「お風呂でさっぱりしようと提案しました〜旦那様が『二人三脚入浴法』という名の魔界温泉を錬成しました!〜」
私の絶叫を聞きつけ、予定を三日早めて『奈落の迷宮』から帰還したユリウス様は、私の部屋に踏み込むなり、私の首を絞め(るような手つきで)介護プログラムを強制執行していた『絶対介護用防衛自動人形』を一瞬で木っ端微塵に破壊した。
「よくも……私のリリアに、そんな無機質な機械の腕で触れたな!! 貴様には魂の欠片すら残さん!!」
バリィィィィィィィィィンッ!!!!
オートマタは、バラバラの部品となって空中に霧散し、そのままユリウス様の業火で跡形もなく消滅した。
私はその光景を、コタツの中から呆然と眺めていた。
「ゆ、ユリウス様……! 本当に帰ってきてくれたんですね……!」
思わず零れた涙は、演技でも何でもない、心の底からの安堵だった。
オートマタによる機械的な給餌とストレッチ(関節技)に比べれば、たとえヤンデレで重くても、本物のユリウス様の愛情の方がまだ人間味が……いや、人間味はないかもしれないけれど、少なくとも『私の顔を見て愛でてくれる』だけマシだったのだ!
「ああ、リリア! すまなかった……! 君をあんな冷酷な機械に預けて迷宮へ向かった私を許してくれ! 今すぐ君を、私の腕で温め直してあげるからね!」
ユリウス様はバラバラになったオートマタの残骸を掃き捨てると、私をコタツから引きずり出し、力強く抱きしめた。
左手の指輪、右手の赤い糸、鎖骨の紋章、頭上の魔導カメラ。
全部、懐かしい(最悪な)装備品たちだ。
「……あぁ、安心しました。もう、機械的な給餌はごめんです……」
「そうだな。君が望むなら、どんな手のかかる介護も、私がこの手でやってあげよう」
私はユリウス様の胸に顔を埋めながら、ふと、自分の髪の毛が少しベタついていることに気づいた。
オートマタは私の排泄物を管理(オムツ交換的な処理)してくれたが、髪を洗うような贅沢なことはしてくれなかったのだ。
「あの、ユリウス様。私、お風呂に入りたいです。さっぱりして、一からやり直したいんです」
「……お風呂、か」
ユリウス様は、氷の青い瞳をスッと細めた。
「ニホンの文化において、入浴とは……『垢(穢れ)』を落とし、心身を清め、魂を裸にして互いの距離をゼロにする、究極の親密行為のことだな?」
(また解釈が飛躍してる!! ただ洗いたいだけです!!)
「よし、分かった。君のその願い、この私が最高の方法で叶えてあげよう」
ユリウス様はパチンと指を鳴らした。
寝室の隣、元はただのシャワールームだった場所が、凄まじい轟音と共に空間拡張され、巨大な大理石造りの『大浴場』へと変貌を遂げた。
立ち込める湯気。
しかし、その湯気はただの湿気ではない。
ほのかに香る硫黄の匂いと共に、大量の魔力が放出されている。
「これは、魔界の地下深くから湧き出す『竜の血の温泉』だ。どんな頑固な汚れも、いや、君に付着した他人(オートマタや私以外の人間)の気配までも、すべて分子レベルで分解して洗い流すことができる」
「(もはや科学実験施設!!)」
ユリウス様は私を抱きかかえたまま、その竜の血の温泉へと踏み込んだ。
「さあ、リリア。服を脱ぎなさい。……赤い糸で繋がっているから、君一人で脱がせるわけにはいかないだろう? 私が手伝ってあげる」
「待ってください! ここは私が一人で入りますから!」
「駄目だ。君が転んで溺れたらどうする。監視(録画)も必要だ」
ユリウス様は、なんと脱衣所にも三台の『防水仕様の魔導カメラ』を設置した。
もはや風呂場ですら、私に隠し事は許されないのだ。
ユリウス様は、私のドレスのレースを、一糸乱れぬ手つきでほどいていく。
赤い糸が繋がっているため、彼の動作も私の動作も、必然的に『二人三脚』のようになる。
「……んっ、ああ……。君の肌は、今日も白く、柔らかい……」
「(カメラがこっちを向いてるから早くしてください!!)」
私は羞恥心で死にそうになりながら、ユリウス様の胸に隠れた。
しかし、そんな私の抵抗も虚しく、彼は私を抱えたまま、竜の血が湧き出る湯船へと足を踏み入れた。
お湯は、少しトロリとした質感で、肌に触れるとジンワリと深部から温まる。
しかし、普通の温泉とは決定的に違う点があった。
「リリア。さあ、背中を向けなさい。君の魂の垢を、この私が手ずから洗い流してあげよう」
ユリウス様が持ってきたのは、普通のボディタオルではなかった。
純金と銀を細かく織り込んだ、まるで鎧を磨くための布のような……いや、それはただの『高級な身体洗浄布』なのだが、彼の持ち物というだけで凶器に見えてくる。
「ああ、いい香りだ。……リリア、君は本当に綺麗だ。この温泉は、君の体だけでなく、君の心に残る『私以外への思い出』すらもすべて溶かしてしまう」
ユリウス様は、私の背中に布を当て、ごしごしと……いや、丁寧に、愛おしそうに洗い始めた。
その感触は、ただの入浴介助ではない。
まるで、私という彫刻を、自分好みの形に研磨し直しているかのような、執念すら感じる丁寧さだ。
「……ゆ、ユリウス様、少し力が強すぎます……!」
「すまない。あまりに君が愛おしくて、つい力が入ってしまった。……そうだ、ニホンでは『お風呂で背中を流す』というのは、夫婦の絆を深めるための絶対的な儀式だったな?」
(勝手に絶対ルールを作らないで!!)
「ならば、この温泉においても、私は君のすべてを洗い、君もまた私のすべてを洗わねばならない」
ユリウス様はそう言うと、私の手にも同じ布を握らせた。
「さあ、私の背中も洗いなさい。君の愛が、私という強固な殻を突き破り、魂まで届くように……! 指先一つ、贅肉一つ残さず、徹底的に磨き上げるのだ!!」
「背中を洗うだけですよね!? 贅肉って言わないで!!」
私は涙目で、氷の宰相様の鍛え上げられた背中を、ごしごしと洗う羽目になった。
少しでも力を抜こうものなら、ユリウス様が「リリアの愛が足りない! 魂の紋章のリンクが薄れている!」と大騒ぎするため、私は死に物狂いで彼の背中を研磨し続けた。
頭上の防水カメラが、蒸気の中で悶える私たちの姿を、余すことなく記録している。
「あぁ……! 君の指先の震え一つ一つが、私の神経を悦ばせる……!」
ユリウス様は、私が背中を洗うたびに、恍惚とした表情で湯船に沈み込んでいる。
「これこそが、我が人生最大の……いや、宇宙規模の至福だ。リリア、明日からも毎日、この『二人三脚入浴法』を続けると誓おう」
「ぎゃああああああああっ!! 毎日ですかぁぁっ!!?」
私は、竜の血の温泉の熱さよりも、ユリウス様の執念の熱さに気絶しそうになった。
スパイの疑いを晴らすための『家庭的な妻』アピールは。
もはや「夫婦の絆を強めるための過激な洗浄儀式」という新たなヤンデレ枠に分類され、私は逃げ場のない監禁生活の中で、毎日ユリウス様の背中を研磨し続ける『専属風呂番』という、新たな職業に就かされてしまったのだった。
星屑の指輪と、魂の紋章、そして絶対監視の魔導カメラ。
私の二度目の人生の平穏は、温泉の湯気の中に溶け込み、今日もヤンデレ公爵様の手によって、ツルツルに磨き上げられていくのであった。




