「旦那様へのお詫びにプレゼントを買いに行きました〜ソフィア様の合理的アドバイスで選んだマグカップが『聖遺物』に認定されました!〜」
私が提案した精神修養のための『茶道』が、ユリウス様による「強烈な抹茶の苦み=毒殺の儀式」という最悪の勘違いを引き起こし、プラシーボ効果で本気で死にかけた(自己心停止しかけた)翌日。
「……はぁ。いくらなんでも、昨日のは少し申し訳なかったわ……」
真っ白な寝室の隅で、私は一人ため息をついていた。
私の無害アピールが裏目に出たとはいえ、愛する(?)妻に毒殺されたと思い込んで、あんなに幸せそうに天に召されようとしていたユリウス様の姿を思い出すと、少しだけ胸が痛むのだ。
(ユリウス様の愛は重すぎて息が詰まるけど、私のために一生懸命なのは間違いないのよね……。何か、昨日の『毒殺未遂』のお詫びになるような、普通で安全なプレゼントを贈って、ご機嫌を直してもらえないかしら)
しかし、シリル様に「旦那様にプレゼントを買いに行きたい」などと言えば、「予定外の行動です」「従兄殿の執着を不必要に煽るだけです」とスケジュールバインダーで却下されるのは目に見えている。
そこで私は、シリル様がユリウス様と『ソーシャルディスタンスの防衛戦(取っ組み合い)』をしている隙を突き、ソフィア様にこっそりと相談を持ちかけた。
「……なるほど。従兄殿への『お詫びの品』の調達ですね」
ソフィア様は銀縁の眼鏡をスッと押し上げ、静かに頷いた。
「行動心理学の観点から見て、対象(ユリウス様)の異常な被害妄想(毒殺など)を緩和するためには、妻側からの『自発的な報酬』を与えることは、信頼関係の再構築において非常に有効な手段だと推測されます。私の権限で、外出のカリキュラムを臨時追加しましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます、ソフィア様!」
「ただし、シリルには『婦人科系の健康診断および女性特有の日用品の買い出し』と申告します。従兄殿には絶対に極秘です。彼が知れば、街ごと買い占めるか、店を焼け野原にするかの二択になりますから」
ソフィア様の極めて合理的かつ正確なリスク管理により、私たちはシリル様とユリウス様の目を盗み、女二人だけで城下町へと極秘のお出かけを敢行することになった。
私たちは身分を隠すための地味なローブを羽織り(※ソフィア様の隠蔽魔法付き)、活気あふれる王都の商店街へとやってきた。
「さて、義姉上。従兄殿へ何を贈る予定ですか?」
「うーん……普通の夫婦なら、身につけるものが定番ですよね。たとえば、あの『ネクタイ』なんてどうでしょう?」
私が紳士服店のショーウィンドウを指さすと、ソフィア様は即座に首を横に振った。
「却下です。首に巻くアイテムは、従兄殿のヤンデレ回路を通すと『リリアの愛で私の首を絞め(束縛し)てくれ』というメッセージに変換され、彼が二四時間ネクタイで自らを締め上げる自傷行為に発展する確率が九八%です」
「(怖っ!!)」
「では、あの綺麗な万年筆は?」
「却下です。執務用の道具を贈れば『私から離れて仕事をしろ(=愛の拒絶)』と解釈され、彼は万年筆をへし折り、宰相の職をその場で辞任するでしょう」
「じゃ、じゃあ……香水とか……?」
「論外です。『私の匂い(体臭)を別の香りで上書きしろ』という浮気の暗示と取られ、香水瓶ごと物理的に粉砕されます」
ソフィア様のデータに基づいた冷徹なシミュレーションは、ことごとくユリウス様の『最悪のヤンデレ解釈』を論理的に予測・除外していく。
「どうしよう……! 身につけるものも仕事道具もダメなら、何を贈れば……!」
「義姉上。昨日の事件の発端を思い出してください。お茶(水分)です。共に同じ器で水分を摂取し、生命活動を維持する象徴……つまり『ペアの食器』が、最も透明性が高く、毒殺の疑いを払拭する健全なアイテムと判断します」
「ペアの食器……マグカップですね!」
ソフィア様の完璧なアドバイスに従い、私たちは陶器の専門店で、素朴だけれど温かみのある、青と白の色違いの『ペアのマグカップ』を購入した。
これなら「普通の夫婦」っぽくて、安全で、絶対に勘違いされないはずだ!
公爵邸に帰還した私たち。
寝室では、相変わらずユリウス様が「リリアはどこだ! トイレが長すぎる!!」と吠え、シリル様が「義姉上のプライバシーを侵害するな!」とプロレス技(概念切断付き)で応戦していた。
「……ゆ、ユリウス様。ただいま戻りました」
「リリア! ああ、無事でよかった! 私はてっきり、君が便器の中に吸い込まれて異次元へ転移してしまったのかと……!」
「(どんな心配の仕方!?)」
私は咳払いをして、背中に隠していた小さな箱を取り出した。
「実は、ソフィア様にお願いして、街へお買い物に行っていたんです。……これ、ユリウス様に。昨日は私の『お茶』のせいで驚かせてしまったので、その……お詫びのプレゼントです」
私が包みを開け、青色のマグカップをユリウス様に差し出すと。
ユリウス様の動きが、完全にピタリと停止した。
「……私に、プレゼント……? 君が自ら外へ出向き、私のために、これを選んでくれたのか……?」
「は、はい。ペアのマグカップです。これでお茶を飲めば、私が毒なんか入れてないって信じてもらえるかなって……」
ユリウス様は、震える両手で、その青いマグカップを恭しく、まるで神から賜った宝物のように受け取った。
そして、氷の青い瞳から、ブワッと大粒の涙を溢れさせたのだ。
「おおおおお……!! 神よ!! これが……妻からの『贈り物』!!」
「あの、泣くほどのことじゃ……」
「これを見てみろ、シリル!! リリアが私に、この『取っ手』のついた器をくれたのだ!!」
「ええ、ただのマグカップですね」
シリル様が冷たく返すが、ユリウス様のヤンデレ解釈は、ソフィア様の予測すらも超えて飛躍し始めた。
「ただの器ではない! 分からないのか! ペアの器……つまり、この『取っ手』と、リリアの持つ『取っ手』に、赤い糸を結びつけて常に繋がっていようという、彼女からの『逆プロポーズ(束縛の要求)』のメッセージなのだ!!」
「(なんでそうなるのーーっ!?)」
「しかも、共に口をつける器! これで水を飲めば、実質的に二四時間、リリアと間接キスをし続けることができる究極の魔導具!!」
「マグカップです!! 魔導具じゃありません!! 普通にお茶を飲んで!!」
私の抗議も虚しく、ユリウス様の目に狂信的な炎が宿った。
「こんな尊いものを、普段使いなどできるはずがない! 落として傷でもつけば、私とリリアの愛の結晶にヒビが入ってしまう!!」
ユリウス様はマグカップを高く掲げると、指を鳴らした。
カチィィィィンッ!!
「ゆ、ユリウス様!? 何をして……!?」
なんとユリウス様は、私がプレゼントした青いマグカップを『絶対零度の氷』と『透明なオリハルコン』で何十重にもコーティングし、絶対に破壊不可能な状態にしてしまったのだ。
さらに、寝室のど真ん中に突如として大理石の『祭壇』を錬成し、その上にマグカップ(オリハルコン・コーティング済)を恭しく安置した。
「これより、この器は我がクライス公爵家の『第一級聖遺物』とする!! 王室近衛騎士団を三小隊ここに配備し、二四時間体制でこの器の警護に当たらせろ!!」
「ピッ!! 従兄殿、常軌を逸しています! 個人の私物を国宝扱いにして騎士団を私兵化するなど、重大な越権行為です!! 減点!!」
「黙れシリル! リリアの愛の証を前に、不敬なホイッスルを鳴らすな!!」
シリル様が頭を抱え、ソフィア様がバインダーに「エラー。対象の愛着のスケールが、一般的な食器の用途を完全に逸脱しました」と無機質に記録している。
昨日のお詫びとして、私がこっそり選んだ『普通で安全なペアのマグカップ』は。
お茶を飲むという本来の目的を一切果たさないまま、オリハルコンで完全密閉され、王国の軍隊に警護される『聖遺物』へと昇華されてしまった。
私とユリウス様が、仲良くペアのマグカップで紅茶をすするような『普通の日常』は。
どうやらこの狂った世界線のどこを探しても、永遠に用意されていないようだった。




