「謝罪とイメージ改善のために、三度目の正直で『外交外遊』に行きました〜旦那様が王国の威信をかけて『妻専用の移動式大聖堂』を建てています!〜」
王都でのイメージアップ作戦を『悲劇の生贄事件』として大失敗で終えてからというもの、公爵邸には毎日、各国の外交官や教会の聖職者から「公爵夫人の無事を確認させてくれ」という無言の圧力が届くようになっていた。
「このままでは、わが国が『ヤンデレ公爵の妻を監禁している野蛮国』として国際的に孤立するぞ!」
国王陛下の胃痛は限界を突破し、ついにシリルを通じて『隣国のエストリア共和国への公式外交』という名の、大規模なイメージ改善ツアーが強制発令された。
「従兄殿。今回は、王都での醜聞を打ち消すための『謝罪と友好の旅』です。エストリア共和国の至宝である『平和の鐘』を鳴らし、我々が平和を愛する民であることを世界に示すのです。いいですね?」
「……わかった。リリアが『外の景色が見たい』と望むなら、私はどんな政治的妥協も受け入れよう」
「(一言も望んでません!!)」
私は心の中で突っ込んだが、シリルに「発言権は十五分間のティータイムのみです」と釘を刺され、黙り込むしかなかった。
今回用意された『移動式鳥籠』は、先日の馬車とはレベルが違っていた。
「エストリアへの旅は長丁場になる。君が常に神聖な空間に身を置けるよう、移動可能な大聖堂を錬成しておいたよ」
ユリウス様が指を鳴らすと、馬車……ではなく、六頭の巨竜に引かれた、本物の石造りの『大聖堂』が地面からせり上がってきた。
内部にはステンドグラスが嵌め込まれ、礼拝席(ただしリリア専用)、パイプオルガン、そして厳重な結界が張り巡らされている。
「すごい……。本当に教会をそのまま運んでる……」
「もちろん、私の愛の記録を欠かさないよう、大聖堂の天井には三百六十度対応の魔導カメラを五百台設置した。これで、君の寝顔も、食事風景も、祈りを捧げる姿も、高画質で永久保存される」
「(カメラの数が増えてるーーっ!!)」
私は『移動式大聖堂』の主として、ユリウス様とシリルに挟まれながら、エストリアへと出発した。
この旅の目的はただ一つ。
『狂王の素質がある』と噂されるユリウス様のイメージを払拭し、「実はとても理知的で、夫婦円満な外交官」であることを証明することだ。
エストリア共和国の王宮で行われた晩餐会。
ユリウス様は、シリルの徹底的な指導(物理的制圧含む)のおかげで、今のところ暴れずに済んでいた。
「……エストリア公、この度の非礼、わが国を代表して謝罪する」
ユリウス様は完璧な作法でワインを嗜み、相手国の王に対して凛とした姿勢で交渉に臨んでいた。
その姿は、誰もが恐れる『氷の宰相』であり、最高にクールな外交官だった。
(……すごい。ユリウス様、ちゃんと普通に話せてる……!!)
感動する私。シリルも満足げに頷いている。
しかし、その平和は、料理が運ばれてきた瞬間に崩れ去った。
「さて、メインのローストビーフだ。リリア、口を開けなさい」
「……え? ここで、ですか?」
大広間には、何百人もの貴族たちがいる。
そんな場所で、ユリウス様が私に食事を口移ししようとしている。
「従兄殿。公衆の面前です。自分のフォークとナイフを使ってください」
シリルが小声で警告する。
ユリウス様はギリギリと奥歯を噛み締め、フォークを手に取った。
しかし、彼の手は小刻みに震えている。
「リリアが……私の手からではなく、この金属の棒から肉を食むだと? 肉の脂が君の唇に触れることすら、私は許せない……!!」
バキィィィィィンッ!!
ユリウス様が握りしめた銀のフォークが、指の圧力で完全にへし折れた。
会場が凍りつく。
「わ、私が切ってあげる!」
私は慌てて自分のフォークを手に取ったが、ユリウス様はそれを奪い取ると、超高速のナイフ捌きで肉をミンチ状にし、私に『スプーン』で食べさせ始めた。
「さあ、リリア。これなら君の唇を傷つけることもない。私の愛という名の消化液(唾液)で、あらかじめ分解してあげよう」
「(肉をミンチにするのはやめてぇぇぇっ!!)」
周囲の貴族たちは、「……あれが、宰相の愛情表現……? 氷の公爵が、肉を……ミンチに……?」と、恐怖で青ざめている。
晩餐会は散々な結果に終わったが、シリルは諦めなかった。
「最後に、エストリアの広場で『平和の鐘』を鳴らしてください。これで、あなたの『世界平和を願う心』が証明されます」
広場に集まった何千もの市民。
私は祈るような気持ちでユリウス様を見つめた。
ここで鐘を美しく鳴らせば、皆がユリウス様を「平和の使者」だと信じてくれるはずだ!
「……平和の鐘、か」
ユリウス様は鐘の紐を握りしめ、私を振り返った。
「リリア。平和とは何だ? 争いのない世界? 違う。平和とは、君が誰にも邪魔されず、私の愛だけに包まれて生きることだ」
彼はそう言うと、鐘を鳴らすのではなく、鐘そのものを魔力で『物理的に粉砕』した。
ゴォォォォォンッ!! という凄まじい音と共に、鐘の破片が粉々に飛び散る。
「……私の愛する妻が、この鐘の音によって不快になることなどあってはならない! これからは、私が君の耳元で愛を囁き続け、世の中のすべての雑音(鐘の音)を消し去ってあげよう!!」
「「「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!」」」
市民たちは、目の前で鐘を破壊し、狂気じみた眼差しで叫ぶユリウス様を見て、腰を抜かして逃げ出した。
「ピッ。はい、終了。本日もイメージアップ失敗です」
「リリア! 見たか! 私は君の眠りを妨げるすべての音を破壊したのだ!」
シリルは深いため息をつき、頭を抱えた。
私は鐘の破片が飛び散る広場のど真ん中で、ただ立ち尽くすしかなかった。
「謝罪と友好の旅」は、現地のシンボルを破壊し、国民を恐怖に陥れるという『史上最悪の外交的失態』で幕を閉じた。
大聖堂(移動式鳥籠)の中へと引きずり込まれる私を、三台の魔導カメラが「失敗の記録」として全方位から撮影し続ける。
私の二度目の人生の自由は、もはや世界中のどこへ行こうとも、ヤンデレ公爵の愛の音(鐘の破壊音)と共に、跡形もなく消え去ってしまうのだった。




