「王様が限界を迎えて最強の助っ人(甥っ子)を派遣してきました〜クール系イケメンの『概念切断』でついに赤い糸が切れる!?〜」
私が提案した『二人三脚入浴法』が、ユリウス様の手によって「魔界の温泉で互いの魂(背中)を毎日研磨し合う」という過酷な日課へと魔改造されてから数日が経った。
「……王立図書館の司書から、また泣きながら抗議の手紙が来ているぞ」
その頃、王城の執務室では。
この国の絶対権力者である国王陛下が、山積みの書類(※ユリウス様が『ヤンデレ改竄』を命じた出版物の検閲リスト)を前に、胃薬を水で流し込んでいた。
「あの馬鹿者め……。ザハ帝国の使節団を目隠しして土下座させたかと思えば、武者修行先(迷宮)から『リモート監視魔法』で妻の姿を覗き見しながら、片手間で魔竜を氷漬けにしおって。有能すぎるがゆえに、ヤンデレのスケールが国家の許容範囲を超えている!!」
国王陛下はバンッ!と机を叩き、執務室のソファーで優雅にお茶を飲んでいる弟――王弟(大公)に向かって吠えた。
「おい、どうにかしろ! あいつは一応、お前の甥っ子でもあろう! あの異常な『愛妻家(監禁魔)』の行動を正さねば、我が国は『氷の宰相が妻を溺愛するあまり滅びる』という前代未聞の歴史を刻むことになるぞ!」
「……そう慌てなさんな、兄上」
大公はティーカップを置き、フッと薄い笑みを浮かべた。
「ユリウスのあの狂気じみた執着は、並の物理攻撃や魔法では止まらん。何せ、奴は魔力も権力も規格外だ。……だが、奴の『異常な執着』を物理的・魔力的に切り離し、正常な状態に『リセット』できる適任者が、我が家におりますよ」
「……何? そんな奴が、この国にいるのか?」
「ええ。私の愚息を、ユリウスの邸へ派遣しましょう。あの子なら、氷の宰相の暴走を止め、あの夫婦を『普通の関係』に戻せるはずです」
一方、その頃の公爵邸の最上階。
真っ白な隔離病棟……もとい『純白の寝室』で、私は今日もユリウス様の膝の上(赤い糸の限界距離ゼロ)に拘束され、果物を「あーん」されていた。
「さあ、リリア。今日の果物は東の国の幻の桃だ。君の唇のように瑞々しい」
「……あ、あーん(もう味がしない……)」
頭上の魔導カメラ三台が、今日も元気にウィーンと羽音を立てて私たちのイチャイチャ(※一方的な監視と給餌)を録画している。
私が完全に感情を無にして桃を咀嚼していた、その瞬間だった。
――パツンッ。
「……え?」
突如、私の右手首とユリウス様の左手首を繋いでいた、絶対に切れないはずの『呪いの赤い糸』が。
まるでハサミで切られたただの糸くずのように、音もなく切断され、スルスルと床に落ちたのだ。
「なっ……!?」
ユリウス様が驚愕に目を見開いたのと同時に。
ガシャァァァンッ!!
頭上で空を飛んでいた三台の『魔導カメラ』が、一斉に動力を失い、床に墜落して粉々に砕け散った。
(えっ!? 嘘!? 呪いのアイテムが、全部壊れた!?)
「――失礼するよ、従兄殿」
寝室の重厚な扉が静かに開き、一人の青年が足音もなく入ってきた。
ユリウス様の『漆黒の髪と氷の青い瞳』とは対照的な、月明かりのような『銀糸の髪と、黄金の瞳』を持つ、恐ろしく整った顔立ちの青年だった。
「初めまして、義姉上。私はシリル。国王陛下の命により、本日からこの邸の『生活改善指導員』として赴任した」
「シリル……お前、なぜここに」
ユリウス様が、私を自身の背中に庇うようにして立ち上がり、かつてないほどの鋭い殺気を放った。
「私の『赤い糸』と『魔導カメラ』を破壊したな。私からリリアの温もり(監視)を奪うとは……たとえ王族であろうと、万死に値する!! ――『絶対零度の処刑剣』!!」
ユリウス様の背後に、寝室を丸ごと凍らせるほどの巨大な氷の剣が数十本出現し、シリルと名乗った青年に向かって容赦なく射出された!
「ひぃぃぃっ!?」
「無駄だよ、従兄殿。あなたの魔法は『出力』が強すぎる。理を無視した力は、私の前では意味を成さない」
シリルは表情一つ変えず、黄金の瞳をスッと細めた。
そして、飛んでくる氷の剣に向かって、ただ右手を軽く払っただけだった。
――スゥッ……。
その瞬間、絶対零度の氷の剣が、まるで最初から存在しなかったかのように、光の粒子となって「消滅」してしまったのだ!
「なっ……!」
(えええええっ!? あの理不尽の塊みたいなユリウス様の魔法を、無傷でかき消した!?)
「私の魔法は『概念切断』。事象の因果や、魔法の構成式そのものを『切断』し、無効化する能力だ。あなたの赤い糸も、カメラの魔力供給も、すべて根元から切り離させてもらった」
シリルは冷徹な、しかしどこか知的な響きを持つ声で淡々と告げた。
燃え上がるようなヤンデレの執念を放つユリウス様とは正反対の、氷の湖のように静かでクールなイケメンである。
「従兄殿。あなたの妻への愛情表現は、法と倫理、そして空間認識の観点から見て『異常』だ。私は陛下から、あなたたち夫婦の関係を『普通』に戻すよう命じられている」
「普通だと? くだらん。リリアを私の視界(録画)から外し、私の魔力(赤い糸)の届かない場所に置くなど、宇宙の法則に反している!」
ユリウス様は激昂し、今度は空間そのものを圧縮してシリルを押し潰そうとした。
しかし、シリルが「切断」と呟くだけで、ユリウス様の圧倒的な魔力はすべて霧散してしまう。
(す、すごい……! ユリウス様と同等、いや、能力の相性で言えば完全にユリウス様を完封してる……!!)
「……リリア義姉上。あなたも、さぞ息苦しい生活を強いられていたことでしょう」
シリルはユリウス様の殺気を完全に無視して、私に向かって静かに歩み寄った。
そして、私の手首に絡みついていた赤い糸の残骸を拾い上げ、フッとため息をついた。
「人を縛ることでしか安心を得られないとは、従兄殿も哀れなものだ。……義姉上、もう安心してください。私がここにいる限り、あなたは彼に魔力で縛られることも、不本意な監視を受けることもありません」
「シ、シリル様……っ!」
私は、ブワワッ!と大粒の涙を溢れさせた。
(つ、ついに来た……!! ヤンデレの異常な論理に流されない、完全な『常識人』!! しかもユリウス様の魔法を完全に無力化できるチート持ち!!)
私がシリルの背後に後光を見て感動していると、ユリウス様の顔が、これまで見たこともないほどに凄惨な修羅の形相へと歪んだ。
「……シリル。貴様、私の妻に気安く触れ、あまつさえ彼女を泣かせたな?」
「泣かせたのではない。彼女はあなたの異常な束縛から解放されて、安堵の涙を流しているのです」
シリルは冷静に事実を突きつける。
しかし、ユリウス様のヤンデレ解釈回路は、この絶対的な敗北(魔力の無効化)を前にして、さらなる『明後日の方向』への進化を遂げてしまったのだ。
「……なるほど。そういうことか」
ユリウス様はふっと殺気を収め、自身の左手の薬指……私とリンクしている『星屑の指輪』にキスを落とした。
「この試練は、神が私に与えたのだな」
「……はい?」
「物理的な拘束(赤い糸)や、魔導具による監視など、所詮は紛い物の愛に過ぎなかったということだ! 貴様という『障害』が現れたことで、私は悟った。真の愛とは、道具に頼らず、私自身の肉体と魂をもって、リリアを二四時間全方位から直接抱きしめ続けることだと!!」
(解釈が最悪の方向に悪化したーーっ!!)
「シリル! 貴様の『概念切断』は魔法や魔導具を無効化できても、私の『肉体的な筋力』と『愛の熱量』までは切断できまい!!」
ユリウス様は、魔法を一切使わず、ただ純粋な超人的な身体能力(騎士団長クラス)で床を蹴り、猛スピードで私に向かって突進してきた。
「リリアァァァッ!! 道具がなくても、私は君を愛し抜くぞ!!」
「ひぃぃぃぃっ!! 物理で来たぁぁぁっ!!」
私が悲鳴を上げた瞬間、シリルがスッと私の前に立ち塞がり、ユリウス様の突進を片手で(合気道のような体術で)華麗にいなして床に投げ飛ばした。
「……従兄殿。魔法が通じないからといって、野生動物のように物理的手段に訴えるのは知的ではありませんね。やはり、あなたの脳の構造から『普通』に矯正する必要がありそうだ」
シリルはネクタイを少し緩め、黄金の瞳で冷ややかにユリウス様を見下ろした。
「今日から私が、あなたたち夫婦の間に立ち、『適正な社会的距離』を徹底指導します。半径二メートル以内に近づくことは、私が許可した時のみとします」
「ふざけるな! 夫婦の距離は常にゼロミリ(密着)であるべきだ!!」
こうして、公爵邸の真っ白な寝室に、最強のストッパー(生活改善指導員)が常駐することになった。
魔法を無効化され、赤い糸とカメラを失ったユリウス様は、今度は「隙あらば物理的スピードでリリアに抱きつく」という野生の獣のようなアプローチに切り替え、二四時間体制でシリルと体術バトルを繰り広げている。
「シリル様! ありがとうございます! これでやっと、一人でお手洗いに行けます!」
「当然の権利です、義姉上。彼が不審な動きをしたら、すぐに私を呼んでください」
「リリア! その男に向かって微笑むな! 私の愛の炎が、今、物理的な熱となって暴走しそうだ!!」
(ああ……やっと、常識的な味方ができた……!!)
私はシリルの背中に隠れながら、久しぶりの「自由な空間」を満喫して感動の涙を流していた。
しかし、私はまだ気づいていなかった。
このシリルという青年の「関係を『普通』に戻す」という目的が、やがて彼の持ち前のクールさと合理性ゆえに、ユリウス様とはまた違うベクトルの『完璧すぎる管理(スケジュール管理と行動制限)』という、新たなディストピアを生み出す火種になることを。
王様の怒りによって派遣された最強のイケメンクールキャラ。
魔法を封じられ物理的ヤンデレと化した公爵様。
そして、希望に胸を膨らませる元スパイの私。
星屑の指輪(これだけはシリルの切断を免れた)がピコンピコンと鳴り響く中、公爵邸の異常な生活は、新たな三つ巴のフェーズへと突入していくのだった。




