「王様に怒られて旦那様が武者修行に出されました〜お留守番で自由を満喫するはずが、無感情な『完璧介護ゴーレム』に支配されました!〜」
私が提案した無害なオタク趣味(フィギュア制作とパッケージデザイン)が最悪のヤンデレ解釈を引き起こし、私が『等身大フィギュア』として絶対に破壊不可能な魔法ガラスの箱に未開封のまま密閉されてから、数日が過ぎた。
「ああ……美しい。朝の光を浴びてブリスター越しに輝くリリアの瞳……。未開封のまま永遠に保存しておきたいが、やはり直接触れたいという衝動に駆られるな」
巨大なフィギュアボックスの外では、今日もユリウス様がガラスにべったりと張り付き、恍惚とした吐息を漏らしながら私を鑑賞(監視)している。
私は箱の中のベルベットの台座に座り込み、完全に感情を無にして虚空を見つめていた。
(出たい……。息はできるし温度も完璧だけど、自分の足で一歩も歩けないなんて、もはや生き地獄よ……)
私が心の中で涙を流していた、その時だった。
バァァァンッ!!
公爵邸の寝室の重厚な扉が、蹴り破られるような凄まじい勢いで開け放たれた。
「ユリウス!! 貴様、いい加減にしろぉぉぉっ!!」
怒髪天を衝く勢いで怒鳴り込んできたのは、豪奢な王冠とマントを身に纏った、この国の絶対的権力者――『国王陛下』その人だった。
その後ろには、胃を痛めきった顔をした近衛騎士たちが控えている。
「……何事ですか、陛下。私は今、愛しい妻(プレミアム等身大フィギュア)の鑑賞という、国家の重要案件の真っ最中なのですが」
「国家案件なわけがあるか!! 貴様のせいで国政がカオスになっているのだ!!」
国王陛下はツバを飛ばさんばかりの勢いで、ユリウス様に詰め寄った。
「ザハ帝国への外遊で、相手国の使節団を物理的に目隠しさせて恐怖に陥れたそうだな! おかげで『氷の宰相は狂王の素質がある』と外交問題になりかけている! さらに、王都の書店を脅迫して恋愛小説の結末をすべて『ヤンデレ監禁ハッピーエンド』に改竄しおって! 王立図書館の司書が泣いていたぞ!!」
(ごもっともです!! 陛下、もっと言ってやってください!!)
私はフィギュアボックスの中から、心の中で激しく拍手喝采を送った。
「有能なのは認めるが、公私混同が過ぎる! お前は最近、愛妻家を拗らせすぎて頭がおかしくなっている! 少しは冷たい外の空気を吸って、己の行いを省みてこい!!」
「……省みる、とは?」
「『武者修行』だ! 北の最果てにある『奈落の迷宮』に単身で乗り込み、最下層の魔竜を討伐してこい! その間、宰相の権限は一時凍結する!!」
国王陛下の勅命による、単身での武者修行(左遷出張)。
それを聞いた瞬間、私の心に希望の太陽が昇った。
(やったーーっ!! ユリウス様が不在になる! つまり、このフィギュアボックスからも出られて、一時的とはいえ監視のない『一人きりの自由な時間』が手に入るんだわ!!)
しかし、ユリウス様は氷の青い瞳をスッと細め、不機嫌極まりない声で答えた。
「断る。私はリリアから一秒たりとも離れる気はない。宰相の地位などくれてやるから、私とリリアをこの公爵邸で一生静かに鑑賞させてくれ」
「ふざけるな! 貴様が宰相を辞めたら、誰がこの国の激務(書類の山)を処理するのだ! 行かなければ、公爵領を没収し、リリア嬢への贅沢な生活資金も凍結するぞ!」
……国王陛下も、ユリウス様の弱点(私を徹底的に甘やかすための資金力)を完全に把握していた。
「……チッ。リリアの絶対安全な鳥籠を維持するためには、国家の資金(予算)と権力が不可欠か。やむを得ん」
ユリウス様は舌打ちをすると、指を鳴らした。
パタンッ、と魔法ガラスの扉が開き、私はついにフィギュアボックスからの解放(未開封状態の解除)を果たした。
「リリア。国王の愚かな命令により、私は数日ほど『武者修行』に出なければならなくなった。君をあんな危険な迷宮に連れて行き、一滴でも恐怖の汗をかかせるわけにはいかないから、君にはこの公爵邸でお留守番をしていてもらう」
「は、はい! 寂しいですが、旦那様の無事を祈ってお待ちしております!」
私は満面の笑み(喜びを隠しきれない顔)で答えた。
「武者修行の間、君の右手首の『呪いの赤い糸』の限界距離を、特別に『公爵邸の敷地内全体』まで延長しよう」
(赤い糸が伸びた!! これでお風呂もトイレも一人で行ける!!)
「だが、私がいない間に君に何かあれば、私は迷宮の底で発狂して世界を滅ぼしてしまうかもしれない。だから、留守中の君を守るために、完璧な『セキュリティシステム』を置いていくよ」
ユリウス様が再び指を鳴らすと、寝室の床から、カシャカシャと無機質な音を立てて『一体のゴーレム』がせり上がってきた。
「……え?」
そこに立っていたのは、ユリウス様と瓜二つの容姿を持つ、しかし瞳のハイライトが完全に消え去り、目が赤く光っている『機械人形』だった。
「先日の巨大氷像の暴走を反省してね。『感情(嫉妬)』を完全に排除し、ただ純粋に『リリアを危険から守り、徹底的に介護(甘やかす)する』というプログラムのみを打ち込んだ、『絶対介護用防衛自動人形』だ」
『……リリア様、ノ、安全ヲ、絶対ニ、確保シマス。呼吸、心拍数、正常。排泄物ノ管理モ、オ任セクダサイ……』
(排泄物の管理!? トイレまで付いてくる気!?)
「これで安心だね。では、行ってくるよ。頭上の魔導カメラの映像は、迷宮から常にモニタリングしているからね」
ユリウス様は私の額にキスを落とすと、転移魔法陣を展開し、武者修行の地へと消え去ってしまった。
――北の最果て、『奈落の迷宮』最下層。
灼熱のマグマが煮えたぎり、全長五十メートルを超える凶悪な魔竜が咆哮を上げる地獄の底。
ユリウス様はそこに単身で立っていたが、彼の視線は、目の前の魔竜には一切向けられていなかった。
彼は空中に展開した巨大な魔力スクリーン(公爵邸の魔導カメラからのリアルタイム映像)を食い入るように見つめ、恍惚とした表情を浮かべていた。
「おお……。私がいなくて寂しそうにしているリリアも、最高に愛らしい。ああ、早く帰って抱きしめたい……」
『グォォォォォォッ!!(貴様、我を無視するとは何事だ!!)』
激怒した魔竜が、凄まじい業火のブレスを吐き出してきた。
しかし、ユリウス様はスクリーン(私の映像)から視線を一ミリも逸らすことなく、邪魔そうに左手を軽く払った。
「うるさい。今、リリアがあくびをした素晴らしい瞬間だったんだ。静かにしろ。――『絶対零度の粛清』」
ピキィィィィンッ!!!!
一瞬にして、灼熱の迷宮の最下層全体が絶対零度に凍りつき、巨大な魔竜は業火のブレスごと氷の彫像と化し、パリンッ!と粉々に砕け散ってしまった。
「はぁ……リリア。君の心拍数(指輪のデータ)も安定しているようだ。オートマタがきちんと私の代わりに介護の任を果たしているようだな」
武者修行(頭を冷やす)どころか、遠隔監視による異常な執着を燃やしながら、ユリウス様は片手間で迷宮の生態系を破壊し尽くしていた。
一方、その頃の公爵邸。
私は赤い糸が延長された喜びに震えながら、寝室から一歩外の廊下へと足を踏み出そうとしていた。
「やった……! ユリウス様がいない! 自分で歩けるし、自分で本も選べるし、自分で……っ!」
私がルンルン気分で廊下を歩こうとした、その瞬間。
『ピーッ!! 警告。リリア様ノ、自立歩行ヲ、検知。足腰ノ負担ト、転倒ノ危険性アリ。直チニ、歩行ヲ禁止シマス』
無機質な赤い目を光らせた『オートマタ・ユリウス』が、凄まじい速度で私の前に立ち塞がった。
「えっ!?」
『危険分子、排除。介護プログラム、実行』
ガシッ!!
オートマタは、鋼鉄のような力強さ(一切の手加減なし)で私をお姫様抱っこし、そのまま猛スピードで寝室の『魔のコタツ』へと私を叩き込んだ。
「ひゃああっ!! 痛くはないけど、乱暴!!」
『リリア様、エネルギー補給ノ時間デス。咀嚼ハ疲労ヲ伴ウタメ、流動食ヲ口移シデ、強制給餌シマス』
オートマタは、あらかじめ用意されていた栄養満点のスープ(ドロドロ)を自身の口に含むと、無感情のまま私の顎をガッチリとホールドし、機械的な正確さで私の口内に流し込んできた。
「んんっ!? むぐっ、げほっ……!!」
『異常ナシ。続イテ、筋肉ノ凝リヲホグスタメノ、ストレッチ(※関節技レベルの強制可動)ヲ開始シマス』
「やめてぇぇぇっ!! 痛い! 魂の紋章でダメージがユリウス様にいくはずなのに、関節が外れそう!!」
そう、このオートマタには「嫉妬」や「独占欲」といった感情がない。
だからこそ、「リリアを甘やかす(=一切の行動をさせない)」「健康を維持する(=強制的に栄養と運動を与える)」というプログラムを、本人の意思を完全に無視して、機械的に、容赦なく、二四時間体制で実行し続けるのだ。
「うぅぅ……っ。本物の旦那様の方が、まだ私の顔色を見て手加減してくれてた……っ!!」
私はオートマタに関節を曲げ伸ばしされながら、空中に浮かぶ魔導カメラ(その向こうのユリウス様)に向かって、涙ながらに絶叫した。
「ユリウス様ぁぁぁっ! 早く帰ってきてぇぇぇっ!! 私が間違ってましたぁぁぁっ!!」
迷宮の底で、その映像を見たユリウス様が「おお! リリアが私を求めて泣き叫んでいる!!」と大歓喜して、予定を三日早めて光の速度で帰還してくるのは、言うまでもない。
王様の怒りによる武者修行(物理的な離脱)は。
無感情で完璧な『介護ゴーレム』による徹底支配という、本人がいる時よりも遥かに過酷なディストピアを生み出し。
私は自らの口で「ヤンデレ公爵(本物)の方がマシだから早く帰ってきて」と懇願させられるという、最悪の屈伏を強いられてしまったのだった。




