「自由を手に入れたと思ったら分刻みのスケジュール管理社会でした〜健全な対話訓練で旦那様の愛のポエムが減点されています!〜」
国王陛下の勅命により派遣された最強の生活改善指導員(クール系イケメン)、シリル。
彼の『概念切断』というチート能力により、私を縛っていた『呪いの赤い糸』や『魔導カメラ』は完全に無効化され、私はついにヤンデレ公爵の魔力的な束縛から解放された。
「おはようございます、義姉上。昨晩は従兄殿の侵入を防ぐため、寝室の扉の前に結界ならぬ『物理バリケード』を構築しておきました。安眠できましたか?」
「は、はい! シリル様のおかげで、久しぶりにベッドを一人で広々と使えました!」
翌朝。
真っ白な寝室(※ペンキはシリルの権限でも落とせなかったらしい)で目を覚ました私は、感動に打ち震えていた。
隣に私を抱き潰そうとする大柄な夫がおらず、息苦しいほどの愛の囁きも聞こえない。一人で起き上がり、一人で着替えができる。
これが、人間としての『普通の生活』なのだ!
「それは重畳です。では、早速ですが……本日の『健全な夫婦関係構築のための行動予定表』をお渡しします」
シリルは銀糸の髪を揺らしながら、一枚の羊皮紙を私に差し出した。
黄金の瞳は冷徹な光を放ち、一切の感情を排した合理的な輝きを帯びている。
「……えっと。朝食は七時きっかり。カロリー計算された温野菜と白身魚。その後、三十分の読書(※ユリウス様の本は禁止)。九時から中庭の散歩(※ユリウス様は同行不可)……」
私はスケジュール表を見て、目を瞬かせた。
そこには、朝起きてから夜寝るまでの私の行動が、分刻みでビッシリと書き込まれていたのだ。
「そして、午後三時のティータイム。ここでの『十五分間』のみが、本日、義姉上が従兄殿と接触を許可された時間となります」
「えっ!? 十五分だけですか?」
「はい。これまでの『二四時間密着』という異常な依存状態をリセットするには、まず物理的な隔離期間が必要です。十五分でも多いくらいですよ」
シリルが淡々と説明していると。
ドゴォォォォンッ!!!!
寝室の扉(と物理バリケード)が、凄まじい衝撃音と共に粉砕された。
「……十五分だと!? ふざけるなシリルゥゥゥッ!!」
土煙の中から現れたのは、魔法を封じられ、完全に『野生の獣(物理)』と化したユリウス様だった。
彼は血走った青い瞳で私を捉えると、超人的な脚力で床を蹴り、弾丸のようなスピードで私に向かって突進してきた。
「リリア! 一晩君の温もりを感じられなかっただけで、私の心臓は停止寸前だ! さあ、不足した十二時間分の抱擁を一気に補充しよう!!」
「ひぃぃぃっ! 来ないでぇぇっ!!」
私が悲鳴を上げた瞬間、シリルがスッと私の前に立ち塞がった。
「距離の規定違反です、従兄殿」
シリルはユリウス様の突進を最小限の動きで躱すと、その腕を取って流れるように重心を崩し、見事な一本背負いでユリウス様を床に叩きつけた。
――ズドォォンッ!!
「ぐはっ……! 貴様、また私の愛の軌道を物理的(合気道)に逸らしたな……!」
「動物的な衝動で義姉上に襲い掛かるのはおやめください。あなたは理性を持った人間のはずです。……さあ、スケジュール通り、朝食の時間にしましょう。従兄殿は別室で、書類仕事(宰相の業務)を進めてください」
「リリアと一緒に食べられない食事など、砂を噛むのと同じだ!!」
(……凄い。あのユリウス様が、完全に手玉に取られてる……!!)
私はシリルの圧倒的な管理能力に、思わず尊敬の眼差しを向けた。
これなら、私の平穏な生活は守られる! 私はついに、真の自由を手に入れたのだ!!
……と、この時の私は、能天気にそう信じていたのだ。
しかし、その『平穏な生活』は、半日も経たないうちに別の地獄へと姿を変えた。
「義姉上。読書中の姿勢が、指定した角度から三度ズレています。背筋を伸ばし、視力の低下を防ぐ適正距離を保ってください」
「あ、はい……」
「義姉上。中庭の散歩ですが、心拍数が規定値に達していません。あと十周、早歩きでお願いします。健康な肉体なくして、健全な精神は育ちません」
「ひ、ひぃぃ……っ、足が……」
「義姉上。おやつの時間に糖分を要求されましたが、却下します。本日の運動量に対するカロリー摂取量がオーバーしています。白湯を飲んでください」
「ケーキ食べたいぃぃ……っ!」
シリルの指導は、情け容赦のない『完全管理主義』だった。
ユリウス様の「君は何もしなくていい、私がすべて口移しで食べさせてあげる」という『極限の甘やかし(介護)』とは真逆。
シリルは「自立した健康な人間になるため」という大義名分のもと、私の生活のすべてを軍隊のように徹底的に管理・統制し始めたのだ。
(これ、赤い糸で繋がれてる時と、結果的に『自分の意志で自由に動けない』っていう本質は何も変わってないじゃない!!)
私は白湯をすすりながら、絶望に打ちひしがれた。
情熱的な監禁から、冷徹な管理社会へ。
支配者のタイプが変わっただけで、私の『鳥籠』は少しも壊れていなかったのだ。
そして午後三時。
待ちに待った(?)ユリウス様との十五分間の接触時間。
応接室の長いテーブルの端と端に、私とユリウス様が座らされた。
その距離、きっちり二メートル。シリルがメジャーで測って指定した『適正なソーシャルディスタンス』である。
「リリアァァ……! ああ、遠い……! 君の体温が感じられない距離など、異次元の彼方に隔離されているのと同じだ……!」
ユリウス様はテーブルを這うようにして私に近づこうとしたが、シリルがスッと間に入り、冷たい目で見下ろした。
「従兄殿。一センチでも距離を縮めれば、本日の接触時間は即座に終了とします」
「……ッ! 悪魔め……! 貴様に血は通っているのか!!」
「それでは、『健全な夫婦のコミュニケーション訓練』を開始します。お二人は、感情的・依存的な言葉を一切排し、客観的な事実に基づいた『世間話』をしてください。……本日のテーマは『天気』です。従兄殿からどうぞ」
シリルがストップウォッチを片手に指示を出す。
ユリウス様はギリッと奥歯を噛み締め、私を見つめた。
その氷の青い瞳には、隠しきれないほどの熱情がドロドロと渦巻いている。
「……リリア。今日の空は青いが……君の瞳の青さには、遠く及ばない」
「(あ、雲行きが怪しい)」
「いや、太陽すらも、君の輝きの前ではくすんで見える。私にとっての気象現象(天気)とは、君が微笑むか泣くかで、すべてが決まるのだ……! リリア、君こそが私の空だ!!」
ユリウス様はテーブルを叩き、熱烈な愛のポエムを絶叫した。
しかし。
「ピッ。はい、終了」
シリルがホイッスルを鳴らし、無情な判定を下した。
「話題が完全に逸脱しています。気象学に基づいた客観的な事実が一つも含まれていません。さらに、相手を神格化する依存的な発言は『普通』ではありません。減点です。やり直し」
「ぐぬぬ……! 事実を述べているだけだ! リリアの美しさは宇宙の真理だろうが!!」
「非論理的です。明日の天気予報について、降水確率を交えて話してください」
シリルに理詰めでボコボコにされるユリウス様。
私はその光景を見て、少しだけ胸がスカッとするのを感じた。あの横暴で強引なユリウス様が、ここまで手も足も出ずに説教されているなんて!
「……義姉上。次はあなたからです。明日の天気について、健全な質問をしてください」
「あ、はい! えっと……明日は晴れるといいですね、ユリウス様」
「素晴らしい、リリア! 君が晴れを望むなら、私が王立魔術師団を総動員して、この大陸のすべての雲を吹き飛ばし、永遠の晴天(白夜)を約束しよう!!」
「ピッ。天候の強制的・魔法的操作は自然破壊(エコトバの違反)です。減点」
(会話のキャッチボールが成立しない!!)
ユリウス様が何を言っても「私の愛」「君への奉仕」「世界を滅ぼす」という極端な結論に帰結するため、シリルはその都度ホイッスルを鳴らし、冷徹に減点していく。
わずか十五分のティータイムは、ユリウス様の愛のポエムの添削指導(全否定)だけで終わってしまった。
「本日の接触時間は終了です。従兄殿は執務室へお戻りください」
「ふざけるなシリル! まだリリアに触れてもいないぞ!!」
「物理的接触は、三ヶ月間の健全な対話訓練をクリアした後のステップです。退室を」
シリルに首根っこを掴まれ(物理)、ズルズルと引きずられていくユリウス様。
「リリアァァァッ!! 待っていてくれ! 私は必ずこの理不尽な管理社会を破壊し、君を再び私の腕の中(完璧な鳥籠)へと取り戻してみせるからなァァァッ!!」
ユリウス様の悲痛な叫びが、廊下の奥へと消えていった。
「……さて、義姉上。次は姿勢矯正のための体幹トレーニングの時間です。マットへ移動してください」
「はい……(涙)」
ヤンデレ公爵の『過剰な愛による束縛』か。
クール系イケメンの『合理的なスケジュールによる束縛』か。
ベクトルは違えど、私の自由がないことには変わりがない。
左手の星屑の指輪だけが、私の絶望の心拍数を感知して、ピコンピコンと虚しく点滅を続けるのだった。




