「遭難中の慰めに『雪まつり』を提案しました〜旦那様が海上の氷で超巨大な『リリア氷雪城』を錬成し、乗客を狂信者にしようとしています!〜」
ユリウス様が『クラーケン(伝説の海神)』を赤い糸で一本釣りし、その際に吐き出された大量のイカ墨によって、オーシャン・パール号が真っ黒な幽霊船と化してから丸一日。
「……甲板のイカ墨除去、完了しました。清掃ゴーレム部隊、撤収」
ソフィア様が銀縁の眼鏡をスッと押し上げ、バインダーにチェックを入れた。
彼女の完璧な指揮と魔法のおかげで、豪華客船は元の美しさを取り戻したが、周囲を見渡せば、半径百キロメートルにわたって完全に凍結した絶対零度の海原が広がっている。
船は依然として氷の中に閉じ込められ、一歩も動けない状態だった。
「ハァ……。クラーケンの処理とイカ墨の洗浄で、私の魔力が削られすぎた。海を解氷するには、まだ時間がかかる」
シリル様が疲労の色を濃くして、甲板のベンチに座り込んだ。
周囲の一般客たちは、相変わらず毛布にくるまり、「いつになったら南の海に行けるんだ……」「氷の公爵の怒りに触れれば、今度は私たちがイカ墨の代わりにされるぞ……」と、ガタガタ震えながら絶望のどん底に沈んでいる。
(あああ、みんなの心が限界だわ……! ユリウス様が『普通』の平民として船旅を楽しむはずが、余計に恐怖政治を敷いている結果になってる!)
私は罪悪感でいっぱいになり、この殺伐とした氷の世界を、少しでも明るく和やかな雰囲気に変えられないかと考えた。
(そうだわ! 氷と雪なら、あの大地(海)に腐るほどあるじゃない!)
「あの! シリル様、ソフィア様!」
「なんでしょう、義姉上。また新たな『狩猟(クラーケン釣り等)』の提案なら即座に却下します」
「違います! 安全で、みんなで楽しめる『ユキマツリ(雪まつり)』をしませんか!」
「……雪まつり、ですか?」
ソフィア様が小首を傾げた。
「はい! ニホンでは冬に、雪や氷を削って綺麗な『氷の彫刻』を作ったり、中が空洞になった『かまくら』という小さな雪の家を作ったりして遊ぶんです。かまくらの中で温かい飲み物を飲めば、どんな寒さでも心がほっこり温まるんですよ」
私は力説した。
乗客みんなで氷の彫刻を作り、小さなかまくらをいくつも作って、その中でお茶会をする。
これなら暴走のしようがないし、凍った海原を利用した最高の『平和的レクリエーション』になるはずだ!
「なるほど。過酷な環境を逆手に取った娯楽の提供と、共同作業による乗客のストレス軽減。心理学的に有効なアプローチです」
「よかろう。従兄殿も、氷を削るだけなら問題あるまい。むしろ氷魔法は彼の得意分野だ」
シリル様たちの許可が下りた。
よし! これでみんなの笑顔を取り戻せる!
私は、離れた場所で私をじっと見つめているユリウス様に駆け寄った。
「ユリウス様! 外の氷を使って、私と一緒に『かまくら』を作りませんか? 大人が二人入れるくらいの、小さな氷のお家です。二人だけの空間で、温かいお茶を飲みましょう!」
――しかし。
その言葉を聞いた瞬間、ユリウス様の氷の青い瞳に、凄まじい『ヤンデレの炎』が点火されたのを、私は見逃してしまったのだ。
「……かまくら。大人が二人だけ入れる、小さな氷の家……」
ユリウス様はワナワナと肩を震わせ、恍惚とした表情で天を仰いだ。
「そうか! 船という『他人の目がある空間』に耐えきれなくなった君が、ついに私に対して『二人きりの絶対的な密室(愛の巣)』の構築を要求してきたのだな!!」
「(えっ? いや、ただの雪遊び……)」
「リリア! 君のその慎ましくも情熱的な愛の囁き、この私が全力で応えよう! だが、ただの『小さな家』などでは君の美しさを納めるには狭すぎる。
私が君のために、シリルたちや外の雑音を完全にシャットアウトする、究極で巨大な『絶対領域』を創り上げてやる!!」
「ゆ、ユリウス様!? スケールがおかしいです!」
ユリウス様は両手を高々と掲げた。
「凍てつく海原よ! 私のリリアへの愛の形として、今ここに究極の密室を顕現させよ!! ――『絶対零度の神殿』!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォンッ!!!!
その瞬間、半径百キロメートルにわたって凍結していた海原の氷が、凄まじい地響きと共に一斉に隆起し始めた。
バキバキバキッ!と音を立てて氷が削られ、組み上がり、天を突くような巨大な柱と城壁が形成されていく。
「なっ……!? 従兄殿!! 何をしている!!」
シリル様が驚愕の声を上げた。
わずか数十秒後。
私たちの乗るオーシャン・パール号は、海面から数百メートルの高さまで隆起した氷の台座の上に持ち上げられていた。
そして、船の周囲を覆い尽くすように完成したのは――王都の王城の十倍はあろうかという、超絶巨大な『純白の氷の城』だった!
「フハハハハ! 見ろ、リリア! これが私と君のためだけに造られた、究極のかまくらだ! 壁の厚さは五十メートル! いかなる大砲も魔法も通さず、中からは君の吐息の音しか響かない、最高の愛の密室だぞ!!」
「(かまくらの定義を五万倍くらい間違えてるーーっ!!)」
さらにユリウス様の暴走は止まらない。
「おい、そこの平民ども(乗客たち)!」
ユリウス様は、氷の城の内部(船の甲板)で震える一般客たちに向かって、声高らかに宣言した。
「リリアが『みんなで楽しみたい』と望んでいる! よって、今日から貴様らを『リリア教の狂信徒』および『城の警備兵』に任命する! 外からシリルたちが干渉してこないよう、二四時間体制でリリアの美しさを讃える讃美歌を歌い続けろ!!」
「「「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!! カルト宗教に強制入信させられたぁぁぁっ!!」」」
乗客たちはついに白目を剥いて次々と気絶し始めた。
「ピーーッ!! ピィィィィィッ!! 従兄殿、レッドカード!!」
シリル様がホイッスルを肺が千切れるほど吹き鳴らし、ユリウス様の前に立ち塞がった。
「無許可の建国宣言! カルト宗教の強要! および建築基準法違反です!! あなたの『かまくら』はデカすぎて、太陽の光が一切入ってきません!!」
「エラー! 乗客のストレス値が測定不能のレベルに達しました! 一般客のメンタルが完全に崩壊します!」
ソフィア様もバインダーを叩きつけ、冷徹な目を向けた。
「させん! ――『概念切断』!!」
シリル様が残された魔力をすべて振り絞り、頭上の巨大な氷の天井に向かって光の刃を放った。
パァァァァァァァァァンッ!!!!
シリルのチート魔法が、ユリウス様の錬成した『超巨大かまくら(氷雪城)』の構造概念を真っ二つに切断する。
轟音と共に、天を突く氷の城壁が崩壊し、細かい光の粒子となって空中に砕け散った。
「あああっ! 私とリリアの究極の愛の密室が!! シリル、貴様ぁぁっ!!」
「義姉上の『雪遊び』を新興宗教の総本山にするヤンデレがどこにいる!! 少しは自重しろ!!」
二人のチート同士が、甲板で(魔法を封じられた物理的な)取っ組み合いを始める中。
空中に砕け散った氷の城の残骸は、太陽の光を反射してキラキラと輝く『ダイヤモンドダスト』となり、凍りついた海原と船の甲板に美しく降り注いでいた。
「……わぁ……」
「……綺麗だ……。まるで、星が降ってくるみたいだ……」
そのあまりにも幻想的な光景に、気絶から目覚めた乗客たちが、一時的に恐怖を忘れて感嘆の声を漏らした。
結果的に、氷の芸術が乗客の心を少しだけ和ませるという、私の狙い通りの『平和的レクリエーション』が奇跡的に成立したのだった。
「……義姉上。目的(乗客の慰め)は達成できましたが、手段が国際問題レベルです。今後は『氷』や『雪』といった、従兄殿のメインウェポンを刺激する提案も禁止します」
「……はい。ごめんなさい……」
私のささやかな『かまくら作り』の提案は。
ヤンデレ公爵の「巨大氷雪城の建国と、リリア教の設立」という最悪の暴走を生み出し、シリル様の胃壁と魔力を限界まで削り取って終わった。
キラキラと輝く美しい氷の粒の中で、取っ組み合いを続ける夫と義弟。
遭難五日目。私の二度目の人生の平穏は、ダイヤモンドダストの美しさとは裏腹に、今日もカオスの極みへと猛スピードで滑り落ちていくのだった。




