「城下町でのイメージアップ作戦!〜旦那様の笑顔が般若すぎて、王都が恐怖のドン底に陥りました!〜」
国王陛下の勅命により派遣された最強の生活改善指導員、シリル。
彼の徹底的なスケジュール管理により、私の生活は「分刻みの軍隊式ディストピア」と化していたが、同時にユリウス様の暴走(魔法によるヤンデレ行為)は彼の『概念切断』によって完封されていた。
そんなある日の朝。
真っ白な寝室のテーブルで、規定量の温野菜を食べていた私と、二メートル離れた席で書類を睨んでいるユリウス様に向かって、シリルが重々しい口調で報告書を読み上げた。
「……従兄殿。あなたの城下町での評判が、現在『歴代最悪』の数値を記録しています」
「私の評判だと? くだらん。民衆が私をどう思おうと知ったことか。私の宇宙はリリアを中心に回っているのだから」
「そうはいきません。あなたは一国の宰相です」
シリルは冷徹な黄金の瞳を細め、報告書をトントンと指で叩いた。
「『ザハ帝国の使節団を物理的に目隠しして土下座させた』『王都中の恋愛小説を焚書してヤンデレ監禁本に差し替えた』『公爵邸から謎の巨大な氷像(リリア義姉上)が現れて自爆した』……これらの奇行により、民衆の間であなたは『妻への愛を拗らせて国を滅ぼす狂王の素質あり』と噂されています。このままでは、宰相としての求心力が失われます」
「(民衆の目、めちゃくちゃ正確だわ……!)」
私は温野菜を飲み込みながら、心の中で激しく同意した。
「よって本日のスケジュールを変更します。これより私たち三人で城下町へ視察に向かい、従兄殿の『健全で親しみやすい宰相』としてのイメージアップを図ります」
「断る!! リリアを外の空気に晒すなど言語道断だ! どこの馬の骨とも知れない平民の視線に、私の天使の肌が触れることすら耐えられん!!」
「カリキュラムの拒否は、本日の『接触時間(十五分)』の没収を意味します。よろしいですね?」
「……チッ。行くと言っているだろうが」
シリルの絶対的な権限(人質:私との時間)の前に、ユリウス様はギリッと奥歯を噛み締めながら屈服したのだった。
数十分後。
私たちは、賑わう王都の城下町に降り立っていた。
私は極力目立たないような上品で質素なドレスを着せられ、その両脇を、漆黒の髪の美丈夫(ユリウス様)と、銀糸の髪の美青年が固めている。どう考えても目立つ。
「義姉上、適度な歩幅で。従兄殿、周囲を威嚇するのはやめてください。親しみやすい笑顔を」
シリルの注意も虚しく、ユリウス様は私の周囲一メートル以内に誰も近づけないよう、全身からドス黒い殺気と絶対零度の冷気を放出していた。
すれ違う平民たちは、「ヒィッ! 氷の宰相だ!」「目を合わせたら凍らされるぞ!」と悲鳴を上げて道を譲り、私たちの前にはまるでモーセの十戒のように、綺麗に道が開けていく。
「(イメージアップどころか、完全に恐怖政治のパレードになってる……!)」
「従兄殿。それでは逆効果です。ほら、あそこに迷子になって泣いている子供がいます。宰相自ら優しく慰め、慈愛の心を示してください」
シリルが指さした先には、道端で「うぇ~ん、おかあさ~ん」と泣いている小さな男の子がいた。
私は可哀想に思い、「どうしたの?」と駆け寄ろうとした。
――ガシッ!
「リリア! 近づいてはいけない! あれは純真な子供を装った、君の温もりを奪う寄生虫かもしれないぞ!!」
「違いますよ! ただの迷子です!」
ユリウス様は私を背後に庇い、泣いている子供の前に立ちはだかった。
そして、シリルの「笑顔で」という指示を思い出し、ギリギリと頬の筋肉を引きつらせて……。
「……ふふふ。泣くな、小僧。母親がいなくなったくらいで絶望するな。……安心しろ、私が今すぐ王都の警備兵を一万規模で動員し、お前の母親を地の果てからでも探し出してやるからな(ニチャァ)」
「「ヒィィィィィィィィッ!! 食べられるぅぅぅ!!」」
子供は、ユリウス様の『殺意一〇〇%で構成された般若の笑顔』を見て、恐怖のあまり泡を吹いて気絶しそうになった。
慌てて駆けつけた母親も、ユリウス様の顔を見るなり「お命だけはぁぁぁっ!」と土下座して去っていった。
「ピッ。減点です。子供をトラウマレベルで怯えさせてどうするんですか。笑顔の筋肉が死んでいます」
「なぜだ! 私は国家権力をフル活用した解決策を提示したというのに!」
気を取り直して、町を歩く三人。
私は少しでも雰囲気を和らげようと、通り沿いの花屋に目を向けた。
「あ、綺麗なお花……。ユリウス様、あのお店、素敵ですね」
「……リリアが、花を?」
ユリウス様の目が、カッ!と見開かれた。
シリルがすかさずアドバイスを入れる。
「従兄殿。奥様のために、そして町への還元のために、ささやかな花束を買って差し上げてください。それが『一般的な愛妻家』の行動です」
「ふん、言われるまでもない! おい、店主!!」
ユリウス様は花屋の店主にズカズカと詰め寄った。
店主は「ひぃっ! 氷の宰相様!」と震え上がっている。
「私の妻が、貴様の店の花を『綺麗だ』と褒めた! 素晴らしいことだ。よって、この店にある花をすべて買おう!」
「えっ!? 全て、でございますか!?」
「いや、それでは足りないな。リリアの美しさを飾るには、王都中の花を集めてもまだ足りない! おい、店主! 今日から貴様を王室直属の園芸長に任命する! 王都の建物をすべて更地にして、一面の花畑を造り上げろ! 資金は公爵家の金庫を底が抜けるまで使って構わん!!」
「(街が消滅するーーっ!!)」
ドサッ、とユリウス様が魔法空間から取り出したのは、大人が抱えきれないほどの金塊の山だった。
店主は「け、経済が壊れるぅぅ……」と白目を剥いて倒れ込んだ。
「ピッ。過剰な経済介入と、都市計画の私的乱用です。減点。普通に一輪の薔薇を買えばいいものを、なぜ国家予算レベルの奇行に走るのですか」
「リリアへの愛を『一輪』などというケチな単位で測れるか!!」
子供を怯えさせ、花屋の経済概念を破壊し、私たちのイメージアップ作戦は完全に崩壊の危機に瀕していた。
その時。
「あっ……!」
人混みの中で、一人のみすぼらしい身なりの男が、私の横をすれ違いざまにドンッとぶつかり、私の手元から小さな布切れを引ったくって逃げていった。
「泥棒だわ! 私のハンカチが!」
それは、ただのハンカチではない。
私がかつて(自分の不注意で指を刺して)ユリウス様にダメージを肩代わりさせてしまった際、彼の血が染み込んだ『血染めの刺繍入りハンカチ』。
ユリウス様が「究極の血の契約」と呼んで、私の外出時に持たせていた呪いのアイテムだ。
「……何?」
ピタリ、と。
ユリウス様の足が止まった。
周囲の空気が、急激に冷え込んでいく。
真夏のような陽気だった城下町に、突如として粉雪が舞い始めた。
「……あの、薄汚いドブネズミめ。私のリリアにぶつかり、あまつさえ、私とリリアの『血の契約(愛の証)』を強奪しただと……?」
ゴゴゴゴゴゴッ!!
ユリウス様の背後に、かつてないほどの巨大な氷の魔力が渦を巻き始めた。
「許さん……! この王都の地下水脈ごと凍らせて、あのネズミの四肢を細胞レベルから粉砕し、永遠の氷地獄の中で……!!」
「ゆ、ユリウス様! 街の人たちが凍っちゃう!!」
「従兄殿、怒りの沸点が異常です。街を破壊するなど――」
シリルが『概念切断』の魔法を発動しようとした、その瞬間だった。
逃げていたスリの男が、引ったくったハンカチの柄を見て、立ち止まった。
「へへっ、貴族の持ち物なら高く売れ……ヒィッ!? なんだこりゃ、ベッタリと血がついてるじゃねえか!! しかも青い薔薇の紋章……クライス公爵家の!? 猟奇的殺人の証拠品かよ!!」
スリの男は、「呪われるぅぅっ!!」と絶叫しながら、そのハンカチを地面に放り投げ、一目散に逃げ去ってしまった。
「……」
「……」
血染めのハンカチが、ヒラヒラと石畳の上に落ちる。
それを見た平民たちが、ザワザワと囁き合い始めた。
「おい、見たか……あのハンカチ、血塗れだぞ」
「やっぱり、奥様は毎晩地下室で拷問を受けているんだ……」
「なんて可哀想なんだ。あんなに健気な奥様が、氷の狂王の生贄になっているなんて……」
「ああ、公爵夫人……どうかご無事で……!!」
民衆たちの私を見る目が、完全に『悲劇のヒロイン(狂王の生贄)』への同情と哀れみに変わっていた。
「……」
シリルは、スッと持っていたバインダーを閉じ、深く、深くため息をついた。
「……本日の視察は終了です。従兄殿のイメージ改善は不可能であると結論づけました。むしろ、『血塗られた愛の生贄』という新たな噂が確定しましたね」
「なぜだ!! 私はただ、リリアの純潔と私たちの絆を守ろうとしただけだぞ!! ほら、リリア、落としたハンカチは私が綺麗に消毒(超高温の炎で滅菌)してあげるからね!」
「ハンカチが燃えちゃうからやめてください!!」
城下町の平民たちに、同情と恐怖の視線を向けられながら。
私たちのイメージアップ作戦は、ユリウス様のヤンデレ度合いを王都全域に物理的・視覚的に証明しただけで終わった。
シリルによる分刻みのスケジュール管理と、ユリウス様の常軌を逸した愛情表現。
どちらのベクトルにも振り回される私の二度目の人生は、城下町の人々の「どうか生き延びて」という祈りを背に受けながら、今日もカオスの中を突き進んでいくのだった。




