「無心になれる『折り紙』を提案しました〜千羽鶴に込めた平和への願いが、絶対迎撃型のオリハルコン製・殺人ドローンに変換されました!〜」
私が「ユリウス様へのささやかなお詫び」としてプレゼントした青いマグカップが、絶対零度の氷とオリハルコンで完全密閉され、王国の近衛騎士団によって二四時間警護される『第一級聖遺物』に認定されてから数日が経過した。
真っ白な寝室のど真ん中には、今も大理石の祭壇が鎮座し、その上で青いマグカップが神々しい後光を放っている。
「……マグカップって、あんな風に飾るものだったかしら……」
私は部屋の隅の椅子に座り、遠くから自分のプレゼント(未開封)を眺めながら、虚無の表情で呟いた。
私のささやかな『普通の夫婦アピール』は、またしてもヤンデレ公爵の常軌を逸したスケールの前で木っ端微塵に砕け散ってしまったのだ。
「義姉上。過去の失敗に囚われるのは非生産的です。本日の精神修養カリキュラムに移行しましょう」
「ピッ。従兄殿、祭壇のマグカップに向かって祈りを捧げるのはやめなさい。宗教の対象が間違っています」
今日も今日とて、ロボット気質のソフィア様がバインダーで私の生活を管理し、クール系イケメンのシリル様がホイッスルを鳴らしてユリウス様の奇行を取り締まっている。
(駄目だわ、このカオスな空間にいると、私の精神がすり減っていく……。何か、もっと原始的で、一人で黙々と没頭できる、究極に無害な作業はないかしら……!)
私は前世の記憶を必死に探り、ある一つの『ニホンの伝統文化』を思い出した。
「あの、シリル様、ソフィア様!」
「なんでしょう、義姉上」
「私、『オリガミ(折り紙)』がしたいです!」
「……オリガミ、ですか?」
ソフィア様が銀縁の眼鏡を光らせた。
「はい! 正方形の紙を折って、動物や植物の形を作り出す、ニホンの伝統的な遊びです。手先を使うので脳の活性化になりますし、何より、紙を折っている間は無心になれるんです」
私は力説した。
折り紙。これこそ、武器にもならず、毒にもならず、誰かと接触する必要もない、完全無欠の『安全な趣味(暇つぶし)』である!
「なるほど。指先の微細な運動と、幾何学的な空間認識能力の向上。そして精神の安定。非常に合理的です」
ソフィア様が許可を出し、シリル様も頷いた。
「よろしい。刃物を使わない点も安全基準を満たしています。従兄殿も、義姉上が紙を折るだけなら暴走のしようがないでしょう」
数分後。私の手元には、色とりどりの美しい正方形の紙が用意された。
私は嬉々として赤い紙を手に取り、角と角を丁寧に合わせ、スッ、スッと折り目をつけ始めた。
「(ああ……心が落ち着くわ。やっぱり単純作業は最高ね)」
私が作っているのは、折り紙の定番中の定番である『ツル(鶴)』だ。
「……リリア」
ふと、二メートル離れたソファーから、ユリウス様の低く熱を帯びた声が響いた。
彼はマグカップへの祈りを中断し、私が紙を折る手元を、獲物を狙う鷹のような鋭い(血走った)瞳で凝視していた。
「君はなぜ、その薄っぺらい紙切れを、そんなにも優しく撫でるように折っているのだ? 紙の端と端を合わせるその繊細な指先の動き……ああ、私がその紙になりたい。君の指で、私の体も好きなように四つ折りにでもしてくれないか?」
「(人体を四つ折りにしたら死にます!!)」
ユリウス様がまたしても「紙への嫉妬」という明後日の方向へ暴走しそうになったため、私は慌てて折り紙の『大義名分』を口にした。
「ち、違いますユリウス様! これは『ツル』という鳥を作っているんです! ニホンには『千羽鶴』という風習があって、このツルを千個折って繋げると、病気が治ったり、平和な暮らしが叶ったりするっていう言い伝えがあるんですよ!」
私は完成した一羽の赤い鶴を、手のひらに乗せて見せた。
「私はただ、私たちに『平和で普通の日常』が訪れるように、祈りを込めて折っているだけなんです」
そう。私の願いはただ一つ、「ヤンデレに怯えない平穏な日々」である。
――しかし。
その言葉を聞いた瞬間、ユリウス様の氷の青い瞳が、カッ!と見開かれた。
「……そうか」
ユリウス様は、ワナワナと肩を震わせながら立ち上がった。
「紙という器に、君の魂(魔力)を込め、それを千個も集積させる……。なるほど! それはただの遊びではない。君の願う『平和』――すなわち、『私と君の二人きりの邪魔者のいない世界』を強制的に現出させるための、古代の大規模召喚魔術(儀式)なのだな!!」
「(違う!! 規模がでかすぎる!!)」
「リリア! 君が私との永遠の平和をそこまで強く望んでくれているとは……! 夫として、これほど嬉しいことはない!!」
ユリウス様は歓喜の声を上げ、両手を高く掲げた。
「だが、紙などという脆弱な素材では、君の強大な愛(願い)を受け止めきれずに燃え尽きてしまうだろう! 君の願いを永遠のものとするため、この私が、千羽の器を『最強の素材』で錬成してあげよう!!」
「ゆ、ユリウス様!? 何をする気ですか!?」
「シリル! ソフィア! 私とリリアの『永遠の平和(二人きり)』を邪魔する貴様らを排除するための、愛の使い魔だ! ――『千羽の絶神鳥』!!」
カッ!!!!
ユリウス様の全身から、寝室を吹き飛ばさんばかりの凄まじい魔力が爆発した。
そして次の瞬間。
空中に、私が折った折り紙の鶴と全く同じ形をした、しかし素材が『神の金属』でできている、刃のように鋭い金属の鶴が――文字通り『一千羽』、ズラリと錬成されたのだ!!
「ひぃぃぃぃっ!?」
「なっ……!? 従兄殿、何を!!」
シリル様が驚愕の声を上げた。
「行け、私の愛の結晶たちよ! リリアの望む『平和(私との密室)』を実現するため、この部屋にいる『私とリリア以外のすべての動くもの』をミンチにして排除しろ!!」
ギュイィィィィィンッ!!!!
ユリウス様の号令と共に、一千羽のオリハルコン製の鶴(※もはや超高速の殺人ドローン)が、けたたましい飛翔音を立てて、シリル様とソフィア様、そして扉や窓に向かって一斉に襲い掛かった!
「ソフィア! 義姉上を護れ!!」
「了解。迎撃軌道を計算します。……エラー。対象の数と速度が物理法則を逸脱しています。完全に、絶対迎撃型の自律兵器です!」
寝室は一瞬にして、オリハルコンの鶴が飛び交う地獄の戦場と化した。
鋭い金属の翼が、純白の壁を削り、家具を切り裂き、シリル様に殺到する。
「チッ……! どんだけ妻の折り紙に触発されてるんだこのヤンデレは!! ――『概念切断』!!」
パァンッ!! パァァァンッ!!
シリル様が両手を振り回し、迫り来る金属の鶴を次々と『無効化(光の粒子に還元)』していく。
しかし、ユリウス様は「フハハハ! 私の愛の弾幕は千発あるぞ!」と、魔力無尽蔵のチートパワーで鶴を無限に補充し続けている。
「やめてぇぇぇっ! 私の平和への願いが、物理的な殺戮兵器に変換されてるぅぅっ!!」
私はソフィア様の展開した防御結界の中で、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「リリア! 見てくれ! 君の折った鶴が、今、目障りなカウンセラーたちを排除し、私たちの永遠の平和を切り開いているぞ!!」
「そんな物騒な平和、一ミリも望んでません!! 鶴をしまってください!!」
「ピッ!! 従兄殿! 生物兵器の大量破壊条約違反です! 減点!!」
シリル様がホイッスルを吹きながら、必死に千羽の殺人ドローンを切り落とし続ける大立ち回り。
結局、この『オリハルコン千羽鶴の乱』は、シリル様が魔力切れギリギリまで概念切断を連発し、最後はソフィア様がユリウス様の顔面に「鎮静用スプレー(物理)」を噴射して気絶させるまで、数時間にわたって続いた。
「……義姉上」
息も絶え絶えになったシリル様が、ボロボロになったバインダーを開いた。
「今後は、『千』や『永遠』『平和』といった、従兄殿の誇大妄想を刺激するようなスケールの大きいキーワードの使用を禁止します。オリガミも没収です」
「はい……申し訳ありません……」
無心になれるはずだった『折り紙』は。
ヤンデレ公爵の「平和への願い=邪魔者の排除」という最悪の翻訳を経て、一千羽の絶対迎撃型殺人ドローンを生み出す引き金となってしまった。
ボロボロに切り刻まれた純白の寝室の中央で、オリハルコンで密閉された青いマグカップ(聖遺物)だけが、無傷のまま神々しく輝き続けている。
私の二度目の人生の平穏は、千羽の鶴が運んでくるどころか、鋭利な刃物となって私の精神をズタズタに切り裂いていくのだった。




