法を使えばソフィアに減点される。だが安心しろ! 今の私には、客船を押したことで最高潮にパンプアップされた『究極の物理筋力』がある!!」
ユリウス様は、すくい上げた砂を両手で挟み込み、凄まじい力で握りしめた。
「波に崩れるのは、砂の密度が低いからだ! ならば、原子と原子の隙間が完全になくなるまで、物理的な圧力(握力)で圧縮し尽くせばいい!! ――フンッ!!」
ギギギギギギギッ!!!!
ユリウス様の腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張し、両手の中から『パキィィィンッ!』という、ガラスが割れるような、いや、空間が軋むような恐ろしい音が響いた。
「なっ……!?」
ユリウス様がゆっくりと両手を開くと。
そこには、ただの白い砂だったはずのものが、圧力によって分子構造を強制的に変異させられ、透き通るような『超高密度のガラス(あるいはダイヤモンドに匹敵する硬度の結晶体)』のブロックへと変貌していたのだ!!
「(握力で物質の構造を変えたーーっ!?)」
「警告」
ソフィア様がスッと眼鏡を押し上げ、無機質な声で実況を始めた。
「従兄殿の握力が、局地的に十万気圧を突破。二酸化ケイ素(砂)が超高圧により結晶化し、モース硬度10を超える未知の超硬度ブロックが生成されました。……完全に物理法則のバグですが、魔力反応はゼロ。魔法不使用のルールはクリアしています」
「ルールをクリアしてる場合じゃないでしょソフィア様!!」
「ハッハッハ! 見たかリリア! これが私の愛の圧力だ! このブロックを積み上げれば、絶対に波に崩れない永遠の城が完成するぞ!!」
それからのユリウス様の行動は、まさに神速の重機だった。
「おおおおおっ!! リリアへの愛よ、固まれぇぇぇっ!!」
ズザザザッ!と大量の砂をかき集めては、パキィィィン!と握力でダイヤモンド級のブロックに変換。
それを凄まじいスピードで積み上げ、まるで3Dプリンターのように、港の砂浜に『超硬度クリスタルガラスの城』を築き上げていく!
「待ってユリウス様! お城が大きすぎる! そして砂浜の砂がどんどん無くなってるぅぅっ!!」
そう。ユリウス様が超圧縮ブロックを量産するためには、莫大な量の「砂」が必要になる。
彼が神速で砂をかき集め、圧縮し続けることで、数キロにわたって続いていた美しい白い砂浜が、まるで掃除機で吸い取られるように消滅していくのだ!
「ピーッ。従兄殿、過度な地形改変です。海岸の砂を削りすぎた結果、地盤が低下し、港町に海水が流入する危険性が……」
「黙れソフィア! リリアの不安を取り除くためには、あと百階層は塔を高くしなければならないのだ!! 愛の城壁よ、そびえ立て!!」
ズゴゴゴゴゴゴッ!!
わずか一時間後。
港町の海岸には、砂浜の砂をすべて使い果たして造られた、高さ二百メートルを超える『絶対不壊の超硬度クリスタル城(物理)』が完成していた。
そして、砂浜の砂(土台)をごっそりと持っていかれた海岸線は、急激な水深の低下を招き、波打ち際が完全に『断崖絶壁』と化していた。
「……計算完了。港の海岸線が消滅し、地形が永久に変化しました。また、あの城は魔法不使用の『純粋な物理的超硬度物質』で構成されているため、シリルの『概念切断(魔法無効化)』でも破壊不可能です」
ソフィア様がバインダーを閉じ、冷徹に結論を下した。
「破壊不可能……!?」
「フハハハハ! どうだリリア! 波が来ようが、隕石が落ちようが、二度と崩れることのない私たちの城だ!! これでもう、君が愛の儚さに涙することはない!!」
ユリウス様は、断崖絶壁にそびえ立つ永遠の城を前に、誇らしげに両手を広げた。
その背後で、ストレッチャーの上でスヤスヤと眠るシリル様の鼻提灯が、パチンと弾けた。
シリル様を休ませるための、静かで無害な『砂遊び』の提案は。
ヤンデレ公爵の「握力による原子圧縮」という物理的錬金術により、魔法の無効化すら受け付けない『永久不滅のクリスタル城』を生み出し、港町の美しい砂浜を地図から完全に消し去ってしまった。
絶対に壊れない永遠の愛のオブジェ(迷惑建造物)を見上げながら。
私の二度目の人生の平穏は、削り取られた砂浜と共に、海の底へとガラガラと崩れ落ちていくのだった。




